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護衛の依頼【後編】いつの日にか帰ろう

 里心がついてしまったのかもしれない。
 影の王国での出来事は、懐かしい人との再会や探し人の現状を知ることが出来て、悪いことだけではなかったと思う。
 けれど、もう少し頑張るために一度戻ってみようか、なんて話がどちらともなく出た。
 あの綺麗で優しい国に、ほんの少しだけ元気を分けてもらいたかったのかもしれない。
 まさかそこで、リベール一周をしてみたいなんて都合のいい依頼が来ているなんて思いもしなかったけれど。

「ほうほう。いい眺めじゃのー」
 ご満悦でしかも軽い足取りでアーネンベルクに上っているのは、たっぷりとした白い髭を蓄えた老人。どのくらいの高さかのーなんて身を乗り出しては、周囲からぎょっとした目を向けられている。
「あはは。本当に元気ね、サダルさん」
 今回の依頼人は、エステルにも苦笑されるほどに元気だった。
「確かにパワフルだよね。
 お孫さんへのプレゼントを探すためにリベールを一周するなんてさ」
 依頼を引き受けたツァイスで、定期船の利用を進めたら即却下された。
 歩けばよかろう、なんて。いとも簡単な口調で言われた言葉に、当初ヨシュアは不安を覚えた。
 リベールでは各都市に定期船が完備されているため、わざわざ歩く必要はないこと。
 平坦な道ばかりではなく、体力のない老人にはきつい場所も在ること。
 主にこの二点に絞って説得を試みたものの、今まで何カ国歩いて制覇してきたと思うとるんじゃと聞き入れられない。
 仕方なく、首都グランセルまでは歩くことを取り決めた。
 長距離を歩けば絶対に足腰が辛いはず……と思っていたのだが。
 ちらりと視線をやれば、まるで子どものように目を輝かせながらあちこちを眺める老人の姿。
 疲れた様子は見られない。
 なるべく疲れさせないようにと、歩くスピードはサダルにあわせてきたが……正直なところ、一般的な若い成人男性に比べても早いくらいだった。ぺらぺらと盛んにおしゃべりをしつつの道中を考えても『歩きなれている』ことが分かる。
「お、おお? あれが城かね?」
「うん、そうよ」
「ふぅむ。『リベールの真珠』と謳われる城じゃったな。たしかに綺麗じゃのぅ。
 と、こうしてはおれんな。姿が見えたら見えたで、もっと近くで見たくなったわい」
 うきうきと言い出す元気な老人に、二人はそろって苦笑した。

 アーネンベルクを抜ければ、そこはもうグランセル地方。
 帰ってきたなぁという思いと同時に、ほんの一瞬だけ影の国を思い出す。
 右手に進めばエルベ離宮へと続く周遊道。
 あそこから、レイストン要塞そっくりの場所に飛んで、父さんと戦ったんだっけ。
「そっちに何かあるのかね?」
 ほんの少し見ていただけだと思ったが、実のところ見つめていたらしい。
 サダル老に不思議そうに聞かれて、慌てて記憶を浚う。
「あっちはエルベ周遊道に続いているの」
「エルベ離宮があるんですよ。大きな予定がない平日は一般人に開放されていて、憩の場としても有名ですよ」
「ほー離宮がの。そこも綺麗かね?」
 わくわくとした顔と、現在の太陽の位置を見比べる。
 行ってすぐに戻るくらいなら出来るだろうが、さっきもアーネンベルクであちこち見て回ったこの老人がそれで満足するはずもない。
「今からだと、ちょっと厳しいかも」
「別に野宿でも構わんが? この時期なら別に問題なかろうて」
「え」
 なんでもなさそうに言われた言葉に、エステルは思わず声を上げた。
「でも、野宿って慣れないとキツイのよ?」
「そういう問題じゃないよエステル。
 一応観光地なんだから、野宿なんて出来るわけないよ」
 あの石碑のあたりならこっそりとしていれば大丈夫かもしれないが。
 思ったことは悟らせずにヨシュアは会話の軌道修正をする。
「む。禁止されとるんなら仕方ないの。じゃが明日は必ず」
「ええ。明日行きましょう」
 にっこりと笑って、それとなく問いかける。
「サダルさんは野宿をされたことがあるんですか?」
「ここ最近はしておらんがな。
 リベールのように交通の便がいい国ばかりではないからのぅ」
 首都へと向かう道に敷き詰められたレンガが珍しいのか、視線を落としたままに老人は答える。
 確かに、リベールは定期船の運行などや国土の狭さゆえに移動はしやすい。
 老人の言うように、地方によっては歩くことだけでしかいけない場所も多いだろう。
「それにしても、随分と健脚ですね」
 歩いて一周しようなんて依頼の意味が分かった気がしますと付け加えれば、機嫌よくほっこりと笑われた。
「若い頃からあちこち歩き回っとったからのぅ」
「歩き回る仕事をしてたの?」
 素朴なエステルの質問。
 依頼人を疑わないのは彼女の良さだ。だから、疑うのは自分の仕事。
 少しでも妖しい箇所のある相手には油断なんて出来ない。
「故郷(くに)では飛脚……というても分からんか。
 手紙やら荷物やらを届ける仕事をしておったのよ」
「……運送会社みたいなもの?」
「そうじゃな」
 こくりと頷く老人を見て、ヨシュアは『飛脚』について思い出す。
「目的地までの距離を数人で運ぶんじゃ。一人が歩くと十四日はかかるところを四日で運んだりのぅ」
「えーっと、二人で一緒に走ったり?」
「荷物が重い場合や夜間はそうじゃの。大抵は一人じゃが。
 出発点から目的地までに中継点がいくつかあっての、そこに待機しておる同僚に荷物を渡すんじゃ。渡された相手は次の中継点まで走る。そうやって早く運ぶんじゃよ」
「へぇ、すごいのねぇ」
 素直に感心するエステルと微笑む老人。仲の良い祖父と孫娘にも見える。
 サダルの説明とヨシュアの知る内容とに違いはない。
 けれど。
「昔なら定期船はなかっただろうけど、馬を使ったほうが早いんじゃない?」
「いやいや。馬を使うとエサ代や宿泊代が高くつくんじゃよ。おまけに夜は走れん。
 意外と持久力もないもんじゃから、急ぎの場合には代わりの馬を用意して待たせておかねばならんしのぅ」
「だから人が走るっていうのもすごいと思うけど」
「ほっほっ。流石にあの頃のようには走れんが、コツは忘れておらんでな。
 疲れにくい歩き方は身についておるしの」
 警戒は――怠らない方がいい。

 のちにグランセルにて、やたら元気にあちこちを観光して回る老人と、彼に振り回される一組のカップルの姿が見かけられたとか。

「釣公師団? なんじゃねここは」
「えっと(また説明に難しいところを何で聞くかな)」
「長いことしておらんのぅ。ひさびさに釣りもいいのぅ」
「え、サダルさんも釣りするの? あたしのお勧めの場所は」
「エステル」

「お孫さんのお土産にはどんなものを考えられていますか?」
「エステルさんと同じくらいの娘じゃから、なにがいいかの?」
「……大変言い難いんですけど。彼女を参考にするのは難しいかと」
「あの子も結構ずれた子じゃが……趣味的には合わんじゃろうしのぅ」
 新作スニーカーに目が釘付けになっているエステルを見て、二人同時にため息。

 あちこちの街でそれなりのトラブル(主に老人の突っ走り)を起こしながらも、王国一周は無事終了し、たくさんの土産を手にサダルは故郷へと帰っていった。
 そして、二人は。
「じゃあ行こうか?」
「今度はレンと一緒に帰ってこようね」
「うん」
 決意を新たに、故郷を後にする。

『クエスト【護衛の依頼】をクリア』
BP・5ポイント追加。10000ミラを取得しました。

5周年記念SSでした。相変わらず過保護なヨシュアと天真爛漫なエステル。
疲れたら戻っておいで、癒されてから、またどこにでも旅立てばいい。
リベールはそういう『優しい』印象のある国です。