護衛の依頼【後編】礼儀作法強化訓練

　ふかぶかと息を漏らしたのは、決して天気のせいではない。
　約束なんかしなければよかったのだということは分かる、分かっている。
　が、今更それを違えるとなるとあの子は悲しむだろう。
　そうなれば『あの親』は、原因が自分と分かっていても難癖つけてくるだろうこともよく分かっている。
　だからこそという訳ではないが、ツァイトから早く逃げ出すべく、アガットはその依頼に飛びついたという。

　ツァンラートホテルに向かい、依頼人について問い合わせ、教えてもらった部屋に向かう。
　しかし、孫娘への土産選びに王国一周とはよくやるものだと考えつつ、ノックをする。
「どなたかね？」
　室内から聞こえたのは、柔らかい口調の老人の声。
「掲示板に出された依頼を受けた遊撃士だ」
　アガットの言葉に返事はなく、しばらく経ってからドアが開かれた。
　鼻の下から口の端にかけて真っ白なひげが生えており、あごにもたっぷりと蓄えられている。
　知っている某将軍に似通った風貌をしているが、小柄なせいか、はたまた顔立ちのせいか目の前の老人は穏やかな好々爺に見えた。
「あんたがリベール王国一周を依頼してるじいさんか？」
　アガットの問いに、サダル老人は彼の顔をじっと見つめ、それから長い長いため息をついた。
「なっとらんのぅ」
「は？」
　しみじみと言われた言葉に思わず声を出せば、老人はちらりをこちらを見上げて重ねるように告げた。
「なっとらんというたんじゃ。
　大体なんじゃ、依頼人に向かってその言い方は。
　所属の説明と依頼人の確認をしたら、まず名を名乗らんかい。
　いい社会人がこうも礼儀がなっとらんとは嘆かわしい」
　一息に言われて反論が出来なかった、というより、礼儀の面を言われると確かに痛い。
　遊撃士になる前にはルーアンで暴れていたのだからと言い訳しても、この仕事を始めて早数年。いい社会人がと言われれば確かにとしか言いようがない。
「サービス業じゃねぇんだから、愛想良くする必要」
「人相手の職業のどこがサービス業じゃないというんじゃ。
　それに愛想ではない、礼儀の問題じゃ」
　言い返そうとすれば鋭くはないがきつい言葉で咎められる。
　説教くさい老人は苦手だ。
「それにのぅ。お前さんがどれだけ分かっておるか分からんが、お前さんの礼儀のなさは遊撃士協会全体の信用問題にもかかわるんじゃぞ。
　あのような礼儀のなっとらん若者に資格を与えるのか、とな。
　人の口に戸は建てられん。おまけに、悪口というものは美点よりも早く広まる上に人の心に残りやすい。余計な先入観は植え付けたくあるまいに」
　はぁやれやれと肩をすくめる目の前の老人がすごく腹が立つ。
　立つが、モルガン将軍と違い、いかにも小柄なこの老人に詰め寄ろうものなら、悪者はアガットになるだろう。
　現に、老人を心配してか通路から従業員がこっそり様子を伺っている。
　ぎろりと睨んでみても、すぐに顔に出してはいかんと窘められるだけで、怯える様子はまったくない。
「悪かった、これから気をつけりゃあいいんだろ」
　諦め半分で吐き捨てるような言い方に。
「すみません。以後気をつけます、じゃろうが」
　すぐさま訂正が入る。その上。
「別にわしはお前さんに頼まんでもええんじゃ。
　他にも遊撃士はおるのじゃろう？　まあ、その相手も同じような態度を取るなら、質も知れたものじゃがのぅ」
　などど嫌味を言われる始末。
　正直、こんな依頼を受けたくはない。
　遊撃士にだって仕事を選ぶ権利はあるし、少し待てば別の仕事が入るだろう。その時にツァイスを出ればいい。
　そう思っていることが顔に出たのだろうか。
「うむ。自らに足らぬことを知ることも勉強じゃ。
　お前さんには高い対人スキルが必要な護衛は向かんじゃろう」
　などと笑顔で言われてしまったせいで、余計な反発心が生まれ、アガットはこの依頼を受けることになった。
　先の一言が老人の挑発で、それにうっかり乗ってしまったアガット。
　リベール一周しながら口調や所作に至るまでマナーと礼儀を叩き込まれることになるなど、このときには考えもしなかった。

　のちに、ルーアン支部のジャンさんは語る。
　元レイヴン三人組の勉強項目に『礼儀』や『マナー』の項目が追加され、それはそれは苦労することになったという。

『クエスト【護衛の依頼】をクリア』
BP・4ポイント追加。10000ミラを取得しました。

• エステルとヨシュアが依頼を受ける　「いつの日にか帰ろう」
• アネラスが依頼を受ける　「老人と孫のポルカ」