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月の行方

【第六話 神の啓示】 1.光の中で

「てな訳でコイツよろしくな」
 そうお気楽に告げてどこかに行ってしまったイアロス。
 こうも人から人へと預けられ続けると、まるで自分は荷物か何かと問いたくなってくる。
 そんな風に思いながらもノクスは道を行く。
 いや、道と言えば道だが、明らかに獣道のその場所を。
 先頭を行くユリウスが、それでも足場を固めてくれているから多少歩きやすいというものの、足元は草がうっそうと生い茂っており、歩きにくい事この上ない。
 時折吹く風はだんだんと冬の冷たさを深めつつあり、旅の今後を思うとため息が洩れる。
 でもそれ以上に思いやられるのが、暖かそうな深緑のマントに身を包み、慎重に慎重に歩を進めている幼馴染。
 これがまあよくこける。
 いや……本人はこけてないか。少女の前を歩くユーラの姿はかなり悲惨だった。
 こっちも同じようなマントを羽織っているが、あちこちに落ち葉が張り付いていたり土がついていたり、悲惨な事この上ない。
 さっきからポーラがバランスを崩しては必死にこらえようとしてユーラを引っつかみ、その所為で転げまくってこの状況。
「ユーラっ ユーラっ 大丈夫?!」
 心配そうなポーラの悲鳴が近い。そう叫んでいる彼女は多少葉っぱがついているものの、たいした怪我は見受けられない。
 悪運強いよなぁ。
 なんだかこけるなと怒るのを通り越して関心さえする。
「ユーラっ」
「……聞こえてる。多分へーき……な。ハズ」
 呼びかけに応えが返るものの、ユーラは起きようとしない。
 緊張感やら何かが切れてしまったか、それとも疲れ果ててしまったのか。
 自分のように。
 しかしこちらの視線に気がついたか、僅かに顔を上げ彼女はこうのたまった。
「受け止められねぇなんて、なっさけねぇの」
 かちんときた。
 全身ぼろぼろの癖に、コイツはいつでも俺を貶めようとする。
 相手にするとますます腹が立つだけなので返さず、さっさと立ち上がる。
 二人揃ってこっちに滑ってこられて受け止められる訳ねーっての。
 そんな風に思いながら。

 ノクスが仲間になると聞いて反論したのはユーラ一人だった。
「駄目だ駄目だっ 反対だっ!!」
 テーブルをダンと叩いて大声でわめき散らし、彼に敵意の眼差しを向けてきた。
 やっかいだなと思いつつも、ノクスはなんの口出しもしない。
 あっちが納得しようとしまいとこれはもう決定事項。
 唯一の大人のユリウスの説得は済んでいるし、どれだけわめこうが動く事はない。
 もっともあまりにも敵意を持たれていると問題が出てくるかもしれないけれど。
「なんで?」
 そんなユーラに小首を傾げてポーラは問うた。
 時折見せるしぐさは幼い頃を事を思い出させる。……本人はまったく思い出していないようだが。
 一方、簡単に疑問を返されてユーラは口ごもる。
「なんでって……こいつ男だぞ! 得体知れねーんだぞッ」
 得体が知れないのはわかるが、男だからって言うのは差別だろ。
 突きつけられた指を無視してミルクを飲む。目標はポーリーより頭半分以上伸びる事。
「でもユリウスはいいって言ったんでしょ?
 それにユリウスの先輩の息子さんなんでしょ?」
「でもっ」
「頼りになりそうよ? 回復魔法使えるし」
「う」
 回復魔法の一言にひるんだのか口ごもるユーラ。
 確かに回復魔法を使える人間は重宝されるけれど。
 この発言は喜んでいいものかとも思う。
「お前は使えねえの?」
 魔法の関係はポーリーはアースに師事していたはずで、それならしっかり鍛えられているはずだろう。
 不思議に思って聞いた言葉にポーラは悲しそうに頷いた。
「……何度やっても、出来なくて」
「ふーん」
 気のないそぶりで頷いて言葉を重ねる。
「アレだけの術使えんだし、別にいんじゃね?」
 ぶっきらぼうに言われた言葉に、虚をつかれたようにまじまじとこちらを見るポーラ。
「そう……かな」
 しばし見つめた後に、戸惑いつつも問い掛けられた言葉にそっと頷いた。
 知っていた。あの顔を。
 落とされる視線。かみ締められた唇。
 自分は無力で。とてもとても無力で。
 腹立たしくて、声を殺して泣いていた、小さな少女の顔。
 そんな彼女を見たくなくて、でも自分が慰めると泣かせる事しか出来なくて。
 だから話題を変えたりするようになっていた。
 懐かしさになんとなく微笑が浮かんで、そんな二人が気に食わなかったのかさらに大声でユーラが訴える。
「でもッ 回復以外役に立たねーんじゃねーのかっ?!」
「一応剣は鍛えたぞ」
 ムッとして言い返す。
 久方ぶりの幼馴染との会話を散々邪魔されて腹が立たないわけがない。
 なんていうか……小姑ってこんな感じなんだろうか?
 実際には剣だけじゃなく、一通りの武器の扱い方は習ったのだけれど。
 ちゃんと使えるレベルにまで行っているのは剣と槍と弓だろうか?
「回復できるって時点ですごいと思うけど」
 ぼそりとしつこくポーラ。
 これは応援されているのかいないのか判断に困る。
 だって落ち込みそうになるから。
 俺の価値、回復魔法だけか……?
 いやそりゃあ確かに俺の事知らないからそーゆー評価されても仕方ないって言うのは頭では分かってるけどっ
 恨みがましい視線にも幼馴染は一向に気づかない。
 喧々轟々繰り返して、結局決定は覆りはしなかったけれど。

 にしても皮肉な話だ。結局あれだけ嫌がっていたユーラが、一番回復魔法の世話になっているのだから。
 傷が完全に癒えたことを確認して彼女から離れると、ばつが悪そうに礼を言われた。気に入らない相手でも、世話になればちゃんと礼を言えるところには好感が持てるが。
「だからあんまりポーラに引っ付くんじゃないっ」
 そう言って間近にいたポーリーをいっつも引き離されるのは腹が立つ。
 何で話をするのすら邪魔されなきゃ何ねぇんだ。
 こいつホント小姑だよなとムカッとする。
 許婚だとばらしてやろうかとも時々思うけど、それをすると邪魔に拍車がかかりそうなので実行してはいない。
 でもポーラのほうも別にノクスに興味があるというわけではなく。
「どこが違うのかしら。発音かなぁ? それとも集中のしかたとか?」
 そう本人が呟いているように目的は回復魔法の習得。
 なんだかすっごくやるせない。
 あれから早十日あまり、彼女がこちらに気づく様子は一向に見られない。
 言い返そうと口を開くと、ユリウスが手を叩いてそれを遮った。
「あまり遊んでいると日が暮れるまでに宿につかないぞ」
「……はぁい」
 父親には弱いのかユーラは素直に元の隊列に戻る。
「レリギオはまだまだ遠いんだからな」
 ユリウスの言葉に、子供たちは神妙に頷いた。

 神聖国家レリギオ。
 たいそうな名前がついているが、宗教都市のひとつで祭神はソール。
 ソール教発祥の地でもある。
 首都アルカにはソールを祭る巨大な大神殿があり、かなりの敷地を誇るその一角、足を踏み入れることを禁じられた庭園があった。
 周囲は花々や樹木の天然の障壁で覆われ、中央には簡素な……といっても一般市民からすれば立派な祭具殿のような建物が一件、ぽつんと建っている。
 その庭園に一人の女性がいた。
 足元にまで届きそうな長く艶やかな髪はこの日の空のように澄んだ青。
 身に纏うのは上級聖職者にだけに許された純白のローブ。綺麗に咲いた白い花を一輪一輪確かめるように手折っていく姿は、まるで宗教画のよう。
 時折賛美歌が風に乗って流れてくる。
 ソールの愛と教え、そして感謝と救いを謳う歌。
 その歌詞に、女性の瞳が細められる。
 白い顔。強い意志を秘めた濃い紫の瞳。年は三十代くらいだろう。
 気品あふれる、まごう事なき美女。
『愛と正義を我らの神に、か。笑わせてくれるな』
「彼らにとってはそうなのですよ」
 皮肉な物言いに女性はやわらかく返す。
 最も腹を立てているのは彼女であろうに。
「慎みなさい、(ぎょく)。あれもやはり神なのですから」
『ふん』
 そう言ったきり相手は沈黙した。
 女性は息をつく。会話をしている事を気づかれる訳にはいかない。
 そんなことになれば、これまでの苦労は全て水泡に帰することになる。
 首元を飾るネックレスにそっと触れる。
 勾玉と管玉によって作られたそれが、先ほどまでの会話の相手。
 本来ならけして日の目を見ることがなかった故に、こうやって持ち出すことが出来た一族の宝。
『あれはまだ来ぬのか?』
「数えで十五になったはずですよ。まだまだほんの子供です。
 玉はせっかちすぎる」
『む……確かに急ぎすぎか』
 愛しい娘は今どうしているだろう? 数年前までは妹からの手紙で知ることが出来ていた。でも今は、それすら難しい。
 ここでずっと待っていた。その日が来る事を。
 覚悟は出来ている。
 だけれど、あの子はどう思うだろうか?
 あの子の意志など関係無しに話は進められている。
 そのことに彼女はまた胸を痛める。
 かさかさと草を踏む音がした。
 音のほうへとゆるりと振り向く。
 先ほどまでの考えがなかったことのように、あでやかに微笑んで。
「こちらおられたのですね」
 そう言って近寄ってくるのは深紅の髪を一つに結い上げた青年。
 弱冠二十一にして司祭の位を授かった出世頭。
 最もこれは彼の出自が深く関係しているのだが、それを知っているものはあまりにも少ない。彼もまた、女性と同じように隠されるべき存在だから。
「書状が届いておりますが」
「後で目を通します」
 そう言って花を選別する作業を再開する。
「何故花を?」
「今日はマルスの十三回忌でしょう?」
 その言葉に青年ははっと目を見開く。
「もう……そんなに経ったんですね。ティアが大きくなるはずだ」
「その若さで何を年寄り臭い事を」
 口元を隠して女性が微笑む。
 マルスは彼の母親だった。
 彼と同じ赤い髪で、それでも性格は全然似ていなかったけれど。
「本来ならば法要をするべきなのですが……この地でそれは叶いません。
 せめて墓前に花を供えようと思ったのですよ」
 この地に流されてきて、一番驚いたのはマルスに会った時だった。
 行方が知れず、死んだと思っていた妹の子供。
 その子供が彼女の父だと言う。
 甥の娘の話から、あの一連の出来事が全て仕組まれていたものだと確信がもてた。
 すべてぶちまけたいと、たまに思う。白日の下に晒してしまいたいと。
 でも……まだ早い。
「ラティオも一緒に墓前で報告しましょう。グラーティアも呼んでらっしゃいな」
「はい、ではすぐに呼んできますので」
 淋しそうに微笑んで、預かった手紙を手渡してラティオは踵を返していった。
 その背を見送り、手元の書状へと視線を移す。
 差出人の名前はプラチナとあった。
 これは下の妹の偽名。
『何かあったな』
「ええ」
 胸元に書状を忍ばせつつ女性は応える。
「それもきっと……大変な事が」