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月の行方

【第四話 邂逅の時】 7.少年時代の終わり

 舞い上がる土ぼこり。
 土くれの中からすこしずつ、その姿をあらわにする青年。
 涙混じりに彼の者を呼ぶ、少女の声。
 その様子に、後ろにいたノクスは慌てて青年に駆け寄り、ミルザムは悔恨を声を出す。
「遅かった、か」
 見た所出血は酷いが、幸いな事にノクティルーカは回復魔法が扱える。
 少なくとも死ぬ事はないだろう。
 ネクリアなどに知られたら冷血だと批判を受けるかもしれないが、これからのことを考え、予防線を引いておく必要がある。
 そう判断して、救助に携わる人々の邪魔にならぬよう脇にどいて、自らの思考に沈む。
 『奇跡』を持つものが狙われるのは、別段珍しい事でも何でもない。
 問題は……マリスタが『奇跡』を持っていると知られていたという事。
 神が授けたという『奇跡』。
 それを手に入れるために手段を選ばないものが多い。
 ソール教などがその最たる例だ。
 もし……ノクティルーカの存在も知られていたら?
 自身に迫っているかもしれない危険を知らず、彼は必死の表情で回復魔法を唱えている。せめて止血をしてから医者に運ぼうという事だろう。
 ふと、回復魔法の淡い光に包まれて、マリスタが何かを呟いているのに気がついた。
「ごめん」
 そう、謝り続けている。
 彼の周りにいる人間は、誰一人として気づかないほどの小さな声。
 誰に対して謝っているのか。
 そんな事は分からないけれど。
 棒とシーツで即席の担架が作られ、マリスタが運ばれていく。
 そこに付き添うネクリアとノクス。
 持ち上げられたマリスタ。
 そこに、かつて『奇跡』が宿っていた左手は、なかった。

 マリスタの運ばれた病院。
 中はまだまだ騒がしい。
 一人外に出てミルザムは思考にふける。
 少し肌寒いが、考え事をするにはちょうどいい。
 空に宿るは大きな月。
 ほぼ円に近いそれを見上げてふと思う。
 明日は中秋。年で一番の名月の日。
 本来なら月見だ何だと楽しみながら準備をはじめるのだが。
 今年はそれは許されないらしい。
 一人で考えるのにも限界が来たし、話さざるを得ない事態でもある。
 懐から取り出すのは、小さな旅守り。まず唱えるのは起動の言葉。
「Junge」
 かすかに力を帯びるお守り袋。
 中にあるのは旅の安全の願いを込められた守り。
 そして……諜報員としての役目を果たすための連絡手段。
 これを使えば、遥か遠くにいる同志と連絡をとることのできる優れもの。
 ひとつ問題をあげるとすれば、誰に繋がるかわからないという事だけ。
 はたして、誰から反応がくるか?
『……なんなのよ、こんな夜中に。
 カペラですが、何か?』
 しばしの後聞こえてきたのは声。
 よく通るその声に、多分に含まれた不機嫌の色。
 確かに彼女の言うように、この時間帯に連絡をとれば不機嫌にもなるだろうが。
 何はともあれ、うるさがたの長老や苦手な先輩相手に話をする羽目にはならないでよかった。
「久しぶりだなカペラ」
『ミルザム?』
 気安い言葉に、訝しげな呼びかけが返る。そして。
『こんな夜中に随分ぶしつけね。
 で、何か急用? 婿殿が大怪我とか言ったらどうなるか分かってるでしょうね』
 声音はあくまでにこやかに、空恐ろしい事をいう。
 遥か昔、宮中でも有名だった寝起きの悪さは健在のようだ。
「怪我なら良かったんだがな。それより厄介なものに囚われた」
『囚われた?』
 意味を図りかねたように反芻し、しばしの沈黙。
 そして重いため息を吐き出すカペラ。
『そういうこと……
 でも。残念ながら姫様は何処におられるかわからないわよ』
 同じ『奇跡』を宿す姫ならば、何か良い対策を思いつくかもしれない。
 現にこの数百年の間、そうやって逃げ延びているのだから。
 しかし、そんなことで連絡をとったのではない。
 そんな事をすれば末姫にまで危害が及ぶかもしれない。
 それは最も避けねばならぬ事態。
「姫にお伝えしてくれればそれでいい。
 それよりも、俺も例の件で」
 そこでようやく分かったのだろう。困ったという声でカペラは応じる。
『そういえば警護の任から外れるんだったわね。
 ……仕方ないわね。私が引き継ぐわ』
「恩に着る」
『そう言っても、私だって別の任務が……
 っていうより、そっちを主に扱うようになるから』
「分かってる。アレもそろそろ自分の身くらいは守れるようにならんと困るしな」
 こういうときに動けるものが少ないのは痛い。
 種族として生き残っていても、北斗派と昴派に分かれていて連携は取れていないし。
 その後も二三の作戦、連絡事項を伝え。
『じゃあ、そういうことで』
「ああ。夜分悪かったな」
 そこで会話は終了した。
 お守り袋を懐に納め、ミルザムは天を仰ぎ見る。
 古の世から人に愛され畏れられ、歌に詠まれてきた月。
 中秋の名月。一番の月夜に生まれた子供。
 部屋の中はいつの間にか静まっている。
 今夜はこのままここで泊まる事になるのだろうか。
 もう一度月を仰ぎ見て、聞こえはしない問いを投げかける。
「お前はその名の通りの存在になれるか?」
 問いかけというより確認。名に込められた意味を、彼は知っているのだろうか?
「なぁ。ノクティルーカ」

 ふわぁ。
 あくびをした途端、がしっと意外に大きなその手で頭を固定される。
「はい、動かない」
 にこやかな口調と裏腹に、有無を言わせないその声。
 とても忙しい宿の女将の手を煩わせている自覚はあるので、余計な動作はせずに素直に従うノクス。
 とはいえ……眠い。そりゃもう眠い、とにかく眠い。
 それというのも昨日、ベッドどころか固い床で寝てしまったせい。
 ネクリアは「マリスタのそばにいたい」と駄々をこね、イアロスは「大切な用事がある」とどこかに消えて、ミルザムに至っては「じゃあ伝言を伝えてくる」とさっさと一人で宿に引き上げた。
 固い床で十分に熟睡などできるはずもなく、今も気を抜けばかくんと船をこぎそう。
 生憎、睡魔というものはとてもとても厄介だ。
「眠いのは分かってるからもう少し我慢しろ」
 苦笑交じりのミルザムの言葉。
 事の発端は彼にもある。
 十五の誕生日。成人を示すそれは、アージュの男子にとっては大切な日。
 今まで伸ばす事を強要されていた髪を切ることが許される、その日。
 本来なら父親がするその役割を、代理でミルザムに頼んだまでは良かった。
 今や腰まで伸びた長い髪。
 肩くらいでばっさりと切って……そこからがまずかった。
 人の髪を切った経験などない人間が、戸惑うのは当然の事。
 はてどうしたものかと困惑していて女将に見つかった。
 そして案の定、ミルザムははさみを奪われる事になる。
 形を整えるために細かく動かされるはさみ。
 シーツを引いて、その上に置かれた椅子に座って散髪。
 変な光景だと思うけれど、ミルザム曰く「髪はきちんと処分しないと怖い」のだそうだ。
「しかしノクティルーカも元服か。やはり感慨深いもんだな」
「そうさねぇ。子供はあっという間に大きくなるからね」
 しみじみとしたその声音。大人達はなにやら頷き合っている。
 でも、そういうものなのだろうか?
 大人と呼ばれる年になっても、小さいころ思っていた『大人』には、程遠いように思えるのだけど。
「はい終わり。どうだい?」
 鏡を手渡され、出来具合の確認を求められる。
 首筋がスースーするなぁと思う。
「ありがとうございました」
 礼を言えば、女将はとても嬉しそうな顔をして仕事に戻っていった。
 パタンと閉じられるドア。
 落ちた髪をすべて拾い集めてシーツごと畳み、椅子に座ったノクスと向かい合う形でミルザムは床に腰を下ろす。
「さて、まずは元服祝いだ」
 受け取れと差し出されたのは星図。
「使うかどうかは分からんが、売れば二束三文程度にはなるだろう」
「ありがとう」
 星の位置が細かに書き加えられたそれは、幼い頃に欲しいとねだったもの。
 今更になってくれるなんてと思わなくもないが、それでも少しは嬉しい。
「で、ここからが真面目な話だ」
 その言葉にノクスも顔を上げる。
 神妙な顔で、ミルザムは言葉を紡ぐ。
「それについて、私は詳しい事は知らん」
 視線はノクスの左手。『奇跡』の宿る場所へと注がれている。
「使うな、守りぬけ。そして、知られるな。
 『まほうつかい』の常識、だろう?」
 こくんと頷く。
 『奇跡』についての伝承は数あるが、皆一様にこの三つを説いている事が多い。
「お前も見たと思うが、あれは奪い取られていた」
 思わず顔を顰める。
 夕べ、建物の崩落に巻き込まれたはずのマリスタ。
 だというのに彼の左腕……ちょうど肘から先は、なくなっていた。
 剣か何かで切られたように。
 断定するには早いかもしれないが、利き手ではない左手を狙ったのだから。
 『奇跡』狙いだったととってもおかしくないだろう。
「用心するに越した事はない。誰にも知られるな」
 神妙に頷く。
「……何で自分がって、思うか?」
 調子の変わった声。気遣わしげな瞳。
 何で自分が。
 確かにそう思う。
 でも……嘆いていても仕方ない。
 世の中は不公平で、何でどうしてと思うことは、社会に出ればたくさんある。
 父がいつか言っていたこと。
 だから、口に出すのは別の言葉。
「ついちまったもんは仕方ねーし。
 とろうと思っても、とれるもんでもないんだろ?」
「それはそうだがな」
 大きすぎる力は呪いだと、昔アースが言ってた。
 正直、とても怖いし不安だらけ。それでも……
「なら諦める。考えてもわかんねーし、後回しでいい」
 そう。開き直ろう。
 何でどうしてと嘆いてみせても、現状は良くならない。
 そういうときにはいっそ開き直ってみせろ。
 試練を与えた相手に、場合によってはカミサマだって、簡単に越えてやると挑戦状を叩きつけろ。
 ばしばしと背を叩きながら教えてくれた、偉大な母。
 そんな両親を持っているのに、息子の自分がどうして負けられるだろう?
 短くなった髪。大人になった自分。
 手に入った、借り物の力。
 これに負けないように頑張っていければ、強くなれるかもしれない。
 そんな、ちょっと不純な動機もあったりするけど。
「俺は強くなりたい」
 かみ締めるように宣言する。
「力に負けないっていうのは強いってことだって聞いた。
 だから、こんなものに負けないようになる」
 その宣言の本当を意味を……成しえる事の難しさを、いつか知る事になるだろう。
 それでもその言葉を言える。それだけで十分。
「お前ももう大人だからな。
 一人立ちには早いが、その準備は必要だろう。
 俺にも別の任務が入ったことだし、これからはイアロスから教えを請うように」
 神妙に言い聞かせたせいか、いつものように反発することなくノクスは素直に頷いた。