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しんせつ

043:機械仕掛けの鼓動

 とくんとくんと規則的な鼓動があると、医師は言っていた。
 顔色も良いし、健康そのものだとも。
 けれど……これが正常ではないことなど、誰もがわかっていた。
 彼の姫はずっと虚空を見つめたまま、こちらの声にまったく反応しない。
 思い起こせば、兆候が無かったわけではない。
 眠りが極端に浅くなったこともあったし、食も急激に細くなった。
 それでも、顔色が良かったことから見過ごしてしまった。
 原因は――なんとなく分かってはいる。対応策はまったく分からないが。
 ったく、うちの警備はどうなってるんだ?!
 愚痴りたいのをこらえて息を吐き、深呼吸することで鎮真は気持ちを落ち着かせる。
 この状態の姫を、他家に知られたならばどうなることかと考えるだけで胃が痛い。
 理性ではそう考えるが、感情面ではやはり姫のことが心配だ。
 どうしてこうなってしまっているのか、元に戻るのか。不安は付きまとう。
 心を失ってしまったかのような姫を、沈痛な面持ちで見続けている青い姫の姿。
 二人を眺めていれば、心も痛もうものだ。
 しかし、青の姫は鎮真の姿を認めると、一転して表情を消す。
 完璧な……能の面のような表情は、怒りやなんかを無理やり隠そうとして取り繕っているようにも見える。
 頼ってくれればいいのに、と心の片隅で思う。
 頼られても、何も出来ないことは分かっている。それでも。

 そうして。
 鎮真が何も出来ないままに、時は移ろっていく。
 規則的に……どうにも出来ないままに。

自らの無力に苛まされ、それでも鼓動があることが救いに思えて。 08.11.26

031:朽ちた花を抱いて

 彼女に与えられた――もとい、彼女のために用意された部屋は、調度品は立派だが少し寂しいものだった。
 けれど、それも花が一輪あるだけで様変わりする。
 床の間に手ずから白い花を飾り、鎮真は彼女へ振り返った。
「今年の花ですよ」
 呼びかけに、返事はない。
 現姫がこうなってから、すでに一月が経とうとしている。
 姫の同行を許された侍女は、それはもう青い顔で毎日世話をしている。
 正直な話、見ていて痛々しすぎる。少しは休ませてやろうと気を使われることが気に食わないと言ってのけるその根性はすごいと思うが。
「姫は白薔薇がお好きでしたよね。今年は一段と華やかに咲いておりますよ」
 ぜひ、御覧頂きたいものです。
 そう続けて反応を見るが、やはりまったくない。
 医者どもは役に立たないし、口の堅い陰陽師でも雇うか?
 打つ手打つ手をことごとく粉砕されてきた鎮真。
 反応のない現を見ても、もうため息すら出ない。
「茜、後は頼んだぞ」
「はい」
 いつものように言い捨てて部屋を出る。
 できれば訪れたくないが……そうもいってられない。
 以前のように毒を盛る連中がいないとも言い切れないし、この姫を連れさらわれでもしたら事だ。
 本当にどうすればいいんだよ?
 やるせない気持ちのまま、それでも鎮真はちらりと姫の様子を見る。
 無表情のまま座す現姫。
 彼女に寄り添う傷心の青い姫。
 ずきりと心が痛む。
 損得勘定を持った自分と違って、『彼女』は心から彼女を想っている。
 必死に世話をする侍女と同じように。

 反応をしない現に、空もだんだんと感情が磨り減っていっていた。
 何を話しても、能登がゆすっても、まったく意味がない。
 人形のように反応しないのだ。
 かなり青い顔をした能登が、床の間の花に目をやる。
「綺麗な薔薇ですね」
「え、ええ。鎮真様のお母上……真由様がお好きだったんですよ」
 聞かれると思っていなかったんだろう。茜と呼ばれている侍女が慌てて応える。
「でも、そちらの姫様にお気に召していただけていたなんて、光栄ですねぇ」
「姫様は植物はだいたいお好きですから。
 薔薇を好まれていたのは、姉上様のほうなんですよ」
「あら、そうなんですか?」
「ええ」
 くすりと少しだけ能登が笑う。
 それが嬉しくて。それが疎ましくて。空は彼女達が見えないように背を向ける。
 こんなときに笑うなんて酷いと思う……けれど、こんなときでも、笑えるようでないと心がどうにかなってしまいそうだとも思う。
「姉上様のお好きな花を差し上げたかったのですって。
 まだお小さい頃に、そう教えていただきました」
「あら可愛らしい」
 言葉を聞いて思い出す。
 現は、薔薇よりも桜を好んでいた。
 というより、彼女が一番好きなのは桜だから当然だろうけれど。
『現』
 聞こえるわけがないと分かっているからこそ、空は話しかけられる。
『また、みんなで桜を観に行こう?』
 だから、早く元気になって。

あの花が咲く頃には元気になっていて。 08.12.03

018:愛していると、呟いて

 あれから幾日も過ぎたけれど、現は相変わらず人形のように何にも反応しない。
 手を引っ張って移動させることはできなくはないけれど(事実、能登がたまにやっている)、あの子の意志で動いてはいない。
 最初は慌てていた鎮真も、諦めて……受け入れてしまったようだ。
 でもそれは……わたしのほうかもしれない。
 わたしの行動に、あの子が何も返さないことにはなれていたけれど、それでも何にも反応しないのは悲しい。
 取り繕っているようで、その実、表情豊かなあの子を見ていることが、わたしの楽しみであり願いなのに。

「姫が大切なのですね」
 そう聞かれて、カチンと来た。
『当然です』
 意味ありげな眼差しでこちらを見てくるから、わざわざ人気のないところまでついてきたというのに何を言い出すんだろう。
 大事なのは、当然。
『ただ純粋にあの子のことを心配しているだけではないことは知っています』
 鎮真の立場なら、それも当然だろうと思う。
 権力の座にあるものなら、あの子の容態如何によって、身の振り方を考える必要がある事だって知ってる。けれど。
『少し友達甲斐がないんじゃないですか』
 言ってしまってから気づいた。
 責める口調じゃなく、拗ねるような形になってしまったことに。
「友達……?」
 きょとんとしたような鎮真にむっとする。
 友人だとすら思っていないのか。
 半眼で睨めば、途端に視線をはずして乾いた笑いを上げる鎮真。
「そうですね……幼い頃は、普通に友人といえたのに。
 立場に囚われすぎていたようです」
 その言い方に、呆れるやら悔しいやら。
 現、こんなの友達だなんて思わなくていい。
 他人よ他人。ただの顔見知り。
 ううん、取り入ろうとする厄介な敵。敵。
「貴女は……」
 ここにはいないあの子に念を送っていると、さりげない口調で鎮真が切り出してきた。
「私が友人なら、貴女は何でしょうね」
 呆れ顔はそのままに、わたしは目だけを凍てつかせる。
 正体を探ろうというのだろう。
 ……姿を見られてしまった時点で、ほぼ分かっているも同然だとは思うけれど。
『秘密に決まっています』
 それだけを告げて、空気に溶けるように力を抜く。
 どれだけの力なら人に見られないか、なんて、とっくに知っている。
 勘の良いあの子に気づかれないために、それこそ必死だったから。

 完全に見えなくなった『青い姫』。
 現姫の在らせられる部屋のあたりに視線をやって、鎮真は小さく笑う。
「やっぱり、答えてはくれないか」
 そんなことは想定内。想定外だったのは……
 口の中で小さく――音には出さずに言霊を紡ぐ。
 それは、とてもしっくり来た。
 だからこそ鎮真はため息が隠せない。
「――――不毛すぎる」
 自分の心って、何でこんなに分かりにくいんだろうなぁ。
 けれども鎮真はそんなことに囚われている時間などなくて、今日も今日とて政務に励むのだ。

天秤は、果たしてどちらに傾いているのか。 08.12.10

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/