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しんせつ

036:あなたは振り返らない

「まぁ、終わったことですから」
 そう言ってにこやかに笑う彼女。
 大多数の者は、その笑みに追及の手を阻まれたのだろう。
 けれど。
「それで済ませる訳にはいきません」
「言われると思いました」
 きっぱりと言う鎮真に彼女は――現姫は苦笑を返した。
 人形のように意思も何もかもなくしてしまった姫が、それを取り戻したのはつい最近のこと。
 しかも、誘拐された先でのことらしく、戻ってきたときには意思を取り戻していたという。
 こちとら、彼女が誘拐されたと分かった瞬間に、お家断絶を真っ先に考えたというのに。
「一体何があったんですか。詳しくご説明ください」
「鎮真がどうしても知りたいというのならば、話します」
 意外な返答に疑いの眼差しを向ければ、案の定目を細めて続きの言葉が紡がれた。
「三百年ほど後に」
「殿下」
 諌める気持ちを多分に込めて嫌がられる敬称で呼べば、彼女は表情を改める。
 その敬称に相応しいものに。
「七夜に話すことはありません。
 『鎮真』にはいずれ話すことが出来るようになるやも知れませんが」
 言われて鎮真も押し黙る。
 遠い未来に思い出として話すことは出来るようなもの。
 けれども、権力を握る『七夜』には話すことの出来ない内容。
 ろくでもないということだけは分かる。
「それでも……考えうる限り、次善の結果だったんだから良いじゃないですか」
「最善じゃないんですか」
「最善を目指して、何とか次善に落ち着けたんです。良いと思ってください」
 呆れたように言う現は、かつてと変わりない。
 確かに、現在の様子を鑑みれば、次善よりも良い状況といえなくもない。
 それでも――最善とは言いがたいのか。
「成果がないとか、悪いとか言うわけではありません」
 そうではないのだ。聞きたいのは。
 現姫が陥ったあの状況はどういったものなのか。再発の心配はないのか。
 何者かによって仕組まれたというのならば、そのものの処罰はどうしたのか。
 聞いて、確かめておかなければならないのはそういうことだ。
 けれど姫宮は澄まして言うのだ。
「では、この話は終わりです」
 お茶を一服し、茶菓子にと用意された龍馬作の団子をつつきはじめる彼女を見て、鎮真はなんともいえない気持ちになる。
 喜んでいないわけではない。
 無事、戻ってきた姫を。意思も何もかも、取り戻したように見える姫を。
 それでも……だからこそ、苦言を申し上げたいのだ。
 この方は昔から起こってしまったことに対しては非常にあっさりとしている。
 後悔などないというように、他人に見せることが出来ることはすごいと思うし、鎮真にとって見習わなければいけないことだろう。
 けれど、それらはすべて追及の手を弱めていい理由にはならない。
 ひとまず、出来たてて美味しいうちに団子を食べてしまおう。
 その後とことんまで追求することになるだろうから。

喜びにほころぶ顔をわざとしかめて訴える。 08.12.17

088:不確かな日々

 しつこくしつこく問い詰めてくる鎮真を、とぼけつつもあしらって数日。
 ようやく久々の我が家……もとい、宮中へと戻った現。
 なんだかんだでこなす仕事は増えたけれど、本人はとても機嫌がいい。
 一日の始まりに終わりに祈りを捧げることはすでに身についたもの。
 本来の彼女の仕事はこうした祭りごとだから。
 けれども無論それだけではなく、政治の面でも権威を発揮する。
 今は大事なときだから、基本的に会いたいといわれたなら会わなければいけない。
 それが、たった数日前に見た顔だとしても。

 何でまたと思ったのは現だけではないのだろう。
 そばに控えている能登も眞珠も、にこやかなのは表面上だけだ。
 歓迎されていないのは鎮真とて分かっている。
 だから、早々に用事を告げた。
「今年の薔薇をお持ちいたしました」
 侍女の手を経て渡されたのは、今だみずみずしい花束。
「ありがとうございます。八重咲きは綺麗ですね」
 礼を言って感想を告げると、鎮真は困ったような嬉しいような顔で笑った。
「どうしました?」
「いえ」
 問いかけに、やや慌てたように答えて彼は頭を垂れる。
 多分、私がちゃんと反応するから安心したんだろう。
 『あの時』のことを、覚えていないわけじゃない。
 自分の意志で動かぬ身体。
 五感のうちどれだけが閉ざされたかは――正直分からない。
 意識すらあやふやで今でも夢かと思うくらいだ。
 けれど。
 『誰か』がずっと側にいてくれたような気がする。
 ずっと側にいてくれた人。でも――知らない人。
 思い出そうにも、霧の中を彷徨っているように、何一つはっきりしない。
 確認する術なんて何一つない。
 それでもいいと思う。知ってはいけない、気づいてはいけないと。
 あれは、あの記憶は――確かなものにしてはいけないのだ。

幻を掴むことは出来ないのだから。 08.12.24

093:音の無い声

 自分が、ささくれ立っていたという自覚はある。
 でもあの状況の場合、平然としていることの方がおかしいことも確か。
 妹が突然――前兆を見過ごしていたのがすごく悔しい。知っていてもどうしようもなかったとしても――人形のように、外界からの情報に何の反応も示さなくなってしまったのだから。
 後日、事態が収束してから兄上にこってり絞られていた話を聞くに、少しずつ剥ぎ取るように五感が鈍くなっていたというのだから……彼女の恐怖感はただならぬものだったろう。
 目を離したら、また戻ってしまうんじゃないかって、兄上や鎮真は心配していたようだけれど、日が経つに連れて執拗な監視はなくなり、今は前と同じようにわたしだけがこの子を見ている。
 そうして気づく。
 時折、どこか遠くを見たままで何事か呟いていることに。
 気づいたときはぎょっとすると同時に背中に嫌なものが走った。
 また何か厄介なことでも起きたのかと思ったけれど、そっとのぞいたあの子の目にはしっかりとした意思の光があって、操られているとかそういう風には見えない。
 空気だけで紡がれるそれは、読唇術なんて出来ないわたしには分からない。
 いつもいつも見ているからって、全部が分かるわけないということが分かっていても……少し悔しい。
 けれど、そんなわたしの気持ちに――存在にも気づかないまま、現は今日も何事かを呟く。
 言霊の込められることのなかったそれは、あっという間に空気に溶けていった。

今日も今日とて音にならない言葉を紡ぐ。現は(そら)に、(うつ)は現に。 08.12.31

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/