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しんせつ

089:怖いくらいの、そのうつくしさ

 はぁ。
 予想よりも大きなため息が落ちる。
 今回の呼び出しは、朧姫が正式に星位を継がれる儀式のため。
 お祝いの言葉を述べるためのもの。
 新しい昴の誕生に都は華やかさを増してはいるが、鎮真の気持ちは晴れない。
 都に呼ばれるということは現姫にも会う可能性があるということであり、万一逢ってしまったりすれば挨拶をしないわけにはいかず、あの幽霊に睨まれる事は必至。
 表向きは権力の座を奪われた現姫だが、壱の神の依巫としてのお役目は変わらずある。
 その役目があるが故に不可侵の存在として丁重に扱われているということも嫌というほど分かっているけれど。
 真砂は遠方。
 早くに国を発ったためどの北斗よりも先に到着し、また鎮真は後継という地位である故に暇をもてあましていた。
 それを理由に庭をある程度散策できるのは悪いことではないけれど。
 楠の巨木を見上げて大きく呼吸をする。
 伸びた枝と葉のお蔭で鋭い光は鎮真まで届かず、代わりにやさしい風が頬を撫でた。
 どうしようもないことを悩んでも仕方ないことは分かっている。
 それでも思い悩んでしまうのは性格だろうか?
「眉間にしわがよっていますよ」
 諌めるような茶化すような口調に思わずのけぞった。
 気を抜いていたとはいえ他人が近づいていることに気づかなかった自分への失態。
 そして何より衝撃なのは、明らかに聞き覚えのある声だったこと。
 真っ白になる頭とは裏腹に声の主を確認しようと首がぎこちなく回る。
 予想通りの人がいた。
 流石にそのままの格好では外に出られなかったのだろう。
 白く長い髪をひとつに結い上げた殿上童姿で、面白そうに鎮真の反応を見ている現姫。
 いや、男装しているから『幻日』と呼んだほうがいいかもしれないが。
「な……にをされておられるんですか」
 跳ね上がりそうな声を何とか押さえてそれだけ聞く。
 さぞ泡を食っているだろうと思いながら背後の幽霊にそれとなく視線を向ければ、『幻日』と同じ顔の彼女は怪訝そうに姫を見ていた。
「何って、散歩ですけど?」
 悪びれることなく首を傾げる『幻日』に、ほんの少し違和感を感じた。
「鎮真の姿が見えたので来たのですけど」
 いけなかったと問うまっすぐな視線が鎮真を捉える。が、鎮真は何も返さずにただ沈黙を守る。
 ふ、と小さく空気が動いた。
「なんだ。意外に鋭いな」
 言葉に秘められたどこか暖かな笑いとは逆に、周囲の温度が一気に下がる。
 大きく目を見張った彼に満足そうに『現姫』は笑みを浮かべた。
「まあお前は幼い頃より見ていたから可笑しくはない、か?」
「……壱の神」
 呼びかけにも似た鎮真の言葉に神は不思議そうな顔をする。
「ああ。不思議か? 我がこうしているのが。
 なんてことはない。現は我と共に在り、我は現と共に在る。それだけのことだ」
 『彼女』がいる限り、神の意思一つでいつでも降る事はできるのだ。
 雄雄しい大木の前に立つ、神々しい姫。
 さんさんと注ぐ太陽の熱は木陰には届かず、身を引き締めるように空気が張る。
 見ることは決まっていた。
 できることならこんな姿で見える機会は少ないほどいいと思っていたのに。
 それでも――鎮真は目を離すことができなかった。

人が持ちえぬ美しさ。『神』に囚われているのは、果たして誰だろう? 08.06.11

003:貴方は私を見ていない

 久しぶりに会った鎮真はとても気まずそうだった。
 それはそうかもしれない。
 宮中(ここ)で逢うと彼はいつも刹那だけ表情を引きつらせて、それから笑う。
 所詮私は『友人』を得ることができないのかもしれないと、少し悲しくもなるけれど……彼の立場を考えれば当然だろう。
 下手に私と仲が良いなどと噂されれば将来に関わる。
 けれど何故だろう。
 最近はますます様子がおかしいように思う。
 兄の義弟に近い関係の彼は、都に来るたびに私のところへ挨拶に来る。
 『外』の話を聞くことができるのは嬉しいし、薔薇のお礼を直接言える機会だから、私にとっては嬉しいこと。
 多分半ば強制されてのことだろうと察せられるから、たまに悪いとは思うけど。
 御簾越しだから元々表情を読みにくい面もあることは確か。
 けれど、私のほうを向いているのに視線が少し後ろを見ているようだったり、訝しそうな試すような視線を向けてきたりする。
 一体何があったんだろう?
 にこやかに応対しつつ現は思う。
 考えられることは一つ。
 彼はもう『壱』に逢ったんだろう。私とともにあるという神に。
 それで気が散っているのかもしれないけれど。
 口元を隠していた檜扇を、わざと音を立てて閉じる。
「姫?」
 訝しそうな鎮真に少しいじわるだと思いながらも問うてみた。
「真砂殿はなにかお気にかかることでも?」
「いえ、そのようなことは」
「冗談です」
 案の定慌てたように言い返してくるのを留める。
「今年も薔薇をありがとうございます。相変わらず見事ですね」
「ありがたきお言葉」
 お礼を言ってにっこり笑うと、彼はばつが悪そうに恭しく頭を下げた。
 人と話す時にはその人としっかり向き合って話すもの。
 言いたいことは分かってくれただろうから。

私でない「私」を知っている人。だから、疑ってしまうのだと知っているけれど。 08.06.18

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/