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しんせつ

090:硝子の世界

 いつ壊れるか分からない。いつ壊れても不思議じゃない。
 それはいつも心に留めてきたことではあるけれど。

 久々の目覚めは酷く気分の悪いものだった。
 だからこそ、八つ当たり気味に暴れてしまおうと思ったけれど、それは『風』に遮られた。
 その後『風』がどうなったかは知っている。
 現にはいつか誰かが知らせるだろうから、ぼくは言わない。
 目を開けば、相変わらずのむさい男連中が見えた。
 それぞれに正装で神妙に頭を垂れている様子は何度見てもげんなりする。
 ぼくの言葉を預ける昴を補佐する北斗たち。
 だけど今回は若いのが一人いた。
 名前は知ってる。真砂の七夜鎮真。
 現が何度か会ってるから、性格も多少は分かる。
 そういえば、次の当主になるって言ってたな。
 顔見せか。
 そんな風に思っていたら、案の定景元が紹介をしてきた。
「我が後継、鎮真でございます」
「真砂七夜鎮真と申します。ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」
「『面を上げよ』」
 ぼくの命令に鎮真は素直に顔を上げる。
 息を呑むような表情をしたが、それだけ。
 まだまだ感情をもてあまし気味な年頃にしては珍しい。
 他の者ならともかく、もっと驚くと思っていたのに。
「『なんだ? 驚いたか?』」
 意地悪く聞いてみたら、少しの間を置いて肯定した。
「『そうだろうな。お前は先に「会っていた」からな』」
 くすくすと笑ってみせると、案の定鎮真は複雑な色を瞳に宿した。
 この場で取り乱すところは見せられないだろうから、仕方ないこの程度の反応で我慢我慢。
 ぼくの隣にいる、でもぼくにしかいることがわからない『空』も不服そうにしてることだし。
 驚くのは当然だろうと思う。鎮真は『ぼく』には会った事がないけれど、ぼくが器としている『現』には会っているんだから。
「壱の神」
 諫めるような物言いは昴――『琴』のもの。
 わかってるよ。でも少しくらい楽しんでもいいじゃないか。
 『内』から覗き見る『外』はあんなに楽しそうなのに、いざこうやって出てくるとぜんぜん楽しくないんだから。ああ、ままならない。
「『では、聞こうか』」
 ぼくの言葉で始まるこの国の『まつりごと』。

 長く続くのか、それともすぐに消えてしまうのか。
 細い細い針の上。危ういバランスを保ったまま、それでもこの国は続いていく。
 時に人の世から姿を消して。

閉じ込められたのは人か神か。美しい世界は脆く儚いものなのだろうか。 08.05.21

040:月が欲しいと泣く子供

 鎮真はぼーっと夜空を眺めていた。
 今宵は十六夜。月の明かりは十分すぎて庭の様子が良く分かる。
 簡単な挨拶だけを済ませた後、もう必要は無いとばかりに部屋を追い出されてしまった。
 そのことについては文句は無い。いくら後継とはいえ、まだ『破軍』の任についてはいない自分には聞かせられない話がたくさんあるということだろう。
 仕方なくあてがわれた部屋に戻ってきたはいいものの、叔父が仕事中だというのに休むわけにもいかない。
 少し欠けたところも趣があっていいじゃないかと自分に言い聞かせつつ、こうして月見をしているのだが。
 どうしても思い返してしまうのは、つい先ほど会ったばかりの彼女ではない『彼女』。
 理解している。それが役目で望まれていることだということは。
 神の言葉を伝える巫女。
 『壱の神』をこの世に顕す為の――器。
 器としての姫を壱の神はお気に召されていると聞いた。
 だから、ああいった姿を見ることは多いんだろう。
 そう鎮真は結論付けた。
 政に携わる北斗――真砂七夜の長に、『破軍』になるのだから。
 物憂げな気持ちになるのは月のせいじゃない。
 宮中(ここ)で彼女に会うときは、いつもいつも驚かせられる。
 その原因は、決して彼女ではないけれど。
 まーだ引きずってるのか、俺は。
 自分で思っていたより深いため息に、さらに落ち込みそうになるのを何とかこらえて、鎮真は行儀悪く柱に背を預けた。
 確かに――認めよう。初恋だったことは。
 『志津』が『幻日』にしたものだとしても、鎮真は彼女に恋をしていた、と。
 初めて見た小袿姿の姫宮は、今思い出しても可愛らしかった。
 当時は混乱でそれどころじゃなかったけれど。
 今回のことで、初恋は特別だと茜や河青が言っていた意味が良く分かった。
 綺麗だと思ってしまった。神懸った彼女を。
 神々しいその姿を見ていたくて――見ていたくなくて。
 彼女に見つめられることが怖ろしくて――嬉しくて。
 いっそ想いを告げて振られていれば、なんて馬鹿げたことを思ったりするのは、弱ってる証拠だろう。
 成人前ならいざ知らず、今の自分がしたならどうなることか。
 想いが通じれば、結ばれぬ悲恋として歌われ語られていくに違いない。後世に至るまで。
 通じなければ――馬鹿にされるだけだ。
 こちらも後世に至るまで、真砂七夜が権力の座に在り続ける限り。
 そしてこの手の話は、権力者にとって不利に働くことは明白。
 だというのにこの体たらく。
 夜をまばゆく照らす月から淡い闇に溶ける木々へと視線をずらす。
 なんだかものすごく疲れた。
 茜なんかは恋をすると生き生きするだの言っているが、もういい俺はいい。
 こんな想いは早く忘れてしまいたい。

手の届かぬものこそを欲しがる。そんな気持ちを棄てることができれば。 08.05.28

014:それしか出来ない

 現姫が重症を負わされた日から、時間は容赦なくいろんなものを奪って過ぎていった。
 それは例えば我らの昴。
 外の国との『話し合い』の末、退位を迫られた挙句、異国へと連れさらわれてしまった。
 ――星位は此度の一件で発見された朧姫が継がれる事になった。
 何者の謀か。さぞ笑いが止まらぬことだろう。
 立場を浚われた形になる現姫は宮中を追われることはなかった。
 これだけは僥倖と言えるかもしれない。
 無論のこと以前のままというわけにはいかず、おつきの女房の数は減らされた。
 だが、何よりも彼女の顔を曇らせている原因はやはり、兄弟全員と引き離されたことにあるだろう。
 先の昴で在らせられる姉君は外つ国へ。
 上の兄君は身罷られた後に怨霊となってしまわれた。
 その御霊を鎮めるべく、下の兄君――麦の君は家族そろって北方に封じられた。

「文様はお元気ですかねぇ」
 心配そうに茜がため息をつく。
「誰かの仕業だとしたら酷すぎますよ。せっかく文様がお幸せになられてたのに」
「茜、聞きとがめられたらどうするんだ」
 形だけの注意をして鎮真は鋏を手に悩む。
 大ぶりなこの花にしようか。それともこちらの形が整ったものにしようか。
「でも久しぶりですね。鎮真様がお部屋に自ら花を飾られるなんて」
「自室になら適当に選ぶさ。
 流石に献上品となると慎重にならざるを得ないからな」
 どことなく呆れた様子の河青に軽く返して、熱心に選別する。
「献上品、ですか?」
「だから言ってるだろう? ほら、いいのを探してきてくれ」
「分かりましたぁ」
 しっしっと手を払うと昔馴染みの部下二人は思い思いに散っていく。
 見届けることなく鎮真は花を選び続ける。
 自分が知る、かの姫が好きな花は都では育たない。
 だから何かにかこつけて贈ろう。
 すこしでも元気を出してくれることを祈って。

比較的近い場所にいることが許されている、自分に出来る精一杯のこと。あまりにもちっぽけな。 08.06.040

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/