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空の在り処

【第三話 再会】 1.違和感と吉報

 幽閉生活も二年が過ぎて、いい加減真砂の風習にも慣れた。
 明も侍女としての仕事に慣れてきたみたいで、とんでもない失敗もなくなった。
 そして――間近にいたために、嫌というほど思い知った。寿命の違いを。
 たった半年。それでも明は年取っていた。
 こんなにも変わるものなのかと驚くと同時に怖い。
 ポーリーだって『そう』だったのに、なんで明にはそう思うんだろう?
 いた場所の違いかしら?
 ポーリーのときは、周りは皆早く年を取っていって……現が異質だった。現だけが違った。
 でも、明は都にいた。あの場所では明こそが異質だった。多分そういうことなんだろう。
 自身の『時間』には明も敏感なようで、最近はすっかり諦めきった表情のままいる。
 明のことは少し気にしてはいるけど、わたしにとってもっと心配なことがあった。
 どういう訳か、現の食がどんどん細くなってきていた。
 幽閉されているから、気持ち的に落ち込んでっていうのも少し考えたけど……それとは少し違う気がする。
 今日の夕食だった鰤の煮付けだってあんまり手をつけなかったし。
 時折ぼーっとすることも多くなったし、なんでかしら?
 理由は分からないまま、また一年が経ち……現が真砂に閉じこめられて、とうとう三年目の正月が過ぎた。

 星の少ない空に寝待月が姿を見せる。
 今日も今日とて『見張ってます』という証明に鎮真の訪問をうけた以外はやることもなく、ただ時間が過ぎていった。
 寝顔は健やか。食事の量が減っているにも拘らず、やつれた様子も痩せた様子もまったく見られない。
 それも、おかしいことなのに。
 どこかおかしいと思っても、どうおかしいか説明できないのがもどかしい。
 健やかに眠っていたはずの現が突然目を覚ました。
 慌てて姿を消そうとすると、それより早く起き上がって、『わたしを見て』わらった。
『……壱の神』
「『なんだ?』」
 問いかけに答える神はとても楽しそう。
 現の身体を使って欲しくないのに。今はただでさえ気が滅入っているのに。
 むっとしたわたしに気づいているだろうに、壱の神は上機嫌。ううん、わたしの反応に気を良くしてるのかもしれない。
「『そんな顔をするな。アレが起きたぞ』」
 起きたという言葉に慌てて姿を消そうとするも、壱の神は笑っている。
 まるで、慌てたわたしが面白いような……
『ポーリーが?』
 問いかけに返る笑み。
「『先程呼ばれた。しかし「月」も中々に肝が据わっているな』」
 なんだか、本当に楽しそう。
 そうやって笑っていても、現とは表情がぜんぜん違う。……わたしも、そうなのかしら。
「『いずれこの地に来るであろう。我が呼んだのだからな』」
 ふふんと胸をそらし、言うことは言ったとばかりに壱の神は横になった。
 しばらくして聞こえてきた寝息。体の主導権は現に戻ったんだろう。
 先程言われた言葉を思い出す。
 ポーリーが起きた。
 壱の神が呼ばれた。
 いずれこの地に来る。
 ふつふつと湧き上がってきたのは、どうしようもない怒り。
 壱の神の力なら、ポーリーを起こすことが出来た!
 なら、この三年間は何だったの?!
 悔しい。悔しくてたまらない。……でも。
 これで状況は変わる。
 ポーリーが起きたことで、必ず。
 壱の神は彼女が来ると言っていたし、眞珠や正告がそばにいるだろうから、現の状況は伝わるだろう。
 今の状況を知ったなら、ポーリーはきっと来る。
 ひどいことしたって……落ち込んでるだろうから、泣いちゃうのかしら。
 思わず苦笑が漏れる。いけない、わたしも現のこといえないくらいには姪っ子が可愛いみたい。
 気持ちがほぐれたところで……今更ながらに気づいた。
 寝ていた現の身体を使って壱の神が起き上がったのだから当然ともいえるけれど……掛け布は腹の位置くらいまで下がっていた。
 春とはいえまだ寒い。おまけにわたしは物をつかめない。
 ……現が風邪引いたらどうしてくれようかしら。
 どうもできないことはわかっていたけれど、やっぱりカミサマには苦労させられる。

 数日の後、兄上名義で手紙が届いた。
 鎮真は一応遠戚――兄上の奥さんが鎮真の従姉――にあたるから、兄上からの手紙は結構あることだった。
 ここ最近妙に疲れてる様子だった鎮真が少し明るく見えたから、兄上からの手紙にいいことでも書いてあったのかしら?
 現宛の手紙には、ポーリーがそっちに行くよという内容が書かれていた。もちろん素直にそう書かれているわけじゃなく、暗号みたいな感じで。
「兄上様はどのように? お元気そうですか?」
「ええ。私がいるなら遊びに行きたいくらいだそうですよ。
 かわりに姪っ子たちを行かせるから可愛がってくれ、だそうです」
「あら、(べに)さまたちがですか?」
 能登の問いかけににっこりと笑み返す。
 ……嘘は言ってない。ただ、受け取り方が違うだけ。
 兄上からの手紙で、自分の代わりに会いに行かせる『姪っ子』。
 なら、大抵の人は兄上の娘である紅を思い浮かべるだろう。
 鎮真の顔が明るく見えたのも、そのせいかしら?
 紅は鎮真にとっても姪同然だし、会いたいといわれれば嬉しいだろうし。
 まあ……害されたとされているポーリーがくるなんて思わないものね、普通。
 事実が分かったときの鎮真の反応が少し楽しみかも。

 そして、その日は結構早く来た。

 なんだか慌しい城内に、何かあったのかなと思っていれば、見慣れない侍女がやってきてこそこそと話をしている。
 耳打ちされた方はと言うとおっとりと笑い返しているから……そうたいしたことでもないのかも?
 おっとりした侍女の名は茜。現が小さい頃――幻日として真砂に来たときにもいた侍女で、鎮真の乳兄弟。
 鎮真は彼女をかなり信用しているらしく、現の世話一切を任せきっている。
 実際、かなり優秀なんだろう。能登も最初からめちゃくちゃにはけなさなかったし。
 何があるのかな、と思っていると鎮真の声がした。
 また話に来たのかしら。領主のはずなのに暇そうね。
 そんなことを思っていると、開かれたふすまの先にいたのは鎮真一人じゃなかった。
 能登が息を飲む。
 柔らかそうな銀の髪。幼さの残る顔立ちに不安をいっぱい滲ませてこちらをうかがっているその姿は――昔を思い出させた。
「あ……」
 呟くだけで口ごもってしまう。
 そういえば、本当に言いたいことこそ、言いよどんでしまう子だった。
 懐かしさと愛しさに自然と笑みが漏れる。
 くしゃとポーリーの顔がゆがむ。
 きっと、もう泣くのを耐え切れないんだろう。
 親を見つけた迷子のように、遠慮なく力いっぱい抱きつくまで、そう時間は要らなかった。