【第三話 再会】 2.決意と自覚
「ご……っく……なさ……っ ごめ……っ」
しゃっくり上げながら泣き続けているポーリーは、それでも現から離れようとしない。
まるで、ようやく会えた親に必死にすがる迷子のように。
「ひど……こと、頼んでごめんなさっ
わ……のせい……で、閉じこめ……ごめ……」
予想通りの言葉。
うん。あの時は酷いと思ったし、今も正直他に方法はなかったのかって思うけど……ポーリーだって平気じゃないのは分かってた。
現にいっぱい迷惑かけることは知ってて……それでもノクティルーカたちを守りたかったって事はわかっている。
だから、現は笑って言うんだ。
「うん。だから……もう、しないね?」
「うんっ」
懸命に頷き、それでも涙は止まらない。
なんだか、この子のこんな姿を見てると……昔に戻ったみたいに錯覚しちゃう。
ノクティルーカはどこか複雑な表情ながらも笑っている。
能登や眞珠は目頭をそっと押さえているし、白夜ももらい泣きをこらえてる感じ。
みんな、二人のこと良く知っているもの。当然の反応かもしれない。
ただ唯一、残された明だけがじっと二人を見ていた。
ノクティルーカよりも複雑そうな……眩しいものを見るような、憧憬の目で。
「落ち着いた?」
「ん」
未だぐしゅぐしゅと泣きつつもポーリーはこっくりと頷き、手の甲で涙を拭う。
またそんな乱暴なしぐさで涙を拭って。
呆れたのはわたしだけじゃなく、能登が苦笑しつつ顔を拭いてあげてる。
もう。涙を拭うなら袖を目頭に当てるとかあるでしょう?
袖口でぐいとふき取るなんて、男の子じゃないんだから。
「ノクティルーカもありがとう。大変だったでしょう?」
「いや、俺もポーリーに助けてもらったから」
現の声につられて視線をやれば、居心地悪そうにしているノクティルーカの姿。
年はポーリーと同じで……何歳になったのかしら?
黒髪に深い青の瞳。風兄上の遠い子孫に当たるこの子は、ポーリーの許婚。
いずれ星位を受け継ぐポーリーの婿は、正直選ぶのが大変だったろうと思う。彼の存在がなかったならば。
ポーリーが生まれたその日に正告が読んだ未来。
彼女の伴侶としてもっとも相応しい相手。
あの子の仇討ちを手助けして身を守り、さらに一応星家縁の人間ならば、邪険にも出来ないから……もう決まったも同然だろう。
あとは、この騒ぎを収束させればきっとすぐ祝言でしょうね。
「ありがとう。この子を守ってくれて」
「……俺が好きでした事だし」
照れくさそうにそっぽを向いて答える彼にポーリーが嬉しそうに微笑む。
これはあれかしら。
『ノクティルーカが好きで……自分の意志でポーリーを守った』と取ったのか、それとも『ノクティルーカがポーリーを好きだから守った』と受け取ったのか。
どっちにしても、ご馳走様。
そう思ったのはわたしだけじゃなかったみたいで、現も笑いながら話を打ち切った。
訪れた少しの間。
じっと現を見ていたポーリーが、彼女の袖を引っ張りながら問いかける。
「アース、大丈夫? どこも怪我とか、病気とかしてない?」
『アース』も現の偽名の一つ。通名の方があっているかもしれない。
外つ国にいる間はほとんどこの名を使っていたから。
わたしたちの名前は独特で、外の国にいるとすぐにばれてしまう。ただでさえ容姿が目立つのだから、外では別の名前を使うようになったのはもう大分昔の話らしい。
だから、初めて外つ国に出る前に考えた名が『アース』。
本当ならポーリーだって『導』と呼ぶべきだし、『現』と呼ばせるべきなのだけど。
……まあ、通名のほうが目立たないし、現在の状況だって小さいポーリーが『現』と発音できなかったからもある。
「大丈夫。怪我も病気もしてないわ」
ちょっと体調がおかしいけどね。
「ひどいことされてない?」
「私の目の届く範囲でそのような真似は許しません。
姫様に害成す相手は何者であろうと手を下します」
心配そうなポーリーに、能登が胸を張って返す。
こういってくれる人がいるのは、とても頼もしい。
だってわたしは……そばにいても何も出来ないもの。
ポーリーがあの頼みをしたときみたいに。――この子が傷つけられたあのときのように。
「大変じゃなかった?」
「うーん、大変と言うか……暇すぎて退屈はしてたかも?」
分かっていたけれど、現は随分のんびりと返す。
そうやって、どれだけ大変なことでもなんでもないように返すから……わたし達は余計に心配なのに!
確かに、能登がしっかりしてくれてたし……鎮真にも言っておいたし。
それでも何もなかったわけじゃない。毒を盛られた事だってあったのに!!
「叔父上に聞いたの。わたしのせいでここに監禁されてるんでしょ?
どうしたらいい? 昴の誤解を解けば、ここから出られる?」
必死なポーリーの言葉。
明が少し震えたのは、自分に言われてもどうしようもないと思っているからかしら?
謀があったにしても、位を追われた自分には何も出来ないと……本当にそう思っているみたいだし。
「そうね」
現は考えるように空中へと視線をやる。
今、この場で明に訴えたとしても意味はない。
大泣きしながらのポーリーの謝罪で、大体の事は分かっているだろうから……誤解はないだろう。
問題は……『明』を語る、都にいる偽りの昴。
その正体をどうやって白日の下に晒すか。
考えがまとまったのか、現は静かに姪を見返した。
「都に行くということがどういう意味を持つか、分かってる?」
僅かに目が泳いだけれど、ポーリーは現の視線を受け止めた。
都に行くということ……それはつまり、ポーリーに昴になる覚悟があるかという問い。
本当なら、そんなものは生まれたときからじっくりと育まれていくものだった。
星家の姫に生まれたのなら、まして後継として生まれたのなら、否応なしに星位につかなければならない。それが当然だと、そういうふうに育てられる。――昔の現みたいに。
姉上のような昴になるのだと、無邪気に語っていた……現みたいに。
「私、今までアースにすごく甘えてた」
ぽつりと言ったのは先程の返事には程遠い言葉。
少ししゅんとしたように視線が伏せられるけれど、それでも言葉は紡がれる。
「今回のことだってそうだし。それに、たくさんの人に助けてもらった。
たくさんの人が私のわがままに振り回されたから――うん。
もっとたくさんの人が幸せになれるように。
そんな立派な昴に……わたし、なる」
『なりたい』じゃなくて『なる』。
きっぱりと告げられた決意に、現は淡く微笑み返す。
自分はもう二度と言えない言葉。それを聞いて現は何を思ったんだろう。
今となってはもう昔のことだけど……昴になれないと告げられたとき、現はたった一人で声を殺して泣いた。
小さな頃の現はポーリーに負けず劣らず泣き虫だったけど、泣くところを人に見られるのを酷く嫌がった。悲しい顔をされるのが嫌だったんだろうと思う。
だから、周囲に人がいないところで、声を出さずに泣くことを覚えてしまった――ついには、自分のことで泣くこともしなくなった。
ポーリーの宣言を聞いて、明はどう思ったろう?
彼女はただただポーリーを見ている。
見かけ上でも、実年齢でも明のほうがずっと年上なのに――その姿はポーリーよりも小さく弱く見えた。
ふっと笑った現に、ポーリーはまた急に不安そうな顔して詰め寄る。
「都にはどうやって行けばいい? どの道を行けば一番早いの?
どうしたらアースを助けられるの?」
さっきまでの落ち着きはどこに行ったのかしら?
本当に見ててて面白いっていうか。
「落ち着いて。別に大変なことはないし、平気よ?」
「そんなの信じられない。アースは辛くっても辛いって言ってくれないもの」
ほら、ポーリーにも言われてる。現もいい加減自覚してもいいのに。
でも……下の者に弱みを見せちゃいけないって、ずっと言われ続けてきたから仕方ないことかもしれない。
「そう言われても……多分、私以上に鎮真がきついと思うけど」
うん。現の言っていることも多分本当。
胃が痛そうな顔しているものね。現をこんな目にあわせているから当然だけど。
「さっきの鎮真さんに言っても、アースは自由になれないんでしょう?
なら、やっぱり昴に直談判するしか」
「だから、落ち着きなさい。そして人の話を聞きなさい」
勢い込んで言うポーリーを諭す現は、正直傍から見ていて冷静すぎる。
わたしの心情としてはポーリーのほうに近い。
心配だとどれだけ訴えても、現は本気で聞いてくれているように見えないから。
ううん。気持ちが分かってくれていないとは思わない。
でも、目的のためなら何を犠牲にしてもいいと……そういう行動を取ると知っているから、不安が拭えない。
「でも……心配なんだもん」
そうよポーリー。現を陥落するなら、貴女が涙目で言えばいいの。
何だかんだいって、一番の弱点は貴女なんだから。
わたしに代わってどれだけ心配してるかとか、無茶しないで欲しいとか言って!
「心配してくれるのは嬉しいけどね。
……逃げようと思えば、本当はいつでも逃げられるのよ」
「え?」
予想してなかった様子でポーリーは目をぱちくりさせる。
何度も現が転移の術を使ってるところを見ているはずなのに、何で不思議そうにするのかしら?
あ、もしかして魔法が封じられていると思っているのかも?
「相手の出方を窺うために、ここにいただけなのよ」
「なんで?」
「何が起きてるんだ」
種明かしをしてもポーリーは不思議そう。逆に何かを察した様子なのはノクティルーカ。
まあ、生粋の王族なら気づきやすいのも当然かしら。
ポーリーの父方は王家の外戚だのもね。あまり権力の中枢にまでは潜り込めていない様子だったし。
「話が長くなるけど、いい?」
現の問いかけに二人は顔を見合わせる。
難しい話になるという予感がしているんだと思う。それは間違いじゃないし、きっと二人が考えているよりも重い話になる。
緊張した面持ちで、それでもしっかりと頷き返した二人に、現はポツリポツリと話し始めた。
昴を巡る現状を。