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空の在り処

【第一話 回顧】 1.空と現

 意識というか、自我というか。
 とにかくそういうものが芽生えて、おぼろげながらも覚えている最初のことは『ひとりじゃない』ということだった。
 暖かい場所でふわふわ浮いていて、一番近しいあの子と一緒にいた。
 次に覚えているのは、その暖かい場所から追い出されそうになったとき。
 目の前にいるあの子を助けたくて必死に叫んだ。
『誰かお願い、あの子を助けて!』
『――よかろう』
 そして、その呼びかけに応えたのが『壱の神』だった。

 褥にちょこんと横たえられた赤子を左右から大きな影が見下ろしている。
 だれだろう?
 あの子――生まれたばかりの妹を見下ろしてるのは男の人二人。
 じっと見ていても気づかないあたり、霊感は無い方なのかもしれない。
 あの子を見下ろす顔はとろけるような笑顔。
 だれだろう?
「うわー。ちっさいなー。かわいいなー」
 右側から覗き込んでいた人が伸ばした手を、反対から覗いていた人が掴んで止める。
「何ですか兄者」
「せっかく寝てるのに起こすな」
 兄弟なんだ。
 顔を見比べてみるけど――あんまり似てない。
 お兄さんの方はたくましいけど、弟さんの方は線が細く見えるし。
「いいじゃないですか。起きたって」
「世話を誰がすると思ってる」
 お兄さんの方に賛成。せっかく寝てるんだから起こさないで欲しい。
 止められたから腹を立てるかと思った弟さんは、けれどまた笑顔になってあの子を見下ろした。
「どんな名前がいいかなぁ。かわいらしい名前がつくといいですね」
「そうだな。我らの可愛い末姫だ」
 ぱちりと瞬きをして『兄弟』を見上げたけれど、兄達はさっさと立ち上がって消えていってしまった。
『そう。あれらはお前達の兄だ』
 響いた声。
 それは、あの子のほうから聞こえた。
 すうすうと眠るあの子の髪は白い色。銀色とも言うみたい。
 でも、兄達の髪は青色だった……色味は違ったけど。
『長女の琴、長男の風と次男の麦、次女の想。そしてお前達といったところか』
 声――神はそれきり話さなくなって、わたしも黙ったままただあの子の顔を眺める。

 数日後、妹の名が決まった。
 『(うつつ)』。現実を、生きていることを示す言葉らしい。
 妹の名を口の中で転がしていると、またあの声が聞こえた。
『さて、子供に世へ留める楔が出来たところで、本題といこうか』
 くるりと見回してみても姿は見えず、ただ相手は見えているのだろうと思って頷くと、満足そうな声が響いた。
『我が名は壱。そなたは我が下僕として働くこと』
『しもべ?』
『用があれば追って告げる。一先ずは我がそばに控えておれ。
 ……良い器ゆえ機嫌がいい』
 器が何を指すのかなんて、当時は分からなかった。深く考えることも無かった。
 だって、現は生きることが出来たんだから。大丈夫だと。
『さて、ここままでは面倒ゆえに名をくれてやろう。そなたはこれから(うつ)だ』
『うつ』

 当時はことばの意味なんて知りもしなかった。
 けど、妹と一文字違いの名前というのは嬉しかった事はよく覚えている。
 あの時何か話されていたとしても、理解は出来なかったろう。
 生まれなかったわたしは、生まれたあの子よりも早く自我を持ったけれど、それでも年端のいかない子供と同じ。
 それでも、現の近くで交わされる言葉の意味を――意味することを知るのは、あの子より早かった。
 父の名は大海(おおみ)。母の名は長庚(ゆうずつ)
 そして兄弟は上から順に姉、兄、兄。名は琴、風、麦。
 星家という代々(かんなぎ)の一族だということ。
 国の頂点に立つ「昴」の位に着くのは星家の女系女子に限られ、今上の昴は姉である琴が務めていること。
 姉のほかの後継者が生まれたばかりの現しかいないことから、後星――次代の昴――になることはほぼ間違いないということ。
 実際、現は三歳になる頃には宮中で神事に携わるようになっていた。
 分からないなりに姉上の真似をして一生懸命手を合わせ、回りきらない舌で祝詞を上げる。
 その時は、このままこういう日々が続いていくものだとばっかり思っていた。
 年を考えれば仕方が無い……いや、本来の年齢ならそんなこと思いもしないんだろうけれど、兄弟と一緒に毎日がのんびり過ぎていくのが普通だと思っていた。
 けれど、そんな落ち着いた日々が崩れるまで、時間はそうかからなかった。