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空の在り処

【プロローグ】

 ありていに言ってしまえば、わたしは幽霊である。
 生きてはいないが、死んだというのもちょっと言いがたい。
 何せ、生まれてくることが出来なかったのだから。
 鏡にも水面にも映ることはないので自分の容姿に疎い。
 だが、それなりに整っているらしい。
 不本意ながら姿を見られてしまった相手の言葉を信じるなら、だけど。
 自分で分かるのは青い髪の色だけ。
 空に溶けるような青い色は、あの子が持っていればよかったものなのに。
 こほん。
 とりあえず、幽霊であるわたしは人に見られない。見られないように極力注意している。
 だからこそ……時折それが苦しくなる。

 風が木々を揺らす。そんな小さな音が妙に大きく聞こえた。
「どういうこと?」
 努めていつものように振舞おうとしているあの子。
 感情を隠すのがうまい子だけど、彼女を良く知る相手は誤魔化せない。
 現に、その原因となった少女には悟られてしまっている。
「何でも聞いてくれるって言ったでしょ?」
 無邪気そうな物言いで、少女はあの子と向かい合う。
 紫水晶の瞳は、悲しみと決意の色であの子を射抜いていた。
 薄紫を帯びた銀の髪は毛先がかるくウェイブがかっていてとてもやわらかく風になびく。
「私の命を差し出せば、みんなを助けるって『あいつら』は言った」
 一言一言区切るように少女は告げる。
「でも、約束を守るなんて思えない。信用なんて出来ない」
 視線をそらし、嫌悪を込めて口にする。この少女がここまで誰かを嫌うのも珍しい。
 けれど、それは正しい認識。
「守りたいけど守れないのなんて嫌。守れなくちゃ意味がないの……」
 文句を言える立場でないけれど……どうしてそんなこと言うの?
 少女が守りたい相手はほんの一握り。親しい友人や家族だけ。
 それは人としては正しいこと。
 だけど、『星継ぎの御子(国を背負うもの)』としては褒められたものじゃ、ない。
 そう育てられなかったから自覚がないってことは分かっている。
 でも……でも、少女はずるい。
「もう、決めたの。だからお願いアース」
 そんなふうに言われたら、あの子が断れるわけないのに。
 知っていて頼むのだから――ずるい。

 呪文の最後の一節が終わり、まぶしい光が引いた後には水晶のようなものに覆われた少女の姿が残っていた。
 ヒトが扱えるような魔法じゃないことは分かっていた。それに手を出した報いだろう。
 死んではいない。でも、この封印を解くことは……あの子にも出来ない。
 ずるい。
 星継ぎの御子である立場を棄てるなんて。
 ずるい。
 重荷は全部あの子に任せて。
 でも――
 一番ずるいのは、わたしだ。
 何も出来ないくせに。何も背負えないくせに。文句ばっかり言うわたしが一番ずるい。
「ねぇ、ポーリー?
 自分が本当に親ばかだって思うけれど、仕方ないわよね。
 実際、あなたのお願いを聞かないなんて出来ないんだから」
 封じられた姪に優しく語り掛けるあの子。
 こんなときなのに――こんなときでも声が震えることは、無い。
 感情を面に出してはいけない。
 いつでも周囲に安らぎを与えるような存在でなければいけない。
 そう、育てられたあの子だから。
 無理なんかしなくていい、隠さなくっていいよ。
 そう言って慰められたならいいのに。
 傍にいられたら、なんて、何度願ったか分からない。
「でも本当は。そんなお願い、ききたくなかったよ」
 ポツリと漏れたあの子の本音。
 聞きたくなかったのはわたしも同じ。そんな声、聞きたくなかった。
 ポーリーがポーリーであるためにはこうすることが最善で。
 ソール教会との確執や北斗の事も考えると、次善の策と言えなくもない。
 だから、あの子が選んだってことはよくわかる。
 でも、傷つかないで欲しい。幸せになって欲しいのに。
 肉体の無いわたしは慰めることも出来ない。
 ううん。あの子にわたしを知られる訳にはいかないから、慰めるなんてできっこない。
 だってきっと、傷つけてしまうから。
 いつも傍にいる幽霊がいると、存在を知られたなら不審に思われる。
 姿を一度でも見られたなら、わたしが誰か知られてしまうかもしれない。
 一瞬でも油断できない。
 わたしの存在なんて知らなくていい。
 生まれてこなかった人間がいたなんて、あの子には関係ないことだから、知られてはいけない。
 だから――期待していたのに。
 最近はポーリーも成長してきて、見た目だけなら姉妹に見えるようだったのに。
 わたしが出来ないことをポーリーがしてくれるって、きっとそうだって思っていたのに。
 現実は、そんなに優しくない。あの子は、こんなにも優しく脆いのに。

 ありていに言ってしまえば、わたしは幽霊である。
 生きてはいないが、死んだというのもちょっと言いがたい。
 何せ、生まれてくることが出来なかったのだから。
 名前は不本意ながらある。取引(契約)の証だといってつけられた。
 (うつ)
 何も無いこと。実際ではないことを意味することば。
 あの子は(うつつ)
 この世に存在しているもの。現実を意味することば。
 国外で使っている名前も「この世」を意味する「アース」。
 勝手に名づけられたのは不本意だけど、相応しい名前だとは思っている。
 彼岸と此岸に分かれた双子(わたしたち)にはぴったりだ。嫌になるほどに。