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ソラの在り処-暁天-

【第七話 明暗】 3.集う『奇跡』

 なんだか妙に懐きまくるプロキオンを宥めて眠りについたのは夜も更けてから。
 翌朝、少し遅めに起床して一階の食堂に下りると、色々世話をされつつポーリーが食事を取っていた。
「あ、ノクスおはよう」
「おはよう」
 挨拶を済ませて席に着くと、すかさずスピカが注文をしにいった。
 なんというか、世話をされるのには一応慣れているはずなのに、戸惑ってしまうほど彼らは甲斐甲斐しい。
「昨日なんだか騒がしかったけど、何かあったの?」
「……俺にもよく分からん」
 答えにポーリーは不服そうな顔をしたが、ノクティルーカにだって分からないのだ。
 べったりとひっつかれて忠誠だかなんだかを誓われれば混乱するに決まってる。
 原因を知ってそうなミルザムに目を向けても、彼はそ知らぬふりでパンをかじっている。
 そのとなりには明らかに居心地悪そうなサビク。
「プロキオンは?」
「出迎えされるそうです」
 いない一人の名を出せば、サビクが即答する。
「出迎えって……今日来るのか?」
「そう『出た』からな」
 ご馳走様と手を合わせて言うミルザム。
 昨夜、いきなり試験を受けさせられて合格を貰ったけれど、敵うとは思えない。
 星読みを趣味のひとつくらいに思っているノクティルーカからすれば、仕事にしているミルザムに勝る訳がないのだが。
 それでも、出来がいいと褒められるのは嬉しいけれど。
 運ばれてきた食事を取りつつ、取り留めのないことを考えた。

 食事を終えて、得にすることもないし込んでるわけでもないということで、ノクティルーカたちは食堂に居座り続けることにした。
 幸いなことに話題――というより聞きたい話はいっぱいある。
 時折飲み物を追加しつつ、身を乗り出すようにしてポーリーは次から次へと問いを投げかけた。
 あまり会うことのなかった母について、その故郷について。
 それから、母や叔母の昔話など。
 目を輝かせて聞いているポーリーは微笑ましい。
 答えるスピカは、そんな彼女に誰かを重ねているのかとても懐かしそうな口調で語る。
 そこにミルザムが話の補足や当時の不満やらを入れるので、とても盛り上がった。
 ノクティルーカも時折口を挟みつつ、話に耳を傾ける。
 どのくらいたったろうか。
 何かに気づいたミルザムが肘でスピカをつつき、彼女が話を止めた。
 どうしたんだろうとポーリーが首を傾げ、二人の視線を追うと、こちらに近づいてくるプロキオンの姿が見えた。
 いつもはニコニコ、てくてくと近づいてくる彼が珍しく静かに歩み寄り、彼女の前で深く頭を垂れた。
「ただいま戻りました」
「お疲れ様です」
 わざわざ迎えに行ってくれてありがとうと感謝を述べるポーリーに、プロキオンは嬉しそうに笑う。
 彼が連れてきたのは五人。
 フリストの『勇者』ことセレスタイト達。
 別れたのは少し前だと思うのに、意外と長いようにも感じるのは気のせいだろうか。
「ノクスさん、ポーラさん!」
「よお」
 嬉しそうに呼びかけるセレスタイトに、ノクティルーカは軽く手を上げて答える。
 そんな彼を少し複雑そうに見てから、ポーリーは彼女に向き直り会釈した。
「お久しぶりです。その節はどうも」
「え、どうして?」
 どうしてとはどういう意味だろう?
 ここに私たちがいること? それとも……私が、いること?
 疑問の意図が分からないので、助けを求めてノクティルーカを見るポーリー。
 しかし、彼もまたこちらを見ていたため、見詰め合う格好になってしまう。
「護衛……みたいなもの、かしら」
「ああ。そうですね、運ぶのに物騒ですもんね」
 こんな大人数だから、お金を運んできたのだと思ってくれればいいのだけどと祈りつつの返事に、セレスタイトは納得してくれたようだった。
「あ。わたしにお客ってノクスさんたちのことですか?」
 気さくに問うてくる彼女はポーリーの目から見て、可愛らしいと思う。
 なんだか子犬みたいな人懐こさで。
 けれどけれど。なぜだろう。落ち着かない。
「いや、あっち」
 ノクティルーカは隣のテーブルをすっと指差す。
 そこには昨日どういうわけか割り込んできた『勇者』ダイクロアイト一行が座っているはずだ。
 なにやら自己紹介をして、何に驚いたのか大声を出しているセレスタイト。
 嫌いなタイプでも苦手なタイプでもないのに、なんでこんなに落ち着かないんだろうと考えても、答えは出てこない。
 複雑な顔をしているポーリーを見て、向かいに座っていたスピカとミルザムは顔を見合わせて苦笑を漏らす。
 ポーリーのその顔に似通ったものを昔よく見ていた。
 もうずっと昔、宮中で約束をすっぽかされて塗籠に立てこもる前のちいさな姫が浮かべていたもの。
 大好きな姉と兄達は構ってくれなくて、でも仕事が大切なのは分かっていて。良い子にして、ワガママ言っちゃ駄目だと我慢していた末姫。
 天岩戸にお隠れ……もとい、拗ねて塗籠に篭城することも多かったけれど。
 多分ポーリーが妬いているのは、今までノクティルーカに親しげに接する歳の近い異性がいなかったせいだろう。
 ユーラはいつも突っかかっていたし、『親しげ』とはいったものの多分世間一般の普通の対応だとは思うが。
 長くなりそうだった勇者達の会話を断ち切り、はいこれ謝礼と手渡して用事を済ませたプロキオンが少女を伴ってテーブルに戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「お初に御目文字いたします。真砂七夜家家臣、鼓潔姫と申します。
 こちらでは、リゲルとお呼びください」
「えと、リゲルさん……?」
「呼び捨てでどうぞ」
 そう答える少女はさらさらしてそうな青い髪と紫の目を持った、大人しそうな娘。
 少しカペラに似ていなくもないが、彼女のようにやわらかな雰囲気はない。
「さてリゲル。報告してもらおうか?」
 隣から椅子を持ってきてふんぞり返るプロキオン。
 リゲルもまた椅子を持ってきて座った。
「まず、理君が戻らないってのはどういうこと」
「……残念ながら、私も急な話で」
「それは分かってる」
 リゲルの言葉を遮って告げるプロキオン。
 分かってるなら聞かなければいいと思ったのか、リゲルは視線を上げて彼を見る。
「あの方が事を急に決めて実行するのは今に始まったことじゃないから。
 ただ……あの計画に関しては機を伺ってって前々から話し合ってたんだよ?
 なにかきっかけがあったんだろ?」
 整然と述べる彼に、リゲルは視線を落とす。
 言うべきか迷っている様子だったが、意を決したように口を開いた。
「フリスト国内に入り首都フェルンへの道程で、破壊された無人の街を通過しました」
「ふぅん?」
「次にたどり着いた街で、多くのソール教聖職者と……『太陽』に接触しました」
 その言葉に、一瞬で空気が変わった。
 ミルザムもスピカも厳しい顔をしていて、サビクは悔しそうに唇を噛む。
 『太陽』が何を――誰を示しているのかはポーリーもノクティルーカも大体想像がつく。
 まだ、誰もはっきりとしたことを言ってくれないから、想像でしかないけれど。
 重い気持ちのままに黙り込んでしまった。
 まだ人の少ない宿の食堂に響くのは、隣のテーブルの声。
 誰も口を開かない。
 困惑しているポーリーとノクティルーカ以外は、何を思っているのか黙ったままで。
 ふと、スピカが顔を上げて怪訝そうな声を出した。
「声が?」
「声?」
 不思議そうに問い返したミルザムに彼女はあいまいに頷く。
 声が聞こえる、というのは別に珍しいことではない。
 なにか変な声なんだろうか? それとも、ここで聴くはずのない人の声とか?
 全員がなんとなく耳を澄ます。
 隣のテーブルも違和感を感じたのだろうか。
 食堂全体がしんと静まったことで、外の声が良く聞こえてきた。
 この時間帯なら普通聞こえるのは道行く人たちのざわめき。
 本来なら楽しそうなそれに、間違いようのない悲鳴が多数混ざっていた。
 椅子を蹴立てて立ち上がったのは誰だろう。
 外に出るべく扉に真っ先に向かったのはダイクロアイト一行。
 その行動の速さは『勇者』に相応しいといえる。
 続いてセレスタイト一行も走り出す。
 つられるようにポーリーも立ち上がり、セレスタイトの後を追って走り出そうとする。
「ちょ、ちい姫?!」
 慌てるプロキオンの声が聞こえたが、魔物がいるなら街の人達を逃がさないと急く気持ちそのままに走り出すポーリー。
 そんな彼女を引き止めたのはノクティルーカだった。
「ルカ?!」
「あっちは任せておけばいい」
 非難交じりの彼女にそう告げて、肩を掴んで逆を向かせる。
「陽動だったらどうする?」
 虚を突かれたポーリーの肩を一度叩いて、ノクティルーカは反対の門目指して走り出す。
 その後をついていく彼女に、プロキオンは喚きたい気持ちを抑えて付き従った。
 正直なところ、プロキオンたちは迷った。
 何か起こったことは確か。ならば、一刻も早くここを逃げ出すべきだ。
 ポーリーを危険に晒すわけにはいかない。彼女の身の安全を図るのは当然のこと。
 だけど……縁も所縁もない街とはいえ、見捨てるような事態は心苦しい。
「どうします?」
「どうもこうも、働け」
 問いかけてきたサビクへ答えれば、彼はなんだかがっくりと項垂れた。
 聞くまでもないことだろうにとプロキオンは思う。
 だって、自分とミルザムは文官で、スピカは侍女だ。
 武官のサビクが働かなくてどうする?
 もちろん、借り出されているリゲルも使うつもりだが。
 そんなことを考えて走り続けていたから気づかなかった。
 セレスタイトと一緒に飛び出したものの、彼らの行動を様子見していたブラウがついてきていたことに。

 遠く背後から聞こえてくる悲鳴や音に気をとられつつも、もう一方の門まであと少しといった所で魔物が飛び出してきた。
 すぐさま反応したのはリゲル。
 一刀の元に斬り捨ててあと一ブロック先にある門へ向かえば、街に入り込もうとしている魔物が数体見えた。
「左右に散れ!」
 プロキオンの言葉に、先行していたリゲルとサビクが左右に分かれる。
「Flamma!」
 それを見計らって唱えられたミルザムの魔法で焼かれる魔物たち。
 見たことのない魔物だった。
 ネコを大型にしたような体躯で、大きな牙と不釣合いに小さな角、そしてたてがみを持っている。
 動かないことを確認して門へと向かう。
 門さえ閉ざしてしまえばもう魔物が入ってくることはない。
 まだ襲い掛かってくるかもしれない魔物に対応するためにリゲルが門の外を睨み、ノクティルーカとサビクが門を閉ざそうと手をかけたところで、声がかかった。
「おや、見た顔がいますね」
 聞いた声だった。忘れようはずもない。
 太陽を連想する金の髪。冷たい琥珀の瞳。
 白い法衣に身を包んだその姿。
「バァル……ッ」
 吐き捨てるような声に、司祭はそれを望んでいたかのようにうっそりと微笑んだ。