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ソラの在り処-暁天-

【第七話 明暗】 2.遠い希望

 森が、ない。
 話には聞いていた。変わった所が多いとか、三百年経ってるんだとか。
 けれど……実感したのはその時だった。

 じっと佇んで城から――背景にかつてあった森を思い出しているのだろうか――目を離さないポーリー。
 ノクティルーカが軽く肩を叩くと、ゆるゆると振り向いて苦い笑みを返した。
「シックザールは野菜が美味しいんですよー」
 嫌な雰囲気を打ち払うためか、プロキオンが見た目よろしく無邪気に言う。
「春の味っていうホワイトアスパラガスが有名みたいです。
 せっかくですからどうでしょう?」
「……いいんですか、路銀……」
「姫様が召し上がられるものならば、初物を選んで当然じゃ」
「さいですね」
 路銀は慎重に使うべしというミルザムの忠告はあっけなく一蹴される。
 そんなやり取りが、ポーリーにはなんだかくすぐったい。
 大切に思ってくれてる。それが分かるから。
 妙に機嫌の良いポーリーを眺めて、ノクティルーカはまあ当然かと思った。
 警戒心が強い分、人の好意には弱い子だし、周りの大人は全力で甘やかそうとしているし。
 旅は順調この上ない。
 元々旅慣れているのか手際は良い。
 道程も計算しつくしていたのだろう。宿も前もって予約が取ってあり、食事も美味しい――かつて旅をしていたときとは比べられないほど――快適な旅だった。
 結局、一度も野宿することなくシックザールへと到着した。
「えっとー部屋割りはどうしよっかなー」
 ちゃらちゃらと鍵をもてあそびつつ、プロキオンは笑う。
「今日はミルザムがサビクと同室になる?」
「どちらでも良いですよ」
 答えるミルザムを見上げてから、自身の頬を突っつきつつ彼は困ったように聞いた。
「あのさ。やっぱりお二人水入らず……にしたほうがいいのかな?」
「……今の状況でそれは少しまずいと思われますよ?」
 ちろりと視線を向けた先は、もちろんのことノクティルーカとポーリー。
 城でも同室だったのだし、べつに押し込んでも構わないとは思うのだが……
「そうだよねぇ。スピカいるもんね。
 でもさ、ミルザムが一緒の部屋になれば良いんじゃ?」
「冗談でも止めてくださいそんな話は!
 大体、俺、あいつとカペラに組まれて面倒ごとしか経験してないんですよ?!」
「あー……うん、ボクが悪かったよ……ゴメンネ?」

 ぼそぼそ話してるかと思ったら、急に怒鳴り始めたミルザムの姿を不思議そうに眺めて、それからポーリーは慌てて手元の皿に目をやった。
 よかった。まだ湯気は出てる。
 温かいものは温かいうちに頂くのが美味しいのだ。
 名物だというホワイトアスパラガスのクリームスープを一口含んで、顔がほころぶ。
 美味しいものを食べると幸せになれるって本当だなぁ。
 幸せそうに微笑むポーリーを見るともなく眺めて、ノクティルーカは挙動不審なミルザムに声をかけた。
「そういえば、あいつらは何時到着するんだ?」
「あー。まだ着いてないところをみると……明日以降、か?」
「だねぇ。連絡もないし」
 うんうんと頷いた二人に対し、食事に夢中になってたポーリーはきょとりと首を傾げた。
「あいつら?」
「セレスタイトたちだよ。挨拶したろ?」
「んー?」
 名前に聞き覚えがあるけれど、顔を思い出せない。
 彼女の反応を予想していたかのように幼馴染はため息をついた。
「挨拶したろうが。本当、人の顔覚えるの苦手だな」
「うー」
 反論の仕様がない彼女は唸りながらも食事を続けた。
 無論、心の中ではちょっぴり幼馴染に文句を連ねつつ。
「フリストの勇者セレスタイトご一行様ですよ」
「出立前にご挨拶なさいましたよ。見るなり一言『かわいいなー』って」
「あ!」
 スピカとプロキオンの助言にようやくポーリーは思い出す。
 黒髪の戦士風の子。
 いきなりの言葉だったから印象に残ってる。
「勇者セレスタイト?」
 知らない声は、後ろから聞こえた。

 振り向けば、隣のテーブルに座っていたのだろう三人組がこちらに視線を向けていた。
 戦士風の男性が二人と術士風の女性。
 年はミルザムたちと同じくらいだろうか。
 黒髪の男性の値踏みするような視線を避けるように、ポーリーはノクティルーカの影に隠れる。
「どちらさまで?」
 丁寧だが切り捨てるような言葉はミルザムから発せられた。
 そこでようやく無礼だったといわんばかりに、男は笑う。
 妙にさわやかな笑顔に、ああもてるんだろうなーとかプロキオンは思った。
 正直言って、嫌いなタイプだ。
「ぶしつけですみません。私はヘオスの勇者を務めているダイクロアイトと言います」
「ふーん……その、自称勇者サマが何か?」
 挑発しすぎかなとは思ったけれど、自分の容姿(ぶき)を理解してるプロキオンは無邪気を装って問いかけてみる。案の定『勇者』は怒るそぶりも見せずに答えた。
「先程、勇者セレスタイトと言っていたでしょう?
 もしお知り合いならば、彼を紹介して欲しいのですが」
 予想もしなかった内容に彼らは顔を見合わせた。
「どうします?」
「紹介するだけなら、いいんじゃない? だってボクたち関係ないし」
 お伺いに、最年少にして現場指揮官は軽く答えて、子供らしい無邪気な笑みを浮かべた。
「ボクらと待ち合わせしてるから、ここにいれば会えるよ。
 でも、間違えないでね。彼、じゃなくて、彼女、だから」
 呆けた顔をするダイクロアイトに対しプロキオンはにっこりと最上級の笑みを浮かべ、ミルザムとスピカはため息を押し殺し、ポーリーはちくんとした痛みを覚えた。
 その理由が分からずに、彼女は落ち着かないままスープを飲み込んだ。

 結局、その日にセレスタイトたちは到着することはなく、各自部屋に切り上げていった。
 本日の同室相手となったミルザムは窓辺で空を見上げている。
 大方、星を読んでるんだろう。
 邪魔をしないようにとノクティルーカはいつものように装備を解除して、武器の手入れや道具の整理を始めた。
「そういえば、星読んでるか?」
 整理が終わる頃を狙って、ごく素朴な質問といった感じでかけられた言葉にノクティルーカは首を横に振った。
 そもそも星空すら見上げていないと素直に答えると、星読みのいろはを教えてくれた彼は大いに嘆く。
「ったくー。俺があれだけ教えたんだから活用しろよ」
「活用ねぇ」
 明らかに気乗りしていない。
 まったくこいつはと、ほぼ正式に姫の婿になっている今となっては少し不敬に当たるかもしれないことを思いながらも、ミルザムは窓を大きく開け放った。
 夜風はまだ少し冷たいが、星空は綺麗に見える。
「ほら、とりあえず読んでみろ。採点してやる」
「……抜き打ちの試験か?」
「そうだな。卒業試験みたいなものだ」
 軽口の応酬に、観念したようにノクティルーカは窓辺によった。
 さて、何を読み取ればいいのやら。
 すぐに思い浮かんだのはポーリーのこと。
 彼女はとても叔母のことを心配していたから、アースに関することでいいかと判断して、星を読む。
「集う意思」
 ややあって紡がれた言葉に、ミルザムは眉を上げた。
「……狭間に漂うもの……来たりて去る……」
 流石流石。やっぱり才能あるじゃないかと内心だけで笑うミルザム。
 弟子の出来が良いというのは師匠にとってすごく嬉しいことだ。
 先程『読んだ』自分とほぼ同じ内容を読み取る弟子に温かい眼差しを注ぎ。
 次の言葉に目を見張った。
「花の散る時……解放を得る」
「なに?」
 疑問の声にノクティルーカも驚いたのだろう。
 弾かれたようにこちらを振り向き、困惑したように見つめ返してくる。……無表情のままだが。
「失格……か?」
「いや。そういうわけじゃない」
 言いつつ、ミルザムは逸る気持ちを抑え切れなかった。
 『解放』? 『誰』が?
 ノクティルーカを下がらせて、ミルザムはもう一度自身で読みを試みる。
 予想通りの結果に、彼は弟子の背中を思い切り叩いた。
「合格だ!」
 強く叩きすぎたのかむせる彼を尻目に、ちょっと報告があるからと部屋を出て、隣に駆け込んだ。
「どうしたのさ」
「急ぎ、ご報告の件が」
 驚きに目を見張るプロキオンに正式な礼をとって告げる。
 ただ事ではないと感じ取ったのだろう。
 プロキオンはとりあえずサビクにノクティルーカの護衛を命じてからミルザムに向き直った。
「で、何があったって?」
「先程、姫様について星を読みました。
 『集う意思が狭間に漂うものを呼び覚ます。狭間より来るもの、災いと共に去る。欠片揃いし時、奇跡の姫は甦る』と」
 浪々とした声でなされる予言。
 こういったときのミルザムは迫力があり、プロキオンは口の端を上げた。
「甦る……ね。奇跡の姫ってことは……『二の姫』?」
「だと、思われます」
「それが本当なら慶事だよ!」
 ああもう良いこといっぱいーと浮かれるプロキオン。
 この状態の人に告げて言いのかなと思いつつ、咳払い一つを追加してミルザムは言った。
「ですが、ノクティルーカの読みは……違いました。
 予想を元に、再度読んだところ、そちらの方も間違いないでしょう」
「まどろっこしいな。なにがあったのさ」
 案の定、不服そうな声を上げるプロキオン。
 正直ミルザムだって半信半疑だが、知っている人間が多いほうが良い。
「前半は私とほぼ同じですが、後半が違いました。
 彼が読んだのは単語でしたので、その通りに申し上げます。
 『集う意思。狭間に漂うもの。来たりて去る。花の散る時、解放を得る』」
「え?」
 言われた彼はきょとんとした顔を崩さないままに問いかける。
「なんか違うの? 解放って、あの状態からの解放って意味でしょ?」
「……『甦る』とか、『復活』なら確かに『二の姫』でしょう。
 ですが、『解放』ならばもっと相応しい方がおられるかと」
 ミルザムの言葉にプロキオンはしばし沈黙した後、弾かれたように問いかけた。
「まさか!」
 そう。その言葉を聞いて思い出すのはただ一人。
 こくりとミルザムが頷くと、ぱっと顔を紅潮させたプロキオンはぱくぱくと口を開閉させて、耐え切れなくなったのか部屋を飛び出していった。
 あれとミルザムが思うまもなく、すぐ近くから扉の開く音と甲高い……プロキオンの声が聞こえた。
「ありがとうございますーッ!!」
「おわっ」
 ノクティルーカの声に被さって、激しい音とサビクの悲鳴が聞こえた気がする。
「もう一生ついていきます! 喜んでお仕えしますーっ
 文句つけるジジイ連中なんか、どうとでもしてみせますから!!」
「いきなり何だ?」
「ボクがんばりますからね!」
 何かやたらと闘志を燃やしているプロキオンと、困惑しているはずなのにそうとは取れないノクティルーカ。
 一人、部屋に残されたミルザムはそっと息をついた。
 読めてよかった。
 嫌なこと、知りたくないことはたくさんあったけれど……未来を知ることが出来てよかった。