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ソラの在り処-暁天-

【第六話 神変】 3.こいしい

 えへへと照れくさそうに笑った後、ふとポーリーは先程聞いた話を思い出す。
 ラティオが、彼らに依頼してフリストまで行くという。
「ノクスは何か聞いてた? ラティオが旅に出るって」
「いや全然。あいつ、思いつきで行動するのも多そうだしな」
「そんなことも……思いあたりがあるけど」
 反論しきれない彼女に、ノクティルーカは敷布を引っ張り上げた。
「ほら、もう横になっとけ」
「もーそんな病人扱いしないで。
 あんまり寝てばっかりいると、寝たきりになっちゃうのよ」
 不満そうな顔で忠告するポーリーに、彼は手を止めた。
「そうなのか?」
「そうなの。大事に大事にって動かせないでいると、動けなくなっちゃうの」
 ポーリーは幼少の頃、一時期修道院に預けられていた。そこは病院も兼ねているところだったため、ちょくちょく手伝いをしていたという。
 ならば、彼女の言い分は正しいのだろう。
「そうか」
「うん。だから私もあんまり寝てばかり」
 熱弁を振るうポーリーを止めるように、ノックの音が響いた。
「はーい」
 話を中断して返事をする彼女。ドアの向こうから遠慮気味に帰ってきたのはよく知った声だった。
「ポーラ? あたしだけど」
「ユーラ? どうぞ」
 返答を待っていたかのように開かれる扉。
 ユーラは親友の姿を認めてほっとした顔をし、ノクティルーカの姿を見つけて反射的に嫌な顔をした。
 ノクティルーカのほうも慣れたもので、ユーラの反応にまったく何も返さない。
「おはよ、ポーラ」
「うん、おはようユーラ」
 軽いハグと挨拶をキスを交わしてにっこり笑う。
 セラータでの風習だから、二人にとっては慣れたもの。
 ユーラはしばし間近で親友を観察して満面の笑みを浮かべた。
「うん。今日は元気そうで良かった」
「ごめんね。心配かけて」
 少ししゅんとして答えるポーリーにユーラは笑ってそんなことないと返す。
 それから、少し落ちつかなそうにきょろきょろと室内を見回し、言い出しそうに切り出した。
「ところでさ。ラティオ見なかったか?」
「ラティオ?」
 思わずポーリーとノクティルーカは顔を見合わせる。
 先程、自分達も彼の行動を知ったばかり。
 しかし……なぜユーラがラティオを探しているのだろう?
「なにかあったの?」
「いや。そーゆーわけでもないんだけど」
「あいつなら、俺達が連れてきた連中にフリストまでの護衛を頼んだらしいぞ」
「え」
 ノクティルーカの言葉に、信じられないといった様子でユーラは目を見開く。
「本当よ。さっき私たち聞いたの。えーと、セ……セタ?」
「セティな」
「そうそう。セティさんに。
 なんだかすぐに出発するみたいな感じだったけど」
 続けられた言葉をゆっくりと咀嚼するようにユーラは瞬きをした。それから沸々と怒りが湧いてきたのだろうか、だんだんと目が釣りあがっていく。
「あいつ……何考えてんだ!」
 そう叫んだきり、部屋を飛び出していった彼女を呆然と見送るポーラ。
 かつて、ユーラはラティオを苦手にしていた。
 理由としては、ラティオが積極的にユーラを口説いていたから。
 自身を女の子らしくない。そういうものは似合わないと決めてかかっていたユーラだから、そういう反応を取っていたのだけれど。
 だから彼女からわざわざ彼に係わることなどなかった――のに。
 これも『変わってしまったこと』なのだろうか。
 考え込むポーリーに、ノクティルーカは声をかけることをしなかった。

 二日目は結構にぎやかに過ぎた。昨日は遠慮していたのだというグラーティアやソレイユが部屋にやってきたからだ。
「本当に良かったですわポーラ様!」
「うんうん。思ったより元気そうで良かった。あ、僕のことわかる?」
 そう言ってにぎやかに笑う彼らは、ポーリーに謝ることもさせずにどんどんと話を進める。
「そういえばポーラ様。ノクス様の反応はいかがでした?
 どんなこと話されましたの?」
「ポーリーが助かったときの兄上、すごかったよー。
 助ける前もすごかったけどね、鬼気迫る感じで」
「え。そうなの?」
 心配かけてしまって悪かったなぁと思うのと同時に、ちょっと嬉しい。
 そこまで想っていてくれるというのは。
「ええ。もう離さない!って見ていて分かるくらいに強く抱きしめられてましたもの」
「ポーリーが目を覚ますまでずっと側にいたし」
 ねーと顔をあわせて言う二人。
 嘘を言っているようには思えないし、遅れて部屋に戻ってきたユーラの反応をうかがっても不満そうにしているあたり、本当らしい。
 ちなみに、話題の中心であるノクティルーカは留守にしている。
 さすがに彼の目の前でこういった話は出来ない。
「目が覚めたときに、どんな話をされましたの? ポーラ様」
「え……と」
 わくわくした顔で聞かれて、ポーリーは口ごもる。
 正直――嬉しかった。嬉しいという言葉じゃ、言い表せなくて。でも、それ以外に言葉も浮かばなくて。
 とはいえ、目覚めたときの様子を思い出すと……顔が近くにあってびっくりして頭突きした、なのだから言えようはずもない。
 しかも、多分、抱きついたのは自分からだったと思う。
 なのに頭突きをした。他人にいえない。絶対に。
「あ! もしかしてキスとかされました?!」
 素敵ですわーと暴走するグラーティア。
 ポーリーは苦笑を返すしかない。
 うん、本当に。他人だったら自分もそう想像しそうなことなのに。
 何故自分は斜め上をいってしまうのだろう?
「兄上ってばポーリーにべたぼれだからねぇ」
「されましたの? どうですのポーラ様」
「え?」
 ソレイユの言葉に思わず問い返すポーリー。
 誰が誰にべたぼれ?
「助かるまで本当にすごかったんだよ。いーっつも不機嫌でさ。
 あと少しで結婚できたのに! って」
「ええ?」
 結婚?
 予想外の単語に困惑するポーリー。
 親友の様子を見て、ユーラが勝ち誇ったようにソレイユを指差した。
「ほらみろ! やっぱり嘘だったんじゃないか!」
 あ。やっぱり嘘かなと納得しかけたポーリーに対し、ソレイユは不思議そうに首を傾げた。
「あれ? ポーリー知らなかったの?」
「え、あ。セラータにくるって、手紙は貰ったけど」
 記憶をさらいつつ答えるポーリーに、ソレイユはうんうんと頷いて情報を追加する。
「うん。だからそれ関連だよ。
 将軍と剣の勝負して、兄上が勝ったら嫁入りで、負けたら婿入りって」
「……ほんとう?」
 聞き返しつつ、思い出す。誕生日を二ヵ月後に控えた日、父が言った言葉を。
 『お前ももうすぐ十八だろう? となれば、だ。色々と準備する事もあるだろう? 色々と』
 十八といえば、セラータでは多くの娘が結婚している年だった。
 『ポーラは父を応援してくれるな? 頼むから応援してくれ。そうすれば離れずにすむ』
 先程のソレイユの話を真実とするならば、父が勝てば婿入りだというのだから、確かに離れることにはならない。
 そして、その時父から早めに返事を出すようにと渡された手紙は、ノクティルーカからのものだった。
 視線を落とすと自らの両手が目に入る。
 左手首につけたままの、青い小花をあしらった腕輪。
 ひとつだけ彼に繋がっているものが欲しくて、覚悟した時に持っていった。
 かつての旅の折、まだ『ノクス』が幼馴染の『ノクティルーカ』だと気づいていなかった頃に貰ったもの。
 青い花の腕輪はセラータでは求婚の際に手渡すものだなんて、知らないからあんなに簡単にくれたのだと思っていたけれど……もしかして、彼は知っていたのだろうか?
 ……どうしよう。嬉しい。
 頬を染めて黙り込んでしまったポーリーを見て、彼らは三者三様に笑った。
 一人は羨ましそうに。もう一人はやれやれといった様子で。
 ユーラだけは少し悔しそうに。

 その日は、体力がどの程度回復しているかを主に確認された。
 座っていて疲れないか、立つことは出来るのか、歩くことは?
 実際にはこまごまとスピカが世話を焼いてくれるため、あまり疲れたといった感じはない。
 日があるうちに、と連れて行ってもらったお風呂はとても気持ちよかった。
 それでも、まだ無茶は禁物ということであと一日は大人しくしておく様にと釘を刺されてしまったが。
 部屋に戻るくらいは一人で行けると無理を言って、ポーリーはゆっくりと帰り道を歩いた。
 ……セラータの王城だということは分かる。
 いくらか改修をされているのか、ところどころ違う箇所は見受けられるが、それでも見覚えのある場所が多い。
 気にならないわけなんてない。
 けれど、今聞いても答えてくれないんだろうな、とは思う。
 後一日はおとなしくしておくようにと言うことは、二日後からは話を聞くし、してくれるということだろう。
 そんなことを思いながら部屋に戻ると、先客がいた。
 待ちくたびれたのか、ポーリーのものではないほうの寝台に横になって健やかに寝息を立てていたのはノクティルーカ。
 目覚めたときにも側にいてくれたし、その後視線で訴えたせいか一緒の部屋で寝ることにミルザムたちは何も言わなかった。
 ポーリーの部屋に寝台が二つあることにユーラは何か聞きたそうだったけれど結局口を開かなかったし、グラーティアはなんだかきらきらした目で見ていた。
「ノクス?」
 返事はない。近づいてみても起きる様子はまったく見せないから、疲れているのかもしれない。
「ルカ?」
 開いている窓から入る夕日が顔に当たっていて眩しいのだろうか。
 難しい顔のまま眠るノクティルーカを見下ろすようにポーリーは近寄った。
 唸り声こそ出していないものの、随分難しい顔をしている。 
 こんなに眉間にしわ寄せて寝なくてもいいのに。
 思いながら手を伸ばして、ぐりぐりと彼の眉間をほぐすようにもんでみるが、やはり起きる様子は見せない。
 なんでここにいるのかな? 寝てるのに起こすのもどうかな?
 そう思わなかったわけではないけれど、思い出したのは別のこと。
 確か、オクトスの街だったと思う。疲れて眠りこんでしまった彼のせいで部屋を交換することにしたときも、こうやって寝台に寝こけている様子を見ていた。
 あの時、魔が差したというか、衝動的にしてしまったけど……今回もシチュエーションはよく似てる。
 昼間のグラーティアの言葉まで思い出してしまって、ついついポーリーはあたりの様子を伺った。
 部屋に二人きりで、聞こえてくる声も風に乗ってくる小さなもの。ノクティルーカは目覚める様子をまったく見せない。
 ほんの一言、こっそりと呟いてポーリーは目を伏せた。
 ノックもなしに、大きな音を立てて扉が開かれたのはそのすぐ後だった。

「あたしの目の黒いうちは許さないからなー!」
 訳の分からないことを言いつつ、真っ先に部屋に乱入してきたのはユーラ。
 彼女の後ろから、さらに二人が顔を出す。
「まあ。まあまあッ」
「ポーリーって相変わらず大胆だよねぇ」
「え、あ。う」
 言い逃れのできようのない状況に、ポーリーは言葉もない。
 そして、明らかに『手を出している側』が予想と違ったユーラはしばし硬直したあと、負け惜しみのように言い放った。
「簡単に寝込み襲われるなんて情けねーな!」
 まあそれはそうかもと思いつつソレイユは笑う。
 にしても兄上可哀想に。おいしいシチュエーション逃してるし。
「あのね、戻ってきたら寝てて。難しい顔してるから、こう、眉間をぐりぐりとほぐしてて」
「こっそりと唇を奪ってしまおうとなさったのですね! 素敵です!」
 しどろもどろながらも口を開くポーリーは、自身が言ったようにぐりぐりとノクティルーカの眉間をほぐすが、先程の体勢はどう見てもグラーティアのいうものにしか見えなかった。
 彼女が好きそうな恋愛物語に出てきそうな光景だけに、やたらとテンションが上がっている気もするが。
 また暴走しそうだなぁとソレイユは思い、結果的に彼らが邪魔をしてしまったポーリーの様子を伺う。顔を真っ赤にして照れているが、どことなく見覚えのある表情に苦笑が漏れる。
 くすりと笑いながら、多分自分と――今はもう逢うことも出来ない長兄だけが知っているだろう事実を告げる。
「ポーリーもさりげなく兄上大好きだよね。昔もやってたし」
「うそっ」
 信じられない様子で声を出したのはユーラ。
 覚えがあるのか、ポーリーはますます顔を赤くするだけ。
「嘘じゃないですよー?
 たまたま目撃してしまった幼少のみぎりの僕には刺激強かったなぁ」
 まあ、あの頃はほっぺただったのだけれど。
 ますます顔を赤くするポーリーは可愛いがこれ以上はいじめているようにしかならないと判断したのか、ユーラは話の矛先を変えた。
「にしても、いつまでぐーすか寝てんだこいつ。起きるだろ普通」
 確かに彼女が言うように、いくらなんでものんきに寝すぎているノクティルーカ。旅の最中はちょっとした物音でも目覚めていたのに、気が抜けたのだろうかと思っていると、ポーリーが小さな小さな声で白状した。
「……眠りの術かけたから」
「「なんで?!」」
 寝ててもおかしくないと続けた彼女に、当然のように疑問の声が上がる。
 が、彼女は顔を上げて開き直ったかのように叫んだ。
「だって起きたら恥ずかしいじゃないっ」
 ポーリーからしてみれば、また頭突きなり何なりしてしまいそうなのが嫌で術をかけたのだが、とはいえ随分なことだ。
 これ、ポーリーがしてるからなんだかなぁで済むけど、兄上がやってたら犯罪扱いだよねぇと思いつつ、ソレイユは口を開いた。
「大胆なのか恥ずかしがりなのか。よくわかんないよねポーリーって」
 相変わらずきゃーきゃーと騒ぎ続けるグラーティアと真っ赤なままのポーリー。
 もう何をどうしたら良いのかと遠い目をするユーラとソレイユ。
 彼らの様子など知らず、一人平和にノクティルーカは翌朝まで眠っていた。