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ソラの在り処-暁天-

【第六話 神変】 2.感謝の気持ち

 目覚めてからの一日はあっという間に過ぎていって、いつの間にか日が暮れていた。
 太陽が完全に隠れてから、ポーリーの部屋にはスピカがやってきて身体を拭いてくれた。足はタライに張ったお湯につけて、手ぬぐいで拭われるとほっとする。
「さ、おめしかえを」
 用意されていた服は、昔叔父の元を訪ねたときにも着たもの。
 あまり着慣れていないはずなのに、何故だろう、しっくりくる。
「あの。スピカ、さん」
「どうぞスピカとお呼びください。
 カペラと同じように思ってくだされば幸いです」
「あ……はい」
 ポーリーは人見知りをする性質だ。
 あまり慣れていない人にはどうしても身構えてしまう。
 そんな彼女を見て、スピカは何かを思い出したようにくすりと笑った。
「そういうところは姫様によく似てらっしゃいますね」
「え?」
 ぱちぱちと瞬きする様子は稚い子供のように愛らしい。
 スピカたちの寿命から考えれば、ポーリーなどは生まれたばかりに等しいからそう思えてしまうのかもしれないが。
「姫って、アースのこと?」
 興味をひかれたのだろう。おずおずとした口調ながら、身を乗り出すようにしてくるポーリーに笑いかけて彼女は頷いた。
「姫様のお小さい頃からお世話させていただいておりましたから。
 ちい姫様のお母上……ベガ様のお若い頃も存じております」
「そうなの?」
 ますます興味を煽ってしまったらしい。
 今にも話してと言いそうな彼女に苦笑して、スピカは掛布を持ち上げた。
「昔話はいつでもしてさしあげますから。今はどうぞ大事を取ってくださいませ」
 掛布の上からあやされるようにぽんぽんと軽く叩かれてポーリーは少し不満そうな表情をしたものの、ふんわりとした笑みを浮かべた。
「うん。いつか、聞かせてね」
「喜んで」
 さてそろそろお休みいただこうと立ち上がりかけたスピカを止めたのはノックの音だった。
「いいか?」
「ラティオ?」
 続いてかけられた声に、ポーリーはかつての仲間の名を呼んだ。
「どうぞ」
 休ませたかったのにと思いつつもスピカが応え、間を置かずに扉が開かれた。
 見慣れた司祭服姿のラティオはずかずかと部屋に入ってきて、ポーリーの顔をじっと見つめた。
 なんだか、観察されてるみたい。
 そう思ったのは間違いではなかったらしく、うんうんと頷かれて告げられた。
「顔色は悪くないな」
「うん。……その」
 どう言うべきか口ごもる彼女に対し、ラティオは相変わらずすっぱりとした口調で言った。
「俺は怒っていないぞ。ティアの他に身内もいないしな」
「あ」
 考えなかったわけじゃない。彼らだけを助けるということは、彼らの大切な人たちを見捨てるということだと。
「それよりも。今回の件での協力者が明日、ここを発つが……話をするか?」
 見るからに落ち込んだポーリーを気にすることもなく、ラティオは来訪の理由を告げる。
「協力?」
「まあ、なし崩し的に協力したとも言えるが」
「理君」
 さすがにこれ以上黙っておけなかったのか咎めるようにスピカが呼ぶが、ラティオは飄々とした顔で返事を待つ。
「……うん。お礼言いたい」
 その人たちも巻き込んでしまった。そう思わないわけではないけれど。
 助けてくれたのなら、お礼を言わないと。
「分かった。そう伝えておく」
 返事を聞いてさっさと退室するラティオ。しっかり療養しろと念を押すように言って行ったあたり、彼なりに心配してくれているらしい。
「さ。もうお休みください」
 ようやく休ませられるとばかりにスピカは笑い、明かりを持って部屋を出て行ってしまった。

 暗いところは嫌いだ。いろんなことを思い出してしまうから。
 石造りの家は採光面で優れているとは言いがたい。
 寒さをしのぐことを第一条件としているため開口部は狭く、必然的に明かりは取りづらくなる。
 今日もちょっと眠れないかなと思いつつ、ポーリーは寝返りを打った。
 本調子じゃないというのは自分でも分かっている。でも、眠れない。
 しばらくボーっとしていると視界の端で何か光っているような気がした。よくよく見てみると、サイドテーブルの上にある石の置物がほのかに発光している。
「わ」
 びっくりして思わず声を出すと、光は消えてしまった。
「あれ?」
 さっきまで光ってたのに。
 不思議に思っていると、似たような色の入った声が聞こえた。
「どうかしたのか?」
「え。ノクス?!」
「なんだ?」
 呼びかけに、明かりを手にした彼はなんでもないことのように返事をして椅子に座る。何時入ってきたんだろうとか思ったけれど、とりあえず黙ったままというのはなんだか落ち着かないのでポーリーは口を開いた。
「えっと、あのね、これ。さっき光ってたのに、消えちゃったの」
 彼女が指差した置物を見て、ノクティルーカはああと納得したような声を出す。
「暗いところで静かにしてると光るんだと」
 ミルザムが言ってたと付け加えて、しーっと言うように口元で指を立てる。
 そうしてしばらく沈黙が続くと、また置物がほのかに発光を始めた。
「綺麗ね。あ、消えちゃった」
 つい呟いてしまった言葉にも反応して光が消える。
 残念そうに眺めるポーリーに苦笑するノクティルーカ。
 姫が落ち込まれているから慰めて欲しい、だなんてスピカは言っていたけれど、この様子なら大丈夫そうだ。
「ほら、もう寝ろ。まだ本調子じゃないんだろ」
「ん……」
 少し不満そうなポーリーの頬にお休みのキスが落とされる。
 少しだけ上体を持ち上げてポーリーも挨拶を返した。
 挨拶のキスをやっとしてくれるようになったのは嬉しいんだけど。
 ……なんか、ルカらしくない。
 口には出さなかったけれど、なんだか不満が少し増した。

 翌朝。昨日よりは味のある朝食をとってしばらくするとノクティルーカがやってきた。
「おはよ。あいつらに会うんだって?」
「おはよう。うん。だって助けてくれたんでしょ? お礼言わないと」
「まあ、慌しく出発するみたいだしな」
 椅子を引っ張ってきて腰掛ける彼の様子を見て、一緒にいてくれるんだとポーリーは笑った。
 人見知りグセを知っているから気遣ってくれたのだろう。
 それからぽつぽつと話をしているうちに、扉の向こうからまだ高い子供の声が聞こえた。
「ちい姫様。お連れいたしました」
「入れ」
 ノクティルーカの許可で、扉がゆっくりと開かれる。
 最初に入ってきたのは少し年下に見える黒髪の戦士風の子。鎧を着込んで、頭には青い宝石のはまったサークレットをつけている。
 金髪の女性も同じく戦士だろう。先程の子供よりかなり強そうに見える。
 それから、プラチナブロンドの青年と黒髪の男の子。
 知らない人の前に出る、というのは何時まで経っても慣れない。
 ぎこちなく見えないように願いながら、ポーリーは笑顔を浮かべた。
「えと、はじめまして」
 戦士風の子はあっけにとられたように目を開く。
 あ、あれ? 私、何かヘンなこと言ったかな?
 戸惑うポーリーだったが、口を開くより先にぽつりとした声が部屋に響いた。
「……かわいいなー」
 一瞬、室内が静寂に包まれる。
「セティ~」
「気持ちは分かるけど……ねぇ」
 仲間達に呆れたように言われて、セレスタイトは真っ赤になってポーリーを指差した。
「だ、だって可愛いじゃないか本当にっ」
「え? あ、ありがとうございます?」
 ポーリーはあまり自分の容姿に自信を持ってない。可愛いといわれてもお世辞だなーと思うくらいなのだが、これは喜んで良いんだろうか?
「えっとその、セレスタイト・カーティスです。セティって呼ばれてます」
「リカルド・ディエゴだよ」
「ブラウ・エヴァット」
「クリオ・ブランシュよ」
 口々に名乗られて正直覚え切れないが、ポーリーは軽く頭を下げた。人の顔と名前を覚えるのは苦手な彼女には、たった四人であっても覚えるのが難しい。
「えと、ポーラ・ルーチェ・トラモントです」
「ポーリー」
 自分も名乗らなければと礼をしつつ言えば、何故かノクティルーカが咎めるような口調で呼んだ。
 びっくりして彼の顔を見れば、浮かんでいたのは厳しい表情。
 そこで気づく。
 自分の身元を知られるのはまずいのではないか、と。
 いろんな人から自分に関する記憶を消してもらっている今、ポーリーがトラモントの姓を名乗るのは要らぬ混乱を呼ぶと。
「……トラモント?」
 ポーリーの予想と裏付けるように訝しげに繰り返される。
 痛みを覚えないわけじゃない。
 けれど、何も気づかなかったふりをしてポーリーは満面の笑みを浮かべた。
「助けてくださって、ありがとうございました」
 それから深々と頭を垂れる。
「よかったです。お役に立てて」
 戸惑うような声の後に、ほっとしたようなセレスタイトの言葉を聞いてポーリーは顔を上げた。
「身体は大丈夫なの?」
「はい。どこも痛くないし大丈夫で」
「お前の大丈夫は当てにならないんだ」
 女性戦士――クリオの気遣いにポーリーはにこやかに答えかけ、ノクティルーカに遮られる。
「それで何回面倒なことになったと思ってるんだ?」
「そ、そんなことない……もの」
「……無茶と無理の区別くらいしろよ、いい加減に」
 心当たりがあるが故に、ちょっぴり指摘が痛くて目を逸らせば深いため息をつかれた。が、今はそのことについて彼も深く追求するつもりはないらしく、彼はセレスタイトたちのほうを向いて問いかける。
「そういえば、もう出るのか?」
「あ、はい。フリストに」
「ラティオさんから依頼受けたんだよね」
「は?」
「え?」
 楽しそうに知らされた言葉に、ノクティルーカとポーリーは思わず声を上げた。
 そんなことは聞いてない。
 というか、あの面倒くさがりなラティオが一体何の用で?
「逢いたい人がいるらしいの。私達は護衛ね」
「逢いたい人……」
「ねぇ……」
 クリオが付け加えた言葉はさらに混乱を助長させる。
 元々、あまり彼のことに詳しいわけではないけれど、執着するような相手を問われれば、妹のグラーティアとユーラ以外に思いつかない。
 誰だろうと考えていると、扉の側で待機していたプロキオンがおずおずといった様子で切り出した。
「皆様方ー。あんまり遅いと……」
「そろそろ行こうか?」
「うん。じゃあ、わたしたちはこれで」
「あ、セレスタイトさん」
 挨拶をして部屋を出て行こうとする一行に声をかけるポーリー。
 振り向くセレスタイトは、気安げな様子を崩さない。
 私のことを知らないのに助けてくれた人。
 見知らぬ人の親切が身に滲みるほどに嬉しいポーリーにとっては感謝してもし足りない。
「本当に、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「早く元気になってね」
 お礼ににこやかに返されて胸が詰まる。
 パタンと扉は閉ざされて遠のく気配。
 昨日から緩みっぱなしの涙腺は、限界がもう近い。
「ルカ?」
「ん?」
 揺れる声での呼びかけに、ノクティルーカが短く返す。
「ごめんね、ありがとう」
「どういたしまして。あと俺からもありがとう」
 互いに少し照れくさいものを感じながらも、お礼のやり取りはしばらく続いた。