アカデミーの杖事件【前編】
港近くの寂れた倉庫の一角で、刑事ドラマの様な会話が交わされる。
「んじゃもう一回作戦確認」
小麦の金色の髪の少年が声をひそめて仲間に言う。
「まず梅桃が結界を張ってまわりへ被害が及ばないようにする」
「わかってる」
呼ばれた黒髪黒目の少女が小さくうなずく。
「で楸が陽動」
「らじゃー」
栗色の髪の少女のあまりにも暢気な返事に少年は頭を抱える。
「いいか陽動だぞ。あくまで陽動だぞ。人質いるんだからな!」
「はいはい」
じとっとした目でにらまれて、楸にしては少し真面目な返事を返す。
「で、慌ててる最中に相手の魔法を封じて逮捕」
「そんな確認とるほど難しい作戦じゃないじゃん」
「なら作戦通りに動いて見せろよっ」
どうやら今まで一度足りともうまく行ったためしがないらしい。
三人とも揃いの黒いマント。盾の形を模した金の留め金には弓と雷の紋章。
少年はゲームに出てくるような神官服に似たもので、少女達はゆったりとした丈の長いワンピース。
しかし色はすべて黒。この世界で魔道を示す色。
この制服は魔法を使い、魔法を悪用する者を捕らえるものたちにのみ許されるもの。
「じゃあ1.2.3.で行くからな」
少年の言葉に梅桃が小さく呪文を唱え始め、カウントダウンが始まる。
「1」
その瞬間、大爆発が起こった。
火の手は上がらず、突風が吹きすさぶ。
目的だった倉庫は瓦礫と化し、しかし周囲に被害はない。
内側で荒れ狂う風をさらに外側から風が巻いて被害をくいとめたのだ。
楸は風の精霊に礼を言って、今度は土の精霊に頼んで瓦礫の一部をどかせる。
すると人の手が見えた。
「よーいっしょっと」
力を込めて手を引き抜く。資料に載っていたとおりの顔。気絶しているものの、大きな怪我はない。
ま、怪我あったら治せばいいだけだし♪
そばには同じくのびてる犯人役。そう、犯人役の捜査員。
ちゃっかり結界を張って被害から逃れてる梅桃とモロにくらった少年……シオン。
彼の使い魔の姿がないのは、今の爆風でどこかに飛んでいったらしい。
楸は二人を振り向いて高らかに宣言する。
「人質確保ー!!
犯人は……反抗不可能、よって任務終ー了ー♪」
「ひさぎぃぃぃ!!」
青空にシオンの叫びがこだました。
世界でもっとも安全な国と名高いディエスリベル。
科学大国、経済大国としても名高く、一方で伝統も尊ぶお国柄。
そして今や天然記念物クラスにまで人数の落ち込んだ魔導士達の所属する魔法協会の本部のある国。
近年になって魔法犯罪が多発し始めて、魔法犯罪に対するプロ集団が作られた。
それが国際魔法犯罪捜査団プルウィウス・アルクス……通称PA。
設立してから何十年かはたつものの。未だにPAの施設は予算のなさから本部であるここだけで、世界各地の犯罪に毎日誰かが派遣されている。
なおPA本部設立にあたっては候補地がいくつかあったものの『協会本部があるから』という理由でここに決まったらしい。
時代がかった洋館に、鮮やかな緑。広々とした公園のような広場。
観光地にもなれそうな景観だが、ここがPAの本部。
基本的に関係者以外立ち入り禁止なのだが、間違って入ってきてしまう人も多い。
その団長室で、いつもの如くお説教が始まった。
「まったく、君達はなぜいつも荒っぽい解決策をとるのだね?」
「すみません……」
大きな机の真ん中でたくさんの書類に囲まれて団長が肩を震わせて言うのに、シオンはただただ謝るのみ。何度も何度も繰り返されてきたせいで、まともにお小言を聞いているのはシオンだけなのだが。
梅桃は真面目に聞いているふり。楸はそれすらしていない。
入団した当初に比べ、団長の髪がますます白くなっているのは気のせいだろうか?
もともと神経質そうな人だし。
ぼんやり梅桃が思っているとようやく説教が終わりに近づいた。
「いつものように報告書、始末書その他まとめて提出するように!」
「では失礼します」
「ちょっと待ちたまえ」
お決まりの言葉を聞いて退室しようとしたら呼び止められて、嫌な予感が背を走る。
ゆっくりゆっくり振り向くと。笑顔で、しかし青筋立てて団長が言う。
「ロータス君。しばらくゆっくり休みたまえ」
「はひ……」
乾いた返事を返して、丁寧に扉を閉める。と。
「やったネお休みもらえたね!」
「違うわ!!」
暢気な楸の言葉に間髪入れずにシオンは突っ込み返す。
誰が原因でこうなったか全然自覚がないのか、それとももう忘れているのか。
「つまり『お前ら使いどころがない』って言われてるのよ」
「え!? あたしたちって落ちこぼれ!?」
どうやら自覚はなかったらしい。
研修とはいえこれだけ怒られてれば気づきそうなものなのに。
「もしかしなくても、な!」
半ば悲しくなりつつシオンは毒づく。
すれ違う捜査員はみなシオンに同情のまなざしを向ける。
トラブルメーカー・楸の存在は魔導士うちでは有名だ。
「ったく、何でいつも俺が楸の後始末するハメに」
シオンの独り言に、梅桃は不思議そうに問い返す。
「なんでって。チームリーダーでしょ?」
PAは四人一組で行動する。いつでもどこでも仲良しこよし♪が基本だ。
チーム・アルブムのリーダーであるシオンが責任をとらなきゃいけないのは確かなのだが。
「イトコだから~♪」
「絶縁したいいいぃぃ!!」
楸の一言にいきなりシオンが騒ぎ出す。
「マスター落ち着いてぇ!! しっかりしてくださいよ!」
瑠璃が肩で騒ぐ。ハヤブサである瑠璃は器用にバランスをとって必死に主を宥める。
使い魔となって約四年。主の性質は大体分かっている。よほどのことでない限りはシオンは暴れることはない。
「……うん」
諦めきった表情でシオンは寂しくうなずく。部屋への足取りも自然と重くなる。
PAの捜査員はみな寮生活をしている。
寮の部屋は魔導士検定の上級取得者になればなるほど広いため、シオンの部屋は溜まり場となっている。これからまたいつものように大量の始末書と報告書を書き上げなければならない。
やはり楸は書かないのだが。
ため息つきつつ扉を開けると、先客がいた。
金髪に緑の目のひょろっとした少年。チームの残る一人、カクタス。
「おっかえりー。終わったのか?」
「説教は、な。今から山ほど書類書きだ」
シオンがテーブルに座ると、始末書セットを取りに瑠璃が奥に行き、梅桃は勝手に飲み物を取りに行く。楸はシオンの向かいに座り、カクタスのお菓子を横取りする。
「それはいいけどさー。いつになったらオレにも仕事させてくれるんだよー」
「黙れ見習い。足手まといは楸だけで十分だ」
カクタスが着ているのはシオンたちとは違う灰色のローブ。
魔導士検定の七級……早い話が初級合格者の着る服で、デザイン面ではかなりの不評を買っている。
四~六級は魔導士、一~三級は魔導師と呼ばれ、魔導師は弟子を取ることができる。
シオンは三級所持者で梅桃は四級、楸は五級。
資格だけでいうならばPAに所属していても可笑しくないレベルではある。
だが彼らはまだ十五歳。一般的には社会人……まして公務員となる年ではない。
未成年者がなぜPAに所属しているかというと、ただ単に人手不足だからである。
先に述べたとおり魔導士は天然記念物並に減っている。
なので若い連中はさっさと捕まえてしまおうということで、シオンに白羽の矢が立った。
梅桃も楸もシオンと幼馴染(楸はイトコ)であるし、才能もある。
残り一人は、というところで。
たまたまシオンに押しかけ弟子入りしたカクタスもPA入りすることになったのだ。
「それに杖もないでしょう?」
「杖って要るの?」
きょとんと問い掛けられて、梅桃はじとっとシオンを見る。
無言の視線を受けてシオンも力ない声をだす。
「杖なしでどーやって魔法使うんだよ」
「あのね。『魔法使い、杖がなければただの人以下』っていうでしょ」
「じゃあくれよー。早くくれよ~」
だだっこみたいに言い出すカクタスに梅桃は無碍もなく返す。
「そんな簡単にもらえるものじゃないわよ」
梅桃の入れてくれたお茶を飲みつつ、シオンは思案してうなる。
「ん~でも、そろそろかなぁ」
基礎的な理論は教え終わっているし、何より杖が無ければいつまでたっても実技の練習ができない。ヒマをだされたことだし。ちょうどいいかもしれない。
「取りに行くか? 杖」
「わっ マジ?!」
途端にカクタスの表情が明るくなる。
「ん。二、三泊はするから荷造りして」
言いかけると。
「やたっ!」
「お出かけ~」
「外出届出してくるわね」
三者三様に部屋を出て行く彼らを見て。
「ってこういう時だけは行動早いのな」
シオンは寂しく呟いた。
「おでかけ~おでかけ~」
「楸うるさい」
バス停までの道すがら、調子はずれな歌を歌う楸に注意が入る。
PAは休み以外は制服着用が義務付けられている。いまもマントまできちんと羽織っているので結構暑いし、かなり目立つ。シオンとしてはできる限り静かにして欲しいのだが。
「なぁなぁ。どこにとりに行くんだ?」
「魔導士育成アカデミーの『知者の塔』よ」
「え!? 塔が立ってるのか?」
「名前だけよ」
バスにのって約三十分。ビルが少しずつ減っていき景色が住宅街のものへと変わる。
「魔導士は初級から六級に上がるまで……
つまりは見習いから卒業するまでは大体アカデミーに通うものなんだ」
「カクタスみたいに魔導師に直接師事する人は少ないのよ」
魔導士ならば誰でも受ける基礎教育を受けていないカクタスはこういうことにはひどく弱い。彼曰く『師匠が悪い』らしいのだが、シオンは代々魔導士の家系で、もともと『常識』となる知識の桁がちがうのだが、あいにく両者ともその点には気づいてない。
そこへにこっと楸が笑って。
「そうでなくても見習いの分際でPAに所属できてるかーくんが変なんだよ」
「変じゃねーもん! 特例だもん! 才能あるんだもん!」
「え~?」
「おーい。置いてくぞバカども」
なんとなくシオンは今回もろくでもないことが起きそうな気がしていた。
「ふはー」
カクタスが感嘆のため息を漏らす。
敷地を囲うように植えられたツツジが咲き乱れ、ところどころに植えられた木の緑が美しい。
正面には白いコンクリート製の建物。
「学校みたいー」
「廃校を安く買い取ったみたいよ」
「なんかヤダな」
自分達も普段はまだ学生故に、いかにも『お勉強しなさい』と言った感じの建物は少し遠慮したいらしい。それだけ親しんでいるとも言い換えられるが。
「でもここが知者の塔かー。結構おっきいな」
三者三様に好き勝手に感想をのべる彼らにシオンが手招きする。
「ほらさっさといくぞ」
「ほーい」
建物の中、彼らを見つめるものがいた。
「さて、吉と出るか凶と出るか」
「残念ながら校長は今会議中ですね」
「そうですかー」
事務所に行って試験やら宿泊やらの手続きを済ませて。
先輩に忠告されたように、責任者である校長への挨拶を、と思ったのだが。
「どうする? 早く着きすぎちゃったからなぁ」
頭を寄せ合ってしばし相談タイム。
「散歩でもしてる?」
「一時間も?」
「それはちょっと……」
「おや? シオンじゃないか? どうしたんだね?」
「え」
振り向くとそこにいたのは恰幅の良い老年の男性。協会の要職者の着るローブを纏っている。
「ジニアおじさん!?」
「や。久しぶりだね」
「アカデミーに転職したって聞いたけどここだったんだ?」
シオンが前にジニアに会ったのは五年程前。昔は鮮やかだった金髪も今は白いものが混じり、若草色の目も心なしか色が薄くなったような気がする。
「大きくなったなシオン」
「小さくなったらマズイよー」
十五になったにもかかわらずシオンは頭をなでられる。
もっともシオン自身の背が五年前とあんまり変わっていないせいもあるかもしれない。
「梅桃も楸もすっかりレディらしくなって」
「おじさんも元気そーね」
お世辞に梅桃はほんの少し笑ってみせ、楸は笑って受け流す。
「おや? その子は?」
ようやく話題を振られて、内心ほっとしつつカクタスは答える。
「カクタス・バードックです。はじめまして」
「ああ! 君がシオンの弟子か! よろしく!」
がっしり握手して、その力の強さに顔が引きつる。
「はい。えーと」
さりげなくジニアの手を離しつつシオンが紹介をする。
「こちらジニアさん。うちのじいちゃんの親友なんだ」
「ここの教頭だよ。それで今日はどうしたんだ?
ただ遊びに来たんじゃないんだろう? PAは忙しいからな」
「ん」
懐かしさから忘れていた事実を思い出す。忙しいのがPAの普通なのだ。
「任務でポカしまくって干され中だから、こいつの杖のテストに来たんだ」
「そーかそーか」
シオンの返答になぜか満足そうにうなずいて。
「なら時間はあるな。お茶にしようそうしよう♪ さぁいこう」
「……おじさんもしかして暇だった?」
「ええ!? 教頭って元PAなんですか?!」
「ああそーだよ」
カクタスの大声にジニアはのほほんと答えて、紅茶をついで楸に手渡す。
内装も学校そのまま……というよりおもいっきり元・保健室。な感じの部屋でのティータイム。
会話の相手を探してカクタスが視線をやると。
「マスターひどい~」
「そういったってバスに乗れないだろ。鳥かご入りたかったのか?」
シオンは瑠璃と軽い言い合いをしているし、もともとあまり話をしない梅桃は静かにお茶を飲んでいるし、楸はお茶菓子をぱくついている。
そのため無難な話題(どんなお仕事されてます?)を振ってみたら先ほどの答えが返ってきた。
「PAでジニアって。もしかして『風の御使い』!?」
「仰々しい二つ名は苦手なんだけどねぇ」
「うわぁサインください!!」
苦笑しつつ答えるのに、カクタスは子供のような目で彼を見つめる。
「なんか元気ね」
「あいつヒーローマニアだから」
こっちはこっちで年の割りにさめているが。
PAは普段の活動内容を一般市民に理解してもらうためにテレビ番組を手がけていたりする。
タイトルはそのまんま『PA』で、日曜朝八時……といえばどんな内容か理解していただけるだろう。カクタスはこの番組がお気に入りらしい。
「シオンって有名人の知り合い多いのな!」
きらきらとした目で言われてシオンは一瞬言葉を失う。
「知り合い……」
「しーちゃん自身が有名だと思うけど」
楸が四個目のマフィンを手にとったときノックが聞こえた。
「失礼するよジニア教頭」
入ってきたのはジニアと同じ協会幹部用の制服を着た痩せぎすの老年の男性と、PAの制服を着たふくよかな壮年の男性。
「おや校長。校長も」
「いや、やめておくよ」
日常茶飯事なのか、ジニアの誘いをみなまで言わせず断ると、後ろにいた男性が声を上げる。
「ロータス!! なぜここに!?」
シオンといえば嫌そうな顔をとりあえず隠して、正直に答える。
「弟子の杖のテストのためですよ。これでも一応師匠なんで」
「うぐ」
少々皮肉交じりの言い方だが、ここにいる理由としてはもっともなので男性は悔しそうに口をゆがめる。
「おやシラー君久しぶりだね」
「お、久しぶりです。ジニア……教頭」
シラーが落ち着いたのを見て、再び校長が口を開く。
「例の事件を彼が担当することになったらしい。協力をお願いするよ」
ジニアがうなずくのを確認してシオンたちに向き直り。
「テストは明日行われる。では失礼」
足音が完全に聞こえなくなってからシオンは大きく息をついて椅子にもたれる。
「っあー。ヤな奴に会ったー」
「マスターを目の敵にしてますもんね」
「なんで目をつけられてるんだよ」
シラーは本来はPAでの教官である。教師と生徒の間柄は決していつも良好とは限らないのだが、カクタスは見習い故にまだシラーから教えを受けるにいたってないのでどんないきさつがあるかは分からない。
「楸がふっとばしたから」
思わず納得。
楸のせいでアルブムの評判は悪いといっても良い。
曰く。演習なのに容赦なく吹き飛ばされた。何故か家が半壊させられた。などなど。
風評被害ではなく実際に被害者なだけにたちが悪いというか。
「いい加減理由に気づかないのかな?」
「ってワザとかいっ」
「そそそーいえば!」
小心者な使い魔があわてて話題を変える。
「例の事件てなんですか?」
先ほども述べたとおりシラーは本来教官で、現場に出ることはまず無い。
ここにきたのは新人をスカウトするため……というわけではなさそうだし、『事件』を『担当』とも言っていた。
「ああ、アレね。杖の盗難が相次いでいてね」
「杖の?」
シオンが疑問の声を上げる。
「持ち主にしか使えないのに?」
魔導士は杖がなければ魔法が使えない。
そのためいつでもどこでも杖を持っていないといけないが正直邪魔になる。
そこで開発されたのが杖をマジックアイテムの中に収納するという方法。
それからさらに開発を重ねて、今では杖そのものを別のものへと姿を変化させるのが主流になっている。シオンたちの左手のブレスレットも彼らの杖だ。
「盗られるほうがバカだよねぇ」
「見習いだもの。まだ慣れないんでしょ?」
「……なんか、杖貰うのって大変なんだな」
先輩魔導士たちの話を聞きつつ、カクタスがしみじみと呟くと、途端に鋭い突っ込みが返る。
「当たり前だろ」
「軽く見すぎよ」
「貰えるの?」
「え?!」
楸の言葉に驚いてシオンに裏返った声で聞く。
「誰でももらえるんじゃないの?」
「合格すればな」
合格?
カクタスの脳裏に嫌なものが駆け巡り、瑠璃の疑問で形となる。
「そーいえばテストって何するんですか?」
「ん?」
「実力試すペーパーテスト」
「ペーパーテスト-!?」
立ち上がって叫ぶと、暢気な師匠は不思議そうに問い返す。
「言ってなかったけ?」
「言ってない聞ーてない説明不足だひどーっ!!」
「杖なしじゃ魔法使えないから実技のハズないだろ?」
「うっ」
確かに言われてみればそうなのだが、今のカクタスにそんな余裕は無い。
何より一番困るのが。
「勉強道具もってきてねーっ」
「あたしが入れといたー♪」
「どーりで重かったハズだこんチクショー!! でもさんきぅっ!」
助かるのか、嫌なのか。
止めを刺すようにシオンが言う。
「落ちたら許さんからな」
「うわぁぁぁあん」
「あ、逃げたー」
ふっと息を吐いてシオンはゆううつそうに呟く。
「にしても、杖の盗難か」
「ヤな感じー」
「シラー君の仕事だから気にすることはないだろう?」
捜査官としてまだまだ若葉マークが取れないが、それでも気になるものは気になる。
気になるといえば。
「ところで」
疑問を口にしようとしたシオンを遮るように、カップを置いてジニアは言う。
「夕食は何がいいかね? そろそろ買い物に行かないか?」
その姿が妙にうきうき楽しそうなのでやはりシオンは言ってしまう。
「おじさんやっぱヒマ?」
「失礼っすよマスター」
使い魔に窘められて、そっか? とつぶやくと。
ポケットで振動を感じて携帯を取り出す。
「ごめんメールだ。団長からすぐ連絡よこせって」
ジニアは悲しそうな顔をしたかと思えば打って変わって明るい声で。
「じゃあレディー方をエスコートするかな」
「わーい」
「はいはい行ってらっさ-い」
と、こんなのんきな会話が交わされていた頃。
「分かるかこんなもーん!!」
カクタスは荒れていた。
一応勉強する努力はしたのか教科書やらがあちこちに散らかっている。
「オレはあいつらみたいな魔導士の家系じゃないんだっ
一般人にこんなの分かるかー!」
彼はそうわめいているが、実際には小学生レベルの知識でも十分合格できる。
騒いだら少し落ち着いたのか、床に散らかった教科書を拾い部屋を出る。
一人じゃどうしようもないしなぁ。やっぱ見てもらお。
シオンの部屋の前でノックをするが返事はない。
「おーい?」
カギは開いていた。
ま、いっか。中で待ってよ。
そう判断して勝手に中に入り、椅子に腰掛ける。
机の上に置いたままのシオンの本に少し目をやり、読むのを一瞬で諦めた。
待つのにもそろそろ飽きた頃、ドアの開く音がした。
遅かったじゃないか。
言おうとした瞬間頭に鈍い痛み。
「動くな」
声は聞き覚えの無いものだった。