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ナビガトリア

【第八話 ときを越えて】 エピローグ.明日へ

 まぶたの向こうで光が収まるのを確認して、ゆっくりと目をあける。
 魔法陣の中、少し離れて立っている二人の人影。
 術者である白銀の髪の女性はこちらを向いて柔らかに微笑んだから、あたし達は二人に近寄った。
 成功したのだろう。一色だった石像が色を取り戻していた。

 さらり、と髪が一房肩を流れる。紅葉の様な赤い髪。
 身につけている服は結構くたびれてるけど、質のよさそうなもの。
 ゆっくりと開かれた瞳は濃い緑。くちびるから吐息が洩れて。
 そのまま前のめりに倒れむ!
「「うわわわわっ」」
 慌ててシオンと二人、両側から支える。
 よかった。後一歩遅かったら顔面強打してたよ。
 二人だから何とか支えられたけど、顔に似合わずがっしりしてるな、こいつ。
「ちょ、ちょっと大丈夫?!」
「どうしたのさいきなり倒れて!?」
 とりあえず仰向けにしてみると……なんか元気ないんですけど?
 まったく力が入ってないっていうか。目は虚ろだし。
「どーしたわけ?」
「今までずっと石になっていたんですから、いきなり普通には動けませんよ」
 その言葉にアポロニウスは顔を上げて何事かを呟こうとし、言葉を紡ぐことなく弱々しく咳き込む。
 苦笑しつつ姫が水筒を取り出す。
 受け取ろうとしてるのか、右腕がほんの少しだけ上に上がるが、すぐまたぱたりと下ろされる。
 シオンがコップを受け取ってアポロニウスに水を飲ませた。
 ゆっくりと水を飲むアポロニウスを皆が見つめてる。
 う~ん。赤ちゃんとか子猫・子犬なんかがミルク飲むときを連想しちゃったら駄目かな?
 水を飲み終えたアポロニウスに、姫が優しく問い掛ける。
「気分はどうですか?」
「Ignoscas quaeso」
 弱々しくもアポロニウスは応じ……て?
 沈黙が流れる。
 ちょっと待てアポロニウス、今なんて言った?
 共通語じゃ無論無い。桜月語? いやいや違う。
 こらこら現実逃避するなコスモス! こんな発音を聞いたことは無かったか?!
「「古代語ーっ」」
 あたしとシオンは揃って叫ぶ。
「あ、いや、とーぜんちゃあ当然なんだけどっ」
「しまった盲点だったっ」
「七百年前の人ですもんねぇ」
「何のんきなこと言ってるのよ薄! どーやって話すのよっ?」
「私は相手の言う事は分かりますから」
「ッ! こんなときには便利よねっ」
 姫はしばし沈黙した後。
「Quo modo vales?」
「あ。そっか姫も話せるんだっけ?」
「ってか、ねーちゃんも話せるだろ?」
「……ゆーっくりでいいならね。あと、簡単なのなら」
 本人が『ねーちゃんも』といってるように、自分だって話せるくせに。
 とはいえ、とっさに話せるものじゃないのは確か。
「それはともかく、薄! 通訳!」
「御意。と言っても想像つくでしょうけど。
 体調どうですか? とか、ご迷惑かけてすみませんってのですよ」
 師弟は二言三言話をしたあと、姫が立ち上がって朗らかに笑う。
「とりあえず地上に戻って……それからPAに戻りましょうか」
「「はーい」」
 そして床に帰還の為の魔法陣が描かれて。

 こうやって、あたしの冒険は終わりを迎えた。

 そう言えれば良かったんだけど……

 ベンチに座って空を眺める。
「ふふふ……いーなぁ鳥は……あちこち行けて……」
「何現実逃避してるんですか公女。アポロニウスが呼んでますよ」
「あーもう!」
 僅かながら得られた休息をどうしてこうもこの『剣』は奪おうとするのか!
 あたし達が今いるのはディエスリベル。
 案の定すぐにパラミシアに帰郷というわけにはいかなかった。
 魔法協会への事の次第の報告とか、そういうのにももちろん煩わされてはいるけど。
 何より問題なのが!
「あたしは奴専用の看護士かーっ」
「仕方ないじゃないですか。古代語ぺらぺらな看護士なんていませんて普通」
 そう。ディエスリベルの……しかも魔法協会が運営に関わってる病院にアポロニウスは入院してる。
 石化状態から解放されてすぐには動けなかったけど、一晩寝れば大分ましになった。
 でも、だからそれで良かったねーって話にはならないらしい。
 他に何もされていないのか、とか。
 昔の人間だけに、今は絶滅しちゃってる病原菌を持ってる可能性があるってことで、否応無しに一ヶ月の検査入院を押し付けられた。
 そしてさらに、アポロニウスが入院するにあたり、いくつか問題が生じた。
 まず第一に、彼が『銀の賢者』の弟子ってこと。
 そこで姫にゴマすっておきたい協会の各支部間で「私のとこが世話を見ます! いえ、ぜひみさせてください!」って争奪戦になっちゃった。
 そして第二に、古代語が話せる人がほとんどいないらしいってこと。
 読み書きでいいのなら大分人数は増えるんだけど、この入院中に言葉とかこの時代の常識とかも教え込まないといけないから、やっぱり話せる相手がいい。
 そこで頭を悩ました――かどうかは知らないけど――協会本部のお偉方は。
 反論できないようにエドモンド大叔父さん直々にあたしのとこを訪ねさせて。
「拾ったんだから最後まで世話できるよな?」
 と、押し付けた。

「あああ思い出しても納得いかない~」
「いい加減諦めて世話されたら如何です?」
 薄の言葉はとがめる感じだが、その顔は楽しくて仕方が無い様子。
 あたしが不機嫌なのがそんなに楽しいか? え?
「事の発端は公女にありますし、古代語を話せる。
 今まで一緒にいたからコミュニケーションもとれる。
 加えて、今更賢者様に取り入るも何もあったものじゃないですから。
 どこにも波風立てない最善の人選だと思いますけどね」
「わかってるわよ。分かりきってる事が嫌なのよ!」
「彼が退院するまでの間の世話と、一般常識を教え込む。
 この依頼を受けたのは公女ですよ」
 ええそーです。報酬にほだされたのも事実です。
 仕事じゃなかったらとっとと家に帰るはずだったのにーっ
 肩を震わせるあたしに何を感じたか、アポロニウスがおずおずという。
『コスモス……その、すまない』
『いーのよ気にしなくて』
 ……すくなくとも今は。
 そんなことを悟らせずに、ニコニコ顔で宣言する。
「この貸しは必ず返してもらうからね~」

 ともあれ、あたしがパラミシアに戻れるのは……しばらく先になりそうだ。

 おしまい。