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ナビガトリア

【第五話 賢きもの】 3.過去と今と

 PAの内部は記念碑やら資料館やらが結構あって、昼下がりのぽかぽか天気の中、あたしたちはおじーちゃんの案内で散歩を楽しんだ。
 本当にここ、観光名所として十分やっていけそうなくらい見ごたえがある。
 とはいえ機密事項が何かと多い場所柄だからそうもいかないんだろうけどね。
「アレは?」
 ふと視界の隅に映った建物が気になっておじーちゃんに聞いてみた。
 敷地内はそのほとんどが緑の芝生で覆われているのに、その一角はなぜかタイルで覆われていて。
 その中央あたりに東屋みたいな……東屋っていうのは柱と屋根だけで壁のない建物の事ね。青い屋根と白く塗られた柱の建物が一つぽつんとたっている。
 東屋は木造が基本で、塗装だってほとんどされてないことが多いからちょっと不思議。
 本部の建物から柱廊でつながっている割には大切な建物には見えないし。
「あれは『沈黙の広場』だよ。
 中央の建物に鐘がついているのが見えるだろう?
 あれが『静謐の鐘』と呼ばれているんだ」
 確かに大きな釣鐘が見える。けど、なにに使うんだろう?
「何のための場所?」
 白と紺のタイルの模様は綺麗なのだけれど。
 妙に目立つし、風景に一致しているとは言いがたいし。
 あたしの問いにおじーちゃんは一瞬真面目な顔をして、広場の方に視線をやったまま静かな口調で教えてくれた。
「あそこは――殉職者が眠る場所だよ。
 あのタイル一つ一つが、任務中に命を落とした捜査員一人一人の墓標だ」
「え?」
 さっと見渡してみれば結構な範囲がタイルで埋められている。
 この一つ一つが?
「こんなに?」
 あたしの呟きにおじーちゃんは重々しく頷く。
「タイルに名前が彫られているだろう?
 実際にその下に入っているのは遺髪や、紋章みたいな遺品なんだけれどね」
 言われてみれば一つ一つに小さく名前が彫られている。
 それらは本当にうっすらで。
 凶悪犯を追って命を落とした捜査員。
 沈黙を持って訴える。捜査団が歩んだ軌跡を。
「そういう凶悪犯にあたるのって珍しいんじゃなかったの?」
「まぁな。だが会ったその日が命日って捜査員も少なくないんだぜ」
 大叔父さんの言葉に思わず足が止まる。
 わかっているつもりだった。
 PAはとても危険な仕事だって。
 警官よりも消防士よりも……もしかしたら軍隊よりも。
 確実に悪意と――強い魔力を持って向かってくる魔導士たち。
 そっかだから……
 おばーちゃんはずっと『視て』いたんだ。どんなに遠く離れていても。
 言われた訳じゃないけれど……皆で立ち止まって黙祷を捧げる。
 そこへ。
「スノーベル先輩!」
 呼び声に振り向けばそこにいたのは一人の男性。
 年のころはおじーちゃんよりいくつか下だろうか?
 PAの制服を着ていて、ちょっと痩せぎすな感じ。
 ローズ・グレイの髪はそこそこに豊かで、丸めがねの奥から浅葱色の瞳を和ませて話し掛けてきた。
「お久しぶりです!」
「やあ元気かい?」
「いようリア。元気そうで何よりだなっ」
 かしこまる老魔導士にのほほんと返すおじーちゃんたち。このおじーさんは後輩なんだろうけど。
「リアトリス君。こっち孫のコスモス」
 おじーちゃんの紹介に頭を下げてよそ行きの挨拶をする。
「はじめましてコスモス・トルンクス・スノーベルです」
「お目にかかれて光栄だよ。スノーベルの姫君」
 微笑んで差し出された手を握り返すと彼はさらりと爆弾を落とした。
「私はリアトリス。ここの団長を務めている」
 はい?
 どうにか間抜けな顔をせずにはすんだ。
 でもいきなり団長クラスが庭まで挨拶に来るか!?
 なんというか……おじーちゃんはやっぱり侮れない……
「ずいぶん立派になったなぁ」
 感心したように言う大叔父さんに、団長さんは苦笑してみせる。
「エドモンド先輩程じゃありませんよ」
 確かに。大叔父さんは協会本部の幹部だったりするし。うちの一族の出世頭だもん。
「おれぁ逃げそびれたんだよ。面倒なだけで、エディが羨ましいよ」
 その言葉でふと気づく。
「そういえばおじーちゃんてどうして何の役職にも就かなかったの?」
「就いた方がよかったかい?」
「そうじゃなくて、よく就かなくてすんだわねって思って」
 今までも思ってた事だけどこの際だから聞いておく。
 PAでの実績に世間の評価を考えれば、今おじーちゃんがこうしてるのはすっごい不思議なこと。
 それにおじーちゃんはお人よしだから頼まれたら断れないタイプだし。
 あたしの疑問に大叔父さんがにやにやしながら答えてくれた。
「そりゃあニコニコしてるエディの後ろからすっごい眼差しが襲ってきてなぁ」
 おばーちゃんですか……? そんな事にも幻視を使ってたの?
「まエディは散々頑張ってきたからな。
 年食ってからのんびりしたってばちはあたんねぇよ」
 ひらひらと手を振りつつ大叔父さんは咳払い。
「おぢさんはリアと話があるからしばらく時間つぶしとけや」
「え?」
 てっきり大叔父さんが見学したいんだって思ってたんだけど?
「見学楽しんでください」
 にっこりと微笑んで団長さんが言う。
「じゃ行こうか?」
 そうして。なんかうやむやなうちにあたしは見学へと連れて行かれた。

「うわー」
 思わず歓声が出る。
「ここも本いっぱい……」
「見ることは出来ないけどね」
「それは仕方ないでしょ」
 機密中の機密だろうし。
 そう言ってあたしは適当な椅子に腰掛ける。
 あたし達が今いるのはまたもや図書……もとい資料室。
 何故に見学に行ってこんなとこに閉じこもっているのかと言うと、昼休憩を知らせるチャイムがなったため。
 おじーちゃんはPA内で伝説・英雄レベルの人である。これでも。
 そんな人がそこらをうろちょろしていたらどうなると思う?
 人が殺到する事間違いなし。見学どころの騒ぎじゃない。
 なので仕方なく緊急避難したというわけ。
 ま。一時間もすればいいことだし。
 席について本の背表紙を何気なく眺めてることにする。
 歴代の逮捕の記録に調査書。凶悪犯の資料に……スノーベル家系譜。
 ……はい?
「うがっ 何でこんなとこに家の家系図があるの!?」
「ああ。いろいろあってねぇ」
 遠い目をするおじーちゃん。
 色々ってナニ? 聞きたいけど聞かないほうが良いような?
 ああっ いつもならこんな時に真っ先に突っ込んでくれる薄が今日はおとなしいのが気に障るっ
 でも、何でまたこんなものが?
「これもみちゃ駄目?」
 駄目元で聞いてみたあたしにおじーちゃんは笑って答える。
「これは大丈夫だよ」
 そりゃそか。
 本を手に取りテーブルにのせて、ふと思い立って後ろの方からページをめくる。
 するとばっちりあたしの名前が書いてあった。
「本当に徹底的に管理されてるって感じね」
 ため息をつくあたしの耳にアポロニウスの神妙な声が響く。
『コスモス。聞きたい事がある』
「なぁに? あたしに分かる事ならどーぞ」
 促すあたしに、アポロニウスは一拍沈黙する。
『パラミシアの初代の王はブルーローズの娘婿だと言ったな』
「そーよ」
 何かと思ったらこないだの話の続きか。
『パラミシアの前の国名は?』
「何でまた?」
『最近ようやくいろんなことを思い出せるようになってきたからな』
「今まで覚えてなかった訳?」
『そうなるな』
 ずいぶんあっさりと返す。
 もしかしたらその辺には封印された時の副作用なんかもあるのかもしれないけど。
 あたし達の会話をおじーちゃんは楽しそうに――でも瞳は真剣に――見つめている。
『前の国名は「夕闇の国」セラータ。違うか?』
「ずいぶんと断定できたわね?」
 アポロニウスの推測は当たっている。
 地形や大陸の位置関係とか、そういうのを見比べれば分からない事もないとは思っていたからこれに関してはいずれ聞かれるかなとは思っていたけれど。
 何故そういう話になったのか分からなくて、あいまいに返したあたしにアポロニウスはさらりと返す。
『あの時代に生きていたんだ。不思議はないだろう』
 それに……と一瞬口ごもって。
『ブルーローズは従妹だしな』
「ハイ?」
 ブルーローズといとこ!?
「あたしたちが確かめられないからって適当なこと言ってるんじゃないでしょうね?」
『そうとられかねないからこそ黙ってたんだがな』
「ということは」
 あたし達の会話を聞いていたおじーちゃんが唐突に口を開く。
「君があのアポロニウスと考えていい訳だね?」
 あの?
『どういう意味だ?』
 アポロニウスの問いかけにおじーちゃんは簡潔に答える。
「英雄の息子という意味だよ」
『……そうなるな』
 英雄? なんじゃそら。
 訳の分からない事だらけだけど、分かる事は唯一つ。
「おじーちゃんアポロニウスの事知ってたの!?」
「名前が同じだけかと思っていたけどね。
 でもあのアポロニウスなら家の事を知っているだろうし」
 おじーちゃんは苦笑して本棚から一冊の本を取り出し、ぱらぱらとページをめくりこちらに見えるように向けた。
「はい質問。どっちがブルーローズか?」
 見せられた絵は互いに向かい合う二人の女性。
 杖を手にした青い髪の女性と本を手にした黒髪の女性。
 実際にはありえないであろう青い髪。
 長年園芸家達が追い求めた幻の青いバラ。
 だからこそ、こちらの女性が「ブルーローズ」だと言われているのだけれど。
『黒髪がブルーローズだ。名前は青い髪からではなく青い瞳からつけられたんだ』
 迷うことなく答えるアポロニウス。
「正解」
 おじーちゃんが苦笑がますます深くなる。
 そう。
 世間様一般でいわれている青い髪=ブルーローズ説は大嘘。
 だからといって世間や歴史書が悪い訳じゃないんだけど。
 何せそれを隠すために情報操作したって言うんだからねぇ?
『お前の住む城はステラマリスといったな。あそこがセラータの王城だった』
 地形はずいぶん変わっているけれど。
 そう呟くアポロニウス。
 でも見ただけでどこの城か分かるくらいには建物自体は変わってないんだと思うと……なんかなぁ。
『その城に「スノーベル」の血を引くものが住み続けるのは当然だ』
 ま、ばれたってどうにかなるものじゃないけど。
 そこまで知ってたって言うのは正直予想外だなぁ。
 青い髪がブルーローズでないのなら誰か、と言う話になる。
 答えは簡単。
 親友にして最高の魔導士の呼び声高きスノーベル。
 そしてこーいった絵画にはなんかの寓意が秘められてる事が多い。
 例えば、書物は知識を。杖は王権を示したりもする。
『セラータの王女の名前が「スノーベル」だからな』
 つまりはそういうこと。
 うちがパラミシア王家に近いのは、魔導士としての才と前王国の王族ってことが関係してる。
 別に戦争で負けて国が変わったわけじゃないし、王の不手際で国が滅んだ訳でもないから、強い力を持つものは自らの内側に取り込んでしまえってかんじで今の地位があったりする。不思議だねぇ。
 そんなものなんかの意味があるとは思えないんだけど。
 おじーちゃんは笑みを深くしてため息をつく。
「困ったな。ますます反対する理由がなくなっていく」
「反対? なんの?」
 なんか反対されてたっけ?
 きょとんとして思えば、ごつごつした大きな手が頭に乗せられた。
「コスモスが旅をする理由だよ。これもご先祖様の縁だろう。頑張りなさい」