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ナビガトリア

【第五話 賢きもの】 4.銀の賢者

「お! こんなとこに隠れてたのか」
 軽い声がしたのはその時のこと。
 ひょいっと図書室に顔を出した大叔父さんがにやりと笑う。
「喜べコスモス! いいツテがあるぞ?」
「ほへ? 何の話?」
 問い返せば、まるでいたずらっ子のような笑みで。
「四賢者。会いたいんだろう?」
「え!」
「なんだ、会いたかったんだ?」
 おじーちゃんがきょとんとして言うのにあたしはただただ頷くばかり!
 まさか四賢者にコネがあるなんてっ!!
 ああもうありがとう大叔父さん、ビバ大叔父さんっ
 今までただの軽い親父だと思ってたけどやるときゃやるのねっ!
「やったああああ!」
 歓声を上げるあたしに、大叔父さんの後ろから現れた団長さんがすまなそうに言う。
「ただ賢者様は色々と忙しくてね。ちょっと……一月ほどかかりそうなんだけど」
 一ヶ月か。確かにちょっとかかるけど。
 会長に会えるのだって半年先だし、たいした時間じゃないよねっ
「もちろんかまいません! ぜひぜひお願いしますっ」
 そういうあたしのすぐそばで、おじーちゃんたちが声をひそめて言う。
「……そんなにかかるんだ?」
「ってーかエディおめぇ教えてなかったのか?」
「言われてみれば」
「そりゃ楽しみだな♪」
 あいにくと、舞い上がってたあたしの耳に一連の会話は入ってこなかった。

 そうしてあたしは再びインスラトゥムの協会に戻り、しばらくは写本を書く日々が続いた。
 そして一ヶ月ほどたったとき。
「お客様だよ~」
 相変わらず図書室でつまんない漫才を繰り広げるあたし達の元に使者がやってきた。
 のほほんとした評議長の後ろについてきたのは一人の青年。
 年のころはあたしや薄と同じくらい。
 長い黒髪を後ろで一つに束ね、PAの制服――色から判断しておじーちゃんみたいな実働部隊じゃあなさそう――を着ている。
 瞳の色も黒で象牙色の肌。ってことは桜月人かもしれない。
 彼は軽く手を上げて挨拶した。
「どもー。コスモス・トルンクス?」
「あ、はい」
 うあ軽い。ちょっと引きつつも一応返事はする。
 しょーじき『スノーベル』って呼ばれたらどうしようとか思ってたけど、それは杞憂だったみたい。
 でも呼ばれなくて当然か。
 辺りにはたくさん人がいるし、知られたら騒ぎになる事間違いないし。
「初めまして。案内役の(えんじゅ)(かずら)です。よろしく」
「どーも」
「じゃ、行ってらっしゃい」
 評議長の言葉に薄が荷物を取り上げる。にしても相変わらず準備のいい奴。
 槐さんについてあたしは立ち上がった。
 ようやく事態が好転するかな?

 前のようにバスに乗ってしばし。
 小声でだけど、不意に槐さんが話し掛けてきた。
「ところでPAに入団する気ない? とっても人手不足なんだけど」
 いきなり勧誘ですか?
「ご冗談を。あたし攻撃魔法苦手なんですから」
 これは本当の話。
 元々魔力のコントロール力のないあたしだけど、特に攻撃魔法は苦手。
 使ったら倒れるってせいもあるけれど……属性としては攻撃向きなんだけどね。
 何よりあの『沈黙の広場』を見た後に、そんな簡単に受け答えなんて出来ない。
 あたしは……それだけの覚悟なんか持ってない。
 そんな人間が入団する事は彼らを冒涜する事になりそうで。
「苦手でも何でもスノーベルの本家がいてくれたら、それだけで士気が上がりそうなんだけどな。あの火の支配者のお孫さんだし」
「本当に無理ですったら」
 勧誘に関してはある程度は覚悟していたけれどねぇ……
「あ。でも」
「でも?」
 問い返されて。ちょっと迷ったけれど言う事にする。
 いつもきらきらと光る目でおじーちゃんを見ていた子のことを。
「弟がいるんですよね。六つ下の。
 その子おじーちゃんのこと尊敬してるし『おっきくなったらPAになりたい』ってよく言ってましたから。大きくなったらスカウトしてみれば如何です?」
「ふぅん弟ね」
 おっしゃ話題逸らすの成功!!
 許せシオン。きっといずれ諦めるだろうから。
 心の中で一瞬だけ祈ると槐さんの怪しい笑みが聞こえた。
「くっくっく。逃がさないよ」
 ……そんなに人いないんですか?
「あのー? 言っときますけどアレまだ十二ですからね」
 念を押すために言い返すと、さわやかに見える黒い笑顔で答えられた。
「大丈夫。義務教育が終わるまでは待つから」
 そこまでしか待たんのか。
 なんか……なんだろう。まずい事言っちゃったかなぁ?
 ここでのこの会話が後々に響く事になる事を、もちろんこのときのあたしは知らなかったけど。
 その後はひたすらこの国の事とか故郷の自慢話とか、たわいない話をして過ごした。
 そうしてバスは目的地へと近づいていった。

「んぅ~。やっぱりここっていいなぁ」
 伸びをして思いっきり空気を吸う。
 PA本部はその名に似合わず緑いっぱい。
 元々あたしは田舎育ちだから、ビルばっかりのところって言うのは非常に疲れる。
 こんな風に緑いっぱいのところにたまには来ないと息が詰まる。
 ここんとこずっと図書室に篭りっきりだったし。リフレッシュしないとねぇ。
「今さらですけどこの服装でいいんですか?」
 あたしの今の服は協会で借りた黒いローブ。
 確かに正装といえば正装なんだけど。
「ああ大丈夫。一応正装だし。
 っても俺もその『賢者サマ』に会った事ないんだけど」
 おいおいそんな人に案内されるの?
 ここまで薄はずっと沈黙を保っている。アポロニウスも同じく。
 ま、薄はそんなにぺらぺら喋る方じゃないけどさ。
「お連れしましたよ。団長」
 いわれて顔を上げれば、建物の入口に団長さんが優しい笑みを浮かべてたっていた。
「よろしくお願いします」
 頭を下げればさらにその笑みは深くなる。
「どうぞこちらへ」
 そうしてあたし達は本部の建物に足を踏み入れる。

 通された建物は古いながらも綺麗に掃除されていて、どことなくうちの城を思い出させた。
「こちらには四賢者のお一人、銀の賢者様がおられる」
「え?」
 銀の?
 ……あたしとしてはてっきり鉄の賢者だと思ってたんだけど……
「ああ。銀の、だよ。君は、まだ知らないだろうが……」
 団長さんはその先の言葉を飲み込んだ。
 その後に続く言葉はなんとなく想像できる。
 『いつかは知ることになる』。そういうことだろう。
 やおら彼はあたし達の方を振り向き、真面目な顔でこう言った。
「ここに賢者様がいらっしゃる事は……PA内では有名な事だが」
「他言無用ってことですね。もちろんです」
「出来れば……」
 快諾したあたしに薄は言葉を続ける。
「公女のことも他言無用でお願いします」
「……約束しよう。葛君にも口止めしておく」
 神妙に頷く団長さん。
 う~みゅ。やっぱり薄は曲がりなりにも護衛なんだなぁ。
「失礼ですね」
 こそっと薄が言う。
「いやごめん。普段が普段だから」
 だって普段はあんなにあたしを貶してくれてるんだもん。
 一つの扉の前で団長さんが止まった。
「こちらに賢者様がおられる」
 何の変哲もない扉。でも。
「うあ~緊張する~」
「らしくないですねぇ」
 こらこら苦笑するな。あたしはそんなに根性座ってないんだって。
「だって賢者様だよ?」
『あんまり夢を抱かない方がいいぞ』
 興奮気味なあたしに注意したのは、意外な事にアポロニウスだった。
「なにその実感のこもった声」
『所詮一人の人間なんだからな。
 他人からはどんな立派な英雄に見えたって親ばかだったりだらしなかったりするんだ』
「だからなんでそんなに実感こもってるのよ」
 そして何でそんなに限定するのか?
 突っ込みいれつつふと思う。
 そういえば世間一般の方々から見ればおじーちゃんも立派な英雄なんだっけ。
 世間を騒がせた魔法使いを逮捕して、魔導士を目指す人が憧れるって言われてるもんな。
 あたしから見ればあのぽややんとしたおじーちゃんが戦闘で機敏に動けるのかすら疑問だし。つーかおばーちゃんの方が絶対たくましい。あらゆる面で。
 ……案外世の中ってそういうものかもしれない。
「ん。なんか落ち着いたわ」
「それはなにより」
「もういいかい?」
「あ。はい」
 しまったついいつもののりで。
 そのお陰で落ち着けたんだけどさ。
 ノックを二回。
「賢者様。リアトリスです」
 それだけを言って団長さんはノブを回す。

 扉が開かれた。
 その向こうにいたのは。