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ナビガトリア

【第五話 賢きもの】 2.神の弓

「たいくつ」
 その呟きを漏らしたのは何度目の事だろうか?
 ただ今午前十時。お昼にはまだ早すぎるし、平日なだけに人は少ない。
 あたしが今いるのは魔法協会のインスラトゥム支部の、相も変わらず図書室。
 周囲には読み終えた本が何冊か山積みになっている。
 レンテンローズ支部長のお誘いを受けて早二週間。あっという間に暇になった。
 正式なここの協会員なら実験室やなんかがもらえるんだろうけど、あたしの魔導士としての籍は故郷のパラミシアにある。
 まぁそんなもの持ってたって実験しなけりゃ意味が無いんだけど。
 所謂『一時的な居候』のあたしに部屋は無いので、日中はほとんどこうやって図書室に入り浸っていたのだけれど。
「たいくつたーいくつたーいっくつっ 鯛・靴!」
「最後の何か発音がおかしかったような」
「気にしない! 気にしたら負けよ」
『何の勝負なんだか』
 騒いでも突っ込みを入れてくれる相手はいつもの二人のみ。
 確かに、最初は写本のお仕事を真面目にしていたのだけど。
 調子に乗って三日で一冊仕上げたら「そのスピードはやめてくれ」と泣きつかれて、ほぼ強制的に写本は一週間に一冊までという決まりをつけられた。
 写してくれるのはありがたいが報酬が追いつかないということらしい。
 協会の運営も楽じゃないってことなんだろうけど。
「休みが暇ー……ジッとしてるのっていやー」
 机に突っ伏したまま唸れば、薄が小首を傾げて一言。
「ハツカネズミですか……それとも鰹?」
 それはつまり動いてないと死ぬって言いたいってことか?
「そーゆー例えは腹立つわねぇ」
 元々があたしに写本を依頼するくらいここの蔵書量は多くない。
 目新しい本は全部読み尽くしたし、公立の普通の図書館で本は何度か借りてきたけれど。恋愛モノから歴史書、実用書に御伽噺。そりゃもう色々と。
 大食いの精霊使いやら愛嬌のある魔王なんかのお話なんかはシオンへのお土産に送ってあげるかな? にしても……
「本ももう読み飽きた~。なんかひまつぶしーっ
 ネットでもいいからやりたいー。っていうか外に出たい~」
 あたしは元々がアウトドア派だっていうのにっ
 一体いつまで外に出ちゃいけないのよっ!!
「何をおっしゃいますか。VIPなのに」
『そうなのか?』
 アポロニウスの問いに薄がにやりと笑う。
「魔法使いってだけでも行動制限受ける国もありますからねぇ。
 ここはそんなこと無いんですけど、流石に他の国の王位継承権もってるとなると」
『成る程な』
 国際問題はごめんだと考えるのはどこも同じ。
 ましてこの国には魔法を悪用する魔導士を捕まえるプロ集団……PAの本部がある。
 ちなみに家のおじーちゃんはPAの元捜査員。
 たくさんの犯人を逮捕したにもかかわらず、出世のほとんどを断って生涯現場に居続けた事からいろんな意味で有名人。
 引退後は団長にって推薦を蹴って、今は一魔導士としての生活を送っている。
 そういっても講演やらなんやで家を空けることはすごく多いのだけど。
 つまりあたしはPAの鼻を明かしてやろうと考える奴が手を出すには、うってつけのエモノだってことになる。自覚はしてたけどさ。
 おじーちゃんとの血のつながりは誇るべき事だし変わる事無いからいいとして、王位継承権は早く捨てたい。本気で。
 でもそのためには結婚しなきゃいけないわけで。ああ、気がめいる。
「アポロニウスなんか面白い話ない? 昔の事とかさ」
『……思い出したくない』
「なんかやなことでも思い出したの?」
 応えはない。図星だったかな。
「いや別にアポロニウスの話でなくても、その頃の時代の事とかでいいんだけど」
『……気が向いたらな』
 つまり今はどうあっても話したくない、と。
 ため息ついて再び机に突っ伏す。つまんないなぁ。
 こつこつと近づいてくる足音がする。
 こんな姿見せる訳にもいかないよね……
 仕方ないので普通に座りなおし、ぱらぱらと手近な本をめくっていると能天気な声が聞こえた。
「おーおー暇そうだねぇ」
 ってこの声。
 振り向けばがっしりとした体躯の老年の男性。
 違うところは多々あるのに、どことなくおじーちゃんを連想させるその面差し。
 色あせ始めた金髪に楽しげに細められている紫の瞳。
「エド大叔父さん~っ」
 うわあナイスタイミング!
 エドモンド大叔父さんはおじーちゃんのいとこ。
 そういえば本部でなんかの役職に就いてるって聞いてたような?
 あたしも会うのは、かれこれ去年の正月以来だったと思うけど。
「ヒマッ 助けてどっか連れてって~」
「いきなりそれかい。ま、そのつもりで来たんだがな」
 え? 本当に?
 あたしの突然の言葉に意外や返ってきた返事は色よいもの。
 やった久々のお出かけ!!
「じゃあいきますかねお嬢さん?」
 大叔父さんの言葉にあたしは一も二もなく頷いた。

 バスに乗る事十数分。揺られ揺られて到着したのはPA――国際魔法犯罪捜査団プルウィウス・アルクス本部だった。
「すごーい」
 思わずため息が出る。
 協会本部の建物もクラシカルでよかったのだけれど、ここもかなりクラシカル。
 あちらの堅牢な石造りの、まるで入るものを拒むかのような重厚さはなく、歴史の重さを感じさせつつも開放感でいっぱい。
 周囲を囲むのは石を積み上げた塀じゃなくて背の低い植え込みで、一定間隔で背の高い木が植えてあって中の様子が見えるし。
 木造建築故か、てすりなんかに細かな細工がしてあったり、敷地内は花時計や噴水があってまるで公園みたい。
 実際には協会本部の方が人が自由に入ることが出来るんだけど……
「ここってどこまで入っていいの?」
 きょろきょろと見渡すあたしに大叔父さんは指差して言う。
「あそこに橋があるだろう? 一応はあそこまでだな」
 言われてみれば公園のような敷地内には川が走っており、建物のほとんどは中州に集中している。てことは正式なPA本部の敷地はあの中州だけってことか。それでも結構面積あるけど。
「せっかく来たんだからちょっとでいいから見たいなぁ」
 まぁ無理だろうけどさ。
 諦めをこめて呟いたあたしに大叔父さんは悪戯っぽく瞳を細める。
「いんやその辺は抜かりないって、なぁ?」
 誰に話し掛けているのか? 返事はあたしの後ろから来た。
「成る程ね。このためかい」
 懐かしい声。
 こののほほんとした感じはっ
 慌てて振り向けばだいぶ白いものの増えた金髪が目に入る。
 そしてあたしをみつめる和やかな紫の瞳。
「おじーちゃん!!」
「久しぶりだねコスモス。元気だったかい?」
「うん。おじーちゃんこそ」
 こっちに来てたんだ。
 いやまぁ定年になったとはいえ、未だに忙しくあちこち回っているっていうのは分かっていたけど。
 あたしの後ろで薄は頭を垂れたまま微動だにしない。
 それを見て、のどの奥で笑いながら大叔父さんはおじいちゃんの肩を叩く。
「基本は関係者以外立ち入り禁止だが、元捜査員のエディがいりゃあ入れるからな!
 レッツ見学!」
「……本当に遊びに来たんだ」
 嬉しそうな大叔父さんと困った顔で笑うおじーちゃんとを見比べて思う。
 なんだか、もしかしてあたしダシにされた?
「多分」
 隣で神妙な顔で薄が頷いた。

「正式名称は『国際魔法犯罪捜査団プルウィウス・アルクス』。
 主な任務は魔法を使っての犯罪の取り締まり」
 道を行きつつおじーちゃんのPA講座。
 それはいいのだけれど視線がすごい。
 おじーちゃんはPAでは……ってより、魔法使いの中ではかなりの有名人だって事は良く知ってたけど。注目浴びまくり。
 あるものは興奮した目で。あるものは憧れの眼差しで。
 ……大叔父さんも魔法使いとして名前売れてるしなぁ。
 それにくっついて歩いているあたしの事も注目されてるっぽい。
 ま、実害ない限りはほっとくのが無難か。
「『プルウィウス・アルクス』っていうのは魔道に関する言葉で『虹』のこと。
 名づけの由来は昔の神話の『雷は神の矢。虹はその弓』っていう一説から」
「とはいえ設立当初から人員不足は解消してねぇから人使いは荒いし、給料も安いし、コスモスには勧められねえな」
「勧められても困るって」
 属性魔法の攻撃系使ったら一発で駄目になるんじゃ、捜査員なんか出来るはず無いじゃないの。
「硝子には散々勧誘行ってたぞ」
「おばーちゃん魔法使えないじゃない」
 これは本当。
 魔法使い一家にいながらおばーちゃんは魔法を覚えなかった。
 とはいえ透視の力の『千里眼』と、見た幻を現に変える『幻視』の力とを兼ね備えているから、普通の人から見たら『魔法使い』なのかもしれない。実際はかなり違うけど。
「うん。そういって断ってたけどね」
 おじーちゃんが苦笑する。
「でも根性あるわね勧誘した人」
 あのおばーちゃん相手に勧誘を繰り返せるなんて。
「毎回違う人が来てたよ」
 なるほど、その手で来たか。
「人事じゃないぞ?
 お前の力だってのどから手が出るほど欲しいんだからな」
「ほへ?」
 あたしの力?
「千里眼の事ですね」
 薄の言葉におじーちゃんが頷いた。
「長年逃げ回っている凶悪犯なんかはやっぱり優れた魔法使いが多いんだ」
 そっか。
 魔法を駆使して幻を作っても姿を変えても、千里眼の前には無意味。
 そりゃ欲しがるよなぁ。
 他人事のようにしみじみ思ってたら背中をぽんと叩かれた。
「気いつけろよコスモス~。
 ま、エディの孫って時点で目ぇつけられてるか」
 何で笑いながら言うの大叔父さん?
「知っててあたしここに誘った?」
「当ー然っ」
 にこやかにブイサインする大叔父さん。
 なんで、あたしのそばってこんな人ばっかなんだろう。
 見上げた空は雲ひとつ無くって。余計に哀しくなった。