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ナビガトリア

【第三話 桜の国】 2.スノーベルの一族

 空気が違う。
 お城から即行で空港に向かい、逃げるように――実際に逃げたわけだけど――飛行機に飛び乗って数時間。
 桜月の空港に降り立ってまず思ったのがこれ。
 言葉でうまく言い表せないのだけど、なんとなく違う。
 そりゃあヒュプヌンリュコスに比べてだいぶ都会だからっていうのもあるだろうけど。
 ああ。こっちは今から日が暮れるのか……飛行機の中でたっぷり寝たからいいけどさ。
 ともあれいそいそと入国審査。
 用意するものはパスポートにそして認定証。あっさり済んであとは迎えを待つのみ。
 重い荷物は薄に任せて待ち合わせ場所近くのお店をのぞいてみる。
 しょーじき座りっぱなしで疲れたのよね。

 認定証とは何ぞや? って?
 あたしが協会で色々やってたのはこの認定証の申請のため。
 この魔法の立場の弱い時世において、最も困るのが時折出回る呪いの品。
 ほとんどは偽者なわけだけど、まれに本物がある。
 もちろん威力の程はピンきりだけどね。
 とはいえ魔法が盛んだった時代でさえそれらの呪いを解くのは一苦労だった。今は推して知るべし。そのため、万が一に呪われてしまったらみんなで協力して解いてあげましょうということでできた制度なわけ。
 これを持っていれば魔法協会の宿泊施設が無料で使用できる――ただし数は少ない――上に、資料の提供も受けることが出来るという優れもの。
 実際には魔導士が同行することが多いんだけどそれは専門知識が無い人用なわけで、あたしみたいにある程度知識がある人は自分で調べてくださいって感じ。
 ま。たしかに魔導士少ないけどさ。
 え? 実際には呪われていないじゃないかって?
 それは当然のことだけど、あたしは幸い――といっていいのか分からないけれど――変な体質をしている。
 すなわち『魔法のコントロールが出来ない』ということ。
 苦手なことをしたくないだけだろうという人もいるけれどそれは違う。
 できないのだ、言葉どおりに。
 魔法は本来この世界にはない力。
 ここではないけれど、とても近い世界から『力』を引っ張ってきてこの世でさまざまな現象を引き起こすのが一般にいわれる魔法。これは正しくは属性魔法っていう。
 で。呼び出してきた『力』を魔封石に封じたりもできる。
 その魔封石を使った魔法を魔導法って呼ぶ。
 あたしは『力』を引っ張ってくる能力には長けている。
 でも力いっぱい引っ張るだけしか出来ない。
 ある魔法を使うのに必要な『力』を仮に一とする。
 普通の魔導士なら一から二の力を引っ張ってくるところを、あたしは十くらい引っ張ってきてしまう。
 多いならいいじゃないかっていうのは間違い。
 魔法は無限に使えるわけじゃない。
 本人の魔力量の差もあるけど無駄は少ないほうがいい。
 『力』を引っ張る力をコントロールする能力があたしにはまったくない。哀しいことに。
 これによりどんな弊害があるかっていうと、良くて術者であるあたしの体への負荷、悪けりゃ辺り一帯巻き込んでの大暴発。
 回復・補助魔法では危険は少ないけど、攻撃魔法は使ったらまず間違いなく寝込む。
 こんなだから属性魔法を使うのはもうほとんど諦めてる。
 そのかわりに魔導法をみっちり勉強したけどね。魔法自体は面白いし。
 魔導法のコントロールは実は呼び出す時間で判断してるのはひみつ。
 その時間を知るのに何個も魔封石使い切ったし……これを知ったらシオンがなんていうか……
 ともあれ認定員の目の前で属性魔法使ってほぼ速攻ぶっ倒れたらあっさり納得、即時発行の運びとなりましたとさ。うれしかないけど。

 お店を見るのにも飽きて仕方ないので休憩場所の椅子に腰掛ける。
 なんとなく視線をさまよわせ、行き交う人々を眺めたりして……来ないなぁ遅いなぁ。
「でも本当に真っ黒ねー」
 髪も目も。ヒュプヌンリュコスは田舎な方だから桜月人なんて見ることあんまりないし……おばーちゃん除く。
「あ。染めてる人も結構多い」
 何で染めるんだろ? 黒髪って綺麗なのに。
「公女。もう少しおとなしくしてください」
 珍しくってきょろきょろしてたら薄に注意された。
 確かにおのぼりさんって丸分かりな行動だけど。
「ンな呼び方しないでよ。
 パラミシアならともかくここじゃあそんな呼び方しないんでしょ?」
 この国で貴族制度は……あったかもしれないけど、それも大昔の話だったと思うし。
 でも薄は桜月出身だしなぁ、いやこいつは真顔で嘘つくから。
 この程度のことで千里眼使ってまで確かめるのも馬鹿らしいし。
「そうはいいますがね、お嬢様」
「いやだから」
 そういう呼び方されたら悪目立ちするってことを言いたいんだけど。
 そのせいで変なことに巻き込まれるのはイヤだし。
 大体元クラスメートだっていうのに……
 あたしの視線に気づいたか、心持申し訳なさそうな表情で。
「お気に召しませんか? 姫君」
 何ぞと言ってくる。
 耳元ではアポロニウスが苦笑する気配。
 つまり。
「どーあっても、イヤだと?」
「ご理解頂けたようで」
 にっこりと笑って言う。
 くぬヤロー。あたしだっていきなり元クラスメートが護衛になって敬語使われてって言うのは気持ちいいものじゃないっていうのにっ 昔っから嫌味な奴だったけどさっ。
 そう思った瞬間、ぴくりと薄の顔が引きつる。
 ああ。人の心が分かるってのも嫌なもんだよねぇ。
 ええい。嫌な電波送ってやるっ
『漫才しなくていいから……』
 飽きれたアポロニウスの声。
『どうするんだ? これから』
「だーいじょうぶ。迎えがきてくれるから。
 なるべく早く来てくれるといいけどね~」
『迎え?』
「お知り合いがいらっしゃるんですか?」
 アポロニウスの言葉に頷く。
「いきなり土地勘も知り合いも無いとこに行ったりしないわよ」
 薄はこーいうとこは気が利く。
 あたしがアポロニウスと会話してても、周りから見られてもおかしくないように気遣ってくれる。
「だっておばーちゃんは桜月人よ? ここには叔母さん一家が住んでるの」
 それでぴんときたらしい。
「スミレさま、ですか」
 薄の答えに頷く。
 おかーさんの双子の妹、スミレ叔母さん。その人に会うことこそが目的だから。
 一応盆正月には帰っては来るけど薄は会ったこと無いはず。
『親戚に会いに来たのか?』
「そう。すっごい人なんだから」
 薄の方を向いて言う。
 あんまり独り言が多いと変な人と思われるし。
 薄が姿消して無くてよかった。そんなことはこいつには朝飯前のはずだから。
「ま。後はついてのお楽しみってネ」
 人ごみを眺める。
 まだ来ないなぁ、迷ってるのかなぁ。
 ……仕方ない。
 一度目を閉じる。そして集中して、見る。
 目の前にいる人たち、壁が一瞬にして半透明になる。
 正直あんまり障害物――人含む――がいる場所で千里眼使うのは疲れるんだけど……
 そろそろ本気でこっちも使いこなせるように努力したほうがいいかもしれない。
 とか思ってると……見つけた。
 立ち上がってそっちに向かって声を上げる。
「つーばーきー! こっちー!」
 あたしの声が届いたか姿が見えたか、ほっとした表情を見せて椿が向かってくる。
「コスモス!! お正月ぶり!」
「うん! お正月ぶり♪」
 言って両手で握手。
 狐の毛皮のようなやわらかい色合いのふわふわと波うつ長い髪はサイドを残して一つにまとめられ、柔らかなココア色の瞳を和ませている。
 薄は後ろで少し頭を下げている。
 本来ならここで自己紹介とかをしあうのだけど、アポロニウスのことがある。
「じゃあさっそく行きましょ」
 あたしの言葉に椿も頷いて来た道を戻る。
「そういえばコスモスがうちに来るのってはじめてよね」
 楽しそうな椿の声。
『親戚、か……』
 どこか遠いアポロニウスの声。
 何か思うところはあるのかもしれないけど。
 でもアポロニウス。のんびりしてられるのも今のうちだけかもよ?

 ビルが少なくなり閑静な住宅地へと窓からの景色が変わる頃。
「次で降りるから」
 その一言で目がさめる。うとうとしちゃってたんだ。
「ん。ごめん」
「いいのよ。時差ぼけもあるでしょ?
 家着いたらちゃんと寝れるからもう少し我慢してね」
「んむぅ」
 目をこすりながらうなずく。
 前の座席に座っている薄も心なしか船をこいでるように見える。
 時差ぼけってやっぱり辛いものなんだなぁ。
 というかバスの振動って何でこんなに眠りを誘うのか……
 バスから降りて椿宅へ歩いている間も全然眠気は取れない。
『大丈夫か?』
「う~」
 正直大丈夫じゃない。睡眠たっぷりとらないとダメなほうだから。
 これは着いたら本気で少し寝させてもらったほうがいいかも。
「ここよ」
 青い屋根にアイボリーの壁。
 広さは……どうなんだろう? この国の基準がよく分からないからなぁ。
 この近所の家と同じくらいの大きさ。二階建てで、一階には部屋が三、四室くらいかな?
 庭はかなり小さいけれど、こまめな叔母さんの性格を現すように綺麗に手入れされ季節の花を咲かせている。
 庭にいた小さな影がこちらを向く。
 ふわりとした栗色の髪をツインテールにして頭には大きな麦藁帽子。
 土いじりをしていたのか軍手をはめた手には小さなスコップ。
 服の泥の汚れもなんだかほほえましい。
 琥珀色の大きな瞳が見開かれ、満面の笑みを浮かべたと思った、瞬間。
「こーちゃーん!!」
 言って突進してくる従妹をひょいとかわす。
 急に止まれずに道路向かいの家の壁に激突し、倒れて頭を打ちかけたところをすんでで薄に受け止められる。
「ひーちゃん久しぶり。元気だった?」
「ひさしぶり! 遊んで♪」
 何事も無かったかのように問い掛けるあたしに、同じくなんでもないといわんばかりに応える彼女。うーむ。丈夫だ。
「今はダメ」
「えええええ~」
 うーむ。幼い。
 これでシオンと同い年とは……いや、あいつが大人びてるのか?
「そっちのお兄ちゃんが遊んでくれるから♪」
「え?」
「え♪」
 異口同音。ニュアンスはだいぶ違うが。
「それじゃ薄。しばらくお願い」
 文句を言わせず椿の案内で家に入る。
 そうしてしばらくの間あたしはぐっすり眠ることが出来た。
 夢の中で薄の悲鳴が聞こえたのは……たぶん夢だったのだろう。きっと。