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ナビガトリア

【第三話 桜の国】 3.桜の一族

 結局あたしは翌日までぐっすり眠っていた。

 朝おじさんに挨拶をして慌しい出勤、登校を見送って。
 朝食の後片付けが終わってようやくほっとするひと時。
 やることもないのでリビングでテレビをぼんやりと眺める。
 あたしは一応桜月語は会話に困ることはないレベルだから、見てて分からないなんてことはない。
 でも平日の朝方ってつまんない番組ばっかり。
 仕方ないので新聞を読む……読むことに関してはちょっと怪しいけどね。
「お茶にしましょうか」
 温かいお茶とお茶菓子を持って叔母さんが現れた。
 やわらかいウェイブの金茶の髪はおかーさんより長くて肩に届くくらい。
 その名の由来となったすみれ色の瞳。
 スミレ・橘。旧姓スミレ・トルンクス・スノーベル。
 ミドルネームの『トルンクス』ってのはあたしも一緒。
 うちの場合ミドルネームは個人で違うんじゃなくて本家にどれだけ近いかっていう証。
 当主、もしくは後継ぎの兄弟や子供が『トルンクス』――おじいちゃんの子のかーさんと叔母さん。後継ぎはシオンになるからあたしも『トルンクス』になる。
『トルンクス』の子供が『ラムス』――椿やひーちゃん……楸ちゃんがこれにあたる。
 全く旧家はややこしいったら……
 ちらと叔母さんの顔を見る。
 やっぱりおかーさんと良く似てるな。一卵性だから当然といえば当然なんだけど。
 ……性格はかなり違うような気もしなくはないけど。
 記憶にあるおかーさんの顔と照らし合わせてみる。
 おかーさんも今はこんななのかな?
 とりとめの無い会話の後、叔母さんから切り出してくれた。
「それでどうしたの?」
「ん。叔母さんに見てもらいたいものがあるの」
 言ってお茶を一口。
 うん。紅茶も良いけど緑茶もなかなか……
 両方の耳からアポロニウス――イヤリングをはずしてテーブルに置く。
『……はじめまして。アポロニウスという』
「あらあらはじめまして」
 やっぱり叔母さんにもアポロニウスの『声』は聞こえるみたい。
 聞こえるか聞こえないかっていうのはもしかしたら魔力が関係するのかもしれない。
 ここまで来ることになった経緯をかいつまんで話す。
 たまたまあたしの手にアポロニウスが渡ったこと。
 アポロニウスを――見た目どおりの宝石としても――狙う奴がいたこと。
 あたしに暴言を吐いたこと。
 何とかして元に戻る術を探していること。
 話を聞き終わった叔母さんはため息混じりにこう言った。
「なるほど。そんな理由で旅を」
「そんなって……」
「他意はないわ。ただね。ヴァイオレットの娘なんだなって」
 ヴァイオレット・トルンクス・スノーベル。あたしのおかーさんの名前。
 今ごろはきっと遠い空の下でボランティアにいそしんでいることだろう。
 でもなんでまたあたしが旅に出るのとおかーさんの娘って思うのとどういう関係があるんだろう? ……やっぱり無責任なとこかなぁ?
「でもあんまり危ないことしちゃダメよ」
「大丈夫。危なくなりそうなら椿に言うから」
 椿にあらかじめ伝えておけば絶対に間違いなく危機から脱することは出来る。
 そこまでいかなくても少々のことなら薄が何とかしてくれそうだけど。
「その手もあるけどそうじゃなくて。そんなことに近づかないで」
「善処します」
 おどけて言って本題に入る。
「で、話を戻すけど。アポロニウスの過去を見て欲しいの。
 なんでもいい。どんな些細なことでも良いからとにかく情報が欲しいの」
『過去を見る? そんな事が出来るのか?』
 あたしの言葉に不思議そうな声を上げるアポロニウス。
 テーブルの上の彼をみて聞き取りやすいようゆっくりと言い聞かせる。
「言ったでしょ? 桜の血族の女は視覚に関する能力を持つって」
 視覚に関する能力は何も千里眼だけじゃない。
 現在スノーベル内で桜の血をひく女性は全部で六人。
 その全員が何も同じ能力を持つとは限らない。……力の強弱はあるけどね。
 まぁおばーちゃんとあたしはたまたま同じ千里眼なわけだけど。
「私は過去視。物や人の過去を見る力」
『物?』
 きょとんとするな。あんたは今イヤリングだろうが。
「そ。
 アポロニウスが何も覚えて無くっても少なくともそんな格好にされた以上、何らかの儀式の場所にあったはずよ。あなたと共にね。
 うまくいけば何の術か判別できるかもしれないし」
 アポロニウスの体から心……もしくは魂というのかな。
 それをこのイヤリングに移し変える。
 正直そんな事が出来るのかすごく疑わしいところだけど。
 でもまあ何分昔のことだし――今日までに失われた術は数かなり多かったりする。もしかしたら人間自体の魔力が落ちてきていて使えなくなった術も多いのかも知れない――エルフとかなら出来るかも知れないから言い切ることは出来ないんだけど。
『なるほど……しかし』
 口ごもるアポロニウス。
「何よ。真人間に戻りたくないの?」
『だから真人間て言い方は』
 後考えられることは。
「そりゃあ知られたくないことはあるでしょうけどそこはそれ」
「プライバシーは保護するつもりよ」
『…………』
 あたしの説得や叔母さんの言葉にも沈黙を守るアポロニウス。
 そりゃあ確かにどんなに仲のいい人にだってすべてを打ち明けられるものじゃあない。初対面ならなおさらの事。
 でも本気でもとの姿に戻りたいと思ってるなら踏ん切りはつくはず。
 つまりアポロニウスはそこまでして戻りたいとは思っていないということか。
 でも……なんで?
「その姿は何かの罰ですか?」
 ひょっこり現れたのは薄。珍しく目にクマなんてつくっちゃってる。
 こいつまた心を読んだな。 
 アポロニウスは沈黙したまま。
 図星だったのかな。でも……
「罰ね。
 罪を犯したから罰を受ける……でも。
 罰を受けてるから大丈夫……そんなこと思ってない?
 それは本当に『償い』なの?」
 言っちゃってから気がついた。結構ひどいこといってるや。
 気まずいなぁ……
 そんな風に思ってたら止めを刺された。
「怒るわよそれは」
 叔母さんが苦笑混じりに言う。
 ううっ やっぱり?
「ひどい言葉ね。『見なかった事にする』……特に私達にとっては」
 あれ? あたしのことじゃないの? いやあたしのことなのか?
 あたしのアポロニウスに対する暴言じゃなくて、アポロニウスが言ったことのほう?
 おもわずきょとんとしたあたしに、おばさんは優しく微笑んでくれた。
『どういうことだ?』
 びっくりしたようなアポロニウスの声。
 そりゃあそうだろう。あたしだって正直驚いてる。
「言ってたでしょう? 桜の血をひく女は視覚に関する能力を持つと」
 そういう叔母さんの顔は。
 静かに笑ってるけど、激しく泣いている。そんな悲しい顔。
 しないで欲しいのに。そんな顔は。
 叔母さんは朗々と歌うように言う。
「すべてを見通す透視の力。過去を見る力。未来を見る力。見た幻を、具現する力……
 『見なければいい』っていうのはそれらすべてを否定することでしょう?」
 アポロニウスは沈黙する。
 沈黙は、多分肯定。
 見なければ力は使えない。
 見なければ力は使わなくていい。
 良くも悪くもすべてを見通す……見破る千里眼。
 見るのは決して優しいものばかりじゃない過去と未来。
 見るだけで――人を傷つける力にもなる幻視。
 何度も思った。『こんなちからなくていいのに』。
「そう……思いつめることで光を失うものも多いのよ。
 コスモスもそうだった」
 そういってあたしを見やる。
 口をはさみたいのは山々だったけど、アポロニウスに過去を見られたってこの場合は仕方ないと言った手前何もいえない。
 まぁ知られて困るものではないし。……思い出すのは正直まだ辛いけど。
 でも……多分叔母さんもあたしと同じなんだろう。
 力を消すことは出来ない。
 延々と封印し続けることなら出来なくもないけど……それだって完璧じゃない。
 だからこそ安易な方を選ぶ。
 『こんな目なんて見えてしまわなければいい』と。
 実際に傷つけたわけじゃないけれど、人って……思い込みでも目が見えなくなったりするんだ。
『だが』
 見えてるじゃないか。
 そう言いたいんだろう。
 そう。今は。
「いろんな人からいろんなこと教えてもらったから」
 こんなこというのは正直照れるけど。
 人の口から言われるよりは自分で言ったほうが、多分いい。
「だからこそ目をそむけるようなまねはしない……できないよ」
 千里眼を持つあたしは、見たいものだけ見て、見たくないものは見ない。
 そんなわがままは許されない。
 他の誰でもない。あたしが許せない。
 どんなに悲惨な物だって、目をそらしたりしない……したくない。
 そのくらい……強くなりたい。
 かすかに息を呑むようなそんな気配。
 薄は口の端にかすかな笑みを浮かべたままあたしに軽く頭をたれている。
 『主として合格』ってことかな。
 ゆっくりと息が吐き出される……そんな雰囲気がする。
 察するしか出来ないって結構哀しい。
 本当に……簡単に戻れたらいいのにね。
『わかった』
 アポロニウスが言う。
『手がかりを下さい』
 叔母さんに向かって。

 そうはいっても、過去を見るっていうのはそれなりに疲れたりすることなので。
 明日の朝。
 アポロニウスの過去を見ることとなった。
 朝といっても早朝。まだ日があけきらぬ頃にするんだけどね。
 静かに集中できる時間ってやっぱり限られてるし。この辺は夜更けも最近はうるさいんだって。
 昼食を済ませてしばらくたつと、元気にひーちゃんが帰ってきて。
 それからは一気ににぎやかになって。
 みんなで囲む夕食。
 普段はこんななんだなぁと正直少し羨ましい。
 ……シオンはこんな雰囲気あんまりなじみないんだよな。
 明日早くに起きるためにあたしはさっさと寝ることにした。
 椿の部屋に布団をひいてもらって横になる。
 そだ。アポロニウスはずさないと。
 手近にあったCDケースの上において、おもむろに問い掛ける。
「そういえばさ。何でまた突然見てもらう気になったの?」
 だってさぁ。自分で言うのもなんだけど、あたしの話聞いたからって考えすぐに変わるかな?
 沈黙の後、アポロニウスはかすかな声で呟いた。
『……似ていたんだ。師匠に』
 ?
 だれが? なにが?
『力のことを話すコスモスが』
 あたしに?
『あの人も自分の力の事をあまり良くは思っていなかった……
 でも「どう足掻いたって自分の力であることに変わりはない」……
 そんなことを言ってたのを思い出した』
 遠い昔を思う声。
 あたしはとりあえず静かに聞いておく。
『今まで思い出すこともなかったのに。
 多分私はたくさんのことを忘れている。良かったことも悪かったことも。
 ――出来れば、思い出したい』
 そっか。
 七百年なんて気が遠くなるような日々が経ってるんだもんね。
「だいじょぶよ。叔母さんが何とかしてくれるから」
 根拠もなしに軽くあたしは言い切った。

 ……後にそれを後悔することになるのは秘密。