【第一話 天文黎明】 3.海の城で
『公爵令嬢がなんてことを!?』
これがよく言われるセリフNo.1というと、なんかどこかが間違っているが。
コスモス・トルンクス。これでも間違いなくスノーベル公爵令嬢である。
音を立てて。なんて表現がぴったりくるほど固まってしまった二人の手を引いて、とりあえず応接用の部屋に通し椅子に座らせて――あたしが着替えて戻ってくるまで、二人はずっと固まったままだった。
「ちょっと刺激が強すぎましたかしら?」
「ひどい事するね。プリム」
「あら。私のせいですの?」
いやあたしが原因かもしれないけどさ。
プリムは知ってたんだし、なのにあたしに依頼したってことは、やっぱり原因はプリムにあると思いたい。
紅茶を入れて手渡すと受け取ってくれたから、硬直状態は多少マシになってきてるかもしれないけど。
「シレネは世話焼きでいい人なんですけど、妙に身分にこだわる点があって」
確かに我が家は成金ですけどと、片手を頬に当ててため息つくプリム。
「コスモスのことを見せればそういう面もなくなるかしら? と思い立って」
「……プリムにとってのあたしの存在って何なのよ?」
そしてそれを本人の目の前で言うっていうのも如何なものか。
「ちょっと落ち着いたら、案内しようかとも思ったんだけどね」
そう言ったものの、どうもまだまだ無理っぽい。紅茶を一口啜ってため息をつく。
というか、そんなにショックですか? あたしが公女だというのは?
でも働かなけりゃ城の修繕費は出ないし、そう簡単に直せるようなものではないし。いくら魔法で建物の維持をしているとはいえ、やっぱり問題はそこそこあるし。
近所の皆様は何も言わないけどなぁ。
慣れとか諦めとかがないとは言わないけれど。
「コスモスさん呼ばれたっすか~?」
子供のような高い声が聞こえて、全員の視線がそちらへと向く。
そしてちょっとましな反応になっていた二人が再び凍りつく。
「うん呼んだ」
おいでおいでと手招きすると、はばたいて椅子の背もたれにとまる。
入ってきたのは一羽のハヤブサ。さっきのセリフは言うまでもなく彼のもの。
「これ、うちの案内役の瑠璃君」
「よろしくお願いしますっす」
喋る鳥を目の当たりにして、かこっと大きく口を開けるレイモナ。
シレネも目を点にしている。
「じゃあ早速行きましょか。しっかりついてきてくださいっす~」
言うだけいって去っていく瑠璃君の後を、よろよろしながらついていく二人。
そんな彼女達を呆然とした目で見送ってようやくプリムが口を開いた。
「あれ、なんですの?」
「使い魔よ」
言いつつ席を立ってランプのそばに行く。そろそろ日が暮れてきたから明かりをつけないといけない。ただでさえ立地のせいで薄暗いし。
はっきりきっぱり言ってしまえば、家で電気が通っている部屋は少ない――ガスと水道も一応は通っているけどそういうのは台所に集中してる――し、電灯の数自体が少ない。
かといって照明は流石にロウソクやらガス灯じゃあない。
ランプの中央。本来ならロウソクなり電球なりがある場所には子供のこぶしほどの宝石――魔封石――が置いてある。
小さく呪文を唱えつつそれに軽く触れると、ぽっと光が生まれる。
魔導法と呼ばれる魔法の一種。
それぞれの属性の魔力をあらかじめ封じておいた魔封石。
その石から力を引き出すことで使う魔法全般のことをいう。
うちでの基本『科学の代用は魔法で』ってこと。
家族は全員魔法使いだし、諸経費もかからない。
先祖代々こういう商売だったからそれこそいろんな効果のあるマジックアイテムはたくさんあるし。今でもそう不便を感じないのだから、昔は他と比べると本当に快適な暮らしだったろう。
魔封石自体高価なもの――ちなみに値段は安いものでも新車が買える位はする――だし、本来は使い捨てなのだ。石に込められている魔力がなくなったらそれでおしまい。
新しく買うか、自分で――もしくは誰かに頼んで――魔力を込めるかしないといけない。
自分自身の魔力を使わなくても発動できる魔法だから、あたしはかなり重宝しているけど。
「シオンのね。本当に末恐ろしいったら……」
苦笑しながら石に戻ると、プリムはどこかぼうっとした様子でランプを見続けていた。
「プリム?」
呼びかけにはっとして、彼女はあいまいな笑みを返す。
「うらやましいですわ」
ぽつりと、重い呟き。
魔法は誰にでも使える訳じゃない。簡単なものならそれでも使う事は出来るだろう。
家が『魔法使いの名家』と呼ばれるだけあって、他の地方よりも魔法使いを目指す子は多い。
でも、皆が皆スポーツ選手にはなれないように、魔法使いになることもできない。
スノーベルを除いては。
「私も使えればよかったのに」
プリムも小さい頃は魔法使いに憧れていたってことをすっかり忘れていた。
あたしにとって魔法があるのはとても普通のことだから。
なんと言っていいか分からなくて黙っていたら、ことんとテーブルの上に小さな箱が置かれた。
「受け取ってくださいます?」
そう言った顔には、いつもの穏やかな微笑が浮かんでいてほっとしたけど。
「なんで?」
「今回のお礼兼誕生日プレゼントですわ。ちょっと……いえかなり過ぎてますけど」
あけてくださいな。
有無を言わせない迫力の笑顔。何でこんな笑顔が出来るんだか。
しぶしぶその小さな箱を開けると、親指の爪ほどの大きさの宝石のイヤリングが入っていた。
「きれいでしょう? コスモスに似合うと思って♪」
「どうしたのこれ?」
プリムの家は宝石商を営んでいるから、こんなものが出てくるのは別におかしくない。
ただの宝石なら。
「魔封石じゃない」
「見ただけで分かりますのね」
驚きとも寂しさとも取れる表情でそう言って、しかしそれはすぐに消して――にっこり笑う。
「近所に住んでいたおばあさんから頂いたものですわ。
あいにく私、緑の石って相性悪くて……その上魔法の品でしょう?
手におえませんもの。もらい物ですけど受け取っていただけます?」
「ん、ありがと。でも……」
もう一度イヤリングを見る。森の緑の色の石。
「何で片方だけ?」
「もらったときからそうでしたのよ」
一瞬遠い目をして息をつくプリム。
どうでもいいけどプリムは本当に華がある。愁いを帯びた表情もすごく絵になる。
彼女と並んでいたらあたしが公女にみえなくて当然だろうな。
「もう一つは内緒の場所に隠してあるのですって。
見つけた人がそのイヤリングの持ち主になれる……と、そう言われてましたわ」
「なぁにそれ?」
まるで何かのゲームみたい。
このイヤリング、ただの宝石だったとしても安いものじゃないだろうに。
でもお金持ちって……酔狂な人、多いからなぁ。
「コスモスは探し物は得意でしょう?」
「まあね。でも、いいの?」
こんなものをくれると言う事は、その『近所のおばあさん』はきっとプリムがかわいかったのだろう。自分の孫のように。
なのにそれを他人のあたしがもらってしまって良いのだろうか?
「いいんです。私では役に立てませんもの」
どういう意味なのか。聞きたかったけど聞いて欲しくなさそう。
なので話題を変えるべくイヤリングを手にとる。
細かなカットがしてあるからエメラルドじゃあないみたい。
あの石だとこんなカットしてあったらすぐに割れちゃうし。
何の石かはわからないけど、濃い翠が怖いくらいに綺麗で……指の先でほんの少し触れてみた。
一瞬、静電気が走ったような感じがした。
――急速に覚醒していく意識。ぼんやりとした視界が焦点を定めていく。
最初に目に入ったのは金の色。そして夕空に僅かな時間現れる、澄んだ紫の色――
『誰だ?』
声がした。聞き覚えのない男の人の声。
かすれた小さな呟き。
そっと隠れている薄を伺うと、不思議そうに見返してくるばかり。
空耳?
『お前は、誰だ?』
じゃあない。
「コスモス?」
「あ? なんでもないなんでもない」
あれ? えっと? これってつまり?
『そこのお前だ。金髪で紫の瞳の』
あたしのことだ。間違いなく。
どこ!? どこから声がするのっ!? ってまさか。
視線を落とす。手にしたイヤリングに。
『ようやくこちらをみたな』
ああ。やっぱり……
『誰だ? 名を名乗られよ』
三度問う、男の声。
あたしの様子に気づいたか、薄が近づいてくるのが分かった。
だけど、わかったってなにすればいいのか、どうすればいいのか?
あんまりにも混乱してる事は分かってる。あれ、それってつまり冷静なのかな?
「お嬢ちゃま。夕食の支度が整いました」
「そう、ありがとうマギー」
パニック真っ最中のあたしの耳にその言葉が入ったのを幸いに、勢いよく席を立つ。
返事が出来たのはただの条件反射、これ以上普通に振舞っていられる自信なんかない。
「プリム先に行ってて? あたしも後で行くから」
「ええ」
了承を取り付けて、箱を手にしたままなるたけゆっくりと、落ち着いてるように部屋を出る。
もどかしい程に言う事を聞かない手で何とか扉を閉めた。
混乱は収まるはずがない。
つまりえっとこの状況はあれでだからなんだそのっ
『私の声が聞こえない訳ではないのだろう?』
のろわれた? 呪われましたかあたしっ
『名は?』
最悪だー!!