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ナビガトリア

【第一話 天文黎明】 2.歴史の街

 本日は晴天。あたしにとってはとってもありがたい。
 なぜかと言うと雨の日はやはり仕事がしにくいからで、まぁ晴れてたって仕事がない日は関係ないのだけれど。
 そんなあたしの仕事はと言うと。

 石畳の上を、かっぽかっぽとひづめの音が景気良く響く。
 他の観光客が興味深そうにあたし達を眺めている。
 からからと回る車輪。開閉できる幌のついた黒い車体。それを力強くひく立派な体躯の栗毛の馬。
 こんな田舎町でも馬車を見る事は少なくなった。農家とかは除くけど。
 手綱を操ってスピードを落とし、右の建物を手で示す。
「カーフ駅到着いたしました」
「ほおう」
「立派なものねぇ」
 中年の夫妻はそろって感嘆の声をあげる。
 確かにクラシカルな雰囲気を保つ赤レンガの駅舎は長年町民に愛されているもの。そういう賛辞は地元民としてはかなり嬉しい。
「こちらは北口、特急線の乗り場となっております。
 在来線は南口。駅舎と同時に建設された噴水が今も人々の憩いの場として親しまれております」
 かまなくなったのは大きな成長かもしれない。何事も経験って大事だよねぇ。
 顔には出さずスムーズに馬車を操り入口付近で停止させる。
 御者席から降りて、降車のお手伝いをする……こういうのにも慣れてきたなぁ。
「本当楽しかったわ。馬車だなんて乗ったのはじめてよ」
「お気に召していただけたなら幸いです」
 少し興奮気味に感想を漏らすご婦人に慣れた感じで笑顔を浮かべる。
「どうぞまたお越しくださいませ」
 優雅に一礼して見せると、中年夫婦は上機嫌で改札をくぐっていった。
 その後ろ姿を見送って大きく息をつき。
「おわったああああっ」
「気が抜けすぎです」
「うるさいわね!」
 とすっと射るような突っ込みに半眼で返す。
 仕事が終わってほっとしてるんだからちょっとは気を抜いたっていいじゃないの。
「今日のお仕事はまだあるのでしょう?」
 いつの間に現れたのか、振り向けば御者席に座った青年がしれっという。
 彼の名は(すすき)・矢羽、職業あたしの部下。歳はあたしと同じ十八。
 大分異国の人が増えたとはいえこの国には珍しい桜月人。
 黒髪黒目、そしてきめの細かい象牙の肌。顔立ちは桜月系特有の童顔で、鋭い瞳をしてはいるが一応ハンサムで通るだろうし愛想も悪くない。
 ただしあたしに対してだけは慇懃無礼。それに限る。
「まーね」
 対するあたしの外見は、肩より少し長い程度の金髪で大きな紫紺の瞳。
 顔立ちはおばあちゃんの血のせいか、少々童顔気味。背はこの国の女子の平均値だから、基本は小柄な人の多い桜月人の薄とはそんなに差はない。
 今は商売柄落ち着いた臙脂色の乗馬服を着ている。
 あたしがこの歳で働いてるのは、ひとえに家に余裕が無いため。
 この国ではお金に余裕のある家の同年代の子供は大学に進むことが多い。
 まぁ進んで学びたいものもなかったから、それに関しての文句は無いけれど。
 とはいえ余裕が無いというのは困る。
 家の建物はやたらと古くてあちこちガタがきてるのに、この町一番といっても過言ではない観光名所になっているものだから、建て替える事も出来ない。
 仕方ないからちまちまと補修して住み続けているのだけれど――やはり愛着があるから引越しはしたくないし――その補修だって大変だ。
 当時の贅を尽くして建てられた物だけに今では手に入りにくい建材だってあるし、直せる人も多くない。
 馬車に乗っての観光。これが案外受けてよかった。
 このままぶらぶらしていちゃいけない!
 そう思い立ったものの、どこも雇ってくれなくて。
 苦し紛れに立ち上げた仕事だったのだけど。結構うまくいってるなぁ。
 スケジュールを書き込んだ青い皮の手帳をぱらぱらめくる。
「今日は後一件。でもあんまり猫被らなくて良いのよねぇ」
 不思議そうな視線を受けて不適に笑い返す。
「だってプリムが来るんだもん♪」

 国の名前はパラミシア。童話と妖精と女王サマとそして魔法の国。
 町の名前はヒュプヌンリュコス。
 はるか昔――伝承によると千年近く昔に英雄が拓いた街。
 その後他国から攻め込まれることも無く今に至り、遺跡・旧跡・観光名所が山ほどあるこの町を、観光バスやタクシーで回るより、たまには気持ちを変えて馬車など如何です?
 面白い出会いを約束します。
 そんな触れ込みで起業した変わり者の友人を彼女は覚えていてくれたらしい。
 会うのは一年近くぶり。プリムは中等部からの友人で、首都にある大学にいってからは音信不通気味だったのだけど。
「そろそろかしらね」
 パタンと手帳と閉じて駅舎を見やる。
「プリムに会うのも久々だな~。きっとキレーになったんだろうな~」
「親父くさい発言は慎まれたほうがいいですよ」
「るさいなぁ。でも残念だったね? 桔梗がこなくて?」
 茶化してやれば、むしろこっちが気が抜けるような微笑を見せて。
「まぁそれなりに」
「それなりかい」
 しっかしコイツの笑顔は何でこんなに黒いんだろう?
 他人がこの黒さに気づかないのが不思議でならないのだけれど、逆に人を限定して黒さを発揮しているとしたら、それはそれで問題だけど。
 すっと薄の姿が一瞬かすんで見えて瞬く間に消えた。
 こいつが姿を消すってことは……
「コスモスーっ」
「プリム!」
 駅から走ってくる懐かしい姿。
 腰に届くほど長いゆるくウェイブのかかった蜂蜜色の髪が、彼女の歩みに合わせて揺れる。空色の瞳を和ませて、スカートの裾を翻しながらこちらに駆けて来る。
「久しぶり! 元気でした?」
 抱きつくのなら多少勢い殺して欲しかったけど……でも嬉しさが勝って明るく返す。
「ご覧のとーり!」
「その方がプリムローズのお友達ですの?」
 感動の再会に水をさしたのは冷たい声だった。
 見ればプリムの後ろから二人の少女が近づいてくる。
 一人は亜麻色の髪で千鳥格子のコートを着た子。
 見た目だけだとあたしより多少年上に見えるけど……ちなみにさっきのセリフはこの子のもの。アイス・ブルーの瞳が冷ややかにこちらを見ている。
 その彼女の二、三歩後ろを着いてくるのはタータンチェックのポンチョとラップスカートなんていう、普段街中では見ない服装の子。……妙に似合っているけど。
 飴色の髪と瞳で少々緊張した面持ちをしている。
 アイス・ブルーの瞳の子があたしをじっと見詰めた後こう漏らす。
「まあプリムローズのお友達ですものね」
 なんかその後に『所詮この程度か』とか『だから仕方ない』ってつきそうなのはあたしの気のせいか?
 不機嫌になったあたしを察したのかプリムが離れて二人を手で示す。
「コスモス。こちらシレネとレイモナ」
「大学でのルームメイトですわ」
 つっけんどんな口調でシレネがいう。
「そういえば寮生活っていってたっけ」
 あたしの問いにプリムは微笑む。――少々困った表情で。
 プリムもこの子苦手なのかな。なら一緒に旅行なんてしなけりゃいいのに。
「プリムローズの故郷があのヒュプヌンリュコスだというから遊びに来ましたのよ。
 お家もこちらにあるのでしょう?」
「ええ。でも今改装中ですから」
 おっとりと答えるプリム。このシレネ、なんか知らないが言葉がとげとげしく感じる。
 場の空気、和ませなきゃいけないんだろうなぁ。
「ではお二人はこちらは初めてですか?」
「ええ」
 仕方ないから話し掛けたレイモナも、どこかほっとした様子で返す。
 間にはさまれて苦労しているんだろーか? この人にはなんか同情するかも。
 シレネのほうは多少引っかかる言い方が気になるけど。
 そこはそれ、相手は客だし。故に営業スマイルを浮かべて深く一礼する。
「歴史の街ヒュプヌンリュコスへようこそ!
 私が本日ご案内をさせていただきますコスモスと申します。それではこちらへどうぞ」
 言って有無を言わさず荷物を預かり馬車へと向かう。
 すまし顔のシレネもこのときばかりは多少興奮して見えた。
 そりゃね。普通馬車なんて見る機会も無いんだから、乗るなんてことはなおさらだし?
 乗車を手助けして自分も御者席に座り、手綱をとって問い掛ける。
「こちらへはどのようなご予定で?」
「今日はここへ宿泊予定ですわ。
 明日の昼頃の列車に乗ってユワンティへ向かう予定ですの」
 涼やかなプリムの声。
「本日の宿はお決まりですか? チェックインのお時間などは」
「決めておりませんわ。プリムローズのお家にお邪魔する予定でしたから」
 プリムに代わってシレネが返す。本人冷たいつもりでも、浮ついてるのが分かる声。
 よっぽど馬車が嬉しいのかな?
 ふむ。時間を確かめるとすでに午後二時を回っている。四時になれば日が落ち始めてしまうから、せいぜい回れるのは一、二ヶ所といったところだろう。
「どちらへ向かいましょうか? ご希望の場所などございますか?」
 カーフ駅は小高い丘の上にあり、ここから町内が見渡せる。
 町内を南北に流れるトゥバン河とそれが流れ込む広がるキリン海。そこに浮かぶ島々。
 ここからの眺めも売りの一つという訳。
 しかし果てさてどちらに向かおうか?
 西のカシオペア通りを行けば国内最大のセギン灯台があるし、東に進めばベナトナシュ霊廟。さらに進んでアルクトス通りまで出ればアリオト市場やメグレスの塔もある。
「ステラマリス城へ」
 異口同音。
 まぁ予想はしていたけどさ。ここに来てあの城を見ない観光客なんて皆無だし。
「明日もありますし。今日はお城をじっくり見学したいです」
 ここからも小さく見える城を見つめて言うレイモナ。シレネも目は輝いている。
 そんな二人をいたずらめかした顔で見ているプリム。
 もしかして、これが目的だったか? プリム。
「では出発いたします。馬車での旅をお楽しみくださいませ」

「ヒュプヌンリュコスはこの国最北の街です。人口は約三万人。主な産業は観光業。
 一番の観光名所であるステラマリス城には、かつてこの地を治めていたスノーベル家が今もなお住み続けていることでも有名です」
 のんびりと馬車を進めながら解説をしていく。田舎町なだけに行き交う車の量も少ないし、何より駅の北側は南に比べて静かな農業地が数多い。観光名所も城とか灯台とか古いものが多くて騒がしいものじゃないし。
「スノーベル……三公爵家(トリア・リーベリー)の一つ。魔法使いの名家のことですわね」
 三公爵家は御三家ともいわれる旧家中の旧家で……王家の傍流でもある。この国は女王国家だから王位継承権は女性にしかない。
 いくら政治は政治家がするようになったからって王家は国の象徴だ。
 その血が絶たれるのは避けたいと思うのは当然のこと。
 王家の血が途絶えたときに三公爵家の中から次の女王を選出し、彼女の子孫が王家となる。
 戦争のたえない時代に作られた仕組みは今も変わらず受け継がれている。
 物騒な事は少なくなったけど、どういうわけか王家は病弱な方が多かったり子供が少なかったりとかの問題があるからかもしれない。
「三公爵家……雲の上の方ですね」
「そうですわね。
 私も以前公爵閣下をパーティでお見かけした事はありますけど。それだけですもの」
 ふぅとため息をつくお客二人。
 そっかー……雲の上の人、か。
 爵位は撤廃された訳じゃないけど、そこまで気にするものかなぁ? 民主主義とか言われてるけど、階級制がまだまだ残ってるんだと思わず実感しちゃうなぁ。
「プリムローズはお会いする機会も無いでしょうけど」
 そういうこといいますか?
 いや確かにあの人はあんまりこの街にはいないけど、いるときにはごく普通の格好して散歩してたりするんだけど……あまつさえ近所の農作業の手伝いをしたりしてるし……大概断られたり止められたりしてるけど。
 こんなのはここの人なら誰でも知っていることだしなぁ。
 あたしと同じ考えなのかプリムが苦笑する気配がする。
 流石にそうそう後ろを向く訳にはいかないからどんな表情してるか分からない。
 ただシレネは貴族で、それを鼻にかけてるっぽいのはよ~く分かったけど。
「魔法使いの名家って良く聞きますけど……本当にいるんですか?」
「世間一般ではやっぱりそう思われているんですね」
 レイモナの悪意の無い質問に苦笑しつつ答える。
「魔法使いはいますよ。現にスノーベルの人間は皆そうですし」
「天然記念物並ですけれどね。
 パラミシアでもこうですもの。他の国では絶滅しているかもしれませんわ」
 のんきに言わないでほしいなぁ。多少なりともへこむから。
 駅前通りを東に向かい橋の手前で右斜め前を手で示す。
「あちらをご覧下さい。ベナトナシュ霊廟です。代々公爵家が守り続けてきた霊廟で、かつてこの町を拓いた英雄達の眠る場所でもあります。
 また白バラの園と呼ばれるほど見事なバラが咲き誇る場所でもあります」
 説明だけをして馬首を左へ……北へと向ける。
 そうすれば建物の陰に幾分隠れるものの、大きな橋とその向こうのこんもりとした森。
 その森に埋もれるような城が目に入る。
「あちらがステラ島。スノーベル公爵の住まうステラマリス城の建つ場所です。
 現在でもあの島は公爵領となっております」
 言いつつも手綱をとって橋への道を行く。
 進む先には島があるのだが、それを知っていてもそこにあるのは大きな森にしか見えない。
「すごい森ですね」
「あの森があるところは全部島ですのよ」
 感慨深そうに言うプリム。
「ここで育ったものにとってはごく普通の景色ですけど、やっぱり珍しいものですものね」
「島へとかかる橋は二つ。この先にありますフェルカド橋ともう少し北にあるコカブ橋です。
 過去、戦の折には敵の進軍を防ぐために何度か落とされた事もあるといいます。
 この城はそのために敵に攻め込まれること無くこの国の北方を守護し続けた事から現在にいたるまで北の要とされ、城を守った二つの橋をザ・ガード・オブ・ザ・ポールとも呼ばれています」
 橋の前に差し掛かると橋の真ん中で複数の観光客と、それを案内しているガイド達の姿が見えた。
 あたし達に気づいたガイドさんたちが観光客を整理して道をあけてくれる。
 スピードを落としてゆっくり通ると、顔見知りのガイドがにこやかに声をかけてくれた。
「こんにちわドミナ」
「今日も繁盛してるみたいだねドミナ」
 ドミナって言うのは『おじょうさん』って意味の言葉。
 他の国の言葉だと『レディ』に似た感じかな?
「お蔭様で」
 にっこり微笑んでさらにスピードを緩めつつ橋を渡る。
 なんといっても木製の吊り橋だし、用心に越した事無いものね。
「ちょ……ちょっと?」
「はい?」
 狼狽したようなシレネの声に振り返る。
 そんな状態で進むのは危ないから、もちろん馬を止めて。
 周りのお客も興味津々と言った感じであたし達を見てる。
「入ってもよろしいの?」
「ええ当然。城は開放されていますから。もちろん人は住んでいますけどね」
 だから見学部分は制限されるのだけれど。
「他の方は橋の上にいらっしゃいますけど?」
「ああ。それは」
「そりゃしかたないさ」
 あたしが説明しようとすると絶妙な合いの手が入る。
「ステラの森は迷いの森。入ったら二度と戻れないって地元では有名だからねぇ」
 その言葉に周囲の観光客が固まる。
 他の国はどうか知らないけれど、この国では科学では説明できない事はよく起きる。
 本当は単純な魔法で起こされている現象なのに認めたがらない『自称・有識者』の数は多いけど。
 ガイドさんたちはしみじみとプリムたちを見て。
「運がいいねぇお嬢さん方。ドミナでないと城まではいけないからね」
「本当ですの? 迷いませんの?」
「ご安心を。私は絶対に迷いませんから」
 不安そうなシレネに胸を叩いて答える。
 あたしにはこの『目』があるし、そうでなくても迷ったりしたら末代まで笑われる。
「抜け道があったら教えてほしいんですけどね」
「それがあれば苦労しないけどね」
 こそっと耳打ちしてきたガイドに苦笑で答えれば、期待はしていなかったようで同じく苦笑を返された。
「そりゃそうだ。お気をつけて」
「うん。ありがと」
 かっぽかっぽと森へと行く馬車を、ガイドたちはうらやましそうに。観光客は心配そうに眺めていた。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
 濃厚な緑の香り。優しい木漏れ日。どこかから聞こえる鳥の鳴き声。
 橋を渡って早十分。その間ずっとこの繰り返し。
 本来ならガイドするべきなんだろうけど。
 まだやや震えが残る声で、ようやくシレネが別の言葉を紡ぐ。
(わだち)があるのに迷いますの?」
 確かに森の中にはまっすぐな轍が続いている。
 分岐の無い一本道。普通なら迷いようが無いのだけれど。
「ええ。ご存知の通りスノーベルは魔法使いの家系ですからね。
 いろんな魔法がかけられてるんですよ」
 そういえば聞こえはいいけど、魔法の実験の副作用で空間が変にねじれただの、悪戯のせいで迷いの森が出来上がってしまっただのとは口が裂けてもいえないし。
「宝を狙って……
 もしくは暗殺のために森に入った人間は、ほとんど例外なく森に還っていったそうです」
 自分で言ってて怖くなる。
 確かに年に一、二度警察にこの森の捜索をしてもらってるけどさ。
 迷い人は見つけたら即お帰り願っているけど。
 まったく、ここは自殺の名所じゃないんだぞ!
 そんなことを思っているうちにも、目的地には近づいていて。
 そろそろいいかな?
「さて、長らくお待たせいたしました」
 期待に、あるいは緊張に。後ろの二人の気配が変わった。
 少しの間を置いて、景色が開ける。
 森の緑と空の青とに映える白い石造りの城。
 豪奢ではないが細かな彫刻の施された扉や窓。
 手すりも歴史を感じさせないほどぴかぴかに磨かれている。
 『海の星(ステラ・マリス)』。
 今ほどに森が育っていなかった時代につけられた名前。
 さぞ海と空に映えていたことだろう。
「ステラマリス城に到着いたしました」

 ちょっと呆然とした感じのシレネとレイモナを降ろして馬車を停めに行く。
 プリムは今ごろ質問攻めにされていることだろう。
 ここの案内は瑠璃君で、あたしの仕事じゃないんだけど。
綺羅(きら)(ぼし)お疲れ様。でも、もうちょっと待っててね」
 愛馬の頭をなでてやる。綺羅星はすりすりと頭を摺り寄せてきてあたしに甘える。
 さて、プリムの手助けに行くかな。

 もう一回正面に戻り、玄関の扉を開けると……プリムたちはまだ玄関ホールにいた。
「……何してるの? 先、見ないの?」
「ちょっとまだ呆然としてるみたいで」
 苦笑しつつプリムは答える。
「だって! すごいですよこのお城!
 じゅうたんはふかふかだし、あちこちに絵画は飾ってあるし天井にも壁画があるし!」
 かなり興奮した様子のレイモナに首をかしげる。
 そーゆーもんかなぁ。お城って大概こういうものじゃないのかなぁ?
 まあともあれ商売商売。
「ところでお嬢様方。
 今宵の宿の件ですが、よろしければお勧めの宿を紹介しますが?」
 あたしの言葉に、プリムを除いた二人が沈黙する。
 観光シーズンから少しはずれているとはいえ、今から空いている宿を探すとなると結構大変。
 それが分かっているのか、ちょっと考えてシレネが頷いた。
「じゃあお願いしようかしら?」
 よっしゃ乗った!
「それでは。……マギー!」
「はいはい」
 あたしの呼びかけにすぐに返事は来た。
 一呼吸ほどおいて、声の主が左手の扉から現れる。
 年のころなら五十くらいの、メイド服の良く似合うふくよかな女性。
 マーガレット・パリスデージー。ここのただ一人のメイドさん。
 『メイド』っていうより、雰囲気的に『ばあや』って呼び方のほうが似合うけど。
「お客様よ。3名様。あ、アリウムにも伝えて頂戴」
「はいかしこまりました」
 微笑んでプリムたちに一礼してから出てきた扉へ戻っていく。
 何が起きたのか分からないのか、ぽかんとしてるシレネとレイモナ。
 まあ、仕方ないかもしれない。
 ただのガイドが公爵の使用人に命令してるんだから。
 扉が閉まる音で我に返ったのか、でもどこか引きつった声でシレネが叫んだ。
「ちょ……ちょっとどういうことですの!?」
「どうもこうも……お気に召しません? ここに泊まるのは」
 あっはっは。毎度毎度の事だけど。たのしいなぁ。
「ここって……城に!?」
 信じられないと怒り狂うシレネ。
 そりゃあそうだろう。あたしが彼女の立場なら間違いなく怒るし。
「何をおっしゃっているかお分かりになって!? ここは公爵閣下のお城ですのよ!」
「ええまあ。でも宿泊もしてますし」
「そうでなくて!」
「うちの売り文句ちゃんと読まれました?」
 なおも怒鳴る彼女をさえぎってあたしは極上の笑みを浮かべる。
 ……我ながら人が悪いとは思ったけど。
「遺跡・旧跡・観光名所が山ほどあるこの町を、観光バスやタクシーで回るより、たまには気持ちを変えて馬車など如何です? 面白い出会いを約束します」
 広告どおりのその言葉をプリムは暗唱する。そういう彼女もすでに笑いをこらえている。
 でもねプリム。知っててつれてきたんだから、共犯だよ?
「自己紹介が遅れまして。私はコスモス」
 ないドレスの裾をつまむしぐさをする。
 はてさて彼女達の反応や、いかに?
「コスモス・トルンクス・スノーベルと申します。
 我が家へようこそ、プリムのご学友の皆様方。どうぞおくつろぎくださいませ」