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ナビガトリア

lycoris-radiata
【第一話 花の都の物語】 1.継がれた話

 逢いたい人。とてもとても逢いたい人。
 待っています。ずっとずっと。だから早く――

「じゃ、またね」
 明るい声はとても白々しい。
「うん……また」
 それに返す自分の声も、普段と変わりないそっけないもの。
 でも、これでいい。きっとそれでいい。
 しんみりとした別れなんて、自分達には似合わないから。
 『また』明日も逢うことは出来ないけれど。
 いつか『また』逢うことは出来るはずだから。
 意地を張って振り返らなかったこと、少し後悔してる。今は。
 いつもいた人がいない日々が、こんなに寂しいものだと知ったから。

 それは、悲しいけれどよくあった話。
 戦争に人々が翻弄されていた時分ではなおさらのこと。
 親子や夫婦、恋人達は引き裂かれ――そして、そのまま終わってしまったことも多かった。
「ある娘は花を植え続けたそうです。
 恋人が帰ってきたときに、美しい故郷で迎えてあげたいと」
「ふぅん」
 滔々と話す青年に応えるのは気のない声。
 視線すら寄越さず、興味なんてありませんといった態度で、隣の女性はつまらなそうに窓の外――雲だらけの空を眺めていた。
「数年後、娘の恋人は運良く戻ってくることが出来ました。
 咲き誇る花々に出迎えられ、ここは天国だろうかと思ったそうです」
「なるほど」
 無視されてもめげずに続ける青年に、それでも一応は相槌が入る。
 まったく聞いていないということはなさそうだ。
 懐かしい母国語に惹かれて後ろの座席を伺った男性は不思議そうな顔をする。
 黒髪黒目に象牙の肌の青年は、彼と同じく桜月人だろう。
 しかし流暢な桜月語で気のない返事をしていたのは、金髪の白人女性だった。
「トリビアもいいけど、もう少し静かにしなさいよ。メイワクでしょ」
「そんな殺生な。ここからがいいところなんですよ?
 オチを聞かずに話を切り上げちゃあ、噺家の立場がないじゃないですが」
 意見を聞かないどころか困ったように肩をすくめる青年。
 まったく懲りてない様子に半眼で見やって女性が呟く。
「誰がいつ噺家になった? あたし、バイト許した覚えないんだけど?」
「そりゃあ、公女専用の噺家ですから」
「だから公女ゆーなって言ってるでしょ。
 呼び名(それ)のせいで何度厄介ごとがあったか分かってるの?」
「ですが公女は公女ですから。駄目ならば姫とお呼びいたしましょうか?」
 幾分声を落として叱る彼女に、彼は何度も繰り返してきた返事をする。
 言うことを聞かない従者に説教をしようとした女性を止めたのは呆れた声だった。
『いい加減にしておかないと余計注目を集めるぞ』
 ぐっと押し黙るのは女性。逆に青年は面白そうに瞳を和ませる。
 声の主は二人にとって身近な存在。しかし、機内にそれらしき人影はない。
『いくら小声といっても、こう静かでは響くだろうコスモス?』
 ため息をふんだんに含んだテノールに諭されて、彼女は面白くなさそうに再び雲だらけの窓を見やる。面白くないことに、ガラスにかすかに映る自らとにらめっこする羽目になってしまった。
 とはいえ、眉間にしわがよっているのを確認しては表情を改めるしかないだろう。
 眉と口元から少し力を抜けば、窓に映る姿はあっというまに憂い顔の乙女へと変わる。
 元々コスモスは容姿が整っている。
 卵形の輪郭にすっと通った鼻梁。紅を差したように赤い唇。
 淡く光を弾く髪は、刈入れ時を迎えた麦穂色。
 最も印象的なのは意志の強さを示すようにまっすぐな瞳。
 不思議な透明さを持った、深い紫紺の色。けっしてありふれてはいない瞳の色。
「それでですね。話の続きですが」
 心持ち声を低くしてはいるものの話を蒸し返す青年。
(すすき)。頼むから挑発するな』
 たしなめる声も不機嫌になる主の気配も無視して、視線は前方に向けたまま彼は話を続けた。
「もちろん恋人は愛しい彼女を探しました。
 ですが……娘はすでに鬼籍に入っていたのです。
 恋人が帰ってくるほんの少し前に病に倒れ、それきり」
 ああ、よくある話だ。
 本当に、よくある話すぎて、寂しくなる。
 それが普通の時代は長く、場所によっては今も続いている。
「儚く消えた娘が植えた花々は、毎年すばらしく咲き誇り……後に娘の名をとって、その町はフィオーラと呼ばれるようになったそうです」
 結局はどうあっても何としても話したかったらしい。
 本当にこいつはあたしの部下なんだろうかと自問しつつ、コスモスは仕方なく声をかけた。
「良い話をありがと。で、どこで知ったの? そんな話」
 賞賛の色のかけらもない声に、彼はにこりと笑みを向けた。
 人好きのする優しい笑顔で。
 コスモスは知っている、こいつが自分に向かってこういう笑顔をするときは、何か企んでいるか、やらかしたときのどちらかだ、と。
 身構える彼女に対し、薄はいっそ優雅ともいえるしぐさで足元にある雑誌類を示す。
「そこから拝借しましたパンフレットで」
「あ……そう」
 それはずいぶん親切な、というか珍しい紹介をするパンフレットだ。
 普通は観光名所や名物が書かれているものではないだろうか? それとも、薄がわざわざ小さな記事を捜して読んだんだろうか。後者の方がありえそうだ。
『それで、どういった国なんだ?』
「今から行くのはアルテって国。文化とかゲイジュツとか、そっち方面で有名なとこ。
 首都のストラーデとか、中世の文化発信地フィオーラ。
 ちなみにこの飛行機はフィオーラの空港に降りるんだけどね」
 要領を得ないといった問いかけに、先ほど以上に声を小さくして答えるコスモス。
 予備知識として話したかったんだろう薄に一瞥くれるものの、彼はそ知らぬ顔で雑誌を手に取りページを捲る。
『知らないな。どのあたりだ?』
「寝てたんでしょうねー。にしても知識偏ってるわね」
「もしくは、ひねて拗ねまくってたか? 勝手に世の中に絶望して?」
『聞こえてるぞ』
 こういう時ばかりは息をそろえる主従に、むっとして返す姿なき声。
 いちいちまじめに返すから、かえって面白がられること知っているのか、いないのか。
 本人が気づくまでは教えてやるまいと思っているコスモスは、次にどうやってからかおうかと頭をめぐらせる。

 退屈だとばかり思っていた長い空の旅は、思ったよりずっと楽しく過ぎていった。