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ナビガトリア

lycoris-radiata
【第一話 花の都の物語】 2.予期されていた出迎え

 一歩、外に足を踏み出して強く実感する。
 外国に来たんだなぁ。
 故郷とは陸続きではあるものの、言語圏が違うから看板の文字もたどたどしくしか読めない。
 盛夏のように強い日差し、風が運んでくる知らないにおい、行き交う人々や建物。
「やっぱり外国に来たんだなー」
 しみじみと呟くついでに、コスモスは大きく伸びをする。
 長時間のフライトに入国審査の長い列という試練だけでも辛かったのに、預けた荷物が中々出てこなければ疲れは倍増するというもの。
 それでも、荷物が紛失なんてことにならなかっただけ良いのだろうけど。
 少しでもコリをほぐそうと軽く肩を回すと、呆れた声が背中からかかる。
「相変わらず何をおしゃるんですか。外国なんですからそう思うのは当然でしょう」
「頭で分かってても実際にそういうのって体験してみてこそでしょ。
 それに、昨日までおんなじ初夏でも高温多湿なとこにいたんだから」
 この国の夏はコスモスの故郷と一緒でカラッとしている。
 こうなると冷房避けに羽織っていたジャケットが少々邪魔かもしれない。
 しかし、強すぎる日差しのことを考えると無碍にもできない。
 ジャケットは羽織ったままに、邪魔になるスーツケースは薄に預けて彼女は意気揚々と歩き出した。
 整然とした町並みという表現はよく聞くけれど、建材や様式が違うと明らかに変わる。
 故郷のパラミシアは赤レンガが多いが、こちらの建物は全体的に茶色っぽい。
 少しだけ歩調を緩めて広々とした空港周辺を眺める。
 知らない街を、だからこそ見たいという単純な気持ちと、バスターミナルを見つけるために。中心部に向かうシャトルバスの時間までには少しあるが、バスが時間通りに来るかは分からない。もし来なかったらタクシーで移動しよう。
 そんなことを思案していたコスモスだが、足が急に止まった。
 バス停にはまだ遠い。タクシー乗り場もまだ先だ。
 怪訝に思った薄が問いかける前に、ほんわりとした声がかけられた。
「こんにちは。お久しぶりね、お嬢さん」
 声の主は品の良いご婦人だった。
 柔和な笑みを浮かべた優しげな風貌で、日傘でも持って立っていれば、どこかのマダムと言えるだろう。しかし、服装がそれを裏切っていた。
 ほっそりとした体を包むのは、この容赦ない日光の元ではあまりに場違いな漆黒のローブ。深緑の肩布と金髪のコントラストは美しいが、マントまで羽織っている時点で周りの反応は二つに分かれる。
 即ち、興味津々に視線を送るか、知らんふりを決め込むか。
 コスモスはどちらも選べない。
 見覚えのありすぎる服装は彼女と同種の存在であることを示している。
 そして何より、婦人はよく知った相手だった。
「レベッカ大叔母様?」
 半ば呆けて名を呼べば、婦人は嬉しそうに手招きする。
「似てるとは思ったけれど、本当にコスモスだったのねぇ。
 いつもとぜんぜん違う服装だから、大叔母さんびっくりしちゃったわ」
「ええ、まあその、動きやすさを優先しまして」
 確かにレベッカと会うときはいつもおめかしを強いられていた。
 ジャケットにジーンズなんてラフな格好で会ったことは一度もない。
 気を取り直すように小さく咳払いをして、コスモスは軽く会釈する。
「お久しぶりですレベッカ大叔母様」
「本当ね。昨年のお正月以来かしら?」
 コロコロと笑うレベッカと会話するコスモスに、突き刺さる視線。
 あやしい人物と話しているって思われてるんだろうなぁ。
 この国での協会の地位って高くないって聞くしなぁ。
 笑顔の裏で冷たい汗を流す彼女に気づいているのか。
 レベッカは視線をずらして問いかけた。
「そちらは護衛だったわよね」
「公女の『(つるぎ)』の任にあります、薄・矢羽です。お久しぶりですレベッカ様」
「そうね、あなたとお話ししたのはコスモスの成人の儀(アドゥルティ・カエリモーニア)以来かしら?」
 仲良く話す大叔母と従者。頭を抱えるのはコスモス一人。
 立ち止まって話するな。
 特に薄、余計なことは話さなくていい。余計注目浴びるでしょうがッ
 ため息をつきたいのをこらえて会話を修正する。厄介ごとは早めに終わらせるべきだ。
「レベッカ大叔母様はどうしてこちらに? どなたかのお見送りですか?」
「見送りじゃなくてお迎えだったんだけど……いいわ。せっかくコスモスに会えたんだし」
 にこやかに笑うレベッカと、表情には出さないものの固まるコスモス。
 目だけを動かして少し後ろに控えている薄を見やる。
 くっそー、大叔母様もやっぱり親戚ってこと?
 そりゃあそうでしょうとも。
 てことはやっぱり?
 連行されるかと?
 主従のアイコンタクト終了を待ち構えていたように、レベッカは再度手招きをした。
「ほらほら乗って。協会に行くんでしょ? 大叔母さんがエスコートを承るわよ?」
「乗る?」
 乗るということは車か何かでここに来ているのだろう。
 協会のローブを着用している時点で考えられるのは公用車だが、彼女の周囲にはそれらしい車はない。
 コスモスが戸惑っている様子が分かったのだろう。
 レベッカはにこにことして自分の足元を指差す。
 指し示されたように視線を落とすコスモスと薄。
 レベッカが踏みしめているものは板だった。
 厚さは三センチほどだろう、装飾の施された飴色の板。これそのものに見覚えはないが、似たものは良く知っている……見ている。常日頃から。
「これは……取り外されたドアに見えますが」
もちろん(ナトゥラルメンテ)!」
 いやそこで胸張って答えられても?
 返答に詰まるコスモス相手に、レベッカは楽しくて仕方ないといった調子で言葉を連ねる。
「本当は最初にビオラを乗せようかと思ってたんだけど。
 あ、今日はビオラの迎えに来てたの。
 でもいいわ、あんな子。約束の時間に来ない方が悪いものね。
 コスモスに最初に乗ってもらえるなら大叔母さんとっても嬉しいわ」
「ドアに乗るんですか?」
 至極もっともな台詞は薄のもの。コスモスも頷くことで同意を示す。
 冗談だと思う。ドアに乗って移動だなんて何のギャグだ?
 しかしそんな二人の視線をよそに、レベッカは楽しそうに笑う。
「そうよ、ドアだもの。さ、二名様ご案内」
 今日の天気を問われたときのような気安さで是と答える彼女。
「本当はおとぎ話みたいに絨毯でやりたいんだけど、どうにもバランス取るのが難しくってねぇ」
 話される内容にめまいがする。が、レベッカは本気だ。
 ええとつまりなんですか?
 本当は絨毯でやりたかったってことを考えるに、大叔母さんが乗れと勧めているのは『空飛ぶ絨毯』もとい『空飛ぶドア』?
 なんて答えようかと考えている間に、レベッカはコスモスの手をとりドアの上へと導く。
 そうして主が乗ってしまえば従者も乗るしかない。
「しっかり捕まっててね? ノブは外れないから」
「いえあの大叔母様っ よろしいんですか? 道交法とか」
 空飛ぶドアに興味はあれど、実験台にはなりたくない一心で問うコスモスに、またもレベッカは軽く答えた。
「大丈夫よ。認めさせたから」
 えへんと胸を張り、レベッカは得意そうに説明する。
「浮いて移動するってことはホバークラフトみたいなものでしょう?
 それに浮いてるっていってもほんの数十センチだし、スピードも原付くらい。
 道路も傷つかないし、最高でしょう」
 ドアの前方に取り付けられた小さな鉄板を裏返し、ほらナンバープレートもあるしと言い切られてしまっては、所詮他国の人間であるコスモスたちには口が出せない。
「はい座って座って。風圧も結構あるからね」
 忠告に従った面もあるが、明らかに脱力して座り込むコスモス。
 そんな彼女を支えながら、薄は小さな声でささやく。
「公女。人間諦めが肝心ですよ? 類は友を呼ぶって言うじゃないですか」
「うるさい黙れ。どうなってんのよこの国は」
「協会も一応まだそういった権力(ちから)持ってるってことでしょう」
 聞こえないようにぼそりとした呟きに、しみじみとした返答。そう返されてしまっては、いずれ故郷でも認められそうな気がして背筋を寒いものが走る。
「じゃあ行くわよー」
 一人明るいレベッカの手がドアの前方に埋め込まれた宝石をなでる。
 その瞬間、今までの楽しそうな雰囲気は一変した。
「応えよ、魔を封じし石よ。秘められし力、今解放せん」
 聞きなれたフレーズ。それは奇跡を起こすためのキーワード。
 前後左右、それに中央。
 全部で五つのボトルグリーンの宝石――魔封石――が同じように光を帯びた。
「目覚めよ、大地を渡る大気の意志よ。我が意のままに空を奔れ」
 続けられた呪文に応えるように魔封石は緑色の光を生み出す。
 何事かと見つめていたギャラリーの前で、ふわりとドアが浮いた。
 レベッカと主従の三人を乗せて。
 どよめきがコスモスの耳に届いたのは少しの間だけ。
『空飛ぶドア』は、あっという間に空港から飛び出していった。
 残された人たちのことは……正直考えたくない。
 願うことは一つ。
 この一件で、魔導士への偏見がさらに強くなりませんように。

 魔法。
 それは過去の遺物扱いされることの多い……でも確かに存在している技術。
 しかし、科学全盛のこの時代、魔法の立場は年々弱いものになってきている。
 考えてみて欲しい。長年勉強し技術の習得に鍛錬が必要な魔法と、誰もが手軽に扱える科学技術。どちらがより広まりやすいだろうか?
 魔法は今、黄昏の時代を迎えているといっていい。
 故にこの時代、魔導士は天然記念物や絶滅危惧種扱いをされていた。

 大きな雲が、季節の花々が、そしてレンガの町並みがあっという間に背後に過ぎる。
 これのどこが原付並みのスピードなんだろうかと頭のどこかで考えつつ、コスモスは口を開かない。
 耳が拾う金属の揺れる音。
 ドアの前後に取り付けられたそれは、まごう事なきナンバープレート。
 こんなものがつけられている時点で、公道を走ることを許可されたようなもの。
 同じ魔導士としてどうかと思うが、他国のことだから気にしたくない。
 何より……こうやってわざわざ連れて行かれることが、トラブルに巻き込まれていることだと思っていたから。
「でも本当良かったわ。運良く会えて。ビオラもたまには役に立つものね」
「大叔母様、ビオラはいいんですか?」
 本来迎えに来た相手を放っておいていいのかというコスモスの問いかけに、レベッカはやはり軽く答える。
「いいのよ。約束した時間に来ない方が悪いの。
 不肖の馬鹿孫より本家のお嬢様のほうが大切に決まっているじゃない」
 そういうものなのだろうか?
 これ以上は言っても無駄だと判断して、代わりに別のことを聞く。
「どちらまで行きますの?」
「だから協会よ。コスモスだって手続きしなきゃ駄目でしょ?」
「それは分かっておりますけど。
 先ほど見えた案内板によりますと、このままではフィオーラを出てしまいますわ」
 魔法協会の本部があるのはディエスリベルだが、他の国や街にも支部はある。
 かつては一世を風靡した組織だ。
 教会には敵わないものの大きな町には魔法協会の支部は必ずある。
 フィオーラの規模なら協会はあってもおかしくないし、コスモスの記憶ではあるはずなのだが。
 ここにきてようやくレベッカが振り向く。
 いや、運転中によそ見しないで欲しいんですが。
「目的地は首都(ストラーデ)よ。いろいろあって、この国(アルテ)の協会は全部ストラーデ支部に吸収合併……統合されたわ」
「そうでしたの」
 魔法が廃れてきたことで協会の権威やら何やらも落ちている事は分かっていたが、やはり世知辛い。
 それきり会話は途絶えてしまい、ストラーデ支部に着くまで、ずっと沈黙が続いた。
 静寂ゆえの居心地悪さに加え、街中を走る際の周囲の視線がまた痛かった。