「…生きてる?」
普通なら、多少なりとも心配そうに語りかけるべき言葉だってことは分かっている。
でも、それでも。
なんかどこかやりきれなさが滲んでしまうのは仕方ない……と思う。
「生きてるんならとりあえず返事しなさいよ」
一応声をかけるも、目の前の山――正確に言えば山と積もった本の下に敷かれているアポロニウスの応えはない。
かろうじて見える指はかすかに痙攣してるから、生きてることは間違いないけれど。
いわくありの部屋だと忠告したにも拘らず、薄と二人して面白そうだと乗り込んだのだから同罪ともいえるだろう。
だけど……一人は要領よく退避済み、害はすべて彼一人にとなると。
お仕置きした側の人間とはいえ、ちょっぴり悪かったかなーとも思う。
「がーんばれ、まーけるな。立て立つんだー」
「投げやりすぎる応援ですねぇ」
のほほんと人事のように言う部下はとりあえず睨んでおいて、手助けをすることなく気のない応援だけはしてあげることにしよう。
「ろくでなし!」
体中が痛い。
しっかり装丁してある本が、雪崩れてきたときには正直死ぬかと思った。
いや、打ち所が悪かったら実際死ぬだろう。この量じゃ。
意識はある……一応。
痛覚は嫌というほどにある。とはいえ体は動かない。
重いし痛いし、こんなことなら面白がって入るんじゃなかった。
興味半分じゃあったけれど、実際ここにあの本が納められてるって聞いたら、居ても立ってもいられなくなったのも確か。
粗悪なレプリカでもなく、痛みの激しい写本でもなく、原本があるというんだから。
というか重い。いくらなんでも重い。
丈夫に産んでくれた母に感謝しつつも、どうせならもう少し腕力が欲しかった。
……師匠あたりに聞かれたら事だ。絶対に修行つけられる。
誰か助けてくれないんだろうか。
一緒に部屋に入ったはずの薄はどうしたんだろう?
「生きてるんならとりあえず返事しなさいよ」
コスモス? いるのか?
返事をしようと口を開……こうにも、床に押し付けられてるこの状況じゃ、くぐもった小さな声しか出やしない。
いるから、生きてるから、どうにかしてくれ!
上のほうの本どけてくれ!
心を読む力のある薄がそばにいるなら伝えてくれるだろうし、それでなくてもこの状況なら手助けしてくれると思っていたのに。
「がーんばれ、まーけるな。立て立つんだー」
聞こえてきた声に、殺意を覚えても仕方ないだろう?
被害者視点の物語。いいから早く助けろ、助けてください。(07.06.27up)
「当然!」
紅茶にはうるさい人が薦めるだけあって、確かにここの味は良い。
ゴールデンルールはしっかりと守られていて、ミルクも低温殺菌されたもの。
しかし、せっかくの上質の紅茶であろうと飲んでもらえなければ意味がない。
「えーと、桔梗?」
「しっ 矢羽くん。見つかっちゃうから」
見つかってると思うけどなーとは口に出さず、おとなしく自分のカップを傾ける。
いや確かに口実にしたのは事実だし。
つられてくれたことは嬉しいのだけど。
なんというか、こっちもかまって欲しい。
向かい合わせに座っていながらも、彼女の視線はずっと横に固定されてる。
すなわち……俺の主の下に。
そりゃあ確かに、猫かぶりしてる公女は人目を引く。
身分を知らなくたって視線を集める。
あまつさえ、派手な赤毛と一緒にいるのだから、尚引く。
例のパーティ以来、たまに連絡を取ることがあれば、二人はどうなったとは聞かれていた。しかしまさか、他人の恋路にここまで興味を示すとは……
公女を口実に桔梗をお茶に誘ったまでは成功していたと思っていたけれど……そこが一番の間違いだったんだろう。きっと。
見てて楽しいと問うたら、絶対に楽しいといわれるんだろうなぁ。(07.07.18up)
「近くに○○があるんだ」
「はい?」
怪訝そうに聞きなおすコスモス。
「だから、近くに紅茶専門店があるんだが、寄っていいか、と言ったんだ」
分かってるさ、私がこんなことを何で知ってるのかってことは。
「また……どうしたの? あ、この辺まで来て迷子になったことあるとか?」
「この辺まで無理やり引きずられてきたな」
「誰によ? っていうかどうして?」
「お前の祖先の師匠に、だ」
あのときの事はあんまり思い出したくない。
というか、いきなり首根っこ捕まえられて引きずられると思わなかった。
「うん、なんとなくそれ以上聞くと、一応尊敬してるご先祖様像が粉々にされる気がするわ」
「ベルはそうでもないと思うが」
「あんたはそうでも、あたしはそうと限らないでしょ」
言い切られてしまえば、それもそうかと納得するしかない。
確かに、人の価値観はそれぞれだ。
「で、紅茶専門店? ホントに好きね。葉を買うの?」
「ああ。そろそろきれそうだからな」
「ふぅん」
白々しく聞こえないあたりはさすがといっていいんだろうか。
茶葉消費量第一位は間違いなくコスモスなんだが。
「そこって喫茶やってないの?」
「いや、やっていたと思うが?」
「じゃあついでに休憩しましょ。
せっかくのクオリティシーズンですものね」
にこやかに笑うコスモス。
じっくり選んで気に入るものを買い求めるつもりだったが、気になる商品は確かに多い。
歩きつかれてきたことだし、それもいいかとアポロニウスも首肯する。
そのころ、たまたま反対側の歩道を歩いていた桔梗が二人を見つけて立ち止まり。
薄が声をかけに行ったことは言うまでもない。
なんだかそろっているのが通常になりつつある人たち。(07.07.18up)
「居直るなんて卑怯じゃん」
人に戻ってからしたことは、言葉の勉強とこの時代のこと。
しばらくはコスモスと薄だけが先生役で、たまにウソを教えられて恥をかいた。
身体的に問題なしと判断が下されて、私は一人、PAに行くことになった。
これからはPAに所属し、捜査員として働くことになる。
職と住まいを与えられたのはありがたいことだし、心強いことに師匠もいる。
配属はまだ決まっていないが、どうやらコスモスの弟・シオンのチームに組み込まれるらしい。案内役の青年は、部屋まで連れて行ってくれたものの、仕事があるからとすぐに消えた。
シオンたちは『学校』で、師匠は会議をしているという。
与えられた部屋でおとなしく待つだけというのも辛い。
そんな風に、隙だらけだった自分も悪かった。
「大人しくしてもらおうか」
こうして、背後を簡単に取られてしまうなんて――
まあそれも、相手によることで。
「何をしてるんですか、鎮真さん」
「何でそんなすぐに分かるんだ。つまらないヤツだな」
「……師匠がそれとなく教えてくれてたんですよ。あとベルも愚痴ってましたし」
たまにとんでもないいたずらをしでかすと、よくもらしていた幼馴染の名を出せば、後ろ頭をどつかれた。
「うるさい。とにかくおとなしくさらわれろ。
妙齢のお嬢さんじゃあないのが残念だが、とりあえず」
首根っこをつかまれてそのまま……廊下に向かうならいざ知らず、窓方面へと進んでいく鎮真に、流石にアポロニウスも慌てる。
「どういう理屈ですかッ 大体そんなことして師匠が黙ってると思いますかッ!?」
自分で言うのもなんだが、少々情けない物言いだ。まあ、慌ててるときの言動なんてそんなもの。
しかしやはり年の功。鎮真の返答はすばやかった。
「修行不足の弟子を嘆くと思うが」
一瞬ありえると思っていまったのがまずかった。
もう一度、止めとなる一撃を食らってアポロニウスの意識は闇に落ち……入団初日からちょっとした騒動へと発展していくことになる。
※「居直る」(ゐなおる)
戻ることを待ち望まれていた人。
鎮真はベル(スノーベル)のお師匠様でアポロニウスとは数回会ったことがあります。
アポロニウスのお師匠様とは友人らしいです。(07.09.26up)
お題提供元:[台詞でいろは] http://members.jcom.home.ne.jp/dustbox-t/iroha.html
加害者視点の物語。え、だって悪いのはアポロニウスでしょ。(07.06.27up)