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月の行方

呼び合う心、繋いで

 どうしよう……
 ポーラはその場に立ち尽くしたまま途方にくれていた。
 正確には立ち尽くしているわけではなく、少しずつ移動している。
 正直その場から動きたくはないものの、流れがそれを許さない。
 どうしよう。
 ほんの少し前のこと、ノクスは少し青ざめたような表情で言ったのだ。
 ここは本当に危険なところだと。だから。
 『俺から離れるんじゃないぞ』
 かつて無いほど真剣な眼差しで、そういわれたのに……
 たった一人きり置き去りにされた、そんな感覚すら覚えて。
 彼の姿を見失って、一体どのくらい経ったのだろう?
 『ひとり』が寂しくて、怖い。
 じんわりと目頭が熱くなるのを唇をかんでこらえる。
 何とか合流しないと。
 頭を振って気持ちを無理やり切り替える。
 ここの地理をポーラはよく知らない。だからこそはぐれる訳にはいかなかったのだが。
 いけないいけない。ノクスを探さないと!
 勢いよく顔を上げた瞬間。黒髪の男性を見たような気が、した。
「ノクス?」
 背の高さは似ているように思う。
 後姿ということと、少し距離があるのとではっきりしないが。
「ノクス!」
 大声で叫んでみたけど相手は振り向かない。
 聞こえていないのか。それとも本人じゃないのだろうか?
 悲鳴のようにもう一度大声で名前を呼ぶ。
 しかし相手は振り向くことなく、確かめようとそちらに向かおうとしても流れに逆らう事は出来ず。
 だんだん距離が離れていく。
 気づいてくれないのが苛立たしくて、また見失ってしまうのが怖くって。
 本人かどうかわからないから、何とかして確かめたいのにっ
「ルカ……ッ」
 泣き出したい気持ちになったとき、伸ばした手を後ろからとられた。
 思わず身構えるが、掴んできた手は見覚えのある手袋をしていて。
「どこ行ってたんだお前はっ」
 怒鳴られた声も聞き覚えのあるもので。首を動かせば間近にある彼の顔。
 疲れてしかめられた顔をぼんやりと見つめる。
「はぐれるなって言っただろうが。なのにすぐに流れに飲まれやがって。
 探すのがどれだけ大変だったか分かってるのか?!」
「よかったぁっ 会えたっ」
 その言葉にノクスはばつの悪い顔をして、落ち着かせるように肩をぽんぽんと叩いて、そのまま手を引いてひとまず流れの弱いところまで抜け出る。
 木に寄りかかると、ほぅっと思わず息が洩れた。よっぽど緊張していたらしい。
 目の前を流れるのは人・人・人。
 どこからあふれ出てきたのかと不思議に思うほどの数である。
「落ち着いたか?」
「うん」
 我ながら、なんて元気の無い声だろうと思った。
 案の定ノクスも呆れ混じりにしみじみという。
「言ったろ? ミュルメークスの市は危ないって」
「こんな意味だなんて思わなかったもの……」
 確かに市がたてば人は集まるし、多少の人ごみはあるだろう。
 けど祭じゃないのだし、祭にしたってこれほどの人数が集まるものをポーラは知らない。
 道は真ん中で流れが分かれて、それに逆らって歩くのは至難の業。
 あちこちからの呼び込みのせいで大声でないと会話も出来ないし、迷子の泣き声さえもかき消される。
 よくまあこの状況で見つけてもらえたものだ。
 あのままでは一人で宿に帰れたかすら怪しい。
 いや……おそらく帰れなかったろう。
 普段は仇になる事が多いこの目立つ髪の色が、今回だけはとてもありがたく思えた。
「何でこんなに人が多いの?」
「だから最初に言ったろうが……スリとかにあわなかったろうな?」
 言われて初めて慌てて財布を確かめる。
「うん。大丈夫」
 よかった。薬を買うために多少多めに持ってきていたから、なくしたりしたら大変だ。
 そこでようやく思い出す。市に来たそもそもの理由を。
「ユーラ、大丈夫かしら」
 真っ赤な顔をして寝込んでいたけど……出来れば一刻も早く薬を持って帰りたい、が。
 目の前の光景を見ると、ちょっと無理かもしれない。
 この人波を掻き分けて薬屋まで行くのはかなり疲れるだろうし。
 さっきはぐれたせいもあってなかなか踏み出せない。
「だから留守番しとけって言ったんだ」
 ノクスは人波を眺めたまま唸る彼女に聞こえないように小さく愚痴る。
 聞こえれば絶対にムキになるだろうし、そうなればただの口げんかになって、下手したらまた彼女を探し回る羽目になる。
 ここは本当に危ないのだ。人が集まればそれだけ犯罪も多くなる。
 かくいうノクスも小さな頃に連れられてきて迷子になった。
 当時は大人の腰辺りまでしか背が無かったからそれはそれは悲惨だった。
 蹴られるわ押されるわ潰されるわで散々な目にあって……
 それでもマシなほうなのだ。ちゃんと見つけてもらえたのだから。
 市ではぐれて言葉巧みに騙されて、奴隷として売られていく子供は数多い。
 ポーラほどの年になれば言葉で騙されて連れて行かれることはあるまいが、誘拐されないとはいえない。
 何とか見つけることが出来たのは本当に運がよかった。
 追われるときには不便だが、目立つ髪でよかったと心底思った。
「じゃあそろそろ行くか?」
 ぴくりとポーラの肩が揺れる。
 ノクスを見る目はまるで捨てられた子犬のような瞳で、やっぱり行くの? と訴えているように思える。
 ポーラとて薬を買わないわけにはいかない事も、宿に戻るにはどっちにせよこの人波を通らないといけない事も分かっている。
 分かってはいるが……一歩を踏み出せないのだろう。
 ノクスだって出来れば、出来る事ならここの市にだけは二度と来たくは無かった。
 長いため息をついた後、ポーラの肩にぽんと手を置いて小さな子に言い含めるように……だがしかし沈痛な表情で告げる。
「いつまでたっても人は引かないぞ。むしろ夕方に近づけば余計……増える」
 その言葉に一瞬の内に青くなるポーラ。
 いつものように袖をつかもうとして、思い直して腕にしがみつく。
 もう一度はぐれたら今度は見つけてもらえるか分からない。
「行くか」
 問われた言葉に意を決して頷いた。その瞬間。周囲によく通る声が響いた。
「只今からタイムバーゲン! 先着四十名様に限り全商品半額にてご奉仕します!」
 一瞬の静寂。そして、市は戦場と化した。

 二人が薬を手に生還するのはもう少し後のことになる。

迷子! 迷子ったら迷子!! 自分にそう言い聞かせて書きましたよ、ええ。
恋愛モノって、読むのはともかく書くのってすっごい恥ずかしいんですよね……(05.05.11up)

ノスタルジア

 いつもなら部屋に閉じこもってばかりの彼女が、人目を忍ぶようにして部屋を出て行くのを見つけて。本当なら注意をして部屋に戻って頂かなければいけないのだけれど。
 なんとなくついていってしまったのがことの始まり。

「すご……」
 ユーラの言葉で我に返る。
 一瞬。ほんの一瞬だけどぼおっとしていた。
「なんか燃えてるみたいだな~」
「縁起の悪いことを言うな」
 素直といえば素直なユーラの感想に、ノクスのもっともな言葉が返る。
「でも綺麗よね。真っ赤で」
 楽しそうに落ちている木の葉を拾ってポーラが言う。
 赤い紅葉の葉。イチョウの黄。茶色い大地が鮮やかに染まる。
「セラータの木はこんなふうに色づかないもの」
 何枚も拾ってそのつど選別して綺麗なものをより分けていく。記念にとっておく気なのかもしれない。
 年下の彼女らの微笑ましさに、ラティオは遠い故郷の妹を思う。
 ティアもこれを見たらきっとはしゃぐだろうな。
 レリギオの木もこんなふうには色づかないことだし。
「紅葉を見るのは初めてか?」
 ふと思いついた問いに、ポーラは笑って首を振る。
「秋はといえば紅葉狩りって遠くの山に連れて行かれたことあるわ」
「アースか」
 ノクスの言葉に言うまでもないでしょという目でポーラは返す。
 そこでふと不似合いな言葉を聞いた気がしてノクスはもう一度口を開く。
「紅葉狩り?」
「お弁当を持って紅葉を見に行くだけなんだけど」
「それでなんで狩り?」
 再度の問いに、ポーラはそこまでは知らないといった感じで肩をすくめる。
 もともとアースが言い出すことは自分にはなじみのないものが多い。
 風習なんてものはその地、その時代で変わっていくものだから。
 はらはらと落ちる紅葉。それを選別しつつ珍しく先頭を行くポーラの姿。
「目立つなー」
 小さなはずの呟きを。聞こえたのだろう、ポーラが振り向いて不思議そうな顔をする。
「何が?」
「お前が、というかその髪が。白っぽいから赤が良く映える。
 まあどこにいても目立つけどな」
「……目立たないことだってあるもの」
 何が気に入らないのか、ちょっとムッとした感じで返されて、ノクスは聞き返す。
「どこで?」
 ポーラは目立つ。そりゃもう目立つ。
 故郷のセラータではどうかは知らないが、ノクスの故郷や今まで旅してきた地域では銀髪の人間なんてほとんどいなかった。そのせいで追っ手にすぐに見つかったり、迷子になっても見つけやすかったりはするのだが。
 問われて口ごもった後。自信なさそうにポーラは口を開いた。
「雪の中、とか」
「むしろ目立ったほうがいいだろ、そんな場所なら」
 言われてから思い当たったが、もしそんなところで本当に迷われたらどうしようとか思う。
「ラティオとかなら目立ちそうで良いけどな」
 一面の銀世界の中でも、彼のように目立つ髪なら何とか見つけられそうだ。
「でも逆にここだったら目立たないんじゃないの」
 ねぇと問い掛けてポーラは目を見張る。
「あれ?」
 ノクスの後ろにいたはずの二人の姿が無い。
「って本当にどこに行った?」
「はぐれちゃった?」
 決して後ろの彼らが遅れるほど速く歩いていたわけではないはずだが。
「ラティオが引っ張って連れ去った、に一票」
 それにはポーラも同意する。
 ただ、それにしては反論の声が聞こえなかったのが気にはなるが。
「……戻ってくるわよね?」
「そうでないと困るな」
 ちょっと不安そうに聞けば、問われたノクスのほうも渋面で返す。
 次の街は、このまま順調に行けば昼を少し過ぎたあたりで着く予定だった。
 だから多少道草しても夕暮れには間に合うだろうが。
 はたして、いつまで待ちぼうけを食わされるか。
「私達って協調性無いわね」
 ぽつんと呟いた言葉が、妙に物悲しく聞こえた。

 秋風に丸裸になった木々の下で楽しそうにほうきを動かす彼女を眺めて、掃除なら下働きの者がいるのにと思ったし、そう訴えたけど。
 結局聞き入れられることはなくって、周囲は綺麗に掃除されて、代わりに落ち葉の山が出来た。その山をに彼女は隠し持ってきたかごの中から何かを取り出して、せっせと埋めていく。
 何がしたいんだろうと凝視していたら、視線に気づいたのだろう、にこやかに招かれた。

「うん。やっぱり美味いなぁ」
 もぐもぐこくんと飲み下してから、思わず感嘆の声が出る。
 町で売られている焼き栗よりも美味しいと感じるのは気のせいだろうか?
 いやいや料理には見た目や雰囲気も必須だというから、やはりこっちの方が美味しいんだろう。
「で、このためだけに寄り道したのか?」
「もちろんそうだけど?」
 憮然とした問いかけにラティオが素直に答えれば、ユーラは大きく息をつく。
「せっかく山だし秋だし。
 拾えるものは拾っておくほうがいいじゃない。食費のたしになるし」
「そりゃそうだけどな」
 ぶつぶつ言いつつもユーラは木の枝で落ち葉の山を崩して、丁度いい具合に焼けた栗を選りだして行く。
「いざという時の保存食。味見したぶんはすごく美味かったよ。
 ユーラもとるなら今の内だけど?」
「ンなことしてる間にあの二人においていかれるかもしれないだろっ」
 置いていくならとっくの昔に行っていると思うし、あの二人に限ってそれは無いと思うけど。
 とは口には出さず、ラティオはまだ熱い栗を荷物の袋に詰めていく。
「何でまた急にこんなもの思いついたんだ?
 本当おまえって妙な知識だけはあるよなー」
 そんなユーラにラティオは優しい、でもどこか淋しそうな顔で返す。
「そりゃ、秋だからね」
「それ、答えか?」
「一応ね」

 山から取り出された芋を真ん中からぱかっと割れば、ふわっと蒸気が出てきて、『半分こね』と手渡されて、その熱さに落としかけて笑われた。
 何度もお手玉してから皮をむいて、慎重に慎重に冷ましてから口をつければ。それは予想以上にあまかった。
 美味しいと素直に言ったら彼女はとても嬉しそうに微笑んで。
 じゃあ内緒ね? と人差し指を立てた。

焚き火で焼き芋は秋の風物詩でしょう。ちびラティオとベガの思い出。
のんびりおやつ食べる二人とけなげに待ってるわんこ二匹。(05.06.29up)

「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/