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月の行方

永遠の恋歌

 立ち上っていた細い煙が途切れた。
 それを見て香炉の上にかぶせていた服を、形を整えて干しなおす。
 暇で暇で仕方が無い。だからいつものように小さな頭が姿を覗かせてした、可愛らしいお願いを聞かないはずは無かった。

 広い庭園を鮮やかな赤い髪の青年が行く。
 ソールの大神殿の一角。一番奥まった場所に在る小さな建物。
 小さなといっても一般の人から見れば大きい部類には入るのだろうが。
 建物もそれを取り囲むように咲く花もすべて白で統一されている。
 絶えず香が焚かれ、この神殿で一番清められている場所。
 そこにいる者は皆知っているが、そこにいる理由は皆は知らない。
 ラティオはその『理由』を知っているごく少ない人間であった。
 誰も近づこうとはしないそこに頻繁に訪れては日々の報告や手紙を届ける。それもまた彼の仕事であったから。
 玄関の扉を開き廊下を行き、目的の部屋に近づいた時に笑い声が聞こえた。
 本来ここにいるはずの無い者の声。
 ノックと挨拶をして部屋に入れば予想通りの顔があった。
 彼女はラティオを見るなり満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「あ、にいさまーっ」
「ティア……」
 駆け寄ってくる妹を抱きとめて、視線を合わせて話し掛ける。
「迷惑をかけてはいけないといっているだろう?」
「いいのですよ」
 割って入ったのは優しい女性の声。
 椅子に腰掛けたまま年の離れた兄妹を好ましげに眺めている。
 『ソールの巫女姫』。そう呼ばれる女性。
 作り物のような白い肌。紫色の澄んだ瞳。人が持ち得ない空のように青い髪。
 彼女がいる、それだけでこの場が引き締まる様な気がする。
「暇を持て余していたところです」
 笑う姿はほんの少し名付け親を連想させるせいか、近寄りがたい雰囲気は無い。
 それに何より、彼女はラティオの身内でもある。
「ご本よんでもらってたの」
 ラティオの袖を引き、にっこりとティアが言う。
 兄とは違い、黒に近い濃い茶色の髪に同じ色の瞳で女性と兄とを見比べ。
「つづきはにいさまがよんでっ」
 言ってラティオの首にしがみつく。
「あとでな」
 焚かれた香の仄かな香りが心地よい。
 ここに来た用事を思い出して、手にしたものを彼女に渡す。
「これが今回の手紙です」
「ありがとう」
 受け取るその表情はとても晴れやか。だが無理もない。
 彼女はずっとこの神殿に幽閉されている。
 それゆえにたまに送られる手紙は何よりの慰みになる。
 『幽閉』とはっきり言うとまた神殿のジジイどもがうるさいだろうが。
 だが、今更どうだというのだ? 元々自分も妹の神殿からは忌まれた存在だ。
 ラティオは父親を知らない。
 神殿の上層部に位置する人物だというのは周知の噂で、ソールは婚姻を禁じてはいないが、確かめようとも思わない。
 もっとも……日々暮らしていける事だけはありがたいと思っているが。
 そんなラティオの内心をよそに、彼女は手紙の差出人の名を確かめて、目的の人物のものを探し出していた。
 毎月のように届くその手紙。
「楽しそうですね」
「恋文が届いて、嬉しくないはず無いでしょう?」
「そうですか」
 手紙を手にとるさまは恋をしている少女そのままで。
 彼女にティアと同じくらいの年の娘がいることは分かっているけど。
 ここには誰も訪れない。
 神聖な場所ゆえに近寄ってはいけないのだ、と。
 しかし実際は……
 いそいそと手紙の封を切る彼女に目をやって。
 その瞬間、白い物が大量に宙に舞った。
「わぁっ」
 ティアが歓声を上げる。
「きれいっ」
 舞い上がったものを手にとり確かめる。それは小さな花びら。
 彼女は呆然として手にした手紙を見ている。
 開けた瞬間に飛び散るように仕掛けを施してあったらしい。
「仕掛けをしてあったみたいですね」
 ラティオの言葉とほぼ同時に最後の花びらが床に落ちる。
「本当に……あの人ったら」
 言って、そのまま彼女は笑い出す。
「ベガ殿?」
 不思議そうなラティオの問いかけにも応えぬまま、ベガはただただ笑うのみ。
 ここは雪が降らない。
 彼と過ごしたあの国は、冬には必ず雪が積もった。
 過ごした期間は僅かだけれど……夫のいるあの地が恋しくて。雪が恋しくて。
 雪のように白い花びらが、無数に部屋に散らばる。
 こんな手の込む事をするくせに、手紙にはいつものように短い言葉と歌が一首だけ。
 まったくどんな顔して考えているのやら。
 戸惑っているラティオ達には悪いと思いつつ、嬉しくて笑いがとまらない。
 どんな返事を書こうかしら?

ノクスとポーラじゃ書けません。ラティオとユーラにも合いません。
そんな訳でアルタイルとベガに。彦星と織姫でちょうど別居中だしイメージ合ってるし!
「歌」にかけて短歌をかければ良かったんでしょうけど……(05.03.23up)

そばにいるよ

 いつか別れは必ず来るけれど。

 カーン カーン

 教会の鐘が鳴る。
 辺りに満ちるすすり泣く声。
 黒衣の集団から少し離れたところにアースは立っていた。黒いマントはそのままに、普段身に纏うことない黒の衣装に身を包み、葬列を眺めている。
 手を引かれたままポーリーはアースを見上げる。
 泣いているかと思ったけれど、その面は静かで……瞳は揺らがずに、瞬きをも惜しむように別れを見つめている。
 葬列に目を戻して、ポーリーは故人を想う。
 初めて会ったのは三日前の事だった。

「あらあら。こんな可愛い子をどこからさらってきたの?」
「人聞きの悪い事を」
 ベッドに身を起こした老婦人はポーリーを見るなりそう言ってアースを憮然とさせた。
「姪っ子です」
「あなたの姪がこんなに小さなはずないでしょう」
 いわれて押し黙るアース。
 確かにアースの現在の年齢はすでに四桁を過ぎている。
 とはいえ、姪は姪なのですけど。
 本音は心の中に押し込む。言ったって仕方ないということもあるし。
 そのかわり顔がよく見えるようにポーリーの背を押してやる。
「あら、意外にあなたに似てるわねぇ? でも誘拐は犯罪よ?」
「いい加減そこから離れてください」
 交わされる会話にポーリーはびっくりしっぱなしだ。元々彼女は人見知りする性質で、出来れば叔母の陰に隠れてしまいたいのだが、他でもない彼女に阻止されていてはどうしようもない。
「ポーラ、です」
「ちゃんとご挨拶できるのね。えらいえらい」
 そう言って頭をなでててくれた手は、かさかさだったけどとても暖かで。

 土を掘る手が止まった。ゆっくりと運ばれてくる棺。
 歌が聞こえた。とても小さな声で、とても耳に慣れた声音で。
 棺を見守ったまま、アースは歌い続ける。
 かつての友に捧げる、葬送の歌を。

 ポーリーをはさんで、彼女たちは会話を楽しんでいた。
 互いの近況、地域の情勢。そして、たくさんの思い出話。
 アースの昔の話など本人の口から聞けないこともたくさんあってポーリーが退屈する事もなかった。
「そうねぇそんなこともあったわねぇ……」
 ころころと楽しそうに笑っている老婦人をにこやかに見守って、アースが席を立った。
「あら、どこに行くの?」
「お水を頂きに行くだけですよ」
 ふんわりと笑って、少し怒った顔で言う。
「あれだけ喋ったんですから水分補給しないと、すぐに咳き込んじゃいますから」
「まぁ、人を年寄り扱いして。自分の方がよっぽど年の癖に」
「それだけ元気なら安心ですけどね」
 ぱたんと戸が閉められて、柔和な顔で婦人が問うた。
「アースは優しい?」
 一も二もなく頷く。
「そうよね……本当に優しいわよね」
 独り言のように呟いて、彼女はもう一度問うた。
「何でアースがここに来たか、知ってる?」
 今度は首をふる。
「あのね。約束を果たすためなのよ」
「約束?」
 反芻すれば老女はゆっくりと頷いて、ポーリーの視線を避けるかのように、窓の外へと顔を向ける。
「彼女は『約束の民』。一度交わした約束は必ず守るもの。
 例え死んだとしても。彼女が約束を違える事はない。
 それを知ってて、あんなに無理やりに交わしたのだから……昔に戻れるものならやり直したいわねぇ」
 どんな約束をしたのだろう? でも、彼女の纏う空気が問いただす事を許さなくて、ポーリーは黙ったまま次の言葉を待った。
「私が何を頼んだのかは……きっと近いうちに分かるわ。
 だから……ポーラちゃん。あなたは、同じ事をしては駄目よ?」
 迷ったけど、ポーリーは頷いた。
 そして、今日。

 棺に土が被せられる。司祭の言葉が朗々と響く。
「太陽神ソールの子よ。汝の魂は楽園へと向かう」
 アースの歌は続く。
 ポーリー以外に聞くもののない鎮魂の歌。
 葬式が終わって、最後の遺族がその場を離れても。
 歌を歌いながらゆっくりと墓に近寄り、少しずつその声量が上がっていく。
 それでもその瞳は乾いたまま。
 ――今にも泣き出しそうな表情なのに。
 振り仰げば、目に痛いほどの青い空。
 鳥が軌跡を描いて高く高く飛んでいく。
 ポーリーは、一心に歌い続けるアースのマントをぎゅっと握る。

 ねえアース。私はそばにいるよ?
 だから……そんなに泣かないで。

お話ではよく不老不死だの年をとらないだのと言った人が出てくるけど、それは本当に幸せなのかな。というテーマで。
「置いていかれるのは嫌だ」というのはノクスとポーラの二人に共通してる想いでもあります。(05.02.02up)

ねがいごと

 たった一つ願う事は。

「守れるくらい、強くなるから」
 黒髪の幼馴染が祈りを込めてそういった。
「ポーラはあたしが護るから」
 金の髪の少女が真剣な顔でそういった。
「こんな護り方しか出来ない父を許しておくれ」
 大きな父が震える声でそういった。
「私の剣はポーラ様を護るためにあるのですから」
 旅の供が優しい眼差しでそういった。

 まだ日は高いけれど今日はここで野宿。
 そう決定して食料やら薪やらを探しにいって。
 戻ってきてみれば、荷物のそばで妙に落ち込んでいる姪の姿。
 周りには彼女の親友も、その親もいない。
「ポーリー?」
「おかえりなさいアース」
「ただいま」
 応えて、集めてきた薪を一箇所に集める。その間ポーラは何か物言いたげにアースを見つめている。
「どうしたの?」
「剣を教えてほしいの」
 根負けして聞いてみれば、両手にこぶしを作ってポーラは訴えた。
「え?」
 きらきらした眼差しで自分を見上げる姪っ子から、似合わぬ言葉を聞いたような?
 でも彼女の瞳はいたって真剣。とりあえず理由を聞いてみる。
「それは……また、なんで?」
「強くなりたいの」
「強く?」
「護られるだけはいや。強くなりたい。私も護りたい」
 うーんとアースはうなる。
 ポーラの気持ちは分からなくはない。むしろ痛いほどに分かる。
「でもどうして急に?」
「急じゃないの。ずっと思ってたの。
 ユーラは剣を習ってるのに、何で私はダメなの?」
 護られるのが当然と思う人もいれば、護ってくれる人に申し訳ないとか思ったり、自分の無力を嘆く人だっている。
「アースも剣を使えるでしょ? だから教えて」
「う~ん」
 一朝一夕で扱えるようなものじゃないし、何より人には向き不向きがある。
「体術じゃ駄目なの?」
「剣を習いたいの!」
 護身術の類はアースがちょっとずつ教えている。自分の身が護れるように。
「ユリウスたちは私が主人だから護るって言うの」
 でも、とポーラは続ける。
「私が主人なら、私がみんなを守らなきゃいけない」
 その言葉に軽く目を見開く。
 やっぱりこの子は姉上の子なんだ。
 物心ついてから会ったことなど一度もないというのに……不思議と同じモノを感じさせる。
 その心根は凄く立派だ。
 実は、アースも本来『守られる』立場である。だが、時折『守る』側に立つこともある。
 だからといっては何だが、どちらの気持ちも分かるし言い分だってわかる。
 立派なのはいいけれど……頭をめぐらし、一つ一つ言葉を選んで語りかける。
「護ることと剣を取ることは同じじゃあないのよ?」
「そうなの?」
 きょとんと問い返す声。ぽんと頭をなでて言う。
「剣は、出来れば抜かない方がいいの」
 何より剣は凄く重い。軽く作られている細身の剣だって、この子の腕力では無理がある。
「でも強くなりたいの」
 さてどう言おうか?
「目に見える力だけ強くても、守ることは出来ないのよ」
「え?」
 無心に見上げるポーラから視線をはずして、アースは自嘲の笑みを浮かべる。
 守りたかったのに、この手から滑り落ちていった数々の命。
 力だけがあれば守れるというのなら、守れないものなどないはずなのに。
「見えない力もあるの?」
「うん? そうね。怪我を治せるっていうのも一種の『力』だし。
 アルタイルさんみたいに、『その人がいる』ことが周りに力を与える場合もあるし」
 ふぅんと呟くポーラ。
 ちょっと悲しそうな声音になったのは、父を思い出したせいだろうか。
「ポーリーは……誰かを守るために誰かを傷つけることが出来る?」
 ぴくりと小さな体がこわばる。それを抱きしめて、ぽんぽんと背中をたたいてあやしながらアースは続ける。
「剣を取るということは、それをするっていうことなのよ。
 剣を抜いたらもう迷えない。相手の……命を奪う覚悟も持たなきゃいけない。
 手加減って言うのは、確実に自分より弱い相手にしか出来ないんだから」
「でもっ」
 悲鳴のようなその声。
「ユーラはやってるよ」
「ユーラにはその覚悟があるということ」
 誰に言われたわけでもなく、自分でその道を選んだ。
 ポーラは何かいいたげに叔母を見上げ、結局顔を伏せる。
 痛いほどの力でアースの服を掴んで、何か言いかけようと口を開いては閉じる。
 先を促すことはせずに、辛抱強く答えを待つ。
「自分だけ守れたって意味ないの。ユーラたちに怪我なんてさせたくない」
 とても小さな声での訴えに、アースは至極簡単な答えを返す。
「なら、させなければいい」
「……どうやって? 剣を持たずに」
「剣にこだわることないでしょう?」
 疑わしそうに見上げる姪に苦笑して。
「ポーリーは魔法を使えるのよ?」
「魔法?」
「狙われるくらい強大な魔力を持ってるのに、それを使わないつもりだったの?」
 盲点だった。もともと故国は魔法使いが極端に少ない地域。
 ――魔力は危険だ。危険な魔力をもって。――
 そういって聞かされてきた十年ちょっと。
 魔法や魔力は『危険なもの』という認識しかなかった。
 治癒魔法や防御の魔法があるということは、アースを見て知っていたはずなのに。
 ぽかんとした姪をつついて、アースは少々不満そうに言う。
「忘れているようだけれど、私はもともと魔法使いなんですからね」
 言われてみればそうだったとはさすがにいえないので、代わりに聞いてみる。
「ユーラたちを守れるかな」
「まずは自分の力をコントロールできるようになろうね」
「うんっ」

 願うことは唯一つ。
 強くなれますように。大切な人を守れるように。強くなりたい。

『一緒に強くなろうね』
 あの約束を果たせるように。

BGMは小松未歩の「願い事ひとつだけ」。タイトルからの連想でイメージは違いますが。
アースもまた「守る事」に執着している一人ではあります。
守りたいものを守れるように、強く。(05.02.23up)

暮れゆく月

 眠れない。
 宿の一室でポーラはまた寝返りを打つ。
 隣のベッドからはユーラの規則正しい寝息が聞こえる。
 何日も野宿が続いてようやく宿に泊まることが出来たのだから、普通ならぐっすり眠れるはずなのに。
 眠る事を諦めて起き上がり、ユーラを起こさないように気をつけてそっと足を進める。
 窓の外は星が白々と輝いている。
 小さな頃に星についての講釈は受けたことはあるけれど。
 生憎、北を示す『海の星』の見つけ方しか覚えていない。
 色々と聞いたはずなんだけどな。
 見るとも無しに空を見上げてポーラはぼんやり考え込む。
 眠気は一向に襲ってこない。明日もまた長い距離を歩くというのに。
 眠りが浅いのはいつもの事で、睡眠不足もしょっちゅうだったけど流石に困る。
 眠れない本当の理由は良く分かってる。
 夜が怖いから。
 でもこんな事、小さな子供みたいだから、他人には……ユーラにも言った事は無いけど。

 小さな頃、かくれんぼをした。
 かくれんぼなんて別に珍しい遊びじゃないんだろうけど。
 ポーラはそのときにはもう『ミュステス』として認定されていたから、同年齢の子供と遊ぶなんてことは無かった。
 彼女は生まれつき魔力が高くて(それは血筋によるものなのだけど)そのせいで物心つく頃には、一方的に『普通とは違う』と判を押された。魔力を暴走させたことも無ければ、魔法がどんなものかも知らなかった頃の事なのに。
 どうして遊んでくれないのかと聞けば、『ミュステスだから』と返される。
 そんな日々だったのに、遊ぼうと声をかけられた。
 誘ってくれたのが嬉しくってしかたなかった。
 手を引かれて連れて行かれたのは小さな扉の前。
 『ここにいれば見つからないから』
 そう言われてわくわくして隠れた。
 確かにその扉は小さくて、子供にしか入れないくらいの大きさで。
 見つかったらダメだといわれていたから、そういうものかと思えたし。
 扉を閉める瞬間は怖かったけど、明り取りの小さな窓から少しだけ外が見えたからほんの少しだけ安心した。
 いつまで見つからないかな? こんなとこに隠れてるなんて思わないだろうな。
 わくわくしながら待っていて。
 そして、見つけてもらえなかった。
 夕焼け空になっても誰も見つけてくれなくて、おなかはすいたし淋しいしでわんわん泣いたのはよく覚えてる。
 内側から扉を必死に押しても開かなくって。どれだけ泣いても誰も来てくれなくて。
 いつの間にか日は落ちて、暗い事がすっごく怖くて。
 小さな窓から洩れる月の光だけが唯一の救いだった。

 あの後しばらくは寝れなかった。
 夜が怖くって仕方なかった。夜中に目が覚めて真っ暗だとパニックになっちゃったし。
 留守にしてたアースが帰ってきて、ようやく眠れるようになったんだっけ。
 ちっちゃい頃は良かったけど、この年になって子守唄がないと眠れないっていうのは凄く恥ずかしい。
 出来れば徹夜はしたくないけど。
 朝までどれ位の時間があるのかしら。今日は何日だったかな?
 確か今日は……
 そっと足音を忍ばせて自分の荷物を手繰り寄せ、星明りと手の感覚を頼りに水袋と食料の包みを取り出す。
 それらを窓枠においてじっと時を待つ。

 シンと静まり返った町に月が昇る。
 右半分の欠けた下弦の月が。
 その月を見上げ、ポーラはそっと手のひらを合わせて祈りを捧げる。
 『二十三夜に月待ちをする事で願いが叶う』
 それを教えてくれたのもアースだった。
 『ミュステス』と呼び、彼女らを執拗に追うソール教。
 その発言権が強い地域で「じゃあ別の神様を頼りましょう」と言い切ったのは彼女だけ。
 祈りを終えて、そのままの姿勢でいただきますと小さく呟き、水を一口と食料の中から一番小さい干し果物を一欠け口に入れる。
 本当は寝る前に食べたりしない方がいいんだろうけど、月待ちは備えた供物を食べないといけないし。
 正式には一人でするものでもないけど、許してもらおう。

 願いを叶えてくれるなら。
 ぐっすり眠れますように。せめて楽しい夢を見させて。

愛読書「宙の名前」「月の本」から思いついた話。「空の名前」もおすすめです♪
……西洋ベースのくせにやたらと和風なのは一応理由があるんですよーと言い訳してみる。
「二十三夜の月待ち」は、本来はもっと賑やかなものです。(05.04.20up)

「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/