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月の行方

星屑で地図を描く

 夜は怖いものだと思っていた。

 ころんとまた寝返りを打つ。眠気は一向に訪れない。
 目を閉じていてもそれは一緒で、小さなため息をつく。
 なじみの無い場所だとか、そういうのじゃなくて。
 いつもだったらアースが子守唄を歌ってくれるんだけど、生憎彼女は留守にしているし。
 考えるな。
 きつく自分に言い聞かせる。
 それ以上考えちゃ、駄目。
 シーツを握る手に力がこもる。体がこわばる。
 音一つ無い静かな暗闇。それは傷を深くえぐる。
 どことも知れぬ小屋に閉じ込められて、たった一人で一晩過ごしたのは二年前の事。
 思い出したくないのに、恐怖は鮮明に思い出されて。
 控えめなノックの音がした。
 アースが帰ってきたのかな? 体から緊張が抜ける。
「ポーリー?」
 小さな呼びかけは予想外の者だった。
「ルカ?」
「あ。良かった起きてる」
 慌ててドアに近寄ってほんの少し開けると、嬉しそうな声を上げた。
 腰にまで届きそうなほど長い闇色の髪に深い色の瞳。年はポーリーと同じ七歳。
 故郷を追われたポーリーたちを匿ってくれた家の子供達の中で、彼女とは一番仲が良い子である。
 右手にはランタン、左手には大きな毛布といういでたちでルカは立っていた。
「どうしたの?」
「んーと、眠い?」
「? ううん」
 眠いどころか眠れなくて困っていたのだ。
 その返答を聞くとにっこり笑って。
「じゃあさ。星を見に行こう?」

 人気のしない廊下を歩くのは結構怖かった。
 ルカの服の左袖をしっかり握り締めておどおどしながら歩くポーリーと対照的に、彼はご機嫌で昼間と変わらない足取りで行く。
 弱々しい明かりが照らす廊下はこんなにも不気味だというのに。
 ただひたすら早く着くように願って足を進める。
 扉を開けて長い螺旋階段を上って、もう一度扉を開ける。
「着いたよ」
「わ……」
 ルカの言葉に顔を上げれば、空には満天の星。
「すごーい」
 思わず感嘆の声が出る。
 白いもの、青っぽいもの。黄色のと赤いのと。
 星がこんなにいろんな色をしてるなんて知らなかった。
「きれー」
「今日は新月だから星が良く見えるんだよ」
 ちょっと胸をはってルカが言う。
「ここは『星読み』の塔だから、よく見えるんだ」
「星読み?」
 確か空にある星の位置やら輝きやらで、未来の出来事を読み取ることだと聞いたことがある。
「ルカ出来るの?」
「……まだ出来ない」
 羨望の眼差しから目を逸らしてルカは毛布を手渡す。
「ちゃんと被って。寒いから」
「寒くないよ?」
「知らないうちに冷えちゃうから、ここで星を見るときには被んなきゃ駄目なんだって」
 本当に寒くないんだけど。
 北国育ちのポーリーは寒さにはある程度耐性があるが、もう一回言ってもルカは引く様子が無かったからおとなしく毛布に包まって、再び空を見上げる。
 それを見届けてからルカも毛布に包まり、ランタンを床においてから座る。
 熱心に星を見るポーリーを見て内心ほっとするルカ。
 よかった、楽しそうで。
「この星全部に名前がついてるの?」
「うん。すごいよね」
「どんな星があるの?」
 きらきらした瞳で問われて、一段と星が集まり道のように見えるその輝きを指差す。
「あれが『冬の道』」
「冬の道? 何で冬なの?」
 問い返されて返答に困る。
 自分もまだ色々と習っている最中だから、知らないことはたくさんある。
「なんでかは知らないけど……『天の道』って呼ぶところもあるみたい」
「天の道?」
 もう一度空を見上げる。
 確かにたくさんの星の連なりは、空に走る一本の道に見えるけど。
 こんな名前がついていたんだ。
「じゃあね。海の星ってどれ? 旅するときに目印にするんだってアースが言ってたけど」
「海の星は……あれかな」
 すんなりと指差すルカ。その指を追って、ポーリーは困惑する。
「あれってどれ?」
「だからあれ……わかんない?」
「うん」
 夜空に慣れ親しんでいるルカはともかく、ポーリーには見つけられないらしい。
「えっと、あの辺りで一番光ってる星なんだけど」
 見る位置が違うのだから分かり辛いのは仕方ないかもしれないけど。
「どうやって見つけるの?」
「えっとね。七夜の星か弓星をみつけて」
 きょとんとしたままのポーリー。困った顔のままのルカ。
 そういえばポーリーはあんまり星の事を知らないんだった。
 知らない人間に教えられるほど自分は星に詳しくない。ならば。
「ミルザムに一緒に教えてもらう?」
「いいの?」
 ミルザムはルカの星読みの先生だ。
将来特に星読みになろうと思っているわけではないが、ルカには才能があるらしく、お抱えの星読みである彼は熱心に教えてくれる。頼めば、ポーリーにも星の探し方くらい教えてくれるかもしれない。
「知りたいんだったらゆっとくよ?」
「うん! 知りたい!」
 笑顔のポーリーにルカも嬉しそうに微笑み返す。
「じゃああっちが北なのよね?」
「うん。そういえばミルザムが、北大陸(ネーロ)には白いクマがいるって言ってた」
「白いクマ? ほんと?」
「多分。すっごく寒いから、クマも雪の色になっちゃうのかな?」
「西大陸(ブラン)にはおっきなネコがいるってアースが言ってたよ。
 人を食べちゃう事もあるんだって」
「ええっ」
 まだ見ぬ世界に夢をはせ、おしゃべりが止まることなく続いていく。

 翌朝子供達がいないことで大騒ぎになり、二人は揃って叱られたのは言うまでもない。

BGMはday after tomorrowの「Starry Heavens」。
子どもを書くのは楽しいのです。
中の星はそれぞれ「天の川」「北極星」「北斗七星」「カシオペア座」を指しています。
星空を眺めて、まだ見ぬ世界に夢を馳せる。(05.07.20up)

世界の片隅

 はじめて見たそれはすごく大きくて。

「ミルザムそれ何?」
 幼いルカの問いに、ミルザムは目を上げる。
 床に大きく広がった一枚の地図。
 それをはさんでちょうど反対側から子ども達が覗き込んでいる。
「これは世界地図だ」
「世界地図?」
「仲間に測量が好きな奴がいてな、たまにこうして送ってくるんだ」
 長老組の一人でもある男性は完璧な地図を作る事を夢見て、物好きといわれようともいまだに一人で測量を続けている。
 数年おきに律儀にも送られてくるそれは、大陸間の交易の少ない今現在では他に作られているかどうか分からない。唯一といっても良い世界地図だろう。
 目を輝かせて地図を見入っていたポーリーが問い掛ける。
「世界ってこんな風になってるの?」
「そうですよ北の姫」
 彼女達から見えやすいように地図を正しい向きに動かす。
 町の名前もちゃんと入っているし、国境も入れられている正確なもの。
「どこかで売ってるの?」
「売ってない売ってない。仲間が作ってるんだ」
「作ってるの?!」
 すごいとはしゃぐ子ども達に目元を和ませてミルザムは続ける。
「サダルスウドって名前ですけどね。自分の足で歩いて測量し続けてるんですよ。
 町なんかがころころ動くから大変だけど楽しいって言ってましたね」
「歩いて?!」
「すごーい!」
 こういう反応が嬉しいから止められない。
 そう彼の人は言っていた。
 無論それだけではなく、世界情勢や策を練るのにも地図は必須。
「ねぇアージュってどこ?」
 わくわくとしたルカの問いに、ミルザムは地図の東大陸の真ん中辺りを示す。
「アージュはこの範囲だな。ウールがここ」
 ポーリーの視線を感じて、そのまま指を動かす。
「それでこちらがセラータですね。セーラはここ」
 両方を位置を見比べてルカは不思議そうに言う。
「これだけしか離れてないんだ」
 思わず笑みが洩れる。
 確かにこの地図の上では二つの街はルカの手のひらくらいの大きさしか離れていない。
「それは違うぞノクティルーカ。
 この大きさだからそう見えるだけで結構離れてる」
「ふうん」
 ちょっと納得いかなかったのだろう、不満そうに言うルカ。
 逆にポーリーは地図の端を指差して聞く。
「じゃあここが世界の端っこ?」
「はい?」
 呆けるミルザムと違い、不安の混ざった表情でルカも聞いてくる。
「端っこは海が落ちていくって本当?」
 ああそうか。
 ソールの教えでは、世界は平たいもので海の端が『世界の端っこ』。
 そこに行けば海水と一緒に地獄まで落ちていく。とかなんとか。
 苦笑を浮かべて否定する。
「うそうそ。こっちからこう行くとだな、ここにつくんだ」
 地図の右端を示し、次に左端を示すと子ども達は不満の声を上げる。
「ええ~っ」
「なんでなんで?」
「どうして?」
 さてどうやって説明しようか。しばし考えてミルザムは地図を丸める。
 地図の右端と左端が合わさるように気をつけて。
「つまりだな。こうなってるってことだ」
 これなら繋がっているだろうといわれて子ども達も納得したようだ。しかし。
「じゃあこことここが世界の端っこ?」
 今度は北と南の部分を示す。
 筒型に丸めたのだから確かにその部分は開いているのだが。
「いやそうじゃなくて……」
 はてどうやって説明しようかと視線をめぐらすと、薬玉が目に入った。
 ポーリーの母からの贈り物だろう。仄かな香の香りが優しい。
 それを手にとって飾り紐の部分を隠すようにして二人に示す。
「世界はこんな風に丸いんだ」
「えええええっ」
 大声を出して驚く子ども達にこそばゆいような気持ちになる。
 自分も小さな頃、はじめて世界地図を見たときには酷く驚いたものだ。
 『彼ら』の住んでいた都があるのは島国で、長く外界に興味を持つ事はなかった。
 しかしやっぱり好奇心の強いものはいるもので、長い寿命を無為にしてなるものかと世界を旅する者達が相次ぎ、サダルスウドが正確な地図を作る前に世界は丸いということは広く知られるようになっていた。
「うわあすごい! でも本当?」
「信じられないなら自分で確かめてみたらどうだ?
 どれだけ遠くに行ってもいきなり落っこちる事は無いから安心しろ」
「うん! 絶対確かめる!」
「わっ 私も確かめたい」
 世界に興味をもつのはいいことだ。
 とはいえ、もうこの地図は返してもらえないかもしれない。
 ……まあいいか。前回もらったのがあるし。
「この地図作った人ってすごい」
「うんすごいね」
 子ども達の素直な賞賛。
 次にスピカが訊ねてきたらサダルスウド老に伝えてもらおう。
 姫のお褒めの言葉はきっと彼のやる気をもっと引き出すだろうから。

「歩いて測量をした人」といえば有名な方がいますよね? ごく普通に「天動説」が信じられてる時代。こういう話をまともに取り合うのはまだまだ素直なお子様達くらいだったと思います。(05.08.17up)

希望の西風

 こんこん。
「?」
 ノックの音がした気がしてポーリーは扉を見る。
 しばらく待ってみても反応は無い。
 袖で顔をぬぐって問い掛ける。
「どなたですか?」
 ちょっとほっとする。出した声は思ったよりも普通だった。
 こんこんこん。
 またノックの音。
 でもそれは扉の方からじゃなくって。
 窓?
 アースと一緒にあてがわれた部屋は、この建物では一番日当たりのいい場所で、まだまだ強い日差しを避けるために薄い布のカーテンがかかっている。
 確かここは二階だったはず。そんなところから普通の人はやってこない。
 追っ手?
 嫌な連想をするが、追っ手ならそもそもノックなんかしないだろうし。
 でも二階の窓からわざわざやってくるような人に心当たりもないし。
 まごまごしている間にも、ノックはだんだんと間隔が早く、乱暴なものになっていく。
「うわっ」
 窓の外からの慌てた声。
「……え?」
 予想外に聞き覚えのある声に、慌ててカーテンをあければ。
 落ちた拍子に打ち付けたのだろう、涙目で腰をさする少年と目が合った。
「ルカ、なにしてるの?」
「まどから入れるかなって思ったんだけど」
 まだ痛いのか、腰をさすりつつルカは答える。
 背中に届くくらいのなめらかな黒髪は一つにまとめられており、顔立ちも整っていて。
 まるで女の子みたい。
 口に出すとすごく怒るので言わないけれど、ルカを見ていると髪を伸ばすのも良いかなと思う。
 彼くらいに伸びるまでには大分かかるだろうけど。
 肩にも届かない自分の髪をつんと引っ張る。
 でも今はそれより。
「なんでまどから入ろうとするの?」
「たのしそうだから」
 きっぱりといわれて押し黙る。
「ポーリー、あそびに行こ」
 にかっと笑って手を差し出されて、結局ポーリーは手をとった。
 もちろんドアから出たのはいうまでもない。

「あーにーうーえーっ」
 ポーリーと手を繋いだままルカは一つのドアをコンコンと叩いた。
「ポーリーをつれてきました。早くつれて行ってください」
「こういうときは行動早いな」
 苦笑しつつ部屋から一人の少年が出てくる。年のころは十代の半ばあたり。
 短く切った黒髪に濃い青の瞳。面立ちは彼らの父に似ている。
「早く行きましょうっ」
「分かった分かった。行こうか」
 兄の言葉にルカは笑顔で空いているほうの手で兄の手をとる。
 兄はもうすぐ旅に出る。
 十四、五になればこの国の男子は見聞を広めるために旅に出る事が決められている。
 髪を切ったのはその証。残された旅立ちまでの時間をせめて優しいものにしたい。

 まるでじゅうたんのようだと思った。
「すごい……」
 それしかポーリーは呟けなかった。
 一面の花畑。ところどころグラデーションになっているけど、小さな小さな花がいくつも集まって、風が吹くたびに花びらが舞っていく。
「アリアの花だよ」
 知らないかなと聞かれてこくんと頷くと、ルカの兄――エルは足元から一輪摘んでポーリーによく見えるよう差し出した。
「風に吹かれることで受粉して、だんだんと咲く場所を増やしていく花なんだ。
 とはいえ、摘んでいく人が多いからそこまで広がらないけど」
 薄紫のその花はかすかにさわやかな香りがした。
 また強く風が吹く。舞い上がる花びら。
「この時期には強い西風が良く吹くんだよ」
 風で乱れてしまったポーリーの髪を直してやりながらエルは言う。
「飛ばされないように気をつけて」
「はい」
 しっかり返事をするポーリーの頭をぽんと撫でると、視線を感じて首を動かす。
 案の定花畑に座り込んだまま、膨れ面をしているルカが目に入った。
 微笑ましいなぁ。兄にまでやきもちを焼くか。
「エルにいさま?」
「ああなんでもないなんでもない」
 不思議そうなポーリーにそう言ってエルは弟を指し示す。
「あっちに行って一緒に摘んでおいで、ぼくがここで見張っているから。
 ただし、持ちきれるだけしか摘まないように」
「はいっ」
 にっこりと微笑んでポーリーはルカのほうへ駆けて行った。

 はしゃぐ弟達を眺めていると、後ろから一つの影が近寄ってきた。
「おー。子どもは元気だなぁ」
「星読み士殿」
 呟くエルの横にどかっと座って星読み士ことミルザムは問い掛ける。
「明後日、出発だったな? 元気でな」
「ありがとうございます」 
 丁寧に星読み士に礼を言って、エルは弟を見やる。
「ルカをお願いします」
「ああ。立派な星読みに育てよう」
「いえそういうわけではなく、遊び相手として頑張ってください。
 特にレイにいじわるしないように見ててください」
 一番下の弟を何かにつけて泣かすことがあるルカ。
 最近はそれも無いが、見張りがいなくなれば復活する事は考えられる。
 そんなエルに対し、ミルザムはのんびりと返す。
「北の姫がいる限りそれは無いと思うが」
 視線の先には仲良く花冠を作る二人の姿。
「それはいえますね」
 弟をいじめて、それがきっかけで嫌われたくはないだろう。
 くっくっと笑うと、ミルザムが花を一輪摘んで、風に流す。
「『流し花』ってこうでよかったんだよな?」
「ええ。そうです」
「この時期の風に花を乗せるのは、旅立つ者への祝福の儀式……だったか。
 面白い風習だな。
 アリアの花の花言葉は『旅立ち』と『希望』だったな。ぴったりだろう?」
「もう一つありますよ」
 それはそれは楽しそうに言うエルにミルザムは首をかしげる。
「どんなものだ?」
「あはは。僕には似合わないものなので話しません」
 それきり何度聞いてもエルは口を開かなかった。

ネタ切れもはなはだしいです。おかげで説明文が多いこと多いこと。
ここでも星読みがでばってます。
旅立つ君へ手向ける。(05.07.06up)

「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/