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月の行方

失われたもの

 最初に母。
 次に家。
 そして父。
 小さなポーリーがなくしたもの。
 でもいつか、取り戻してみせる。彼女はまだ遅くはないから。

「アースー」
 時折まろびそうになりながらこちらへとかけてくる小さな影。
 その姿を認めてアースは窓を大きく開け放ち、彼女がたどり着くのを待つ。
 動きにあわせて揺れる柔らかな銀の髪。アースのものとは違い、日の光の下でも淡い紫の光をはじいている。光をまとって少女は頬を紅潮させながら走ってくる。
 勢い余って壁の目の前まで来てようやく止まり、両手をぐっと上に挙げて言伝を伝える。
「司祭さまが『うちみのお薬を下さい』っていわれてましたっ」
「はぁい。ちょっと待っててくださいね」
 一生懸命な姪の様子にアースは思わず微笑んで、薬箪笥から必要なものを取り出し包む。
 孤児院と救済府とを併設した教会の隣に居を構えて早一年。
 少しは薬師らしく見えるようになっただろうか?
 本当の職業(というか役目)がばれたらいけないが、少なくとも後二、三年くらいなら大丈夫だろう。

 神より授けられた『奇跡』はその姿を石に変え十二個に分かたれた。
 市井に紛れて暮らしている者も数多い事は知っていたが、まさか自分にその日が来ようとは。
 もっとも、人と自分とでは元の寿命が違う。
 あまり長くは一所に留まる事は叶わないだろう。
 それでもせめて、この子がもう少し大きくなるまでは……

「はいどうぞ」
「ありがとう」
 ほわんと微笑んでポーリーは来た道を戻っていく。
 その後姿を見守って思う。姉に似てきたと。
 生き写しといってもいいくらいによく似ている。
 義兄はどう思っているのだろうか?
 自ら彼女を手放さざるをえなかった彼の心情を思うと胸が痛い。
 でもそれらの理由はポーリーには話せない。まだ。
「隠し事は、きらいなんですけどね……」
 こつんと柱に頭を預ける。

 日々の糧に感謝をして。年下の子や病人の世話をして。
 『明日』が来る事を疑いなく信じられる。
 そういう日々は本当に穏やかで。泣きたくなるくらい尊いもので。
 この『日常』は幻みたいに儚い……長く続く事などないと分かってはいるのだけれど。
 祈らずにはいられない。
 何に捧げる祈りかと、自嘲したくもなるけれど。
 願わくは。
 この穏やかな日々が一日でも長く続きますように。

 最初に父母。
 次に養父。
 故郷。仲間。兄。時間。
 それらはアースがなくしたもの。

読後淋しいものが多い気もしますが。
時期的には一話の5と6の間。アースとカペラに守られて、一応はあった心安らぐ時。
なくしたものを埋めるように。(04.12.08up)

帰る場所

 無くして作ってまた無くして。
 初めて貰ったその場所は、とてもありがたくて。

 アースは宝石の魔法使いである。
 『宝石』とは、はるか昔に神より授けられた『奇跡』が分かたれ、姿を変えたもの。
 『奇跡』の守り手である宝石の魔法使いはその存在を秘匿しなければならない。
 『奇跡』を我が手に――そう狙う欲深い者達も数多いから。
 『奇跡』とわが身を守るために。すべてを欺き、隠さなければならない。
 それに何よりアースは世間ではもう滅びてしまったと言われる古代種だから。
 人間よりも長い寿命をもつ故に人に追われる事もある。
 だからこそここでの生活を……とても尊いものだと思っていたのに……

 この東大陸の北の大国セラータ。
 首都にある孤児院と救済院とを併設した教会の隣に居を構えて二年が経った。
 その日……すべてが覆った。

 初めからわかっていたこと。二年前から……いや、彼女が生まれた日から。
 壮年の域に達した男性を前に、アースは両手を握り締める。
「もうこれ以上は……」
 椅子に座って、憔悴しきった表情で彼は言葉を紡ぐ。
「だから……頼む」
 何を、とか。何で、とか。
 そんな疑問も湧きはしない。
 だって分かっている事だったから。そう言い聞かせて。
 理解はしていた。……納得していた訳ではないけど。

 考え事は止まらない。でも猶予はもう残されていない。
 『終わり』は足音も無くすぐ後ろまで近づいてきていたから。
 だから家を捨てた。ポーリーの手をしっかりと掴んで連れ出した。
 その日の夜に……家だった場所は焼け落ちた。

 この平穏は一時の事でしかないと。
 だからこそ悔いが無いように暮らそうと。
 覚悟は出来てたはずなのに。
 手に入れた平穏が優しすぎて。
 長くいられないと分かっていても……とても尊い、愛しいもので。
 どんなに願っても時間をまき戻す事は出来ないけど。

 また、無くしてしまった。

「あ~……」
 うめいて月を見やる。
 周囲は闇。森の中、どこからか虫の音が聞こえてくる。
 手元に明かりを生み出して、アースは枝を選別する。
 結構旅をしてきたけれど、やっぱり定住してしまうと勘は鈍ってしまうらしい。
 日が沈む前に拾った薪が少なくて、このままでは明け方近くに尽きてしまうと気づいただけでもマシだろうか?
 ポーリーは旅をするのは初めてだし、一晩中そばにいてあげたかったがこればっかりはしょうがない。
 もっとも結界は強固に張り巡らせてきたのだけど。
 適当に枝を集めてねぐらに戻れば、毛布に包まったままポーリーが起き上がっていた。
「ポーリー? 起きちゃったの?」
 問いかけにポーリーはあきらかにほっとしてアースに微笑みかける。
「待ってたの」
 その言葉に胸を締め付けられる。
 あの火事からまだそんなに経っていないのに……不安にさせるような真似をするんじゃなかった。
 思わず口を引き結ぶアースに、ポーリーはにっこり笑ってこう告げた。
「おかえりなさい」
 一瞬言われた事が分からなくて。
 だんだんと、心に広がっていく、その言葉。
 水面に広がる波紋のように。嬉しさが染み入っていって。
「ただいま」

これを書いた時点では「月の行方」の焦点を、ノクスとポーラのどっちにより重きをおくか決めてなかったものでアースがでばってます。今だったらポーラメインで書いてますね。
その一言が嬉しくて。(05.02.16up)

お伽噺をききながら

――初めての約束 大切な約束
誰にも話してはいけないと
守るといった それなのに
どうして破ってしまったのですか?――

 パチパチと火のはねる音。
 空には満天の星。
 森の奥まった場所。街道からも外れたその場所に二つの人影が寄り添っている。
 先ほどから森にかすかに響く声は彼女のもの。
 時々焚き火の様子を確かめながら、自らのひざに頭をうずめる小さな少女の背をなでている。
 大きな木に背中を預け、時折空を見上げてつつもその声はやまない。
 星空を見上げた拍子に髪が一房肩から流れ落ちる。 
 まるで雪にも似たその白い色。空を映す瞳は翠玉と碧玉の二色。
 小さな少女以外にこの物語の聴衆がいたならば、この語り手は妖精か幽霊かと疑う事だろう。
 しかし彼女が実在する証かのように、傍らに置かれた道具袋は使い込まれている感があるし、長い道のりを歩いてきたのか、ブーツもずいぶん傷んでいる。
 焚き火に照らされるその顔は幼さを残してはいるものの、まるで母親のような暖かな眼差しを少女に注いでいる。
 規則的な呼吸を繰り返す小さな少女。年のころは十歳くらいだろうか?
 髪は少女のものとよく似た銀。
 違うところと言えばかすかに弾く光が薄紫だということか。
 小さな少女がかすかに震えた。
 そっと自らの黒い外套を多めにかけてやる。
 季節は初秋。そろそろ野宿もきつくなってきた。
 慣れない旅のために少女の体調も心配だ。
「続きは?」
 いつの間にか歌を止めていたのか。
 とろんとした目で、それでも小さな少女は問うて来る。
「ポーリー。今日は中々眠れないの?」
「だって……」
 ポーリーは言いかけて口を閉ざす。
 この人の……アースのそばはあたたかい。安心できる。
 でも声を聞いていないと不安になる。
 遠くから時折聞こえる獣の遠吠え。気まぐれに吹きぬける風の音。
 それが全部不安を呼んで。悲しみさえも呼んできて。
「あんまり起きていると明日が辛いのよ?」
「うん。でも」
 分かっているけどどうしても不安で。
「じゃあこのお話が終わったら寝る?」
「うん。がんばる」
 なんだか違うと感じつつもアースは再び物語を歌い始める。

――破られた約束 手にしたものが
砂の様に流れてく 雪のように解けてゆく
愛しき妻はあの日の姿 雪の精と同じ姿

  ああ これが誓いを破ったその報いか
思い出残して彼の人は 銀世界へと帰り行く
もう二度と還らない もう二度と戻らない――

 ぱちり。
 火がはぜた。
「さみしいね」
「そうね。寂しいね」
 特に今のポーリーには。
 頭をゆっくりとなでてやる。この子のそばにいる事を許されない人の分まで。
「ひとりはイヤよね」
「うん。本当にね」
 ふと昔を思い出す。
 長い永い時間。アースはずっと一人で旅をしてきた。
 でも独りではなかった。
 だからきっとポーリーも大丈夫。
「さぁもう遅いから寝ましょう?」
 呼びかければもぞもぞと寝返りを打ってこちらを見上げる。
 どうしたのかと見つめ返せば、大きな紫水晶の瞳でおねだりされる。
「もっとお話して?」
 一瞬詰まるもののアースは再び口を開く。
 自分がこの目に弱いのには自覚がある。
 未来の事に不安が無い訳じゃあないけれど。
 たまには思う存分お話するのもいいか、と思い直して。

最初のUPの作品です。最後のコメントをつけちゃったが故に後々困る事にっ
ちなみにアースが歌ってる物語は「雪女」です。(04.11.23up)

「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/