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月の行方

祈りの言の葉

 幸せでいますように。
 幸せになれますように。
 一体何度祈った事だろう?

 今でも色鮮やかに思い出せる。あの日のことは。
 あの子が生まれて数日経ってようやく待ち人が尋ねてきた日のこと。
「お久しぶりです姉上っ 何か御用が……」
 部屋に入ってくるなり彼女は顔を紅潮させて言葉を詰まらせた。
「うわぁ」
「どうしたのです?」
 視線の先には自分の胸に抱いた我が子。
 すやすやと眠っているその子を起こさないようにゆっくりと近寄ってしばし見つめて。
「ちっちゃいですっ かわいいですっ」
 興奮しながらも声のトーンは抑えてアースは笑顔で言う。
「おめでとうございます姉上」
 その言葉に胸を打たれた。
 夫のほかに誰かから言われると思っていなかったから。
 この子ならば言ってくれるかもしれないと期待はしていたけれど。
「……ありがとう」
 しみじみと言う。
 おっかなびっくりといった感でアースは赤子を覗き込む。
「髪の色は義兄さま譲りですね」
 赤子の髪は自分の空色とは違う銀色で。目の前にいる『妹』もまた銀髪で。
 この子が少し大きくなったらそれこそ『姉妹』に見られるかもしれない。
 そう思った。言葉にはしなかったけれど。
「現」
「はい?」
 呼びかければいつも返ってくる笑顔。
 この子は国外に出ることが多く、外の国用の名前で呼ばれることが多いからか、『こちら』の名で呼ぶとさらに笑みが増す。
 この笑顔を曇らせていたのは過去の事。でも未来にも、必ず起きる事。
「名を、つけてはくれませんか?」
「は……ええ!? 私がですか?」
 そんなに変な申し出だっただろうか?
 でもきっと、この妹に頼むのが一番いい。
 何より、この子と同じ身の上なのだから。
「私はそのような事に疎い。故にそなたに頼むのです」
「え? でも義兄さまが名づけられれば……」
 おろおろという妹に意地が悪いとは思ったが、夫の言伝を告げる。
「名付け親が宝石の魔導士ならば文句のつけようが無いと言われてましたよ」
「え……あ……う~」
 退路を絶たれてうめくアース。
 頭は痛いけれど、嫌なものではないのだろう。困惑しつつもどこか嬉しそうだ。
 名案が浮かんだのか顔をほころばせ『姉』と赤子とを見比べる。
 意を決したのか、真剣な眼差しで瞳を見据えて口を開いた。
「じゃあ…………」
 あの子が生まれた日。
 あの子が名前をもった日。

 今は会うことが出来ないわが子。
 だからこそ強く希う。
 祈りを捧げよう。
 あの子とおなじ名を持つ星に。

ポーラの生まれた直後、ベガのモノローグ。妹の時と違い、ただの母親として物を言える、態度で表せることはとても幸せだったでしょう。(04.12.03up)

愛をうたう

――星に願いをかけましょう 月に祈りを捧げましょう 夜の魔法が解けるまで――

「解けるまで…………
 で…………う~」
 唸ったままでぽてんと机に頭を預ければ、視界を白い色がさえぎる。
 自らの雪色の銀髪。
 その一房をつまんでふと思う。だいぶ伸びたなぁとか結った方が良いかなとか。
「貴女がそんなに頭を抱えるなんて珍しいな」
 視線だけを上げて声の主を見る。
 昼寝から覚めたばかりなのか、まだぼやっとした幼子を胸に抱いて家の主はアースを見下ろす。
 闇を連想させる歳の割りに豊かな黒髪。髭も豊かだから一見するとかなり怖い人に見えるのだけど、深い色の黒い瞳はとても穏やかで。
 はぅとため息一つ。しみじみと呟く。
「子守唄って難しいですね。オーブさん」
 今までいくつもの伝説や英雄の物語は歌ってきたけれど……考えてみれば子守唄を歌うのはかなり久しぶりだし、作るのは初めてだ。
 しかしアースの答えにこの家の主はしばらく固まり(その拍子に子供を落としかけた)ややあって硬い声を出す。
「…………子守唄?」
「はい。子守唄です」
 また沈黙。
 ばりばりと黒い髪を掻き、髭をなでて。また口を開く。
「何故に?」
「ポーリーに歌ってあげようと思いまして」
 ほわんとした顔で言う彼女にオーブはため息をつく。
「ああ。『ポーリー』ちゃんに」
 ここ最近良く聞く名前。そして名前を出したからには。
「本っ当に可愛いんですよポーリーってばっ
 お人形……いえ妖精みたいなんですっ 綺麗な銀髪と紫の瞳でっ」
 ほら始まった。内心呟いて手近な椅子に腰掛ける。
 こうなったらもう当分は止まらない。
 延々とのろけにも似た自慢話が始まるのだ。立派に親ばかである。
 実際には親ではないが、名付け親だから『親ばか』といっても良いだろう。
「髪や瞳の色は義兄さま譲りですけど、顔立ちは姉上譲りだと思うんですよね」
「姉上……ですか」
「そう呼んで良いと言われましたから姉上です!
 だからポーリーは姪っ子なんですっ」
 ぼんやりといえば胸を張って答えられる。
 『ポーリー』に関する話題の時には本当にやたらにテンションが高い。
 いつもとはまるで逆である。
 確かに我が子が可愛いのは認めよう。オーブも二児の父であるし、子の自慢をしたい気持ちも分からなくは無い。
 仮に娘だとしたらアースのようにならない自信は無いけれど。
 久々に訊ねてきたかと思ったらこの調子である。
 何度も何度もだと、正直言って聞くのが辛くなってきた。
 息子は面白そうに聞き入っているが……
「アースとおなじかみのいろ?」
 あどけないその声にふわんと笑ってアースは答える。
「いいえ~もっととっても綺麗ですっ
 光の角度によっては淡い紫色にも見えるんですよ。
 伸ばしたらきっと似合うでしょうね~」
 ……確か話題の『ポーリー』はまだ一歳にもならないのでは?
 というか、あなたはこんな所にきてていいのか?
 いや確かにたまには遊びに来てくれたらと申し出たのは自分だけれど。
「かの『無窮』が子守唄で頭を悩ましていると世間に知れたら笑い種だな」
 世間様一般で伝説と同列で語られる宝石の魔導士。
 神より授けられた『奇跡』を守り続ける人々。
 とてもそうとは見えない眼前の少女はいわれた言葉にきょとんとして。
 小首をかしげて、でも……と続ける。
「元『大望』が子供と遊んでるのも微笑ましくていいですよね?」
 アースの返し技にオーブは苦笑する。やんちゃな息子は珍しくひざの上でおとなしくしているが、普段は本当に振り回されている。
 歳をとってから得た子故に多少甘やかせ気味なのかもしれないのだけれど。
 宝石の魔導士と呼ばれたところで、普通の人間と変わる事など数少ない。
「その子だけじゃなくうちの子も多少は気にかけて欲しいんですがね。
 名付け親には違いないんですから?」
「もちろんですっ もう少し大きくなられたら剣とか教えて差し上げますよ?」
 早くおっきくなってくださいねと頭をなでて、子供もそれに答えて腕を大きく突き出す。
 これで話題を変えられ……
「でもやっぱりポーリーは可愛いんですよねっ」
 ……無かった。

恋愛物なんかかけるかあああっ と脳が拒否反応をおこしたので家族愛。
ちなみにオーブが落としかけた子どもはエルです。(04.11.29up)

天に託した贈り物

 賭けをした。低い確率の賭けを。
 そしてどうやら自分はそれに勝ったらしい事を知って、ソワレはそっと微笑んだ。

 セラータへの旅行から帰ってきてから数日、妙に機嫌のいい妻と息子にオーブは首をかしげる。
 そんなに楽しかったのかと聞いてみても、ソワレは意味深な笑顔を見せるだけで話そうとはしない。
「楽しいことなら少しくらい分けてくれてもいいじゃないか」
「う~ん。こういうことははやく話したいのもあるけど、話すと減るような気もするからなあ」
 貴婦人そのものの姿とは裏腹に、口から出る言葉はずいぶんと男っぽい。
 侍女などがうるさく言うが、オーブは特に直そうとは思わない。
 研究好きな偏屈の自分に嫁いでくるなんて物好きなとは思ったし、慣れ親しんだものを捨てろというのはオーブにしてみれば研究を捨てろをといわれているのと同じ事。
 自分が出来ないものを相手に押し付ける気は毛頭ない。
 いずれは話すと言うから無理に聞き出すことを諦めて……それでこの話題は終わるはずだった。
 ものすごい形相をしてアルタイル・アクィラ・トラモント将軍がやってくるまでは。

 セラータの大鷲との異名を持つ彼は、絵に描いたような『騎士』のいでたちで丁寧に挨拶をしてオーブを感嘆させたが、侍女たちを下がらせてオーブ夫妻と三人だけになるとその態度を一変させた。
「ところでソワレ」
「何だアル兄上?」
 怒りを抑えきれずにいる将軍とあくまでもにこやかなソワレ。
 オーブの目があるせいか、何とか平静を保とうとしているのが分かる。
 それでも手にした紅茶のカップが小刻みに震えているあたりがなんだか怖い。
「何なんだこの手紙は?」
 はらりとテーブルに投げられた手紙をソワレが一瞥してオーブに手渡す。
「どうもこうも……昔約束したじゃないか」
「……覚えてたのか……」
 あっけらかんとした口調のソワレに対し、将軍は悔恨の声で言う。
 一体何が書かれてるのかと手紙を読んでみれば。
「ソワレ?!」
「ん? どうしたんだオーブ、そんなに慌てて」
「何なんだこの手紙! いつ決まったんだ?! 私は知らないぞ!!」
「それはまだ話してないから当然だな」
「息子の婚約を父親抜きで決めるな!」
「そうだ!」
 があと怒鳴るオーブに我が意を得たりという勢いで将軍も同意する。
「遠征から帰ってみればいきなり一人娘の婚約が決まってた私の気持ち!
 わかっていただけますかオーブ殿!!」
 エキサイトする男親達に対し、ソワレは紅茶を半分ほど飲み干して、なんでもないような口調で言う。
「そんなこと今に決まったものでもないし。
 まさかアル兄上、約束を忘れてたとか言わないよな?」
「……ッ」
 舌打ちしそうな将軍の様子に、一人取り残されたオーブは説明を求めてソワレを見る。
「昔な、賭けをしたんだ。負けたほうが勝ったほうの言う事を何でも聞くっていう。
 それで私が勝って、将来子どもが生まれたら娶(めあ)わせようと約束したんだ」
「いやでもな、ポーラはたった一人の俺の子であって」
「約束を破る気だったのか!! それでもアル兄上は騎士か?!」
 弱々しく反論すれば倍以上の勢いを持って言い返されて将軍は狼狽する。
「いや、騎士だからその……身分とか。
 うちの娘にアージュの王族は釣り合わないだろう?」
「アル兄上の従妹のアリアはセラータの王妃だろ。
 つまりポーリーちゃんは王家傍流の姫。
 オーブは第五王子、ルカはその次男だからまったく問題ないはずだぞ。
 どっちにせよ将来的には政略結婚ならこういう組合せだって別におかしくない。
 私達がフリストの士官学校で同期でライバルだったのは周知の事実だしな」
 話をふられてオーブはとりあえず頷いておく。
 王位を継ぐことはまず無いだろうし、オーブが今現在持っている領地などは長男であるエルが継ぐことになるだろう。
 次男のルカや三男のレイなどは継ぐ領地が無いから、将来的には息子のいない侯爵家などに婿入りする事になると思われる。
 それに何よりセラータは大国だ。軍事力こそ周囲に比べて劣るが、広大な沃土が生み出す作物はかなりの富を彼の国にもたらしている。
 セラータとのつながりを作るのはこちらにとって悪い事ではない。
「最近台頭してきているミニュットやメーゼはもちろん、フリストやツァイトにもいい牽制になると思うぞ」
「しかしだな……」
 至極もっともなソワレの意見にも将軍は歯切れが悪い。
 一人娘の結婚となれば男親はみなそうなのかもしれないが。
「それに今更何を言ってももう遅いぞ?」
「は?」
 席を立ってソワレは棚から数枚の羊皮紙を持ってくる。
 それをテーブルに丁寧に並べて一枚一枚に説明をつけた。
「まずこれが士官学校のときに書かせたアル兄上の誓約書。
 でこれがアリアの署名」
「いつの間にベガの許可まで取ったんだお前は……」
 力なく言う将軍。
 従妹に加えて妻まで自分の知らない間に娘の婚約を承認していようとは。
「父上の許可まで取ってるか……相変わらず行動が早いな、ソワレ」
「当たり前だ。こういうことは早めに準備を整えておかないとな」
 にっこり笑ってソワレは言う。アージュ国王の許可までとっているとなれば、もう将軍に反論できるはずもなく。
「ポーラ……不甲斐ない父を許しておくれ……」
 テーブルに泣き崩れる将軍に対し、ソワレは心底嬉しそうな口調で。 
「さて、式はいつ頃がいいかな?」
「気が早ッ お前そんなに俺から娘を奪いたいか?!」
 ただでさえ妻と引き離されて淋しいというのに、唯一の心のよりどころまで奪う気かと言う彼に返すのは悪魔の微笑み。
「早く娘が欲しいからな。十四でどうだ?」
「早すぎるっ」
「ソワレ。アージュでは成人は十五だぞ」
「ああそうだったな」
 いくらなんでも一人前になる前に娶る事は出来ないだろう。
 それにアージュの男子は十五で旅に出るという掟もある。その事を考えれば必然的に。
「二十!」
 突然とんだ将軍の言葉にソワレは席を立ち上がって反論する。
「それじゃ遅いだろう! 行き遅れとかっていわれるのは本人なんだぞ!」
「二十五まで嫁に行かなかったお前が何を言う?!」
 ちなみに王家の姫は早くは十二で嫁ぐという話も聞くが、大体は十五から遅くても七、八くらいである。
「そっちは三人いるくせに! 結婚は許すから婿に寄越せ! 一人くらいいいだろう?!」
「一緒に暮らす娘が欲しいんだ娘がっ」
「ワガママな事を! そんなに娘が欲しかったら他の息子にさっさと嫁もらえ!」
 双方共にエライ言い様である。
 しかし同じ父親として言うならば、将軍の気持ちも分からなくは無い。
「十六で結婚させるなら婿にやってもいい」
「うっ じゅ……十九で!」
「まかるか! 十九だったら嫁! 絶対嫁入り!」
 本人達を置いといて、親同士の意見交換はエキサイトするばかり。
「ここはひとまず十八で。どちらに住むかは本人達に決めさせればいいと思うが」
「よしじゃあ十八で!」
 オーブの意見に目を輝かせる将軍に対し、ソワレは苦虫を噛み潰したような顔をするが、何を思ったかにっと笑う。
「じゃあルカがアル兄上を負かせたら嫁入りという訳だな!」
「はあ?! 何でそうなる!」
「ん? 自信が無いのかアル兄上。セラータの大鷲とも言われるのに」
 挑発されているのは分かっているのだろう、しかし将軍も意味ありげな笑みを浮かべる。
「それはつまり俺が勝てば婿入りということだな?」
「無論そうだ」
 悠然と頷くソワレに満足して将軍は席を立つ。
「よし言ったな! 受けてたとう!」
「子ども達の十八の誕生日に決戦だ。逃げるなよアル兄上!」
「こっちのセリフだ。返り討ちにしてくれる。
 っと、それでは急ぎの用があるのでこれで失礼する」
 一礼をして去っていく将軍を見送って、ソワレも席を立つ。
「そうと決まればルカを鍛えなくてはな! これからは毎日鍛錬させるぞ!」
「まったく。いいのかあんなこと言って」
「かまうものか。 『アル兄上に勝たなければポーリーちゃんと結婚できない』といえばきっと必死で鍛錬するぞ」
「そういう嘘をつくのもどうかと思うが」
 そんなオーブの言葉に耳を貸さず、ソワレは上機嫌で部屋を出て行った。

 はてさて。十数年後に家族が増えるのは一体どちらの家になる事やら。

一話の4の裏話。ソワレには勝てないアルタイルおとーさん。
無論、裏にミルザムやゴメイザの活躍(すりこみ)もあるわけですが。(05.08.10up)

「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/