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終の朝 夕べの兆し

Vol.3「somnium」 3.不干渉

 食事を済ませて、さあ協会へという段階で、思い出したようにディアマンティーナが手を打った。
「あ、そうだ先輩。協会に行く前に寄り道しますね」
「どこに行く気だ」
 あまりにも白々しいその言い方に、少し強い声音で問い返すフェンネル。
 本人の容姿と相まって怖がられるのが普通なのだが、すっかり慣れてしまっている後輩は特に気にした様子もなく、ただ面倒なことを押し付けられたといった表情で答える。
「ちょっと挨拶に」
「挨拶だあ?」
 実際、彼女にとって面倒なことなのかもしれない。けれど理由には納得がいった。
 【学院】はいろんな国から魔導士が集まってきている。なので、卒業生に挨拶に行くというのは珍しい話ではない。相手が世話になった先輩ならなおさらだ。
 だが、続いての言葉は聞き逃せなかった。
「一応父の代理で」
「ちょっと待て」
 彼女はパラミシアの貴族だ。つまりそれは、国に関わってくる何かでないと言い切れない。
「良いんですか、貴女が行って」
 余計なことに巻き込まれたくないのはケインも一緒だったようで、うさん臭そうにディアマンティーナへと問いかける。
「良いも何も父からの言いつけですもの」
「国のお偉いさんとかじゃないだろうな」
「重要な人ではあるのでしょうけれど……ただの知人ですよ?」
 はっきりとしない言い方をわざと選んでいるのだろうか?
 しかし悲しいかな、問い詰めた程度で素直に言うような相手でないことはよく知っている。本当に隠したいのか、それともただの面倒臭がりのせいか。
 どちらにしても、不審をたっぷりこめて問いかける。
「で、誰に挨拶に行くんだ?」
「キリアン・デュラン」
 名を告げるとともに歩き出すディアマンティーナ。
 ケインとルビーサファイアは視線が合うと同時に首を振る。
 知らない名前だ。少なくとも魔導士内での有名人ではないのだろう。
 とはいえ、ここで足を止めていても仕方ない。
 また妙な相手に絡まれないよう、フェンネルたちは急いで彼女を追いかけた。

 時間帯がまずかったのだろう、人がやたらと多い大通りを南へ行く。
 人が常にぶつかり合う訳ではないが、流れに逆らうのは歩きにくいことこの上ない。
 先頭を行く後輩は気にも留めていないようなので、フェンネルは諦めて腕を引っ張って流れへ引き戻す。
 ちらと不満そうな目がこちらへ向くが、意図に気づいてか何も言わずに従う彼女。
 道行く人々の視線を集めていることも分かっているのだろう。
 店を開ける準備をしていた娘たちがケインを見て小さな歓声を上げ、すれ違う男たちはルビーサファイアに、あるいはディアマンティーナに目を留める。大抵はその後、同行しているフェンネルの姿を認めて目をそらすものがほとんどだが。
 細い通りへと入り、入り組んだ路地を行く。
 あまり治安の良くなさそうな方面へ行っている自覚はあるのだろう。ルビーサファイアの眉間にしわがよる。
 知り合った当初は表情の少ない相手だと思っていたが、そうでもなかったらしい。
 慣れてきたのか、はたまたディアマンティーナの行動が予想以上だったか。
 そんなことを考えていると、ディアマンティーナが足を止めた。
 古いけれどしっかりした作りの一軒家。そう大きくはないが手入れは行き届いているらしく、周辺の家に比べればこぎれいな印象を受ける。
 ディアマンティーナは迷いなく近寄り、ノッカーを鳴らす。
 コンコンと乾いた音が響くが反応はない。
「キリアンおじさま、いらっしゃる?」
 大きめの声で問いかけつつ、先ほどよりも強めにノッカーの音が響く。
「留守じゃないのか?」
「……このドア壊しちゃってもいいかしら?」
「やめなさい」
 物騒なことを言い始める後輩をなだめていると、扉が少し開いた。
「誰だ騒がしい」
 隙間から見えたのは、いかにも頑固そうな中年男性。眼差しは鋭いが濃い隈と表情に疲れがにじんでいる。
 もしかしたら寝起きなのかもしれない。どこかまだしっかりとしていない目でフェンネルを眺め、視線がディアマンティーナへと移る。
「おはようございます」
 どこか皮肉っぽい彼女の言葉を聞いているのか、男性の目が見開かれ、大きな音を立ててドアが開かれる。
「コゼット?!」
 心底びっくりしているのだろう、裏返った声。
 けれど呼ばれたのは知らない名前で、眉を寄せるフェンネルたちに対し、ディアマンティーナはにっこりと笑う。
「お久しぶりですキリアンおじさま」
「あ……ああ。ディアマンティーナか」
 そこでやっと男性――キリアンは気づいたように息を吐く。
 ほっとした反面どこか面倒そうなその表情に、自分たちと似たようなものを感じ取って、フェンネルもケインも思わず目が遠くなる。
「いやしかし……コゼットに似てきたな」
 しみじみとつぶやかれた言葉。
「コゼット?」
「母の名前よ」
「知人だ」
 先ほども出てきた名をルビーサファイアが呟けば、端的な答えが返る。
 言外に、何もここが似なくてもという思いが透けて見えて、ますますフェンネルたちの目が遠くなる。
 ということは、どちらかというと穏やかなガイウスが父似で、ルキウスとディアマンティーナが母似なのだろう。外面も、内面も。
「それで、今回はどうした?」
「父からこれを預かってきました」
「ほう?」
 ディアマンティーナが差し出したのは、淡い紫色の包みだった。
 相手に差し出したまま彼女は包みをほどく。
 中から現れたのは一冊の本。けれど見慣れた羊皮紙ではなく、表紙も厚くない。
 表紙は深い緑の色で、左側にクリーム色の長方形の紙が貼り合わせてあり、落書きのようなものが書かれている。右端が紐で括られた装丁を珍しく思うが、キリアンはそうでもないらしい。
 神妙な顔でうなずいて本を手に取り、ぱらぱらとななめ読みを始めた。
 めくられた拍子にわかった紙に目を見張る。
 フェンネルは見かけによらず秀才だ。机上の学問についてなら【学院】で並ぶものが少ない程度には勉強してきた自負がある。
 大陸有数の規模を誇る【学院】の図書館に入り浸っていたのだから、本好きでもある。
 けれど、あんな本は――紙は見たことがない。
 フェンネルが横目でケインとルビーサファイアの様子を伺えば、彼らも興味津々といった様子で本に視線を注いでいる。
 どこの国の本か見極めてやろうと思うものの、あいにくとヒントすら見つからない。
「では確かにお渡ししましたから。わたしはこれで」
 ぺこりと一礼し、さっさと背を向けるディアマンティーナ。
 雇主が出発を決めればついて行かざるを得ない。
 名残惜しそうに視線をよこしてルビーサファイアが後に続く。
 フェンネルも仕方なく礼をして踵を返し、足早に後輩へ追いついて問いかけた。
「なんだ、あの本?」
 その言葉に、ディアマンティーナは振り向いて意味ありげに微笑む。
「いいんですか先輩。知ってしまって?」
 怯んだわけではない。けれど即答はできなかった。
 そんなフェンネルを見てディアマンティーナはくすくすと笑う。
「うちはいろいろありますもの。本当に、いろいろ」
 知っている。彼女の家がどういうものか。
 明確には言われていないが、近寄るな踏み込んでくるなということだろう。
 ルキウスならはっきりと拒絶するのだろうが、ディアマンティーナは踏み込みたければどうぞという態度をとる。
「ああ、そうだな」
 そうして、フェンネルもケインも立ち入ろうとしないのはいつものこと。
 ルビーサファイアは一人不満そうな顔をしていたが、それでも口を開くことはなかった。