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終の朝 夕べの兆し

Vol.3「somnium」 4.口先は威勢よく

 用事を済ませたので、もう一度大通りへ戻って今度は北上する。
 ちょうど人波が途切れる時間帯なのか、先ほどに比べれば大分歩きやすい。
 なんとなく景色を眺めながら歩いていれば、目に入るのはこちらを見てひそひそと話している街の住人らしき姿。
 悪目立ちする自覚のあるフェンネルはともかく、他三人は気にした様子は見られない。
 自身の容姿が目立つことを知っていて慣れているからだろうか?
 フェンネル自身も普段はあまり気にしないのだが、今日の視線は何か違う気がする。
 少し慎重に観察してみれば、どこか怯えと嫌悪を含んだ表情。
 ――そういうことか。
 もれた自嘲の笑みにディアマンティーナが不服そうに問いかける。
「先輩? 聞いてます?」
 そういえば何か言っていたなと思いつつ素直に返す。
「ああ。全然聞いてない」
「もう!」
「協会が見つからないんだよ」
 むっとふくれてみせるディアマンティーナを抑えてケインが口を開く。
「は?」
 予想外のことを言われて周囲を見渡す。
 協会の位置は事前に下調べしていた。今いるこのあたりからなら見える範囲のはずだ。そう小さい建物でもないから見過ごすことはないと思っていたのだか。
「おかしいな。確かこのあたりだったはずだよな?」
「カフェ・フルールの向かいのはずだ」
「ここであっていると思うけど」
 人がまばらに見えるカフェを背にすれば、目の前には三階建ての大きな建物。
 けれどそこにかかっているのは商店の看板で、見慣れた紋章ではない。
「引っ越しでもしたか?」
「でしょうね、ちょっと聞いてみます」
 同意し、輪を離れたのはケイン。
 遠巻きにこちらを眺めていたご婦人に近づいて行って、にこやかに声をかけている。
「ケイン先輩がいると、こういう時楽ですね」
「確かにな」
 かすかに頬を染めているご婦人方を眺めて言うディアマンティーナ。
「フェンネル先輩、怖がられてますものね」
「あのなぁ、俺は女子供には手を上げないぞ」
「知っています、そう言われてるのは」
 棘のある言い方に視線を向ければ、にやにやとしたよろしくない笑い方をした後輩の姿。
「どういう意味だ? それは」
「剣できりかかってはきますよね?」
「……女にもいろいろいるだろうがよ」
「戦士とか魔導士とかですか? そんなの、昔の話でしょう?」
 呆れたように返すディアマンティーナにフェンネルは沈黙を返した。
 彼女が本気でそう思っているなら、これ以上口にするまい。
 撃たれるために余計なことを言う必要はない。だからこそ別の方へ話を持っていく。
「そもそもだ。お前、手加減されていいのか?」
「わたしの防御を破れなくて『手加減していたんだ』というのは、ひどい言い訳ですね?
 もちろん、先輩は勝負事で手加減する方ではないのですけど」
 またディアマンティーナはふふふと笑う。
「やるからには全力で。獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。
 敵対者は完膚なきまでに叩き潰す。フェンネル先輩はそういう人ですもの」
 他者からはそう見えるのだろうかと思いつつフェンネルは聞き流す。
 先の言葉は確かに彼に当てはまるのだろうが、ルキウスや言っている本人にも十分当てはまる内容なのだが。
「ねぇ先輩。
 先輩は『今』ちゃんと戦ってます?」
 妙に静かなその問いに反射的に振り向けば、裁定者の顔で笑っているディアマンティーナ。
 ケインと再会した時、彼に問われた内容と同じものを指していることにはすぐに気づいた。
「負けるつもりはねぇよ」
 答えになってない応え。けれどディアマンティーナはそれ以上追及せず、意味深な笑顔のまま思い出したようにケインへと声をかけた。
「ケイン先輩! ナンパは後にしてください」
 その声に、ケインは困ったような顔をしてご婦人たちへ別れを告げる。
 話題がそれたことにフェンネルはほっとした。……情けないことに。
 時間が少ないことは分かっている。手段はまだ見つけていない。周囲はもう気づいている。
 分が悪いことなんて、最初からわかっていた。
 どうやら情報は仕入れてきたらしいケインが先導して、大通りから一つ西のブロックへ移動する。
 ゆるゆると息を吐きつつ、フェンネルは考える。
 科学の台頭を恐れていたのは事実だ。あれらが広まれば、魔法は影へと追いやられるだろう。
 魔法によって救われる方法があったとしても失われかねない。
 それを恐れていたのだと、気づかされた。

「本当に……ここなの?」
「ええ、そのはず……です」
 不審そうなディアマンティーナに返すケインの声は堅い。
 町はずれのどう見ても古びた館。
 それなりに広さはあるものの、裏さびれた感は否めない。
 それでも一応協会の看板がかかっているので、完全に疑いきれないのだが。
 中途半端に開けられた門をくぐれば、荒れ放題の敷地が目に入る。
 長年打ち捨てられていた様子が嫌でもわかってしまう状況。
 思い立って門をもう少し開こうと力をかければ、軋んだ音がするだけでちょっとやそっとでは動きそうにない。
「お前、だまされたんじゃねぇの」
「なんであんなところへ行くんですかとは聞かれたんだけどね」
 遠い目をして答えるケイン。
 立ち尽くしてしまう男性陣と違い、卒業がかかっているディアマンティーナは埒が明かないとばかりにずんずん進んで、傷んだノッカーを叩いた。
「こんにちは。ここは魔法協会であっていますか?」
 何回か叩くと軋んだ音を立てて扉が開く。
 思わず身構えるくらい迫力というか雰囲気は満点だ。
「どちらさまですか?」
 疲れた様子で顔を出したのは、先ほど会ったキリアン氏と同年代くらいの男性。
 ここで出てきたのがキリアン氏のような容姿だったら、たぶん吸血鬼扱いされていただろう。
「こんにちは。学院の卒業試験で来ました」
「おやわざわざこんな遠くまで珍しい。さあお入りください」
 ディアマンティーナの言葉に男性は相好を崩す。
 そうすると先ほどまでの怪しさは消えて、途端に人の良いおじさんに見えた。
 豊かなブラウンの髪には白髪がちらほら見えるあたり気苦労が絶えないのかもしれない。
 そうして迎え入れられた中は、外よりかは多少ましだった。
 幾人かの魔導士がせっせと荷物を運んでいる様子から、引っ越しからまだそう日が経っていないように見えた。
 受付になるらしいテーブルへと案内され、ぱらぱらと名簿を繰りながら問われる。
「ではお名前をどうぞ」
「ダイ」
「ディアマンティーナ・スノーベルだ」
 後輩の発言を遮って告げる。案の定、彼女は不満そうに見上げてきた。
「先輩」
「偽名名乗るな。卒業試験だろうが」
 至極当然のことを言って、ふと気づく。部屋中の視線が集中していることに。
「スノーベル?」
「た、確かに紫眼」
 ざわざわとした声が広がり、次の瞬間爆発したように騒ぎ出した。
「こんな田舎にスノーベルが来るなんて!!」
「これでうちにもスノーベル立ち寄りの実績が!」
「ばんざーい!」
 大騒ぎする人々にケインがおずおずと問いかける。
「いや……全魔導士人口の三割占めるんだから、そこまで珍しいものでも」
「ここにも何人か所属してるだろ?」
 実際、学院にはスノーベル関係者がわらわらいた。
 彼のいうスノーベルが本家にほど近いものたちだけを言うなら別だが。
 妙に盛り上がっている連中は、結局ディアマンティーナが文句を言い出すまで騒ぎ続けていた。

 しっかりとしたマホガニーのテーブルに、刺繍の細かなクロス。すわり心地のいい椅子。本来、上客のみ通されるだろう部屋で、ディアマンティーナは供された紅茶を楽しんでいた。
 普通ならこういった雰囲気に圧倒されるものかもしれないが、ルビーサファイアは元宮廷魔導士で、フェンネルやケインは【学院】時代に使者としてお偉いさんへのお使いをさせられることが多かった。
 だからこそわかる。相手がディアマンティーナをかなり丁重にもてなしていることが。
 小さなノックの後に現れたのは、先ほど受付をしていた男性。
 もう一人後ろに銀の盆を持ったフェンネルよりいくつか上の青年が続く。
「先ほどはすみませんでした。ここの副評議長を務めているカンタン・トリルです」
 カンタンの合図で、青年が銀の盆から可愛らしい茶菓子をテーブルへ移す。
「はじめまして。ディアマンティーナ・スノーベルです」
 今度は偽名を使うことなく名乗るディアマンティーナ。
 ちらりとルビーサファイアが視線をよこす。
 表情に比べ、彼女の瞳はかなり雄弁だ。
 副評議長の位にある人が受付をするなんてと訴えている。
 挨拶が済んだあと再度ここに来た目的を述べると、簡単は困ったように青年へ問いかけた。
「君は学院の卒業試験、何をした?」
「え、昔のことなので覚えていませんよ?」
「何か適当な課題はないのかね?」
 本人たちは小声で言っているつもりなのかもしれないが、ばっちり聞こえている。
 ルビーサファイアに胡乱げな眼差しを向けられて、フェンネルもケインも思わず視線をそらす。
 塔がどんな感じか分からないが、少なくともこうではないのだろう。
 どうしたものだかと胸中だけで嘆息する。
 知らず、募ってきた焦りを押し込めるように。