1. ホーム
  2. Vol.3 1お話
  3. 終の朝 夕べの兆し
  4. Vol.3 1
終の朝 夕べの兆し

Vol.3「somnium」 1.繁栄 その代償

 改めて言うまでもなく、スノーベルというのは不思議な家だ。
 魔法協会の創始者を始祖に持つにもかかわらず、科学にも造詣が深い。
 科学者たちのパトロンを務めているとの噂も正しいようで、畏怖しながらも不信感を持つ魔導士は多い。
 科学者側からいえば、一番の壁が自分たちを応援しているという、よくわからない状況。
 それはつまり――どちらからも狙われる可能性があるということだとケインは語った。
「彼女を狙うのは魔導士が主だとは思いますが、先入観は捨てていた方がいい。魔道の祖スノーベルを煙たいと思っている科学者もいる」
 確かに彼の言っていることは間違いではないだろう。けれど。
「ちぃとばかり過保護じゃないか?」
「そう思うなら、君は貴族を甘く見てるよフェンネル」
 妙に重い声に視線をやれば、やりきれなさを含んだケインの横顔。
「そうだな。あいつら貴族だったな」
 今思い出したと言わんばかりにそっけなく呟けば、あれでもそうだとケインの同意が返る。
 フェンネルは貴族とは縁遠いが、もしかしたらケインは貴族とかかわったことがあるのかもしれない。
 彼は自身を魔導士だというが、実力からいえば召喚術士というほうが正しいだろう。それも、飛び切り優秀な。
 召喚術士は魔導士よりも小さなコミュニティに属しており、一般人の目に触れることは少ない。なぜなら、呪術師と同じで魔導士よりも金になり、権力の中枢にかかわる事態が多いからだ。
「あれでディアマンティーナはパラミシアの有力――いや大貴族の令嬢だ。政敵だったり外国だったり、敵は多いと思うから」
 ケインの独白を聞きつつ、面倒なことだとフェンネルは思う。
 これだから、本来なら就職先として一番望まれる宮廷魔導士なんぞになりたくないのだ。
 前を行く女性陣は華やかで楽しげなのに、後ろを歩く男性陣の会話はどうしてこうも重く面倒なのか。
「相変わらず心配性だな。あいつの防御がどんなもんかはお前もよく知ってるだろうに」
「知ってるよ。知ってるけど、ルキウスは危なっかしいし……ディアマンティーナは危ういから」
「危うい?」
 聞きなれない言葉に問い返せば、ケインはちらりとこちらを見やる。
 危なっかしいとか、トラブルを招くというのならわかる。けれど彼の口ぶりはそれらとは違うような印象を受けた。
「危ういよ。彼女がいつか言ってたろう?
 絶対の防御が欲しい、守りたいと思えるものを守れるようになりたい」
 それは半ば彼女の口癖のようなもの。性格に似あわず、防御に重きを置いた珍しい魔導士。
「彼女が『守る』と決めているものの中に、彼女自身が入っているのか――そう思うんだよ」
 勘違いであって欲しいとひしひしと伝わる言い様に、フェンネルは顔をしかめる。
 それは彼自身疑問に思ったことがある。伊達に兄代わりとして面倒を見てきた訳ではない。危ういところがあることは感じていた。
「せめて、この旅の間は僕たちが守ってあげよう」
 同意を求めるような言いぶり。拒否されるとは思っていない様子に、フェンネルは何とも言えない気持ちになる。
 フェンネルもケインもパラミシアの出身ではない。
 故郷に戻れば学院で得た人脈を利用しようと寄ってくる連中もいるだろう。
 何せ長男相続が原則の貴族において、スノーベルは魔導士として優れているかが当主の判断基準となる――あれだけの危険物を管理しなければいけないのだから当然ともいえるが――故に、次期当主と目されているのは長男のガイウスではなく、ルビーサファイアと同じく二重属性の二男ルキウス。
 彼に『お友達』扱いされているのはフェンネルとケインくらいだろう。
 そして、ルキウスに取り入ろうとする相手は、大抵ディアマンティーナにもちょっかいを出してくる。そのほとんどが手痛いしっぺ返しを食らっているが。
 そこまで考えてようやく思い当たる。
 この旅の間だけが、彼女に残された自由な時間と言えなくもないことに。
 スノーベルは数々の例外があるが、それでも貴族のお姫様だ。一昔前なら家から出ることすらほとんどない身分と言っていい。
 その前提に立てば、卒業試験を言い訳に遠くへ行ってみたかったのかと、いじらしくも思えるから不思議だ。実際は本人が口にしたように後追いが嫌なだけだろうが。
「ケイン」
 だからこそ、フェンネルはあえて言う。
「お前の人の好さは貴重だが……あいつらにはその情けをかけてやる必要ないぞ?」
「君が言えた義理かい?」
 心底友人を思っての発言は、なぜか呆れ顔で返された。

 キーオーンの隣国フリスト。ここ数年で科学が一気に発達した国。
 そして――古くからのパラミシアの敵対国。あるいは、故に科学に傾倒していったのかもしれない……それほどに、この国では魔導士の待遇がいいとは言えなかった。
 国境近くの町から汽車に乗り込み、第二の街ザントフルスへと向かう。
 この国といいキーオーンといい、首都に協会が置かれなくなったこと自体が、魔法の凋落を表しているかのよう。
 向かい合ってぺちゃくちゃとおしゃべりを始めれば話はいろんな所へ飛んでいく。
 街の印象や汽車の乗り心地、嫌な上司や教師に思い出などなど。
 そんな中で、思い出したようにディアマンティーナが不思議そうに斜め前に座るケインに問いかけた。
「ケイン先輩もついてきてくれるとは思いませんでした」
「後輩だし、暇だしね」
 本音は違うのだろうがケインはそうやって笑う。
 数多の女子を虜にした笑みを受け流して、彼女はつまらなそうに言う。
「本当暇人が多いのね、そんなに暇なら学院に残って研究していればよかったのに」
 ちらりと横のフェンネルを見ることも忘れない。この後輩は先輩をなんだと思っているのだろうか?
「反論できないな」
「そうよ、時間は有限なんですからね。やりたいこと全部できるほど時間は余ってないんですよ」
 困ったように笑うケインに言い聞かせるようなディアマンティーナ。
 だからこそ、いつも忙しそうにしているのかとフェンネルは半ば微睡みつつ思う。
 学院時代からルキウスもディアマンティーナも様々なことをして――時にしでかしていた。さながら、泳ぎ続けていないと死んでしまう魚のように。
 一人黙々と進み続けるならまだ可愛らしいが、フェンネルに向かってまだそこにいるのか、みたいな顔をして追い越していくため、腹立たしいことこの上ない。
 そこでむきになって追いかけて追い越して、また追い抜かされてを繰り返したからこその、腐れ縁なのだが。
 魔法協会の科学導入にしてもそうだが、炊きつかせるのがうまい一族なのかもしれない。
 そんなこと思いながら、彼はいつしか眠りへと誘われていた。

 汽車に乗って丸二日、ようやくザントフルスへ到着した。
「ようやく着いたな」
 固まってしまった体をほぐすようにのびをするフェンネル。ケインもディアマンティーナも顔に疲れの色が濃い。
 一人涼し気にしているのはルビーサファイアだが、彼女の場合は顔に出にくいだけだろう。
「早く宿とりましょ。疲れたし、気持ち悪いわ」
「確かに空気が悪いな」
 ほとほと疲れ果てた様子のディアマンティーナに同意するルビーサファイア。
 流石に第二の都市というだけあって栄えている。大通りには人も馬車も行き交い、ガス灯も整備されている。
 けれど、ルビーサファイアが言うようにどことなく景色がかすんで見える。あちこちの煙突から上がる煙のせいだろうか。
 とにもかくにも休む場所を探して足を進める。
 馬車の交通に耐えられる石畳はしっかりとしていて、建物も重厚的。遠く見える森の乏しさがアンバランス……いや、そうとは言えまい。
「森が小さくなっている……のは気のせいじゃないでしょうね」
「伐採してんだろ。山も禿げてるし」
 不自然さに呟いたケインの言葉を拾って、フェンネルが遠くの山をしめす。
 黒々とした木々が生えているとうたわれていたグラウツィンの山々は、今やまだらに茶色くなっている。
「景観も悪くなったけど、あれじゃあすぐに崩れそうね」
「どういうことだ?」
 呆れたようなディアマンティーナの物言いに、こういうことには詳しくないのかルビーサファイアが問いかける。
「うちの方、結構雨は多いんです。木を伐採して、土だけになった場所に雨がたくさん降ると土砂が流れ落ちてきたり、崩れたりで大変なの。
 ここがどれだけ雨が降るか分からないけれど、父さんが見たら絶対冷や冷やするわ」
 肩をすくめて返す彼女に、納得した様子でルビーサファイアは手を打つ。
「そういえば戦の後も災害がひどかったな」
「木を燃料に使ったり、魔法で燃やしたりするものね」
 うんうん頷きつつディアマンティーナは言葉を続ける。
「そんなにすぐ生えてこないのは分かってるのに、切ったら植えるって発想ないのかしら?」
「ああ、確かに植えれば十年か二十年か後にはちゃんと木になるか」
「木の種類にもよりますけどね」
 言い捨てて彼女はまた面倒そうに歩く。
 変わっている。それが、大体の人間がスノーベルに抱く感想。
 発想がそこいらの人間と違う……というより、見えているものが違うのではと思われている。
 そういった感想をフェンネルもケインも持っていたが、改めて妙な奴だな、と思った。
 もちろん、ルビーサファイアも然り。