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終の朝 夕べの兆し

Vol.2「progressus」 7.迷う暇などない

「誤字脱字なし、内容も……まあ返されるほどじゃないだろ」
 ばさりと羊皮紙の束をテーブルに置いて、フェンネルは大きく伸びをする。
 買い物に行ってくると言った二人はまだ帰ってこない。
「普段からこのくらい綺麗に書いていれば良かったのに」
 どこか悲しげに言うのはケイン。彼女の癖字を判読していた学院時代を思い出したのだろうか。
 こちらはフェンネルと違い丁寧に置いて、ばらけた羊皮紙をまとめて整える。
 とんとんというやさしい音に紛れるように、諦念の籠った声がはさまれた。
「どうしてまだ持ってるんだ?」
 問いかけの形をとった咎めに、フェンネルは露骨に顔をゆがませる。
 返答は、しない。
「それは人を蝕むものだろう」
 こういう時にこんな話題をふってくるケインの方が悪いのだからと思って。
「フェンネル」
 窘めるように呼びかけられて、フェンネルはようやく視線をケインへと向ける。
 眉をきりりと吊り上げてこちらを見ているケインは睨んでいるつもりなのだろう。
 まったく迫力はないが、怒っていますという意思表示は見て取れる。
「どうしてまだそれを持っているんだ」
 苛立ちと心配、そしてある種の諦念を混ぜた声音。怒っていると思わせたいだろうに、心底相手を心配しているとしかとられない眼差し。
 何を指しているのかは改めて言われなくてもわかる。よく、知っている。
「どうしてって言われてもなぁ? 一応、家宝で引き継いだものをそうそう手放せねぇだろ」
 ぼりぼりと頭を掻いて、さも当然のように言い放つフェンネル。
 見る間にケインの唇が噛みしめられ、視線が鋭くなる。が、やはり迫力はない。
「君は……」
 跳ね上がりそうになる声量を抑えているためか、変わった発音で言いかけて、真っ直ぐに視線を合わせた。
「死ぬつもりなのか?」
「ンな訳あるか。ねーよ」
 問いかけはシンプルで、けれど彼の常にはない重さでなされた。
 あいている左手でフェンネルは腰に佩いた剣をなでる。
 この魔剣は人の命を奪うという。ただの伝説ではないということは、フェンネルの祖父や父が証明している。
「じゃあどうして手放さない」
「負けるのは嫌いでね」
 打てば響くように帰ってくる答え。はくはくと口を開くもののそれ以上ケインは何も言わない。
「こいつを従えれば俺の勝ち、負ければ死ぬ。簡単な勝負だろ?」
 軽く答えるフェンネル。
 これを受け継ぐときにもさんざん言われたことだ。
 親戚連中からはさっさと処分してしまえと詰られた。
「フェンネル」
 呼びかけに顔を上げる。また考え直せなどというのだろうかと予想したが。
「勝つ気はあるのか」
「……ああ」
 間が開いてしまったのは仕方ない。
 勝つ気はある、が、方法がわからない。手がかりすら――ない。
「なにか、わかった気がする」
「はぁ?」
 疲れたような声を出すケインに訳が分からず問い返せば、彼はちらりと視線をよこした。
「君がディアマンティーナといる――いや、彼女が君のそばに来た理由」
「ああ?」
 たまたまそばを通った男性がびくりと肩を震わせる。ひどく人相が悪い彼が機嫌悪そうにするのは、そこらのチンピラより性質が悪い。
「彼女が何か、君も良く知ってるだろう」
「……防御魔導師」
 常々本人が口にしていることを返す。
 ――面白くない。
「本人の意思はもちろんだけど、案外ルキウスも唆したとか? 君と同じく負けず嫌いだから」
 そんな訳があるかとはねつけられないのが悔しい。十分にありあえる話だからだ。
「人の勝負に割って入ろうたぁ無粋な奴だな」
「せっかくの機会だから、くらいに思ってるんでしょう。彼女は」
「心当たりがありすぎてなんとも言えねぇ」
 何よりも気に入らないのは、あの兄妹はそろってフェンネルが負ける可能性が高いと見積もっているらしいこと。
 確かに天下のスノーベルなら呪いへの耐性もフェンネルよりあったっておかしくないが。
「よっぽどのんびりしてみえたんだろうよ」
「あいつから見てか」
 それは大変だ。マイペースの塊のようなルキウスにのんびりしていると見られているとは。
「目標がなくなった、というか」
「なくしちゃだめだろう! 君の場合!!」
 何気なく発した言葉に噛み付くケイン。これは先ほどの話に戻ってしまったらしい。
「あれは目標つーより、やって当然のことだろ」
「のんびりしすぎなんだ!」
「私もだ」
 ケインの叫びに重なる涼やかな声。
「先生がなくなって、何をすればいいのか、何をするべきなのかわからなくなった。
 だから、旅にでも出てみれば何かわかるのかと、思ったんだ」
 悲しげな独白。
 物語ならここで慰めなり何なりが入るのだろうが。
「いたのかルビーサファイア」
「いた」
 呆れたような声にきっぱりとした応え。
 さらに後ろから可愛くない後輩の声がかかる。
「フェンネル先輩ってば、またケイン先輩に無茶言ってるんですか?」
「どうして俺を疑うんだお前は」
「ケイン先輩は巻き込まれる方だけど、フェンネル先輩は巻き込む方でしょう?」
「お前が言うな!」
「フェンネルもいえないけどね。おかえりディアマンティーナ、大量に買ってきたね」
「要るものですよ。携帯食とか」
 袋の中身を見せて、彼女は首をかしげる。
「先輩方、レポートどうでした?」
「まあ大丈夫なんじゃないか」
「いつもこういう字で書いてほしかったな」
「なら大丈夫ですね」
 持っていた袋をフェンネルに押し付けて、ディアマンティーナはレポートを抱える。
「じゃあこれ提出して、はやく出発しちゃいましょう?」
「は?」
 あまりに急な話に思わずフェンネルは問い返す。
「お前、今、なんて言った?」
「提出したら出発です。立ち止まってる時間なんてないんですから」
 レポートを両腕で胸に抱える姿は可愛らしいが、しっかと踏みしめた足はとても力強い。
「あと二箇所回らなきゃいけないんですからね。兄さんが行ってない協会って、あとは遠いところしか残ってないんですから!」
 不敵に笑い、返答も聞かずに踵を返すディアマンティーナ。
 そういえばと足元を見れば、ご丁寧にフェンネルの荷物までもが置かれていた。
 朝に出かけたときから持って出ていたということか。
 フェンネルが後からついてくることを疑っていないのか、ずんずん進むディアマンティーナ。
 ルビーサファイアはすでに自身と彼女の荷物を持って並んでいる。
 仕方ないと、押し付けられた荷物を持ってフェンネルは立ち上がる。
 一応護衛はしないといけないので、ついていかねばならないのは確かだし。
 足元に残されたままの荷物を手にしようとする前に、それは他の手にとられ持ち上げられる。
「なんだ? 持ってくれるのか?」
「久しぶりにルキウスに会うものいいかもなって思って」
 女性相手なら間違いなく黄色い声を浴びるだろう笑顔を向けられて、フェンネルは面白くなさそうに笑う。
「おいおい本気か?」
「クレアも大きくなったろう? きっと美人になってるだろうし」
「そっちが目的か」
 ディアマンティーナの義妹の名を出し笑うケイン。フェンネルもそれ以上は追求しない。
 なんとなく気持ちは分かる。
 懐かしくなってしまったのだろう。ケインもフェンネルも。
「それに、ディアマンティーナだって、黙ってれば目の保養だし」
「女好きは相変わらずか」
 喉の奥で笑って、遅いと騒ぐ後輩へと足早に近づいた。