1. ホーム
  2. 恋情歌お話
  3. どこかとおくで…
  4. 恋情歌
どこかとおくで…

恋情歌

 だんだんと空の色が薄くなって、高く感じられるようになると、妙に物悲しい気持ちになってくる。
「秋深き 隣は何をする人ぞ」
「松尾芭蕉か?」
 思わずついて出た言葉に、耳ざとく反応たのは氷火理。
 落ち葉を掃く手をとめて興味深そうに眺めてくる。
「なんだ、昴は文系か?」
「有名な句だから知ってるだろう?」
 苦笑して答える。
 この句と『古池や』で始まるアレは有名だ。
 清だって中学生だから知ってるだろうに。
「なら芸術の秋というし、一句どうだ?」
「えっ 詠むんですか」
 いやそうな顔で清が心持身を引く。
 確かに、急に詠めといわれて詠めるものでもない。
「よし、まずは清。行ってみよう」
「あーもう、こういうときいっつも僕にふるんですから」
 ぶつぶつ言いつつも考えてはいたらしい。
 指を一本立てて、どうだといわんばかりに発言した。
「クリスマス。にぎやかさの増す繁華街」
「字余り」
 間髪いれずに氷火理が続けば、呆れ顔の環が問いかける。
「っていうか、それ俳句なの?」
「季語は入ってますよー。クリスマスは間違いなく冬でしょー?」
「いや……そうだけどね?」
「じゃあ次は環さんですねっ」
 言われて今度は環が口ごもる。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
「それ俳句じゃないです。平家物語でしょう」
「あはは。わかっちゃった?」
「つれづれなるままにひぐらし。硯に向かいて」
「氷火理さん、それは徒然草!」
「作者は?」
「へ?」
 急な切り返しに清は目をぱちくりとさせる。
「えーと……吉田兼好?」
「答えが出るの遅いぞ、受験生」
「何勉強してたのかしらね、受験生」
「うわー、ふたりして僕いじめるー。自分たちが詠みたくないからってー」
 ぶーぶーと文句を言う清に対し、氷火理はけろっとした顔で言い放つ。
「私は別に自分で詠めとは言ってないぞ?」
 思わずみんな絶句した。
 確かに言ってはいないかもしれない。でも、言ったも同然だと思う。
「氷火理さんってすごいですよね。あらゆる意味で」
「そうか?」
「「そうです」」
 子ども二人にそろって言われて氷火理は困惑してるけど、確かにすごいと思うよ。
 おれも。
「じゃあ環。百人一首でも万葉集でもいいから覚えてるのを一首」
「『願はくば花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ』でいいですか?」
「西行法師ですよね。
 でも、花って桜のことですよね? 如月って二月でしょ?
 ちょっと時期早くないですか?」
「清君。『旧暦』って言葉、知ってる?」
「昴さーん二人がいじめるーッ」
「いや、今のはちょっとフォローできないかな?」
「昴さんまでッ」
 ひどいとオーバーアクションする清の頭を軽く小突いて離させる。
 受験生でこれを知らないっていうのはまずいだろう。
「では私は『誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに』だな」
「え。なんですかそれ」
「百人一首だ」
 さらりと言う氷火理。
「学生時代に一人十首は暗記させられたんだ。
 しかも発表日は一人二首ずつ発表させられたんだぞ?
 同じ首を言うのはだめで、後になるほど不利だったな」
 おれも百人一首に詳しいわけじゃないからわからない。
 そんなに見られても困るんだって清。
「最後は昴!」
「あー」
 正直古文は苦手だったからろくに覚えてないんだけど。
 思い出した歌はある。だけど、今それを言っていいものか?
 いや。
 意味がわからなければかまわないだろう。
(やまと)は国のまほろば たたなづく青垣 山隠(やまごも)れる 倭し うるはし」
 案の定三人ともわけがわからないといった顔。
「誰の歌ですか」
「日本武尊」
「ヤマトタケル?」
 おいおい。そんな不思議そうな顔をしないで欲しいな受験生。
「古事記。知らないか?」
「みんなしていじめるーっ
 どうせ僕は国語苦手ですよ、志望校もイエローゾーンですよー」
 いじけてしまった清を環がなだめてうまく仕事へと向かわせてくれる。
 意味を聞かれなくてほっとしたところに、楽しそうな氷火理の声。
「ずいぶんと情熱的な恋の歌だな?」
「は?」
 怪訝なおれには答えずに、さて続き続きとかいいながら離れて行く彼女。
 恋の歌って……
 ふともれたのはため息ではなく、苦笑。
「うん、確かに。恋しくてたまらないよ」
 帰ることなんてできないとわかっているから、尚更。

恋愛ものだと思った方にまずごめんなさい。
「どこかとおく」に連れてこられて。もとい迷い込んで。
故郷を想うその気持ちは、十分「恋しい」ものだと思います……(く、苦しい)

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/