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月の行方

甘い毒

 暗いくらい闇の中。地下牢とは、今の自分に相応しすぎる場所。
 格子の向こうからきつく睨みつけてくるレグルスを見下ろしてぽつりと呟いた。
「もう、どっちでもいいの」
 案の定、不思議そうな顔をするレグルス。
 罵られると思っていたんだろうか?
 私の思いを利用したレグルスに腹は立っても、別に恨むまではいってない。
 何より恨んでいる者は、別に居るのだから。
 視線の問いかけに後押しされて、独り言のように返す。
「私がここから降りるのが先でも……星家が滅ぶのが先でも」
「昴ッ」
 慌てたように言うレグルスに、くすくす笑いながら返す。
「そうなったら貴方の名前は一生歴史に残ることになりますね。
 国を滅ぼした張本人として」
 私のこの座から追い落とし、後星候補の姫を亡き者にし、現さまを即位させようとした、逆賊。
「それらの罪すべてを、貴方が背負う事になるのです。レグルス」
「……乱心されたかッ」
 自分の罪よりも『星家が滅んでも』発言が気に入らなかったらしい。
 だけど、そんなものどうでもいい。
「乱心? 心など、随分前に壊れてしまった」
「昴っ」
「この家が滅んでも、民は北斗が導くでしょう。
 そしてまた……この国の民(故郷に戻れぬ者たち)が増えていく事になる」
「な、に?」
 不思議そうなその声。仮にも星家の血筋だというのに、彼は知らないのだろうか?
「何故そのように不思議そうな顔をされるのです?
『昴』が何のために在るか、お分かりでしょう?」
 つと離れて、洞窟の壁に軽くもたれる。
 壁に触れている手。少し力を入れると壁が透けて手がめり込む。
 レグルスの目が見開かれた。
「この世界は、とてもとても不安定なのです。
『ほかの世界』に比べ、その境界はとてもあやふやなもの。
 故に、迷い込んでくるものが後をたたない。
 ――『我ら』の祖先のように」
 帰りたくても帰れない。仕方なくこの地で生きた人々。
 それが『我ら』の祖先たち。
「マレビトを帰せる存在。それが『昴』。その血に連なる女たち。
『帰ることが出来なかった自分たち』の代わりに、迷い込んだ者たちを帰す。
 そうして心の均衡を取るもの。
 ……感じるでしょう? この場所では。とても強く」
 沈黙が落ちる。そうすればとても簡単に聞こえる数多くの声。
 知らない声で。
 ――知っている声で。
 周り中から。
 ――自らの内から。

 噴き出してくる、望郷の念。

『帰りたい――あの家へ。
 返りたい――あの頃へ。
 還りたい――あの国へ。
 かえりたい――あの場所へ。
 カエリタイ――家族の元へ』

 飲み込まれそうになるほど、強い思い。
「この国で生まれ、この場所で育ち。
 ほかに帰る場所などないというのに……」
 振り仰いだ天井はやはり暗く、導は見当たらない。
「分かってしまうのですよ。これらの思いは、母のものでもあるから」

『慎ましく小さな、あの家へ。
 四人で仲良く暮らした、あの頃へ。
 日の沈まぬ夜のあった、あの国へ。
 穏やかな村人達と暮らした、あの場所へ。
 両親と双子の兄。私の愛する家族の元へ』

 遥か昔の思いに共鳴し、それを慰めるためだけにここに在る。
 それこそが昴の役目。
 知らなければ、淡々とこなす事が出来たろうに。
 ここに彼を閉じ込めておけば、この感情はますます押さえつけられなくなるというのに。
 抗えぬ甘い誘惑。
「私をどうするつもりだ」
「どうもしませんよ? だって、ずっと貴方が好きでしたから?
 まだ小さなわたくしに、花をくださったでしょう?」
 ただ、誰にも渡したくないから。だからここに押さえつけておく。
「でもレグルス。
 愛は、簡単に憎しみに変わるものですよ?」
 その言葉だけを残し、私はまた『昴』に戻る。

どこかつっきってしまった昴・明。最後の一幕のお話です。
レグルスと明の決着は……つくようでつかない。誰も触れないお話になります。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/