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  4. 100のお題:指令編 081~090
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081:胃薬を飲め。

 清潔な白に彩られた室内。
 ため息をつきたいのをこらえて、出された包みを開いてそれを飲み下す。
 粉薬は口の中でじんわりと広がって後が引くのがいただけない。
 水をごくごく飲んで、その後味の悪さを押し流す。
「なんっか親父くさいわよ?」
 この場にそぐわしくない声が響く。
「誰のせいだと思ってんだ」
 力なく返すも当の本人はそ知らぬ顔。
 胃薬くらい飲んでおかないと体が持たない。
 護衛がいないというのに、何でこの姉はわざわざ学校にまで来やがるのか?
 居心地悪そうなアポロニウスにも責任はあるが、ああもう頭まで痛くなってきたっ
 いっそのこともう早退してやろうかとか考え出すシオンだった。

082:手をつなぎなさい。

 とにかく帰れ今すぐ帰れさっさと帰れ。
 容赦ない弟からの帰れコールに、帰る代わりにと姉は条件を一つ出した。

 先を行くのは楽しそうなコスモス。
 彼女に引かれるようにして歩くのは不機嫌丸出しなシオン。
 生温かいまなざしをむけつつ、その後ろに続くアポロニウス。
 正門まで送ってくれたら帰ると宣言したコスモスに律儀に付き合っているシオンだが、どうしても納得がいかないことがある。
 引っ張られているのは自らの右手。引っ張っているのは姉の左手。
「何で手」
「指令の一環でしょ? 手伝ってやってるのに、なにその言い草」
 文句は言っているものの、どうみてもコスモスの表情は楽しそう。
 一方のシオンは何が嬉しくて姉と手を繋がなきゃならないんだとごく普通の事を思っている。
 諦め切れなくて文句をいおうと口を開いた瞬間に、コスモスがしみじみと呟いた。
「おっきくなったわねぇ」
「何をいきなり」
「だって昔はよく繋いでたでしょ?
 手が大きくなったなあって思って当然じゃない?」
 そういうものかなと思って昔を思い出す。
 確かに小さな頃は姉に連れられてあちこち行った。
 そんなときは迷子防止のためにずっと手を引かれていた。今みたいに。
 子供のときの六歳の差は大きい。
 そう、いつもいつも姉の手は大きくて。
 今は同じくらいかな。
 繋がれたままの手を見て思う。
 ねえちゃん結構手、おっきーよな。ってか俺が男の割りに小さいのか。
「小さくなってたら変だろーが」
「それはそうだけど」
 ぶすっとして言えば、かわいくないなぁと返された。
 振り向いてムッとした表情をしたものの、コスモスは通りの向かいに何かを見つけて目を輝かせる。
「アイス屋さんだっ
 シオン食べる? 買ってあげようか?」
「……ガキ扱いすんなッ」
 それにまだ授業中だああっ
 そう叫んでシオンは姉と部下とを校外へ蹴りだした。

083:栽培せよ。

 そこにはたくさんの植木蜂やプランターが置かれていた。
 赤い色のアマリリスに青紫の桔梗。真っ白なガーデニア、えとせとら。
 その光景を目にして瑠璃は感嘆の声を上げる。
「すごいっすねぇ」
 PA内部のとある温室。
 普通なら魔道の研究に使う薬草の類が栽培されている事が多いのだけれど、ここはごく普通に花屋で売っているものが栽培されている。
 いやいや、売っているから実験に使わないという事はないかと思い直して持ち主に聞いてみる。
「これだけの花のお世話、大変ッスねぇ賢者様。
 やっぱり何かに使われるんすか?」
「いいえ。ここにあるのはただの観賞用ですよ」
 青いじょうろを片手にほんわかと返すのは銀の髪の賢者様。
 PAお仕着せのローブの上から白いエプロンをつけてせっせと草木の世話をしている姿は、とてもじゃないが世界で四名だけが得られる称号をもつ人には思えない。
 ま、この方の場合見た目が若いというか……幼いというか。
「お一人でお世話されてるんすか?
 誰かにお手伝いの方とかいないんすか?」
 瑠璃の問いに賢者は困った顔で。
「皆さんお忙しいのに邪魔できませんよ。
 それにこの温室自体預かりものですから」
 預けた事を忘れられてなければ良いんですけどとか呟いて、瑠璃を手招きする。
 呼ばれて飛んでいってみれば、鉢に入れられたサボテンを見せられた。
 よく見れば蕾がいくつか。
「サボテンの花っすか?
 ボク見たこと無いッス。どんな花が咲くんすか?」
 瑠璃の無邪気な言葉に得意そうに賢者は答える。
 くどいようだがそこに威厳というものはまったく感じられない。
「ただのサボテンじゃないんですよ。これ、月下美人なんです」
「月下美人なんすか?! うわー咲いたところ見てみたいっすねぇ」
「咲きそうになったらお知らせしますね」
 そうして人外コンビの朝はのどかに過ぎていった。

084:愚痴につきあえ。

 一方、蹴りだされた方のコンビはというと。

 最近ディエスリベルにも進出してきたコーヒーショップ。
 大きなガラス窓越しに通りが良く見える位置に陣取ってコスモスは文句を垂れる。
「昔は可愛かったのに最近ほんとに可愛く無いッたら!
 聞ーてるのアポロニウス!」
「ああ聞いてる聞いてる」
 そういうもののアポロニウスは上の空。
 先ほどからずっと苦戦しているその相手はコーヒーミルク。
 どうやって開けるのか分からないらしい。
 ミルクを引っ手繰り、彼の分のコーヒーに入れてやる。
 愚痴というものは相手がちゃんと聞くから意味があるのだとコスモスは信じて疑わない。
 注文したカフェラテで喉を潤しつつ、今度はちゃんと聞いてることを確かめて言い募る。
「薄も薄で人を小ばかにして見合いだの結婚だのを勧めてくるのよ?!
 ってゆーか相手の筆頭があんたなんだけどね。
 確かに興味ないって言ったらウソになるけどッ 余計なお世話だって思わない?!」
 エキサイトしたコスモスに指を突きつけられて、アポロニウスは渋面を作る。
「ならそういう口実を与えなければいいだけだろう?
 なんでまた私に愚痴るんだ。口実をやるだけじゃないか」
 そう言いつつ突きつけられた手をどける。
 アポロニウスの対応にむっと眉を上げるものの、あまり騒ぐと周囲に迷惑になると思ったか、音量を大分落としてつまんなそうに言い募る。
「シオンじゃ愚痴になんないし、梅桃ちゃんは相手にしてくれないし。
 楸ちゃんは薄と一緒でそーいうのを求める事自体が間違ってるし。
 むしろ面白おかしく騒ぎ立てられるわね」
「それは分かる気がするな」
 コスモスのもっともな意見にはアポロニウスも同意する。
 あの子は、とにかく自分が面白ければいいやという子だろう。
「でも一番問題なのは姫かなぁ」
 こくこくとカフェラテを飲んでため息をつくコスモス。
「師匠が何かしたのか?」
「花嫁衣裳縫ってる」
 予想外の返答に応えに詰まるアポロニウスに対し、カップを握り締めたままにコスモスは独白する。
「元々はかーさんが『コスモスちゃんの花嫁衣裳は手作りがいいわねぇ』とか言っててね。
 でもかーさんって裁縫が大の苦手なもんだから、姫に自分の代わりに作ってとか言ってたらしいのね」
「そ……そうか」
 とりあえず相槌打つので精一杯。
 誰か他にいい対処法があれば教えてくれと思いつつ、気休めにコーヒーを飲む。
「それはそれは淋しそうに『コスモスさんもお嫁さんになる日が来るんですね』とか言われるし。かと思えばあの笑顔で『もうすぐ着ていただけますね。頑張って綺麗に仕上げますね』なんて言われるのよ?
 なんかあたしが悪いみたいじゃない?!」
「師匠そうやって無意識に人を追い詰めるからな」
 うんうんと頷きつつ応じるアポロニウス。
 教えを請うていた……いる身として、敵対するものに策を弄していた事を知っている。
 が、身内に対してはそんなことはしないこともよく知っている。
 悪意が無いから余計タチ悪いとも言えるが。
「そーなのよ天然なのよ。悪意ありまくりならまだしも、ほんっきで素なのよ……」
 同じことを思っていたようで、コスモスの言葉にも力がない。
 しばしの沈黙。
 何故か同時にカップを傾け息をつく。
 と、視線が交わる。双方共に疲れの色が濃い。
「愚痴、付き合ってくれる?」
「……私も愚痴言って良いか?」
「どーぞどーぞ」
 そうして某コーヒーショップにて、第一回・愚痴吐き大会が執り行われる事になった。

085:マグカップを買おう。

「ん~」
 唸りながらコスモスは商品棚を眺める。
 場所は先ほどと同じコーヒーショップ。
 睨むようにしているのはタンブラーとマグカップ。
「どっちがいいかなぁ」
「買うのか?」
「うん。だってあの部屋にあたし専用のマグカップないし」
「……あってどうするという気もするが?」
「気にしちゃ負けよ」
 会話をしている間もコスモスの視線は動かない。
 そう。これは重要な事なのだ。
 ロゴの入ったシンプルなものにするか、それとも地域限定の柄の方にするか。
 マグカップのサイズは同じだから結局は好みの問題なんだけれど。
 ロゴの方はここのチェーンならどこでも買えるけど……
 しばし考え、店員を呼ぶ。
「すいませーん。このマグカップ両方下さい」
「……おい」
 十分近く悩んでそれかと言いたそうなアポロニウスに笑顔を返す。
「何も一個だけ買う必要ないのよね。
 予備にしてもいいし、お土産にしてもいいし♪」
 商品を紙袋に入れてもらい、楽しそうに宣言した。
「よーし今日は羽根伸ばすぞーッ」
 その宣言に、深い深いため息が疲れたことはいうまでもない。

086:奪え。

 一見和やかなその風景。
 しかしそれは、一つの音によって破られる。
 その瞬間よりこの地は弱肉強食・強者の理が支配する場となる。
 誰もが他人を警戒し、隙を見せれば終わってしまう。
 そんなことは分かりきっていたというのに……
「隙あり!」
「ああっ」
 言葉と共にやってきたそれは瞬く間に一番の……そう、一番一番楽しみしていたおかずを奪っていった。
 一口サイズのそれをこれ見よがしに笑顔で頬張る犯人・楸。
「ん~。ほくほくさくさく。
 やっぱりアウスのコロッケは美味し~♪」
 弁当は手作りするシオン、コンビニで購入する楸や梅桃。
 そして、美味しいと評判だが売り切れも早い購買で購入するカクタスに分かれていて、一番の被害者は見ての通り。
「橘! 人のおかず盗るなよなッ!」
「のんのん。
 これも指令の一環です~」
 滂沱の涙を流すカクタスに対し、楸は得意げに返す。
 そうして楸に文句を言っているからカクタスは気づかない。
 彼の弁当がちょっぴりずつ減っていっている事実に。

087:発見せよ。

 発見というからには何かを見つけなければいけない。
「な・に・か・いいの・あるっかな~?」
 口笛吹きつつご機嫌に人のカバンをあさるのは、コイツ以外いないだろう。
「梅桃ちゃんのカバンは何が入っててもなんか怖いし、しーちゃんのは面白味ないし。
 やっぱり狙いはかー君だよねぇ。
 イケナイご本とか出てきたら思いっきりいじり倒せるけど♪」
 相変わらずな言動をしつつ、カバンの中身を全てひっくり返し。
「あれ」
 それを見つけた。
 普通なら気づかなかったろう。
 暗い色のノートに上に落ちた一本の髪の毛。それは雪のような白い色。
「姫の髪の毛……な訳ないよね。短すぎるし」
 手にとってムーと唸ってみても分からない。
「ってか橘何してくれてるんだッ」
「漁ってる~♪」
 持ち主のご登場にもまったく動じず、にこやかに返す。
 言っても無駄だと思いつつ、それでももう少し何とかならないものかと天に祈って、カクタスはぶちまけられた中身を拾う。
 そうしてカクタスが前かがみになると、丁度彼の頭が楸の目の前に来る。
 それで気がついた。
 金色の彼の髪。先ほど見つけた髪の毛と同じくらいの長さの、それ。
 緊張しつつ観察すると、判別しにくいものの……見つけてしまった。
「……なんだ?」
 急に肩をぽんぽんと叩かれて不信な眼差しをむけるカクタス。
「んーん……ただ、苦労してるなって」
 お前が言うか。
 その一言は、何とか音にせずに済んだという。

088:クレーンゲームに挑戦。

 うるさい。
 耳を抑えつつアポロニウスは店内を行く。
 彼を引っ張るコスモスも最初はうるさそうにしていたが、今は特に気にした風もなくいろんなゲーム機を覗き込んでは笑っている。
「いろんなのがあるわね。
 ゲームセンターって話にしか聞いたことなかったから、一度来てみたかったのよね♪」
「それはよかったな」
 ひとまず同意をしておいて、先を行くコスモスを呼び止める。
「で、いつまでここにいるんだ? いい加減耳が痛いんだが」
「これだけいたら慣れないかな?
 でもね『クレーンゲームに挑戦』っていう指令があるのよ。これが」
「くれえんげえむ?」
 不思議そうに問い返すアポロニウスを再びコスモスが引っ張って、一台の機械の前に連れて行く。
「これがそのクレーンゲームの機械ね。
 このボタンであのアームを動かして商品を取るの」
「ほー」
 説明してる横でもカップルがゲームに興じているが、狙いが甘かったのかアームはぬいぐるみを掴むことなく元の位置へと戻っていく。
「……取れていないが?」
「取れるかどうか分からないって言うのが面白いのよ♪ ……多分」
「ゲーム、だからか。なるほどな」
 うんうんと頷くアポロニウスに対して、コスモスは笑顔で。
「さー分かったならやってみよ~」
「は? 私がやるのか?!」
「だってこれ三回出来るみたいだし、一回ずつやって、残った一回はしたい方がすればいいでしょ?」
 反論を聞かずにコスモスはさっさとコインを投入して彼を急かす。
「……絶対取れないぞ」
 一応断りだけを入れておいて、おっかなびっくりアポロニウスはゲームに興じた。

089:何かを捨てろ。

「かーくんのテストの答案とか」
「橘のこの性格とか」
「かーくんのあんなとここんなことを撮った写真とか」
「橘がしでかしてきたあんなことやこんな事の記憶とかっ」
 ぎゃいぎゃいと言い合う二人を横目に、もうため息すら出ないシオン。
 梅桃は知らぬ存ぜぬを押し通すのは分かりきっている。
 だからこうして今日もうるさい二人を実力行使で黙らせて、迷惑かけた周りの人々への謝罪を繰り返す。
「そんなにペコペコして、飽きない?」
「飽きる飽きないの問題じゃないだろーが」
 むかむかしつつ梅桃に答えて、シオンは今日もまた頭を垂れる。
 大勢の前で怒られる事に対する羞恥心。
 とっくの昔に捨ててしまっている部下達を持つと、本当に苦労する。

090:売りつくせ。

 コンコンとノックをして返事を待たずにドアをあける。
「アポロニウスいるなー」
「……せめて返事を待ってから開けてくれ」
 抗議を綺麗に無視して、シオンは手にしたダンボールをこれまた勝手に床におく。
 ダンボールはみかん箱くらいで、置いた時の音から察するに結構な重さがありそうだ。
 ドア蹴り開けたな……
 アポロニウスが顔をしかめるのも仕方ないだろう。
 とはいえ、靴跡がつかないだけでも僥倖か。
 PAにおいても普通は靴を脱ぐのはベッドだけという国の面々が多いが、アルブムだけは特例で、部屋に入る時には靴を脱ぐことが鉄則となっているだけに、床に直接ものを置いてもそこまで汚れない。
「何だこれは?」
 ダンボールの中身は本だの何かの道具だの、いろいろなものがたくさんある。
「指令の中にさ『売りつくせ』ってあっただろ?
 だから適当にいらないもの詰め込んでみた。何か買って」
「いらないものね」
 呟いて紛れ込んでいた宝石を一つ手にとってみる。
「……結構な魔封石じゃないか? これ。本当に売って良いのか?」
「別に。作れるし」
「……やっぱり兄弟だな」
 かつて同じような事を言った彼の姉を思い出し、嘆息するアポロニウス。
 ちなみに本日彼を散々つれまわしてくれた彼女は『疲れたから寝ようっと』とかいってとっくに自室(にしたシオンの部屋)に戻っていた。
「これなら他に欲しがる奴がいるだろう」
 他をあたれとつれないアポロニウスに対し、シオンはダンボールの中から薄手の本を取り出す。
「じゃあこれ! アポロニウス専用」
「専用?」
 不思議に思いつつ受け取り開くと。
 どこの誰だと思わず言いそうなくらい令嬢然とした、ドレス姿のコスモスの写真。
「……何の真似だ?」
「エド大叔父さん作・ねーちゃんの見合い写真?」
 小首をかしげてシオンは言う。
「だからどうしてそれを」
「うちは代々魔法使いの家系なんだ」
 文句を言うアポロニウスを遮ってシオンは告げる。
「でも最近魔法使いは絶滅寸前。
 完全に絶滅しないためにも優秀な魔法使いは家にスカウト。
 もとい、婿や嫁にもらおうって訳らしい」
 いずれ俺も同じ目に逢うんだけどな~などとのんきに言いつつシオンは笑う。
「という訳で、見事白羽の矢が立ったわけで。
 性格とかはもう俺がいちいち説明するまでもないよな。
 そこそこの物件ですよ? お客さんどーでしょー?」
「どーでしょーって。
 前にそれで魔法ぶつけてきたお前が言うのか?」
 かつてコスモスとアポロニウスの仲がどうなっているかとか因縁つけて決闘を一方的に申し込まれた身としては、そんな風に思うのは当然のこと。
 しかし問われた当のシオンはというと。
「あれ? ただの八つ当たりに決まってるじゃん」
 八つ当たりか……ただのストレス発散か……
 今更のあまりな事実にうなだれるアポロニウス。
「まあそういうわけで『売りつくさなきゃいけない』から。
 あ、御代は後払いだから。毎度ありー」
 見合い写真をしっかりと握らせて、にこやかにシオンはその場を去っていった。

「100のお題 04:指令編」お題提供元:[Plastic Pola star] http://ex.sakura.ne.jp/~kingdom/