091:カウントダウンを開始せよ。
部屋に戻ってうとうとしていると、突然のベル。
いやいやながらに出ると、相手は良く知った声。
しばしの間他愛ないやりとりが続き。
『コスモス。おめぇそういやいくつになった?』
その質問に、来たか、とコスモスは顔をしかめる。
「……二十二だけど。それがどうかしたの?」
『そうか。
……あと、三年……か』
しみじみとした言い方が気になって問い返してみる。
「大叔父さん、それどーいう意味よ? なんかすっごく嫌な予感がするんですけど」
『はーっ。つくづくおめでたいやなぁ。さっさと結婚した方が良いぞ?』
またその話か。もういい加減してくれ。
「だからどうしてそうなるのかを」
『二十五がタイムリミットだ』
タイムリミット?
はて。何でそんなものが。
記憶を掻っ攫い、ようやく気づく。
「………あ゛!」
形容しがたい声を出したコスモスに、あきれたようにエドモンドは返す。
『よーやく思い出したか?
二十五歳になったら、親戚中から見合い話が届く……
これもうちの掟の一つだからなぁ』
そう。二十五歳の誕生日を解禁日として、各国に散らばってる親戚やら貴族仲間からの見合い申し込みが始まる。
これもまた家の掟の一つ。
「でもでもっ 二十五過ぎたからってすぐにどうかなるものでも」
言い募るコスモスに対し、うんざりとした声で返すエドモンド。
『俺もそう思ってたさ。
でもなぁ、昼夜問わずにひっきりなしにかかってくる見合い話。
山と詰まれた見合い写真。酷い場合には本人が押しかけてくる……
他国に逃げりゃあいいだろうと高飛びしてもまったくの無意味!!
いっそのこと殺してくれと思ったぞ!!』
「お、大叔父さん~?」
白熱する大叔父の言葉に引き気味のコスモス。
それでも……それだからこそ、嘘ではないのだろうと察せられた。
『一月も持った俺を、褒めたいと思うぞ。今でも』
「そ、そんなにすごいんだ?」
『ご想像におまかせするといいたいが……
多分お前の想像を絶する。なんせ俺と違って「王位継承権」持ちだしな』
「……あぅ」
トドメとなった言葉に、コスモスはうめき返す事しか出来なかった。
092:時計を壊せ。
「壊せっていわれても、なかなか壊れないよねぇ」
リビングの置時計をいじりつつ言う楸に注意をするのは無論シオン。
「壊していい時計なんてないだろうが」
だいたい時計を壊されたら困る。かなり困る。
「確かに大変だよなぁ。あ」
かしゃん。
軽いガラスの割れる音に、一同の視線が集まる。
カーペットの上に散らばるのは、支えとなっていたであろう木とガラスの破片。
そして、未だにさらさらとこぼれる細かな砂。
「壊した……」
「砂時計?」
「誰のかなぁ?」
呟きつつも、ガラス製品を放っておく訳にはいかないので片付けを始める。
一通り破片を拾って掃除機をかけて、この『時計』の持ち主を考えてみる。
こんなものを使いそうなのっていうと……
ぱっと思いついたのは、古風なものが好きそうな人。
……となると。
さっと血の気がひく。
彼女は物は大切にするようにとしつこく言っていた。
他のメンツも同じ事を思ったらしく、神妙な顔をしていた。
「謝りに行くか……」
「「賛成」」
そうして彼らは部屋を出る。
「あれ?」
不思議そうな呟きに、コスモスは雑誌に落としていた視線を上げる。
「どーかした?」
問いかけにアポロニウスはあたりをきょろきょろと見回し、サイドボードの上を指差す。
「ここに置いてた砂時計知らないか?」
「さあ?」
どこに行ったかと考え込み、ため息一つ。
「茶葉を蒸らすのに丁度良かったんだが……ま、いいか」
そう言ってアポロニウスは紅茶の用意を始めた。
093:赤く染めろ。
指令書は複数枚数用意されている。
しかも便利な事に、一つに完了の印をつければ他にも同じ印が浮き出る。
それを確認しつつ次に来る指令を読んで。
「……血?」
ぽそりと呟かれた言葉にコスモスが突っ込みを入れる。
「また物騒な事を。他にも色々あるでしょうが」
リビングにはゆったりとできるソファが一つ。
楸が持ち込んだこれは今やすっかりコスモスの定位置。カーペットの上にクッションを置いて座っているアポロニウスを見下ろすように意見を述べる。
「そうね。紅茶染めとか……頬とか?」
飲み終わったカップを床に置かれた盆に戻しつつ言うと、揶揄するように言われた。
「頬を染める、なんて可愛らしい真似が出来るのか?」
「……さすがにそれは腹立つんだけど?」
「そう言われてもな」
多少こめかみを引くつかせて言うとさらりと返された。
なんか仕返ししてみたい。
そう思うと、まるであつらえたように役者がそろいかけている事が見てとれた。
だからこそそれを実行に移すべく、食器を片付けるために腰を浮かしたアポロニウスの腕を取って思いっきり引っ張った。
「てぃっ」
「うわっ」
不自然な状態のまま引っ張られてバランスを崩し、倒れこむアポロニウス。
柔らかな感触はソファの上に倒れこんだお陰だろう。
それでもあちこちぶつけて痛かったが。
「……つつ……
何するんだ! 危ないじゃ、ない……」
体を起こしつつ文句を連ねようとして固まる。
ほんの数十センチ先にコスモスの顔。
大きな紫紺の瞳に映る自分はすごくぽかんとしていて。
そっと視線がそらされ、彼女の頬が淡く染まる。
「いや……」
いつもからは信じられないくらいしおらしい、弱弱しい声でそう言って顔をそむけられて。
思考が停止する。
そこに。
「アポロニウスくんがこーちゃん襲ってルーッ」
驚愕とも歓喜とも取れる楸の声が響き渡った。
094:祈りを捧げなさい。
拝啓、父上様。
貴方はかつて司教の位を授かるほどの聖職者だったといいますが、やはり祈りは全てを救ってくれたのでしょうか。
「こんな人が身近にいるんじゃ、身の危険感じるわね。
部屋割りちゃんと考えた方がいいかしら」
「そもそも男女を同室に放り込むって言うのが問題ッすけどね」
「っていうか二人ってやっぱりそういう関係?!」
「ねーねー、こーちゃんどーなのー?」
矢継ぎ早に繰り広げられる言葉に、この事態の元凶はぽっと顔を赤らめ視線を逸らし。
「……はずかしい……」
とのお言葉。
明らかに事態を紛糾させて喜んでいる御様子。
そしてアポロニウスは視線を戻す。目の前に立っている、まごう事なき最大の難関。
敬愛すべき我が師匠は、祈ったくらいじゃ到底許してくれなさそうなのですが。
しばし真面目な顔をして考え込んでいた賢者さまは、はあと深く息をつき、額を抑えた。
「……やっぱりカエルの子はカエル。三つ子の魂百まで。
昔の方は良い言葉を残されてますよね」
「師匠、微妙に違うような気がするのですが」
「生まれ持った性質は、そう簡単には変わらないものですよね」
というか、生まれ持った性質なんですかと聞き返したい。
確かに先程の状況を見られてしまえば、アポロニウスがコスモスを押し倒していたように見えただろう。
でもそれが事実ではない事は、時折視線をやればいじわるそうな笑顔を返すコスモスを見ればすぐに分かる。とはいえ……自分の父の事を考えると、師匠からそうとられても仕方ないと思ってしまうのが辛い。
「だからといって見過ごせる事じゃありませんから。
大人しく禊をしていらっしゃい。水垢離でも断ち物でも火渡りでも」
宣告された『罰』に対して、シオンは隣の姉に意見する。
「ねーちゃん。いくらなんでもやりすぎだと思うぞ」
「可愛らしい真似が出来るのか、とかいうのよ?
このくらい仕返しには丁度いいじゃない」
「……それ以上に酷い事、アポロニウス本人に言ってるって」
可哀想なアポロニウスのために、ほんの少しだけ祈りは捧げられた。
095:説得せよ。
「で、アポロニウス君。こーちゃんとどこまでいったの?」
「行ってない。まったく!」
わくわくどきどきと聞く楸に疲れた顔してアポロニウスは返す。
「それは残念だね~」
「アポロニウスさんには押しが足りないんすよ!」
「そこで何故瑠璃まで」
「マスターに一任されてますっすから!」
えへんと器用に胸をはるハヤブサ。
こういった妙に人間らしい動きをすることで、主人たるシオンの力量も見て取れる。
そして引き続き力説してくるふた……じゃなく、一人と一羽。
「そうだよアポロニウス君!
もっと積極的にならなきゃ、こーちゃん他所の人に取られちゃうよ?」
「コスモスさんはその見事な化けっぷりで、社交界で華の中の華なんすからッ」
「化けっぷりは認めるが……」
コスモスの変身振りはこの目で見てもいつも驚かされているので頷ける。
普段の気さくさはどこにいったのか。
近寄りがたい雰囲気すら醸し出してみせるのだから。
女優としてもやっていけるんじゃないだろうか?
「こーちゃんそんなに魅力ない?」
「アポロニウスさんの好みじゃないんすか?」
「私が誰を好きになろうが勝手だろうが。
なんで相手がコスモスに限定されなきゃならん」
頼むから放っておいてくれ。
心底そう思っても通じるはずはない。
「えーだって、白羽の矢が立ったんでしょ? となればあたしはもう勧めるしか?
こーちゃんはあれこれ言うけど、本気で嫌がってないし。
さりげにアポロニウス君のこと悪く思ってないかもよ?」
「そっすよ!
嫌なら淑女モードでそれはそれは見事な断り方をされてるっすよ」
それはあながち間違ってはないだろうとアポロニウスも思う。
コスモスは嫌いな相手はキッパリと寄せ付けないだろうし。
沈黙を納得と取ったか、嬉々として楸は続ける。
「こーちゃんと結婚すれば、天涯孤独のアポロニウス君にたっくさんの家族をプレゼント!
うっとおしい親族一同もついてくるけど、にぎやかなのはいい事だよね!」
天涯孤独じゃない。恐ろしくも頼もしい師匠がいる。
反論しようがきっと無視されるだろうけど。
「適当に働いてても食べていくには困る事は無いッすよ。
パラミシアにいれば」
「うちの眷族なら出世するのも楽だよ~」
その後もさんざんしつこいセールストークは続いていったという。
096:にゃんこと戯れるべし。
真っ黒な肢体が優雅にゆれて、一陣の風が走るが如くにさっと逃げる。
「いい加減にしてくださいなっ!」
必死に攻撃をかいくぐりつつ叫ぶのは、金の目をした黒猫。
その名をオニキス。シオンたち、チーム・アルブムの連絡役の槐の使い魔。
「そんなこと言ったって、近くに猫っていないんだもん~。
ほーらオニキスこっちにおいで♪ ササミあげるよ?」
「……馬鹿にしておられるの?!」
「むぅ。どーしても『にくきう』触らせてくれないんだ~」
フーっと毛を逆立たせるオニキスに対し、困ったような顔で楸はこういった。
「瑠璃君いっちゃえ捕まえて!」
「きゃああああっ」
捕まえられてたまるかと脱兎の如く逃げるオニキス。
「……行きませんよ」
疲れた顔で瑠璃はそう言ったという。
097:世界のどこでもいいから愛を叫べ。
「おっかえりー」
扉の音と共に声をかけるのは、すっかりPAにいついてしまったコスモス嬢。
時は夕食。のんびりとデザートを味わっているのは梅桃と楸。それにカクタス。
シオンは台所で片付け、アポロニウスは紅茶を注いでいる。
「……只今、戻らせていただきました」
暗い声に皆が揃って戸口へと目をやる。
紙袋を二つ三つ手にして、珍しく呆然とした姿を晒しているのは。
「あれ、すーちゃんてどっか行ってたの?」
「同窓会に行ってたんですよ。楸様」
そう言って紙袋をテーブルに置けば、案の定お土産に群がる楸たち。
片目でその様子を見やって、薄はコスモスの前で片膝をつく。
「只今戻りました。公女」
「……どうしたの?」
あまりの様子のおかしさに、嫌なものを感じつつも問い掛けるコスモス。
「……聞きたいですか?」
「えっと。遠慮したいかも?」
冷や汗流しつつ言うコスモスに、ギンと顔を上げて薄は言う。
「言っていいんですね! 言いますよ! ええ言わせて頂きますともさ!」
「良くないってばっ」
「元はといえば全て公女の責任なんですからッ」
「はぁ?」
があと言われて思わず問い返すコスモス。
「私は、公女の何ですか?」
「何って部下よ。『剣』。護衛でしょ」
「その通りです」
うんうんと頷く薄。
部屋には他に何人もいるのだが、皆彼の迫力に押されて何も言わない。
「だというのに……だというのにっ」
「あー。もしかして。桔梗に誤解されてる、とか?」
「分かってるんだったらとっとと何とかしてください!」
再びがなる薄。
「私がなんで物好きにも公女なんかに恋愛感情を抱かなきゃならないんですか!?
しかもそんなことを桔梗に言われなきゃいけないんですか!!
それもこれも公女が城で大人しくしててくれれば!
とっとと嫁に行くなり婿を取るなりしていてくだされば!」
そう告白されてもコスモスは澄ました顔で聞き流している。
知ってか知らずか、それでも桔梗なる女性への思いのたけをぶつける薄。
「あれ、本人に言えばいいのにな」
「本人にはいえないんだよ。きっと」
その光景を眺めながらしみじみという従兄弟達。
「まあ、これで指令が一つ終わるけどね」
ちゃっかり内容を録音しつつ梅桃が締めた。
098:全力疾走。
「10秒53」
「うそ!」
告げられたタイムに、彼女は信じられないものを見るような目で彼を見た。
「アポロニウスって足速いのね……これ、本当に百メートルよね?」
問う声に、アポロニウスは答えない。というより答えられない。
全力を出し切りましたと言わんばかりに肩で息をしているのだから。
「にしても本当に早いなぁ。
ってかもっと手加減したっていいだろうに」
感心と呆れの入り混じった声で言うのはスタートを告げたシオン。
一応の体力テストをしている最中だから、まさかこんなに全力を出すとは思わなかった。
まだいくつもテストあるのに。最初からこんなに飛ばすか普通?
そこではたと気づいて、タイムを計っていた薄に詰め寄る。
「なんかやった?」
「全力出さないと喋るといっただけですよ?」
それが何か?
そう聞き返しそうな勢いの薄に、シオンはそれ以上何も言わない。
人の心の声が聞こえる薄が『喋る』。
それつまり、心の内をさらけ出されるという事。
そりゃ全力出すよなぁ。
アポロニウスに同情しつつも、休憩をはさんで残りのテストは進められた。
099:萌えろ。
本気で困った声で梅桃は言った。
「……何をどうすれば?」
「ネコ耳とか、そーいうの?」
そう応えたのは楸。
とはいえ本人もその基準が良く分からない。
「可愛いものって感じかなぁ?」
そう言いつつ部屋をがさごそ漁る。
ちなみに自分の部屋じゃない。賢者の部屋の本の虫干しを梅桃と二人で実行中。
よいしょと持ち上げた本から、何かが一枚滑り落ちた。
拾ってみれば、それは一枚の古い写真。
「双子?! うっわーかっわいい!」
思わず叫んだ楸に、梅桃もそれを覗き込む。
確かに可愛い子ども達だった。
古めかしい衣装。写真がすっかり色あせてしまっているために髪色はわからないが、やわらかそうに波打つ髪。大きな瞳。まるでアンティーク人形のよう。
写真を覗き込む二人の上に影が落ちる。
「懐かしいもの見られてますね」
「姫!」
持ち主だろう人物の登場に楸は満面の笑みで言う。
「ねーねーこの子達可愛いね!」
「ええ。本当に可愛かったです」
「あの写真の子達知ってるの?」
多分知ってるだろう。そう確信の元に言葉をまつ。
「エドワードさんとエディリーンさんですよ?」
しかし返ってきた言葉は予想外の威力を持っていた。
「おじーちゃんと大叔母さん……?」
硬い声で問い返すと、何故か不思議そうに頷かれる。
もう一度写真を眺める。
……月日って残酷何だぁ。
そう思えるほどに、写真と現在の姿は……
100:幸せになれ。
赤い絨毯の上を父に引かれて歩くのは、純白の衣装を纏った女性。
長いヴェールに隠されて、その表情は分からない。
歩く先で待つのは彼女の最も愛しい人。
女性の手が渡される。育ててくれた親から、共に歩く伴侶の下へ。
愛を誓い、交わされる指輪と口づけ。
照れくさそうに、でも幸せそうに見詰め合う新郎新婦。
拍手の中、新しい世界へと扉を開く。
「「おめでとうございます!」」
祝福の言葉と共に、投げかけられるライスシャワー。
それぞれに着飾って拍手を送る友人達。
その中に、目的の人を見つけて新郎は微笑む。
「ありがとう……悪いね」
視線の先は疲れた表情ながらも、しっかりとPAの礼服を纏ったシオンたち。
「何言ってるんですか」
「おめでたい日だもん」
「謝ったりしないでくださいっす」
「……そうか」
それぞれに言われて、彼は微笑む。
「いやぁ、でも流石に昨日まで他の大陸に出張させてたわけだし……
大丈夫?」
「何言ってるんですか! 帰って来たの今朝ですよ」
「徹夜でーす。眠いでーす」
「あ。やっぱり」
はははとごまかすように言って、綺麗に整えられた黒髪をくしゃりとかき回す。
「槐さんたらそんなことさせてたの?」
「なずなさん。それが彼らの仕事なんだから良いんですよ?」
「でもかわいそうよ。子どもをこんなに使っちゃうなんて」
「なずなさんの言うとおりですけど。上はそう考えてないんですよ」
にこにこと新妻と会話を続ける槐にシオンが待ったをかける。
「あーはいはい。おめでとうございます。
とにかく並んでください写真とりますんで」
いちゃつくのは構わないけど、よそでやって欲しい。
羨ましいとかそんなんじゃなくて、式が終わらない限りはここから開放されない。
つまりは帰れない。
そうして。
指令の最後を締めくくったのは、連絡役の一生の思い出ともなるべく写真となった。
END
「100のお題 04:指令編」お題提供元:[Plastic Pola star] http://ex.sakura.ne.jp/~kingdom/