011:あっかんべーを実行せよ。
「楸、GO」
「回ってくるとは思ったけどね」
シオンの一言に楸は軽くため息をつく。
「じゃ、かー君が撮って」
「何故に俺?」
問い返す彼ににこやかな笑みを浮かべて告げる。
「一番やりやすいから」
「だから」
「だってしーちゃんにあっかんべーは後が怖いし。
梅桃ちゃんも何のかんので根に持つし。
アポロニウス君はまだそんなになじんでないし」
指を折りつつまっとうな答えを返せば、何故かカクタスは涙目になる。
「つまりオレはおちょくるには一番って事か?」
「何を今更♪」
哀れカクタス。君の受難はまだまだ続く。
012:いかなる時も美しくあれ。
アポロニウスは思う。最近以前にもまして視線を感じるような気がする。
気のせいではない。
優男みたいだとかよく言われるが、これでも師匠に武術は一通り習った。
そこらのチンピラ……どころか、ここで第一線で活躍している捜査員にだって素手で余裕で勝った事はある。
多少勘が鈍っているが、これは間違いない。
しかし注目される理由がわからない。
彼が入団して数ヶ月がたつ。
入団当初ならまだしも、今ごろになって注目される理由がわからない。
しばし考え、アポロニウスは自室を出る。一人で考えていても分からないなら他人の意見を聞いてみるべき。
シオンに相談でもしてみるか。
同僚の中で一番まともであろう相手の顔を描き、共有スペースになっている部屋に向かう。
すると。
「おー。確かに結構隙無いねぇ」
「ぴしってしてるよな」
「ただ単にかっこつけなだけじゃない?」
同僚の三者三様の声。
何故だろう。ものすごく嫌な予感がするのは。
「でも写真映りいいね~」
「これだけ撮ってれば『いかなる時も』になるよな」
扉の前で立ち止まる事しばし。
くるりと反転してアポロニウスは部屋へと戻る。
誰かに愚痴りたいと痛切に思いながら。
013:優しくしろ。
その文字を読んだ瞬間、大きな音を立てて椅子が倒れた。
三人はあっけにとられて彼を眺める。
立ち上がったのはカクタス。机についたままの手が震えている。
顔を上げた彼のまなじりに、透明なものが見えたのは気のせいだろうか?
「してくれよ! 頼むからさっ」
心の底からのカクタスの叫びに。
「おー。必死必死」
「シャッターチャンスチャンス」
「説得力あるわね」
仲間は非情な声をかけた。
014:赤い羽根募金に協力。
タタン……タタン
規則的な振動が眠気を誘う。
今日は一体どれだけの距離を歩いたのだろう?
噂を聞いて西に東に北に南に。
日は早沈み、電車の中は会社帰りのサラリーマンの姿が目立つ。
朝。
そう、出発したのは朝だった。
こんな任務のために、何故自分達は学校をサボっているのだろう?
「……結局隣の市にまで来ちゃったわね」
ぽつりとした梅桃の言葉に頷くものは無い。
元気の塊の楸ですら立ったまま器用に船をこいでいる。
「何でこういうときに限ってやってないんだよっ」
カクタスの怨嗟の言葉も分からなくは無い。無いが。
「いや。人生なんてそんなもんだ。
まして……この指令自体が嫌がらせなんだからな」
シオンの言葉に起きてる三人は顔を見合わせ、長い長いため息をついた。
疲れ果てた四人の胸に、深紅の羽がそ知らぬ顔で陣取っていた。
015:ため息10回。
どうしろと?
まず浮かんだのはその言葉。
どうやら本気でこれはいやがらせらしい。
いや、最初から分かってはいた。
だけどまさか人手不足のPAで、こうも堂々と何の役にも立たない嫌がらせを受けるとは思っていなかった。嫌がらせの仕事をやらされるなら、すでに秘境となっている図書館の整理とかそんなところだと思っていた、のに。
しかし現実逃避をしていても仕方がない。
「じゃ、五人いるから一人二回って事で」
「うわー。しーちゃんやる気無い?」
「あってどうする」
016:魔女っ子を気取ってみせろ。
息を整えて弓手を前に差し出す。
その唇が紡ぐのは厳かな呪文。この手に力を得る為の。
「英知を封じし腕輪よ。その片鱗をここに示せ」
呪文に応え、腕輪が淡く光る。
「いでよ我が杖グラディウス!」
言葉とともにあたりに撒き散らされる光。
一瞬後には杖を構えたカクタスの姿。
掲げるのは星と月とリボンとをあしらった可愛らしい杖。
そしておこるやる気の無い声援。
「頑張れ魔女っ子」
「いいぞ魔女っ子~」
「ぴったりね」
「うわああああんっ」
「駄目だよかーくん。さあ決めゼ・リ・フ♪」
「いやじゃああああああっ」
017:悪夢にうなされるべし。
抜き足差し足。そうっと楸は部屋を出る。
片手にデジカメを持ったまま、向かいの部屋の扉を開ける。
「只今午前一時。みんなぐーっすり寝静まってます」
リポーター風に呟いて、部屋の様子を見回すように撮る。
ごろごろといろんなものが転がってはいるものの、『腐海の森』と評された楸の部屋より大分マシ。
自分の顔を映して宣言。
「さて片手に持ちたるデジカメ。んでもって」
すぅっと息を吸って少し集中。
「シェイド」
呼びかけに部屋の一部に闇が集う。まるでコウモリのようなその姿。
「闇。そして恐怖を司りもする精霊さんでっす」
にこやかに紹介して、ベッドで眠っているカクタスへとレンズを向ける。
その彼に、吸い込まれるようにして消えるシェイド。
ぴくんとカクタスが動き。
「をーおーうなされてるうなされてる」
先ほどまでの健やかさが嘘のようにうんうん唸る。
「むりムリ。豆~ッ 食われっ ぬぐめし」
「……ちょっと覗いてみたいなぁ」
しばし唸るカクタスが映った後、画面はブラックアウトした。
018:高いところを目指せ。
だんっと音を立てて白い塊が台所で踊る。
「ふっ まだまだ先は長くて長くて……」
諦めを含んだシオンの言葉。
先ほど叩き付けた生地をはがしてまたぶつける。
「大体なんで俺こんな事してるんだ?
PAだよな、入団したの。
なのになんでこんな罰ゲームやらされてるんだ?
俺の存在って一体」
言葉の合間にも『だんっ』だの『どんっ』だの音を立てて生地をぶつける。
……今日の晩御飯はさぞコシのあるうどんになることだろう。
大体はうどん打つ時は踏む事が多いのだが……
シオンの声が尖り、大きくなっていくのとともにうどんの生地をぶつける音も大きくなっていく。
これはこれで彼の良いストレス解消になっていることを知っている面々は誰も止めない。
むしろ矛先を向けられても困るし。
というか早く言ってくれないかしら? あんまり遅いと時間が……
梅桃の胸の内を知らず、丹念にうどんを打つシオン。
やはりストレスたまりまくりなんだろう。
「こぉなったら上になって職場環境変えてやるっ!」
「おー。しーちゃん野望宣言~」
があと吼えたシオンに拍手を送る楸。
「これでも良いわよね」
隠し撮りを続けていた梅桃がそっと録画を取りやめた。
019:「道具」を使え。
机の上に置かれた見慣れぬものにアポロニウスは困惑する。
手にぎゅっと持つと前後に少し大きい長方形の黒いもの。
厚さはそんなに無くて、ボタンが一杯ついている。
ボタンには一つ一つに数字や文字が書いてあるのだが。
つんつんとつついてみる。ボタンを押しても何も反応しない。
むうと唸る彼。
そんな様子を隠し撮りして腹を抱えて笑いをこらえる約二名。
「……ッ ……くくッ」
「動物……ってかサルみたいだねぇ」
「いや、最近のペットならリモコンくらい使えるのいそうだし」
涙目のカクタスとしてやったりと言った表情の楸。
アポロニウスの様子を集中してみていた二人には、羽ばたきの音など聞こえなかっただろう。
それが、主を恐れて逃げ出した瑠璃の羽音だと気づくのは、案の定シオンに制裁食らわされてからの事だった。
020:場を和ませる方法を考えろ。
痛いほどの沈黙。
しかしそれも仕方ない事といえよう。
アポロニウスが今いるのは病室。とはいえ彼がこの病室の主という訳ではない。
うめく彼女の見舞い客の護衛を押し付けられ……というか人身御供かも知れない。
「誰も、止めなかったの?」
見舞い客が俯いたまま言葉を紡ぐ。彼を責めるようなその口調。
「そばにいなかったからな……止められなかった」
正直に事実を言う。
「シオンは何してたのよ」
「今回の任務は別行動だった。シオンは私とユスラと行動していたからな」
「よりによって回復使えるのがいなかったわけか……」
備え付けの椅子から立ち上がり、女性は紫紺の瞳にアポロニウスの姿を映す。
「で、あたしは何をすれば良い訳?」
金の髪をかきあげて、女性はアポロニウスをねめつける。
「身内だからって呼ばれても困るのよ!
大体食中毒ならまだしも食べすぎで運ばれるってどーゆーことよッ?!」
「私に言われても知らんッ」
反射的に怒鳴り返すアポロニウス。
しかし返答など求めていないといった様子で彼女は文句を言い連ねる。
「たまたま遊びに来ただけなのに~っ
ったく楸ちゃんてば食い意地はってるんだから……
おいこら薄! あんた何笑ってるのよッ」
「いいえ? 気のせいじゃないですか公女」
言いつつ薄は意味ありげな視線を楸に寄越す。
起きようかと思ったけど起きれなかった、楸に。
今起きたら説教三昧になることは確実。
避けるためには何とかこの場を和ませなければ。
とはいえ布石はもう打ってある。
ならば彼が……ジニアおじさんが来るまではこうやって寝たふりをしておくに限る。
心を読む薄には狸寝入りはばれてるけど。
「100のお題 04:指令編」お題提供元:[Plastic Pola star] http://ex.sakura.ne.jp/~kingdom/