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2番目の、ひと

幕間 -Intervall-

「それでは、また」
 彼の言葉に二人はあからさまに嫌そうな顔をして見せた。
 二度目はないと言いたげに、きつい視線をくれてタクシーへと乗り込んでいく。
 もっとも、相手がどう思おうと彼には関係ないのだが。
 収穫はないこともない。
 もともと目をつけていた彼と違い、もう一人はそれなりに騙し易そうだ。
 さて、となれば連絡を入れておかねばなるまいと携帯を手に取ったところ、狙ったように着信音が響く。
「ハイハイ私デスよー」
 おちゃらけて出れば、案の定叱責が返ってきた。
「あーもー。いちいち耳元で怒鳴らないでくださいよ。
 耳だって立派に商売道具なんですカラ」
 空気よりも軽い言葉を返せば、先ほど以上の音量で怒鳴り声が響く。
 もっとも男はそれを予測していて、あさっての方向へ携帯を向けていたのだが。
 先ほどの彼ほどではないが、電話相手の真面目さも大概だ。
 何時まで小言が続くかとしばし放置してみたが、案の定聞いているのかと問いかけられた。
「もちろんしっかりと。だからもう少し声量抑えてくれませんかねー」
 聞いてはいる。流すだけで。
 しばしの沈黙の後にわざとらしいほどの深い深いため息。
 いい加減慣れるなり諦めるなりすればいいのにと男は思う。
「まったく私と何年付き合ってるんですか」
 つい漏れてしまった言葉は幸いにも相手には聞こえなかったらしい。
 咳払いの後に続けられたのは別の言葉。
「ああ……あれはやられたな」
 茶化すことは出来ない方向へ話を持っていかれたので、男も真面目に答える。
「あのタレコミ自体が罠だった、と考えるのが普通だろう。裏をかかれたな」
 正直、腸は煮えくり返っている。
「こんなことなら、あの時帰らせるんじゃなかったな」
 後悔はある。あそこで帰らせずにむしろ使っていたならば、防げたのではないか、と。だが。
「……ああ、分かっている。それはなかった」
 仮定は仮定にしかならない。悪いほうへと転がることだってあるのだ。
「だがまぁ専門家ではないでしょうね、当初の見込みどおりに。
 となればあの線で行くしかないでしょう。
 分かってる……次は許さない」
 断言したのが良かったのか、それとも言質を取ったためか、また電話相手の声音が変わる。
 妙に言いにくそうな、それでいてすごく疑いに満ちた声。
「はぁ。いや、それは知ってますよ?」
 何が言いたいのか分からずそう返せば、予想外の弾劾が来た。
「いやいやいや人聞きの悪い。それに関しては何にも企んじゃいませんよ。
 偶然です、ぐーぜん」
 弁解しているのに相手はまったく聞いていない。
 頭から決め付けている。問いかけは一応質問の形をとっているだけだ。
「本当ですったら。まったく疑い深いですねえ」
 大体自分がそれをお膳立てしたとして、乗るような相手だろうか。
 否。絶対に否。
 そんなことは分かりきっているだろうに。
「まあ、使えるものは使う主義ですけどね」
 ぼそりと宣言したのがまずかったのか、相手がさらに決め付けにかかる。
「えー確か桜月の諺に『将を射んと欲すればまず馬を射よ』ってありますし。
 それに頭の固い兄よりもうまく取り込めるかもしれませんよ」
 我ながら悪魔の囁きだという心は押し込んで、男はさらに言葉を重ねる。
「それに、積極的にこちらへ寄ってきたら、手を広げて待ち構えておくべきでしょう?」
 囁きに返ってきたのはどうしようもない正論。世間の一般常識。
 だけど。
「分かってないなコート。子供だから、いいんだよ。
 疑われることが少ないだろう?」
 言い聞かせるような言葉に、電話相手は嫌悪の意を示す。が、積極的に反対もしてこない。
「なら決まりだ。定石どおり、こっちも引き込めばいい。
 アルトゥール・フォルトナーを、ね」