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2番目の、ひと

【Step2 初デート】 3.ひみつ、秘密

 こっそりと兄さんたちを尾行します。
 内心はとってもどきどきです。だって、何時気づかれてもおかしくありませんもん。
 それに尾行するのは警察(兄さんたち)の仕事であって、追いかけられることに気を配ることだってあるでしょうから。
 遠目ですが、見失わないように追いかけます。僕も兄さんも赤みの強い茶髪ですから、結構人ごみにまぎれても目立つんですよね。
 中央広場を過ぎて、兄さんたちは展示館横の路地に入っていきます。
 うわ、ずいぶん行きにくい場所に。絶対近づきすぎたらばれますよね。
 少し考えて、路地のすぐ横を通り過ぎます。
 だってここを通る人は何人もいるわけで、その波に逆らわず通り過ぎて……ちらっと見ましたけどね、もちろん。
 盗み見た路地はすぐに行き止まりでしたが、右の建物のドアがあります。あそこから入ったんでしょうか?
 そっとそっと足音を殺して近づきます。
「ずいぶん虫のいい話だな」
 兄さんのかなり苛立った声です。
 あれ? これって壁越しとかそういう感じじゃないですよ?
 慌てて立ち止まってよく見れば、行き止まりと思った場所はもっと先で、左の建物と奥の壁の間にまだ通路があるようです。
 立ち止まってよかった。もう少し進んでいたら、見られていたかもしれません。
「良かろうが悪かろうが関係ないでしょう?
 それとも、ご自分の立場をお忘れで?」
 からかうような声は兄さんよりも高いものでしたが、明らかに成人男性のものです。
 なんとなく、聞いていてカチンと来るような、挑発されている感じの物言いです。
「だが、そこまで分かっているなら何故」
「あなた方も良くぶつかる問題でしょうに」
 あ、この声はフリッツさんです。
 それにかえす男性の声はやっぱりなんだか面白がっている様子。
 こちらはぜんぜん面白くありません。なんだかさっきまでの話を聞いているだけでも。
「だからね、ほんのちょーっと協力してほしいのですよ」
 そう、脅されている様子なのです。
 兄さんにかかってきた電話の相手なのでしょうか?
 可能性で言えば一番高いと思います。
「……分かった」
「フリードリヒ!」
「どう転ぶにせよ、放っておけないだろう」
 苦渋がにじむ、といった声で了承したのはフリッツさん。
 兄さんはすごく怒っていますが、フリッツさんの言葉に納得はいかないまでも理解しているのでしょう。それ以上声を荒げることもなく、ただ忌々しそうに舌打ちをしました。
「理解が早くて助かりますよ。では続きはこちらで」
 きしんだ音。扉を開けたのでしょうか? 迷いのない足音にやや遅れて二つの足音。
 それから戸の閉まる音がして、聞こえるのは遠いざわめきだけ。
 口を押さえていた両手をそっとはずします。
 話はまだ続いている……というより、これからが本番なのでしょうが……もう深入りは出来ません。
 引き際をちゃんと見定めていないと巻き込まれて……兄さんの足を引っ張ることになります。
 だってさっきの会話の様子からして、兄さんは協力したくなかったでしょう。なのに、仮に僕が人質にとられたりしたらもっと不利になります。
 ……兄さんは何に巻き込まれているんでしょうか。
 どれだけそこに座り込んでいたか分かりません。
 ただ、ここにずっといるわけにもいかないので、戻りました。
 足取りはすごく重いものでしたけど……サキが待っているから。

 とぼとぼと歩きつつ、考えるのはさっきのことです。
 考えたからってどうかなることでないことは分かっていますが。
 でも、考えすぎて通り過ぎてちゃだめですよね。
 慌てて戻ります。確かこのあたりのベンチだったはず。
 あちこちきょろきょろして、ようやくサキを見つけられました。
 携帯を手にして何か楽しそうに話しています。
 近づいていくと、声が少し聞こえました。
 結構流暢なパラミシア語です。
 桜月で生まれ育っていて、ここの言葉も会話には困らなくて、パラミシア語が出来る。つまりサキは三ヶ国語が使えるということですよね。すごいなぁ。
 僕に気づいたのか、手を振ってくれて何か一言いってから携帯がおろされました。
 会話が終わったみたいです。
「ごめんね、待たせちゃって」
「ううん平気。でもアーサー大丈夫?」
「え?」
 どういう意味でしょう?
「難しそうな顔をしてたから」
「あ、ちょっと考え事してて」
「ふーん?」
 何をしていたかなんていえるはずありません。
 こんな適当なごまかしなんてばればれでしょう。
 でも、サキは笑ってから立ち上がりました。
「おなかすいたね、ご飯行こ?」
「え? でももうここ」
「じっくり見れたしいーよ。早めに近くに戻ってのんびりしよ。
 それにアーサーお勧めのお店、楽しみなんだ」
 えと、それは僕も嬉しいのですけど。
「あ……じゃ、もどろっか」
「うん」
 サキがすごく嬉しそうに笑うので、それ以上は何もいえませんでした。

「ただいまー」
 そう言ってドアを開けても、誰もいないのは分かってるんですけどね。
 あれから食事もショッピングもすごくうまくいきました。
 美味しい美味しいって喜んでくれたし、小物の店でもすごく喜んでくれたし。
 ちゃんとプレゼントが出来たのも、僕的にはよかったです。
 改めて、ティルアのアドバイスには感謝します。
 おそろいになったストラップは見るたびになんだかにやけてしまうくらいです。
 そう……心情的にはすごく楽しかったのですけど。
 やっぱり家に帰れば思い出します。兄さんのことを。
 見失ってからだいぶたっているから戻っているかなとも少し思ったんですけど……いません。
 疲れて帰ってくるだろうから、せめて夕食はちゃんと作ろうと思います。
 今の時間ならちょうどニュースをやっていますから、テレビをつけてBGMがわりに聞きながら夕食作り。いつものことなんですけどね。
 確か冷蔵庫の残りはアレがあったからと記憶を反芻しながら鍋を取り出していると、聞き覚えのある場所が呼ばれました。
「え?」
 テレビを見てみれば、聞き間違いじゃないことを示すようにテロップが施設の名前を表示しているし、映像だって――今日行ったばかりの場所を映していました。
『本日正午過ぎにブラオンヒューゲル植物園で異臭騒ぎが起こり、数名が病院に搬送されました』
 淡々と続けられるニュース。
 正午過ぎっていったら、多分僕たちが植物園を出る前後くらいです。
『警察はテロの可能性を――』
 ニュースはまだ続いていますが、僕の耳には届きませんでした。
 兄さんは、いったい何の事件を追っているのでしょう。