【Step2 初デート】 2.楽しいデート
バスを乗り継いでブラオンヒューゲル植物園に到着したのは、開園から一時間後くらいでした。
入口でパンフレットを手にとってじっくり眺めます。
ガーデニングコンテストというのは中央のメイン広場で行われるみたいです。熱帯の植物コーナーや外国の植物コーナーもありますし、結構楽しそうです。
よし、と顔を上げると、隣にいたサキと目が合いました。
「行く?」
「うん」
順路どおりに進んで、たまに説明文を僕が読むのですが、予想よりも楽しかったです。これなら、動物園に行っても楽しいかもしれません。テレビで見た熊もいるあそことか。
あちこち回ったところでベンチに座って休憩します。
飲み物でも買おうかと思ったら、サキがカバンから水筒を出しました。
「紅茶だけど飲む?」
「え、いいの?」
「? いいよ」
蓋がコップになってる上に、もうひとつコップがついています。さすが桜月製品です。
ふわりと漂う甘い――バニラの香り。香りつけのしてある紅茶みたいです。
一口飲んでみますが、正直、苦いです。砂糖もミルクも入っていないみたいです。が、サキは平気で……というよりむしろおいしそうに飲んでいます。
「植物園なんて小さいころ以来だー。久々に来ると楽しいね」
「うん。僕も来たのは久しぶりかな」
サキはまたカバンをあさっています。今度は何が出てくるのでしょうか。
「あ、あったあった」
取り出されたのは小さな袋。細かい模様が描かれてとてもきれいです。
「出し忘れてごめんね。砂糖とミルクどのくらいいいる? あ、チョコも食べる?」
言葉通りにスティックシュガーとミルクとチョコが出され、マドラーまで出てきました。
何て準備がいいのでしょうか。
「あ、ありがとう」
ベンチにコップを置こうとしたらサキが代わりに持ってくれました。シュガーとミルクを入れると、ごみを入れるためのビニール袋まで出てきます。
『彼女』ってこんなにも甲斐甲斐しいものなのでしょうか。それともこれが話に聞く桜月人の気遣いっ?!
もらったチョコレートはビターでしたけど、滑らかで美味しいです。どこのメーカーのものでしょう? 兄さんもチョコレートが好きですから、きっと喜ぶと思うのですが。
と、近くで音楽が流れました。歌?
「あ、ごめんメール」
え? あの、今流れたの歌でしたよね? 普通に声入ってましたよね?
サキはまったく普通に携帯を操作しています。桜月では普通のことなのでしょうか?
「え……と」
「あ、ごめん。仕事関係だったらマズイから、メールや電話は確実にチェックしなきゃいけないんだ」
「あ、うん。そうだよね」
ええと、こういう反応を返されるということは……桜月ではやっぱり普通なのでしょうか。
そういえば。
「サキ、携帯のアドレス教えて」
「あれ? あ、そういえば交換してなかったよね。いいよー」
軽く了承してくれるのはいいのですが、何で何も言わないまま携帯を持ったままこちらに向けるのでしょう?
「サキ?」
「なに? こっちは送信すればいい? 受信?」
「メールアドレス知らないから送れないよ?」
「え? わざわざメール送らなくても赤外線通信できるでしょ?」
赤外線通信? ゲーム機じゃなくて携帯の話ですよね?
「アーサーの携帯ちょっと見せて? 交換」
「え、あ、うん」
言われるままに交換します。わ、ボタンたくさん。
あれ、このマークってカメラ? それにこれって電球のマーク、だよね?
「なんか違う」
「うん、僕の知ってる携帯とかなり違う。
なんていうか……さすが桜月?」
「ディエスリベルで買ったんだけど」
「昔は同じ国だったんだよね?」
「そうらしいけどね」
なんだか釈然としませんが、最大の目的は果たせました。
これで次からサキに電話できます! それに、メールならデートの約束も少しは簡単に出来る気がします。
砂糖を追加したミルクティーも美味しいし、初デートにしてはまずまずではないでしょうか。
「そういえば、お昼どうする? ここのレストランやカフェって高そうだよね」
「少し遅くなるけど、戻ってから食べない? 美味しいところ知ってるんだ」
「わ、楽しみ!」
下調べはしっかりしました。レストランのあとは雑貨屋で、それからティルアお勧めのカフェの予定です。
広場の時計を確認しようと顔を上げて、見慣れた後姿を見た気がしました。
兄さん?
ま、まさかデートについてきていたのでしょうか。今までのやり取り、全部見られていたとか?
でも……なんだか慌ててるみたいです。人もそれなりにいますし、時々隠れて見えなくなっていますし。
あ、誰かを見つけたみたいで近づいていきます。
兄さんの行く方向へ視線を向けると……え、フリッツさん?
姉さんは知っているでしょうか。兄さんと同期の刑事さんで、気難しいところのある兄さん相手でも大らかな人です。
フリッツさんまでいるということは、考えられることは……事件。
「どうしたの?」
「え?」
サキに話しかけられて、一瞬だけ迷いました。
このまま何も見なかったことにしてデートを続けるか、それとも……
「あ、ごめん、ちょっと待ってて」
「わかったー」
多分トイレにでも行くと思われたのでしょう。それでいいです。
だって、事件を追っているかもしれない兄さんを追いかけるなんて言えません。
危ないことは良く分かってるし、兄さんに見つかったらすごく怒られる事だって分かっています。
でも、どうしても気になったのです。最近の兄さんの様子やあの電話とか。
もちろん見失ったらすぐに戻りますし、深入りする気もありません。
ただ確認だけはしておかないといけない、そんな気がしたのです。
あ、姉さん。くれぐれもこのことは内密に願いますね。
兄さん、今も気づいてないみたいですから。