【Step2 初デート】 1.デートに行こう
ヴィルとティルアにばれた――別に隠す気はなかったのですが――のが週の中頃。そして、明日は週末です。
休みなのでその……デートに誘ってみようと思います。
とりあえず映画でも見てショッピングというコースを考えています。
出来ることなら朝に会って話をしたかったのですが、今日まで登校時間が重なったことはありません。運が悪いのでしょうか。
仕方なく次のチャンス……昼休憩に頼るしかないのですが。邪魔が入らないといいなと思います。
そう、朝の時点では思っていました。
いつもの食堂で向き合ってご飯を食べていますが、正直気まずいです。
今日に限って本当に邪魔が入りません。
ヴィルもティルアもいることはわかってるんです。食堂の反対側――廊下側にそれぞれ友達と座っていますから。後姿とはいえ、見間違いはしません。
邪魔しないでほしいって思ったのに、二人きりは気まずいなんて言えません。
「そういえばアーサー、明日暇?」
そう、そういう感じで軽く……?
「え?」
「明日、暇?」
聞こえなかったと思ったのか、サキが繰り返し聞いてくれました。
「ううん! 大丈夫! 空いてるよ!」
「? そっか、空いてるんだ」
僕のほうから聞こうと思っていましたが、これはチャンスです。
『デートしよう』とは言えなくても、『映画観に行かない?』なら言えますきっと!
「だったらデートしよ。植物園行ってみたいんだ」
「……植物園?」
「そう。ブラオンヒューゲル植物園? ガーデニングコンテスト作品展やってるんだって。タダ券もらったの」
ええと。デートのお誘いでいいんですよね? しかももう券がある。
映画に誘う予定でしたけど、サキがどういう映画が好きかまでは分からなかったから、券はまだ買っていません。
僕と行くことを選んでくれたのは嬉しいんですけど……誘いたかったって言うか。
「アーサーは植物園とか嫌い? 結構好き嫌い分かれる場所だと思うけど」
「ううん! そんなことないよ。行く!」
せっかく誘ってくれたのに行かないなんて選択肢ありません。
ただ、次回からはもっと早く、僕から誘う決意だけは固くしました。
「よかったー。じゃあどこで待ち合わせする?」
「迎えに行くよ。アパートの下で待っててくれれば」
せめてここからでもリードしたいです。だって、初めてのデートですし、サキはこの国のことをまだあまり知らないんですから。
もう少し当日の行動予定を詰めたかったのですが、残念なことに昼休憩が終わってしまいますので、続きは帰り道に話すことになりました。
予定とは違いますが、一応デートの約束を取り付けることが出来て個人的には満足していたのですが……邪魔が入ったのはこの後でした。
「デートだそうだな」
いきなり肩を組んできて、ヴィルはニヤニヤと楽しそうに言います。
まあ、からかわれるのは予想の範囲内だったのですが。
「どこで聞いたのさ」
「いやいや気にするな。で、どこに誘ったんだ? 映画か?
桜月人の観光客にはアッシェンプッテル城が人気あるみたいだぞ。
まさかいきなり彼女の家に」
「うるさいよヴィル」
あまり関わりたくないので、早々に口を挟みます。
でも、桜月人の観光客にはアッシェンプッテル城が人気というのははじめて聞きました。次のデートにいいかもしれません。
「なーに言ってんだ。晩生なアルにせっかくアドバイスを」
「いらないって」
「ンなこと言ってお前、恋人との付き合い方とかマニュアル読んでんじゃねーの?」
「ヴィルの『体験談』は当てにならないから。
……あんまりしつこいと、もうノート貸さないよ」
付け加えた一言が聞いたのか、不満そうながらもヴィルは去っていてくれました。
でも、マニュアルのことなんで分かったのでしょう?
そう見えてしまうのでしょうか。
「アール!」
……ニコニコと楽しそうな声。せっかくヴィルから逃げられたのに。
いやいやながらも振り向けば案の定ティルアがいました。
二人してどうしてこのタイミングで来たのでしょう。狙ってたのでしょうか。
「何?」
「ハイこれ」
有無を言わさず受け取らされたのは一枚のメモ。
何なのでしょう。いやな予感しかしないのですが。
不安でしたがメモを開くと、ティルアの字でいくつかの走り書きがしてありました。
住所と……お店の名前?
「お勧めの雑貨屋さんやケーキ屋さん」
「ティルア!」
ごめんなさい、さっきまで邪魔者扱いしてごめんなさい!
「ありがとう」
「いいの。デートがんばってね」
それだけを言ってティルアは自分の教室に戻っていきました。
ヴィルとは比べ物にならないくらい助かりました。
これを参考にデートプランがんばります!
帰り道で確認したのは迎えに行く時間だけ。
家に帰ってからはガイドブック片手にプランを練ります。
天気予報でも明日は晴れだといっているし、幸先はいいはずです。
あとは……ヴィルやティルアが着いてこなければいいんですが。まさか、とは思いますが。
まあ、そういう面では兄さんも少し心配です。ちょっと弟の彼女を見てやろう、くらいは思われてそうで。カレンダーに書かれた予定表では、兄さん明日非番ですし。
姉さんは、その……恋人、いますか? 以前にいたでもいいのですけど。
人によって好みが違うことは重々承知していますが、参考にお話を聞かせてほしいです。
朝、です。
緊張のせいか、あまり眠れませんでした。兄さんは……まだ寝ているようです。
普段忙しいのですから、お休みの日くらいはしっかり寝ていてほしいので、起こしません。特に今日はその……いろいろ言われるといやなので。
準備は万端、最後に鏡も確認しましたが大丈夫、なはずです。
ふと思いついて窓からサキの住んでるアパート方面を覗いてみましたす。
……立っていました。すでに。隣に男性も立っていました。この人が同居先の人でしょうか。
時計を確認してみましたが、まだ待ち合わせの二十分前です。
でもこれ以上待たせるわけにはいきません。慌てて家を飛び出しました。
「サキ!」
「アーサー!」
アパートの門を出れば距離があまりないこともあってすぐに姿が見えます。
呼びかければ、僕に気づいたサキが大きく手を振ってくれました。
「ごめん、待たせちゃって」
「んーん平気だよー。じゃあ早速」
「待・ち・な・さ・い」
がしっとサキの肩をつかんだ男性がじっと僕を見ます。
なんだか、見定められているみたいです。
年はたぶん兄さんと同じくらい。茶色がかった髪で丸めがねの神経質そうな人。
サキの同居人なのでしょうけれど。
「さっきの話、ちゃんと聞いていましたか?」
「聞いてまーす。暗くならないうちに帰るし、人から物もらわないし、知らない人についていかないでしょ?
あたし、高校生だよ?」
「桜月人は狙われやすいんですよ! 絶対に危ない場所には行かないこと!」
不満そうなサキに対して、男の人は胃が痛そうな表情で言ってます。
ちょっと正直、僕も思い当たる節があるのでサキのことは庇えません。
「あたし、おじーちゃん家でもちゃんと気をつけてるよ」
「兄弟やいとこと一緒で保護者つきだったから無事だったんです」
「ええと……十分気をつけます」
小言が長くなりそうだったのでそれだけ告げます。
「ほらアーサーもこういってくれてるし!
ここはコンラートさんも聞き分けよく」
「シルヴィオの口調を真似しない」
「じゃあ、デートの邪魔しないでって言えばいい?」
真顔で言ったサキの言葉に思わず僕のほうが照れてしまいます。
男性――コンラートさんは大きなため息をついた後、もう行きなさいと言ってくれました。どうみても、もう付き合いきれないといった様子でしたけど。
「門限守らなかったら分かってますね」
「はーい、いってきまーす」
逆にサキは本当に嬉しそうに笑って、僕に向き直りました。
「行こ?」
「う、うん」
出発前から疲れた気がしますが……初デート、始まりです。