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2番目の、ひと

【Step1 おつきあい開始】 2.一緒の下校

 突然起こった……起こしてしまった告白ですが、それからとんとんと話が進んで、一緒に帰ることになりました。
 ティルア以外の女の子と二人きりで帰るなんてきっと小さい頃以来です。
 意識すると緊張し過ぎそうなので、あまりしないようにしますが。
 突発的な告白だったので、正直互いの名前も良く分からない状況です。
 がちがちな僕に気づいたのか、彼女がまず口を開いてくれました。
「あたしの名前はね、(たちばな)(ひさぎ)
 桜月人で、ここに転入してきたのは二週間前」
「うん、知ってる。桜月人が学校に来るって結構噂になってたんだよ」
「そうなんだ?」
「僕はアルトゥール・フォルトゥナーだよ。タチアナって呼べばいい?」
 先ほど聞いた名前を返せば、何故か彼女は首を傾げました。
 発音、おかしかったのでしょうか?
「名前は楸のほうだよ。あと、タチバナ、ね」
「あ、ごめん。イサキ?」
「ひーさーぎ!」
「フィサキ?」
 ため息つかれました。桜月語って難しい。
 それに少し悔しいです。彼女は結構流暢にこちらの言葉を話しているんですから。
「仕方ないよね。発音しにくい音ってあるもんね。
 サキでいいよサキで」
「……ごめん」
 彼女になるって人の名前もちゃんと呼べないなんてと落ち込んでいると、サキから問いかけられました。
「アルトゥールってパラミシア読みだとアーサーだよね?」
「ああ、うん、そうだけど」
「だから、あたしはアーサーって呼ぶね」
 ぱっと笑うとなんだかさらに幼く見えます。
 桜月人は童顔で良く笑うとか、笑顔が優しいとか聞いたことありますが、今を持って実感しました。
 正直『アーサー』といわれるとちょっと微妙な感じです。姉さんはよくよく存じ上げておられると思いますが、ね。
 でも、これは互いに渾名で呼び合うってことですよね。
「ありがとう」
 上手く発音できないのは悔しいですが、僕だけの呼び方というのは実は嬉しいものではないのでしょうか?
 栗色の髪はとても柔らかそうで、琥珀色の瞳はたれ目気味です。
 背は少し低い感じです。僕もそう高い方ではありませんが、ティルアよりは確実に低いです。
「サキは桜月のどこからきたの?」
「生まれも育ちも桜月だけど、高校はディエスリベル」
「ディエスリベル?」
 それって確か桜月の東南あたりにある国、のはずですよね?
「そう。親の仕事の関係でね」
「ふーん。観光で行くと楽しい国らしいね」
「楽しいのかもね。あたしいたの、地方都市だし」
 力なく笑いながら、サキはもう引越しは嫌だと言っています。
 いろんな国に行くって、楽しそうだけじゃすまないんですよね、きっと。
 こちらは地続きの国が多いですから、ちょっとした休みに隣国に行くのは普通ですけど、住むとなるとまた違ってくるのでしょうし。
「じゃあ、ここに来たのもやっぱり」
「そう。あちこち回ることになりそうだからって、とりあえず親戚筋に当たる人のトコに下宿させてもらってるの」
 下宿って、やっぱり大変ですよね。姉さんはそういう話はしてくれませんでしたけど。
「もうこの町には慣れた?」
「あはは、まだちょっと。古い建物多いよねぇこのあたり」
 見慣れないといった様子で歩道のレンガをコンコンとつま先でつつく様子は、なんだか小さい子みたいで……和みます。
「そういえば、家ってどのあたり?」
 学校から今までほぼ一本道ですけど、もう少ししたら道が分かれます。
 話をしているうちに、別の道にいってたら大変です。特に今の季節は日が暮れるのが早いのですから、女性を一人で歩かせるわけにはいきません。
「ちょっと待って。えっとー」
 なにやらカバンを見たりポケットをパタパタしたりしていますが、外でそういう行動をしているとスリに狙われやすいのですが。ああ、桜月人って皆こうなんでしょうか?
 兄さんが桜月人観光客はスリとかの被害に会いやすいといっていましたが、サキの様子を見ていると間違いなくそうだろうと思います。
「あ、あった」
 取り出したのはメモでした。こちらの言葉と……桜月語でしょうか、文字には見えない文字が並んでいます。なんていうかアートみたいです。
「えーっと、パルメ通りのヴァンダーファルケってアパート」
「……え?」
 僕の反応にサキが首を傾げます。
 ああ、なんだか本当に子供を相手しているみたいです。
「知ってるの?」
「うんまあ……近所だし」
「そうなんだ! すごい偶然!」
 姉さんは覚えているでしょうか? うちのアパートの二件斜め向かいにあるアパートです。僕らが住んでいるアパートは入居時からあまり人が変わっていませんが、あそこは結構人の出入りが激しいですし、引越しが多くても見慣れてるんですよね。
「それじゃあ近くのスーパーとか教え……って、男の子はあんまり知らないかな」
「ううん大丈夫、わかるよ。何か買いたいものあるの?」
「わかるの? ならね」
 にこにこと話すサキを見ていると、昔兄さんがため息混じりに言っていたことが思い出されます。
 桜月人は子供っぽいと。それから……なんだかこっちが守ってあげないとと思わせるような行動を取ると。
 姉さんも聞いたことありますよね? 今、僕は嫌というほど味わっています。なんというか、本当に庇護欲をかきたてられます。いえ、目を離すのが怖いといった意味合いが強いのかもしれませんが。
 結局、サキはスーパーで調味料をいくつかと、頼まれていたらしい食材を購入しました。
「アーサーは料理するの? 詳しいよね」
 ……ここぞとばかりに、ちょっとアドバイスが過ぎたのかもしれません。
 それともついでにと僕もいくつか食材を買ったせいでしょうか。
「うんまあ。うち、兄さんと二人暮しだから」
「お兄さんと? 男兄弟なんだ」
「ううん、姉さんもいるよ。隣の国の大学に行ってるんだ」
「へー。うちはプラスで弟いるよ。あたし三番目」
 兄と姉がいるというだけで、なんだか親近感がわきます。
 もう少し話したい気がしますけど、彼女のアパートの門はすぐそこです。
 ちゃんと送りましたよ。こんな子を一人で歩かせていたら、犯罪に巻き込まれそうで怖いですから。
「じゃあ、また明日。学校でね」
 小さく手を振ってサキが門を通ってドアの向こうに消えていきました。
 また明日、なんて。聞きなれているはずなのに、何故か今日は嬉しく感じます。やっぱり彼女だから、なのでしょうか。
 なんだか、今更恥ずかしくなってきました。
 僕じゃ駄目かな、なんて台詞、どこから出てきたんでしょう?
 この前ヴィルに借りたマンガのせいでしょうか? 知ってますか姉さん、あいつ、顔に似合わず少女趣味なんですよ。
 ほわほわとした感じで家に戻りますが、ぜんぜん落ち着きません。
「どうしよう。どうしようっていうか、どうしよう」
 独り言が止まらないのは動揺しているせいなんですけど、落ち着きません。
 だって、初めての彼女です。どうしたら良いか、なんて全く分かりません。
 こ、こういうときはやっぱりマニュアルでしょうか?
 兄さん持っていないかな、部屋に勝手に入ったら怒られますよね。
「あ、ハム忘れた」
 今晩のメインにしようと思っていたのに。
 もう一回買い物に行って、ついでに本屋でマニュアルを購入しようかと思いましたが、今の僕がまともな判断できるかといわれると自信がないので諦めます。
 幸いなことに、兄さんも夜勤で帰って来れないとの事ですから、僕が我慢すればいいだけのことですし。

 とはいえ、明日はどういう顔で会えばいいのでしょう?