【Step1 おつきあい開始】 1.告白×2
拝啓、姉さん。
もしかして僕は、生まれて初めて『告白』というものを受けるのかもしれません。
どきどきと心臓がうるさく鳴っています。落ち着けといわれても落ち着けるはずもありません。
相手の名前は知りませんが、顔は見覚えがありました。ティルアのいる四組の子です。
先ほど、呼び止められたときの印象は、ハシバミ色の瞳の愛嬌のある子でした。アルテ系の柔らかそうな茶色の髪はセミロングで、学校指定の紺色のブレザーとグリーンのチェックスカートは見慣れたものですが、良く似合っていたように思います。
でも今まで一度だって話したことがないと思います。
正直、いつ僕のことを意識したのでしょうか? 四組にはティルアがいるので……嫌でも行っていますから、その時に見ていたのでしょうか?
現在、待ち合わせ時間の五分前。待っていて欲しいといわれた校舎裏の林にいます。ちなみに、言うまでもなく告白スポットです。
告白……だよね。そうだよね。このシチュエーションでそれ以外ないよね。
と、とりあえず深呼吸でも。
しようと思ったところで下草を踏む音が聞こえました。
来たっ!
「あ、ごめん。待った?」
「ううん」
相手も少しびっくりしたみたいだけど、僕だってびっくりしてます。
慌てて首を振って、渇いた喉から何とか言葉を搾り出すことができました。
「それで……その」
「あ、うん。あの……」
ぎゅっとスカートの裾を握り締めて僕に向き直る彼女。
彼女の視線はずっと足元を向いていて、自然と緊張も高まります。
どうしよう。告白だとは思うけど、こういうのってどう対応すればっ?!
僕が結論を出すより早く、彼女が顔を上げて、思ったよりもしっかりした声で言いました。
「私のこと、ふってください!」
「はい?」
あれ、聞きました? 『ふってください』?
「え、と?」
「だから、わたしをふってください」
予想外すぎる言葉に反応できなかった僕ですが、彼女はどうやら聞こえなかったとでも思ったのか繰り返してくれます。
いえ、聞こえないはずないじゃないですか、この距離であの声量で。
ただ言われた内容には納得がいかなかったので、聞きなおします。
「つきあってないよね? 僕たち」
僕の確認に彼女は頷きました。当然です。
何故か何を言ってるんだって顔されました。こっちこそ貴女が何を言ってるのかって感じなのですが。
説明を求めたことには気づいてくれたようで、胸の前で両手を組んで説明してくれました。
「一昨日まで、わたしフォルトナー君のこと好きだったんだけど。昨日、運命の人に出会ったの!」
はあそうですか。それはよかったですね。でもなんでそれを僕に報告する必要があって、ふらなければいけないのでしょうか。
「今のまんまじゃ、前に進めないから。だからふってください」
いえそれって僕にはぜんぜん関係ありませんよね?
だって僕は君の恋人でもなんでもないし、むしろ好かれてたこと事態知らなかったんですから!
僕の内心には気づかず、彼女はどんどん言葉を重ねていきます。
そう、ある意味、とどめとなる言葉を。
「それに、フォルトナー君はティルアのこと好きでしょ?」
疑問の形を一応取っているものの、確信を持ったその言葉。
「だから、わたしの告白うけたって困っただろうし」
……ティルアの件はともかくとして、別の意味で困ってるってどうして気づいてくれないかなぁと、今現在すごく困っている僕は思うのですが。
「というわけで、あなたのことが好きでした」
さばさばとした表情で彼女は言ってくれます。彼女が求めている言葉はもちろん分かります。最初に言ってますからね。
正直、素直に乗るのは癪な気がしますが、関わりあいたくない気持ちのほうが強いので、もう言うことにしました。
「あー、うん。ごめんなさい」
「ありがとう。ティルアと幸せにね」
そういって彼女は去って行きます。足取り軽く、実に清清しそうに。
逆に僕はどん底まで落とされましたが。
「また、ティルアか」
漏れた言葉は本心です。
姉さんはもちろん知っているでしょうが、ティルアは幼馴染の女の子です。
家が近所で年が近い子は僕とティルアとヴィルだけで、悪戯好きの二人に僕は良く引きずられてたのは覚えてますよね? それから、いじめっ子なとこがあるヴィルと、彼に対抗しようとするティルアの二人に挟まれてたことも。
楽しくなかったといえば嘘になるけれど、僕はかなり大変な目にもあってます。それこそ二人といると兄さんが嫌な顔するくらいには。
高校に入っても一緒にいることが多いせいか、さっきの子みたいに決め付けられることが多いのが現在の頭痛のタネです。
だいたい、友人としてのティルアとも距離をおきたいと思ってるのに、何でさらに親密になる必要があるんだってっ
それに何より、他人の気持ちを勝手に決め付けられるっていうのは。
「好きなんだ」
いやいや僕はそんなこと。と、当然僕の声じゃありません。
そういえばここは告白スポットでした。
……他人の告白現場なんて見ないほうがいいですよね。
聞いちゃ駄目、見ちゃ駄目です。
ここは何もなかった振りしてそっと立ち去るのが一番です。
「付き合ってる奴いないんだろ? なら、俺と付き合って欲しい」
「はあ」
聞いちゃ駄目とは分かっていましたが、さっきの僕みたいに冷めた返事につい足を止めちゃいました。逃げなきゃいけないって言う現状に好奇心が勝って、こっそりと木陰から様子を伺ってしまいます。
……兄さんに知られたら絶対に怒られますね。ごめんなさい兄さん。
そこにいたのは予想通り男女の一組。男の方は全く分かりませんが、女の子の方は知ってる――というより見当がつきました。
栗色のふわふわした髪は珍しくありませんが、バターを溶かしたような色の肌はここでは珍しいものです。桜月系特有の特徴ですもんね。
そして、この学校にいる桜月人は二週間前に転入してきた子だけ。
桜月の人は皆黒目黒髪だと思っていましたが、染めてるのでしょうか? これだけ離れていると目の色までは分かりません。
その子は少し考えるようなそぶりを見せた後、口を開きました。
「条件を三つのめるなら付き合ってもいいよ」
僕としては、付き合うのに条件出すのかと感心してしまいました。もっとも、断るための口実かもしれませんが。
正直、この頃にはもうすっかり逃げるなんて選択は頭から消えていました。
「まず一つ目。あたし、忙しい上に守秘義務がすごくあるバイトとしてるの。いつ呼び出されるか分からないし、普段も仕事もあるから、デートとかあんまり……ううん、ほとんど出来ないよ」
探偵社とかのバイトでしょうか?
守秘義務、なんて言われると、そういう関係しか考えられませんが、学生を雇うことってあるのでしょうか。
「二つ目。バイト関連で本当に守秘義務きつくて話せないこと多いの。嘘はつきたくないから、根掘り葉掘り聞かないこと」
ああ。嘘で誤魔化したくないから言えないことは言わないということですね。
それって結構誠実なんじゃないかなぁ。
「最後に、付き合ったとしても、一番に優先することはないから」
「は?」
気の抜けた声。僕ももちろん同じ気持ちです。
思わず上げそうになった声を慌てて飲み込むくらいにはびっくりしました。
「どういうことだよ、それ」
「一番優先するのは仕事だったり、別の人だったりってこと」
悪びれもなく彼女は答えます。でも、こういう言い方したら普通怒るよね?
「付き合う気がないなら最初からそういえよ」
案の定、男の方はかなりいらだった様子です。
「あー、やっぱりそう言われるか。
飲めないみたいだからごめんなさい」
対して、彼女は苦笑というかそういう色の声。それから何故か頭を深く下げました。しばらく沈黙が続き、舌打ちを残して男が立ち去って行きます。
良かったこっち来なくって、じゃなくて僕も逃げなきゃ。そっとそっと。
中腰なんていう中途半端な体勢がまずかったのかもしれません。
「うわ」
何かに躓いて、まずいと思ったときにはもう遅く、湿った草にさらに足が滑って、派手な音を立ててこけました。
気づかれた! コレ絶対に気づかれたッ!!
倒れたままになってると、草を踏む音がします。
顔を上げなくても誰かなんて分かってます。ええ。
「何してるの?」
「えっと、あー……その」
声に怒りの色はないみたいですが……
「聞いてた?」
「……ごめん」
「別にいいよー」
けらけらと笑うような声に顔を上げれば、彼女はさばさば……というには覇気のない笑みを見せていました。
大きな琥珀色の瞳。桜月系は年下に見えるって言うけど確かに、と思わせるような邪気の無さに居た堪れない気持ちがすごく出てきます。
「さっきの、条件だけどさ」
気づけばつい口に出していました。
「ん? ああ、あれ? 我ながら厳しいとは思うんだけどねぇ」
これじゃ恋人できないよねーと笑う彼女に、当時の僕は何を思ったのか、こう口走っていました。
「僕じゃ、駄目かな」
「え?」
きょとんと、大きな目がさらに大きくなります。
それから困ったように笑ってくれました。
「モノズキだねぇ」
「そうかな」
「そーだよ」
くすくすと二人、地面に座り込んだままで笑いあうと、なんだか小さな頃にした秘密の約束みたいで懐かしい感じがします。
えーと、つまり、そんなわけで。
彼女、できました。