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月の行方

【第九話 星の軌跡】 3.淡い恋

 まず最初に文句を言ったのはユーラだった。
「なんで出てかなきゃいけないんだよっ」
「久々の親子の対面に水を差す事も無いだろ」
「積もるお話もありますでしょうし」
 応えたのは、同じく少々面白くなさそうなノクス。
 その二人を宥めるのはまだ小さなグラーティア。
 流石に大人気ないと思ったか、二人は少々大人しくなる。
「まあその分大神殿を案内するから、機嫌直して欲しいな」
「……別に知りたくもない」
「何言ってるの。『敵』の事を知るのは大切だよ」
 さらりと言われた言葉に、また眉を寄せるノクス。
 ずっと思っていたことだが、ラティオは自分が属しているにもかかわらず、ソール教をこき下ろす。そんなに嫌いなら離れればいいのにと思うが。
「離れてるさ。心はとっくに」
 前を向いたまま言ったラティオにギョッとする。
 こちらを振り向いた彼は、とてもとても面白そうに笑う。
「二人とも分かり易すぎる……正直なのはいいことだが」
「悪かったな」
 ムッとするのはノクスの方。
 王族がみだりに感情をあらわしてはいけない。それは昔から言いつけられてきたこと。上手くいったことは少ないけど。
「とりあえず、当面の部屋は確保しておこう」
「当面?」
「いつまでもここにいるわけではないだろう?
 ポーラはともかく、お前は他に目的無いのか?」
 聞き返したノクスに、ラティオは当たり前の事を聞くなといった口調で返す。
 言われて初めて気がついた。
 今までなんとなく……というより、成り行きでポーラにくっついて旅をしてきたものの、ノクスの本来の旅の意味は『成人のための儀式』だ。
 一人旅をしろと言うわけではないが、保護者同伴の旅で良い訳が無い。
 お前は何のためにここにいるのかと問われたようで、ほんの一瞬足が止まった。
 そう。いつまでも一緒にいられるわけじゃない。
 強くなって彼女の父に勝負を挑み、勝利を得なければ……彼女とは共にいられない。
 今更ながらに思い出す。
 というよりも、許婚とはいえ彼女は自分の事をどう想っているのかとか、そういったこともまったく知らない。
「あ、ユーラの部屋はティアの隣でどう?」
「……何でそう限定する?」
 怪しいとばかりに睨みつけるユーラ。
 そんな二人の間に割り込むように、小さな影がユーラに抱きつく。
「ティアの隣は兄様のお部屋か、物置ですわよ?
 ユーラ様、ティアといっしょのお部屋にしません?」
「えーっと」
 天使の如く微笑を浮かべて甘えるティアには強く言いづらいのか、あいまいな笑みを浮かべるユーラ。そんなやりとりと眺めつつ、ノクスはなにやら考えていた。

 緊張する。
 頭はたれたまま、目だけをそっと上げて相手の様子を伺う。
 長い髪は、神が住まうと言われる天上の如き青。肌は庭園に咲く白バラのよう。
 瞳はクロッカスの花よりも濃い紫。王にのみ許された至高の色。
 身に纏う白いローブは他の司祭と同じもののはずなのに、その神々しさの違うこと。
 同性だというのに見とれてしまう。
 『水は差したくないから』と一人取り残されて、どれだけ経ったろう?
 母は何も言わないし、自分も緊張して何もいえない。
 沈黙ばかりが過ぎていく。
 何か言わなきゃと思うけれど、頭は真っ白で何の言葉も思いつかない。
 会いたいと思っていた。ずっと。でもいざ会ってしまうと、なんとも気後れする。
 母上がこんなに綺麗なんて知らなかった。
 『似てる』ってたまに言われたけど、そんなのウソ。
 一体どこが似てるって言うんだろう?
 むしろ、この人は本当に母なんだろうか?
 だってどう見ても若すぎる。二十代の半ばくらいにしか見えない。
 ポーラの母なら計算が合わない。
 でも、眼差しとか、笑顔から受ける印象とか、纏う雰囲気はどこかアースに似ている。
 胸はどきどき、そわそわして。何か言わなきゃ。頭は真っ白。
 そのとき、別の感覚が走る。
 そう。ポーラはそれに思い当たるべきだった。テーブルをはさんで椅子に座っているのではなく、靴を脱いで床に正座しているのだから。

 硬い石の上に直接じゃなく、厚めの絨毯が引いてあるとはいえ、長時間正座していれば慣れない者は必ず足がしびれる。
 心持ち、もぞもぞと落ち着きなさそうに動き出した娘の姿に、ベガは微笑む。
 緊張しているのは火を見るより明らか。
 妹から聞いていた通り、娘の人見知りは激しいらしい。
 いくら親子といえど、物心ついてから一度も会っていないのでは当然の反応だろう。
 あのアースだって小さいころは人見知りが激しくて、たまにしか会う機会のなかったベガは淋しい思いをしたものだ。昔を思い出して苦笑する。
 やはり、きっかけは自分の方から作るしかなさそうだ。
 ベガは立ち上がり娘に近寄るが、彼女はこちらに気づかない。
 自らの首にかかっていたペンダントを、俯いたままの娘の首にかける。
 勾玉と管玉の触れ合う澄んだ音。
 そして突然の重みに、弾かれたようにポーラは顔をあげる。
 淡く紫がかった銀髪はアルタイルから。ぱっちりとした紫水晶の瞳はベガから受け継がれた。
 それなのに。
 幼さを残したその顔立ちも、こんな瞬間に見せる反応も、下の妹を思い出させる。
 あわててペンダントを外そうとするポーラの手をそっと遮り、ベガは言う。
「これを、そなたに預けます」
 戸惑いの色を宿した瞳を見つめ、ゆっくりと話す。
「これは『我ら』にとって大切な宝。昴のもとにあるべき三種の宝の一つ」
「すばる?」
 幼子のように問い返すポーラに頷くベガ。
 娘の傍らに座りなおして、楽な姿勢をとるように促してから、続きを話す。
「昴は『統ばる者』。こちらでいう王と同じようなものでしょう」
「王……」
 呟いて、ポーラはまた口を閉ざす。
 かつて何度か聞いていた。
 自分は『昴』の『後星』。次の王になるべき者だと。
 実感なんて、今も無い。
 自分の帰りを待つ人がたくさんいると聞いても、まったくピンと来ない。
 困惑する娘を安心させるように微笑んで、ベガはさらに言葉を紡ぐ。
「今すぐに継げという訳でも、必ず継げという訳でもありません」
「え?」
「昴は、自覚無きものが背負うには重過ぎるもの。
 そのような者が継いで、何になりましょう」
 不思議そうに問い返すポーラをまっすぐに見据えてベガは言う。
 母の顔ではなく、かつて国を統べた者としての顔で。
「覚悟なき者がその座につけば、悪戯に民を苦しめる事となります。
 民こそが国の宝。それを理解せぬ者に、資格はありません」
 厳しい言葉にポーラの瞳が揺れる。そこでようやくベガはまた母の顔戻る。
「さりとて、そなたはまだあまりにも『我ら』の事を知らぬ。
 ゆっくりと考えなさい。自らの事を、これからの事を」
 叱られた子供のように、視線だけ上げて伺う。
 その姿は以前にも見たことがある。自分の娘なのに。何故こんなにもあの子に似ているのだろうと、ベガは不服に思う。
「考えた上で、それから都の明……今の昴の元へ向かいなさい。
 継ぐならばその覚悟を伝えるために。継がぬなら、その宝を返すために」
「……はい、母上」
 ほっとしたような、拍子抜けしたような、そんな娘の声。
 それでも『母』と呼ばれることは、無条件に嬉しい。
「そうですね……百年程あれば十分でしょう?」
「百年?!」
 思いもしない言葉に、ポーラは素っ頓狂な声を出す。
 考える時間があるのはありがたい。
 でも百年とはどういうことだろうか?
 そんなに経ったら、死んでしまっている。
 驚いたポーラに、今度はベガが首を傾げる。
「短すぎますか?」
「え、あ……だって、その。
 百年も経ったら、私、生きてないんじゃないですか?」
 おどおどした娘の言葉に、今度はベガが目を丸くする。
 それから。ひどく淋しそうに微笑んだ。
「そなたは人の中で生きてきたのでしたね」
 思いもよらない言葉にポーラは母を訝しげに見つめる。
 緊張はもう大分解けてきた。
 でも付き合いの無さゆえか、母の言いたい事は分からない。
 人の中で生きるとは、何をさすのだろう?
「末姫を……アースを見て、分かりませんか?」
 母に言われた言葉を胸の内で反芻する。
 アースはベガの妹で、ポーラの叔母だ。
 雪色の銀髪と、左右色の違う瞳という、とても目立つ容姿をしている。
 正確な年は知らないけれど、別れた時には今の自分と同じくらいの年だった。
 そう……ポーラが物心ついたときから。
 はっとする。
 分かっていたはずだった。アースは常に言っていた。
 『わたしたち』は、人間とは違う。
 体力も魔力も――寿命も。
 そう、だから。
 『アースたち』いや、『自分たち』にとってはたった百年。
 長い長い人生の中の『ひと時』に過ぎない。
 それだけの時間があれば、知っている人たちがどれだけいなくなることか。
 父やユリウスは当然のこと、ラティオもユーラも、そしてノクスも。
 分かっているはずだった。
 でも、理解なんてしてなかった――したくない。
 実感なんて欲しくない。
 俯いてしまった娘をベガはそっと抱きしめた。
 彼女もまた、それに苦しんでいる一人だったから。

 白い建物の前に広がる、緑なすバラ園。
 自分には似合わない場所だと思いつつも、ノクスはその中に立ち続ける。
 いつ建物の扉が開くか分からない。
 でも、どうしても。今日中に会いたかった。
 日はもう傾き始めていて、後少しすれば夕餉の支度が始まる時間。
 出てきてくれなかったからどうしよう? かといって、親子の対面に水を差す訳にも。
 玄関の周囲を行ったり来たり、落ち着かない。
「ノクス?」
 不思議そうなその声にはっとする。いつの間にか、自分が待っていたはずのポーラがすぐ近くにいて、不思議そうにこちらを見ている。
「いつの間に……」
「いつの間にって……ドアをあけたらいるんだもの。どうしたの?」
 そう聞かれて言葉に詰まる。
 『ただ会いたかったから』
 ――そんな恥ずかしい事言えない。
 『俺のことどう思う?』
 ――もっと聞くの恥ずかしいし、返答によっては立ち直れなくなりそうだ。
 なら。
「街いかないか?」
 なんでもないふりをして聞いてみる。
 あちこちの街を見るのが好きらしいことは分かってるし、今なら間違いなく二人っきり。
 さりげなさを装ったデートのお誘いに、ポーラが返す返答は。
「……どうして?」
 ノクスの動きが固まる。
「いや、その……ここ、居心地悪いし」
「思ってたよりも酷くないけど」
 続けた言葉も、無常にも切り捨てられる。ポーラ本人にその気は無いだろうけれど。
 道具の買出しとか、今まで使えた口実は使えない。
 じゃあどうしよう?
 黙ってしまったノクスを、落ち込んだとでも思ったのか、ポーラはやわらかく微笑む。
「どこにも行かなくっていいから」
 普段の彼なら気づいたかもしれない。ポーラのちょっとした変化に。
 笑っているはずなのに、瞳は笑ってなくて、むしろ泣きそうなほどで。
 その瞳が、ノクスを見上げて眩しそうに細められる。
「背」
「は?」
「伸びたね」
「そうか? そういえばちょっと伸びた、かな?」
 確かにこうやって並んでみると、以前より視線を下げている気がする。
 背が伸びるのは嬉しい事だ。
 そんな風に思っていると、いきなり右手をとられた。利き手は他人に預けない。それは武器を扱う者にとって当然の理だけど、振り払う気は起きなかった。
 ポーラは彼の右手を持ち上げて、自らの手とあわせて悔しそうに笑う。
「おっきいね」
「そりゃ……男だし」
「ごつごつしてる。これ、剣だこ?」
 ポーラの手はノクスの者より一回り小さい。大きさもやわらかさもまるで違う。
「ちっちゃいころは同じくらいだったのにね」
 その言葉が、ノクスにはとても悲しいものに聞こえて。
 ふと思い立って、合わされたままの手をぎゅっと握った。
「?」
「今日泊まる部屋の配分、聞いてないだろ。案内する」
 微笑みかけて、手は繋いだままに有無を言わせずバラ園を出て行く。
 照れもあって前を向いたまま歩くノクスは知りようも無い。
 今にも泣き出しそうな彼女の表情も。息だけで紡がれた言葉も。
 彼女が何を聞いて、何を決めたかなんて、それこそ分からない。
 ただ。
 離したくないと言ってるように、強く握り返してくるてのひら。
 それに、安堵することはできた。