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月の行方

【第九話 星の軌跡】 2.運命の扉

 高い壁に守られた、この辺りでは典型的な町の姿。
 壁の外は人の力の及ばぬ場所。
 町の中は――こちら側は昼の世界。人の世界。
 壁の中に閉じこもっていれば安全だと。
『やはり……そう思うのだろうな』
「どうしたのいきなり?」
 急に紡がれた言葉に、当然ながらアースは疑問を返す。
 緑の無い、砂一色の世界。
 その端に見える、小さな小さな町の影。
 小さく見えるのはまだまだ距離があるからで、実際のあの町は大きい。
 信仰の中心。ソール教の本拠地・アルカ。
 白一色のその神殿は確かに綺麗だとは思う。
 空の青や植えられた芝生の緑とのコントラストも美しい。
 けれど、自らが慣れ親しんできた『カミ』とは違うとも思う。
『そろそろ北のも着いたろう』
「そうね」
『ならば、遅れるわけにはいくまいな』
 日影の言葉に、アースは止まっていた足を動かす。
 再会の日は、もう目の前だった。

 あれだけ緊張していたのが嘘のように、アルカにはすんなりと入れた。
「拍子抜けだな」
「普通はこんなものだ。聖地だからな」
 思わずもれたノクスの言葉に、ラティオは肩をすくめて返す。
 城下町と同じように、いや、もしかしたらそれ以上にこの町は賑わっていた。
 通りには土産物屋が軒を連ね、人が通りを占めている。
 全体的に体を覆う服装になっているのは、日差しが強いせいだろうか。
 ユーラは物珍しそうにきょろきょろと見回している。
 逆にポーラはずっと静かなままだ。
 多分警戒しているのだろう。
 見るからに緊張しているし、杖を持つ手が力の入りすぎで白い。
「大神殿に行くか」
 分かりきった事をあえて言うのは、ポーラのためだろう。
 現にポーラはその言葉にこくんと喉を鳴らし、何か決意をしたようだった。
 人の波にのるようにして大神殿を目指す。
 高い壁の向こう、姿をあらわすのは、空の青に映える白い石造りの建物。
 壁の一部に設けられた入口の両脇には武装した神官が立っている。
 なんか、下手な城よりも立派だよな。
 まるで他人事のようにノクスは思う。
 ノクスも生まれてすぐに洗礼を受けているのだから、正真正銘ソール教の信徒だ。だというのに、昔から教会を信じきれないのはポーラの一件があるからだろうか。
 本来ならこうやって大神殿に来る事は、とても光栄な事のはずなのに……気分はまるで強敵に向かう時のよう。
 狙われているのは間違いないしな。
 自分が『奇跡』を宿していると知れば、ラティオだってどんな行動に出るか分からない。
 ポーラが狙われていたことといい、信用はしないほうがいい。
 哨戒に立っていた神官がこちらに気づき、慌てたような顔をした。
「帰ったぞ」
「は」
 ラティオの言葉に、年かさの神官が戸惑ったような声を出す。
 中に入ろうとするラティオに向かって、もう一人の神官が口を開きかけ。
「客人だ」
 鋭い言葉と視線とで、ラティオに先手を取られ、結局沈黙した。
「お前さ、もしかして神殿内で嫌われてないか?」
「まさか」
 神官に聞こえないように小さく問われたユーラの言葉に、振り返ることなくラティオは応える。
「嫌われてるんじゃなくて、嫌ってるんだよ」
「……お前本当訳わかんねーな」
 壁を抜けた瞬簡に景色が広がる。
 両脇に目に鮮やかな緑の芝生。まっすぐに伸びた白い石畳の通路。
 その先に、三角屋根とタマネギみたいな屋根をもった、まるで城のように大きな神殿。
 一番高い円錐の建物は鐘楼だろうか。
 周囲を囲む四つの塔は、神殿を守る見張り台もかねているのかもしれない。
「……城か、ここ?」
 同じ事を思ったのだろう。ユーラが半ば呆れたかの口調で言う。
「ま、ある意味そうかもね」
 そこでようやくラティオは振り返る。口元には苦笑を、目には嫌悪の色をこめて。
「ソールと言う王のおわす居城って意味ではあってるかもね」
 こいつ、そんなにここが嫌いなんだろうか? 何度もそう思うことはあったけれど。
 少し注意してみれば、周囲の神官達がラティオに注ぐ視線も微妙だ。
 ある者は忌まわしそうに。あるものは憧れをこめて。
 まだ年若い、この司祭を見つめている。
「おや、お戻りですか? フィデス司祭」
「……バァル司祭」
 そんな声が聞こえたのは、大神殿まで後ちょっとといったところだった。
 呼びかけに、先ほどまでの態度と一変して、硬い声音でラティオが応じる。
 年はラティオより少し上くらいだろう。
 太陽を思わせる鮮やかな金の髪の、人目を引く青年。
 真っ白なローブが良く似合っている。
 まさに人が思い描く『ソールの司祭』そのままの姿。
 先ほどまではただ、皮肉気だったラティオの表情は今は酷く硬く、嫌悪にすら近い。
「おや、お客人ですか」
 琥珀の目がノクス達を捕らえ、淡々とした言葉が紡がれる。
 さらりと過ぎるだけと思われていた視線が、一点で止められた。
 緊張か警戒か。顔をこわばらせたポーラのところで。
「なるほど。お連れになられたか」
 細められる瞳。何のことは無い言葉。そのはずなのに。
 ポーラの背筋を恐怖が這い上がる。
 怖い。何故だろう。あの目で見られると、囚われてしまうかのよう。
 かつて見た事がある。琥珀の中に封じられた虫。
 まるで今、そうなってしまったかのようで。
 息を呑んだ彼女の前に、一歩ノクスは歩み出る。
 傷つける事は許さないと言うかのように、司祭をきつく睨みつける。
「少々ぶしつけでしたか」
 嘲笑うかのように言って、軽く会釈してバァルは踵を返した。
 その背が見えなくなってから、ようやくラティオは息を吐く。
「なんだあいつ」
「……同僚の司祭だよ。忠実なね」
 嫌悪を滲ませるユーラに、掃き捨てるように応じるラティオ。
 完全に姿が見えなくなったことを確認してから、ノクスは背後へと声をかける。
「ポーリー」
 呼びかけに返事は無い。かわりにきゅっと袖を握られた。
 顔は伏せられていて表情は伺えない。
 それでも、かすかに震えるその手を払う事は出来ない。
「さ、行くか。……ベガ殿がお待ちだ」
 こくんと頷くものの、ポーラはノクスの袖を離さず、結局そのまま彼らは進んだ。
「だいじょうぶか?」
 心配そうなノクスの声に、ようやくポーラは顔をあげる。
「ううん……ただちょっと」
 こわいと、思った。
 それが何故かなんて、判らなかったけれど。
 大きく息を吐いて深呼吸。気持ちを切り替える。
 とうとう会えるんだ。母上に。
 ずっと想像上の人だった。せめて、胸をはってあいたい。
 心配かけたノクスにごめんねと謝って、今度こそ顔をあげてポーラは道を進んだ。

 白い神殿を横目に、敷地の端にあるだろう庭園を歩む一行。
 会話はなく、ただ黙々と進む。
 視界は開けていて、この先にある建物に向かっている事はすぐに分かった。
 が、途端に緊張してくる。
 ポーラのお母さんかぁ。きっとポーラに似てて美人なんだろうなぁ。
 楽しみだなと思うのはユーラ。
 一番緊張しているのは言うまでもなくポーラだろう。
 物心ついたときにはすでに母は側にいなかった。
 気持ち的に、初めて会うといっても過言じゃない。
 姉妹だからやっぱりアースに似てるのかな? 私とアースも結構似てるし。
 でも、母上は青い髪って言ってたから……でも顔は似てるのかな?
 そっと胸元から香り袋を取り出す。
 これは母から預かってきたと、アースからもらったもの。
 会ってすぐに分かるかな。
 ノックの音で我に返る。
 先頭を歩いていたラティオが、ノブに手をかけ扉を開く。
 どうしよう。なんていおう。
 急にどきどきとしてきたポーラを露知らず、大きな声がした。
「兄様おかえりなさいませ!」
 言葉と同時に大きな音がして、ラティオの体が傾ぐ。
「もう! ずいぶん遅いんですもの。ティア待ちくたびれてしまいましたわ」
 きゃいきゃい騒ぐのは、まだ甲高い少女の声。
 ラティオの腰に回されている手も、まだ小さい。
 それでも多少はダメージがあったのか、疲れた声でラティオが言う。
「……ティア。人に飛び掛るのは止めなさい」
「だって兄様が悪いんですわ。ティアはずっといい子にしてましたのに、いつまでたっても戻ってきてくださらないんですもの!」
 ティアと呼ばれた少女は不満そうにそう応え、さらにしっかりと兄にしがみついた。
「いもうと?」
「ああ。甘えっこでね」
 きょとんとしたポーラに、苦笑しつつ応えるラティオ。
 それで気がついたのか、ぱっと笑ってティアがこっちにかけてくる。
「ポーラ様? ポーラ様ですわね?!」
「え、ええ」
「わたくし、ウェネラーティオの妹のグラーティアと申します。
 ティアと呼んでくださいませ」
「え、あ、はい」
「ずっとお待ちしておりましたのよ! お会いできて光栄です」
「あ、ありがとう?」
 人懐こく笑うティアに対し、ポーラは少々おっかなびっくりの対応をする。
 この人当たりのよさ。それに髪の色も違う。
「……似てないな」
 当然ともいえる感想を呟いたノクスにはぞっとするほど鋭い視線をくれて、ラティオは咳払いして妹に聞く。
「それでティア。ベガ殿は?」
「奥でお待ちです」
 楽しそうに笑って、ティアは兄の傍らに立った。
 どうぞと勧められて、意を決してポーラは部屋の奥へと進んだ。
 その後にユーラとノクスが続く。
 少し前まで焚かれていたのか、どこか懐かしい香りがした。
「待っていましたよ」
 落ち着いた女性の声にはっとする。
 窓を背にして彼女は立っていた。
 下ろされたままの青い髪。白いローブ。
 淡く紅をひいた唇が優しい言葉を紡ぐ。
「大きくなりましたね、ポーリー」
「……母上」
 呼びかけに、震える声で応えるポーラ。
 ようやく出会えた親子。その姿に、皆自然と笑みを浮かべていた。